学位論文要旨



No 125791
著者(漢字) 西内,俊策
著者(英字)
著者(カナ) ニシウチ,シュンサク
標題(和) アルカリ塩耐性Chloris virgataの耐性機構解析、及び金属結合タンパクMetallothionein1の機能解析
標題(洋)
報告番号 125791
報告番号 甲25791
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3491号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 高野,哲夫
 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 教授 堤,伸浩
 東京大学 准教授 吉田,薫
 東京大学 准教授 河鰭,実之
内容要旨 要旨を表示する

現在、塩類集積土壌は拡大を続けており、世界の農業生産において多大な影響を与えている。対して、人口は増加の一途を辿っており、農作物の増産は今後ますます重要になると考えられる。農作物の増産には、農業技術の開発、普及といった技術面の進歩と、作物の病害耐性、環境ストレス耐性、多収性といった性質を向上させることが必要だと考えられる。

本研究では、炭酸塩集積土壌を耕地として利用するために必要なアルカリ性塩耐性機構についての知見を得るために、高いアルカリ性塩耐性を持つイネ科野生植物Chloris virgata(C.virgata)のcDNAライブラリーを用いた網羅的な解析を行った。また、植物の転写産物中に多く含まれる金属結合性タンパクMetallothioneinl(MT1)の遺伝子をC.virgataとイネから単離し、形質転換酵母及び形質転換シロイヌナズナを用いた解析を行い、アルカリ性塩耐性との関連を模索した。

1.アルカリ塩耐性C.virgata解析

C.virgataは高いアルカリ性塩耐性を持ち、120mM NaHCO3処理条件においても生育することが確認されている。枯死はしないがストレスとなる濃度の100mMNaHCO3を24時間処理したC.virgataよりcDNAライブラリーを作出した。このcDNAライブラリーを大腸菌に形質転換して得られた96コロニーに対し、コロニーPCR及びシークエンス、BLASTX解析を行ったところ、それらのインサート保持率は96%、完全長率は79%、インサートの平均長は約1.Okbであった。3168コロニーに対し5'末端からのワンパスシークエンスを行ったところ、平均長549bp、3017ESTが得られ、出現頻度の高い遺伝子として、MTやchlorophyll a/b bindingproteinといった光合成関連遺伝子などが見出された。

次にBLAST2GO softwareを用い、得られたESTデータベースに対してGOannotation解析を行った。ESTデータベース中の"response to stress"や、"responseto abiotic stimulus"といったGO amotationが付与されたESTについては、C.virgataにおいてもアルカリ性塩処理に応答して発現している可能性が考えられた。そこで、実際にC.virgataにおいてアルカリ性塩に応答して発現量の変動する遺伝子を模索するために、これらのGO amotationの付与されたシークエンスと、イネやシロイヌナズナのストレス耐性に関係すると報告されている遺伝子をコードするシークエンスから計24遺伝子を選び、real-time RT-PCRにて発現を確認した。また、その際ESTデータベース中より見出された8種類の一般的なハウスキーピング遺伝子をリファレンス遺伝子候補として、geNORM softwareを用いたStability Mの解析を行い、最もアルカリ性塩条件下で安定した発現を示すChvACT2をリファレンス遺伝子として用いた。

アルカリ性塩条件下では高pHによる養分吸収阻害や光合成活性の低下などによる活性酸素の発生の誘導、塩ストレスなど複合的なストレスが植物にかかっていると考えられる。Rea1-time RT-PCR解析より実際に、Catalaseやascorbateperoxidase、Na+!tifantiporterといった遺伝子の発現が、アルカリ性塩処理下にあるC.virgataで誘導されることが分かった。また、pathogenesis-related protein、Win1precursor、two-component response regulatorなど耐性に関係すると考えられる遺伝子が2倍以上に誘導される一方で、発現があまり変動しなかったものとして、plasma membrane ATPase gene、glutathione peroxidαse、TIP1-1などが見出された。この結果より、アルカリ性塩条件下のC,virgataにおいて様々なストレス耐性に関与する遺録子が応答していること、また同様の遺伝子群がアルカリ性塩耐性野生植物Limonium bicolorでもアルカリ性塩処理下で発現解析されているが、それと比べるとC.virgataの遺伝子発現量や誘導が小さいことが明らかになった。

一般的に塩耐性植物において、plasma membrane ATPase、Na+/H+ antiporterといった細胞内のナトリウムイオン濃度の調節に関係する遺伝子群が恒常的に発現していることが知られており、同様にC.virgataにおいても、塩耐性、活性酸素除去、物質輸送などに関与する遺伝子群が恒常的に発現していて、それがC.virgataのアルカリ性塩耐性を担っていることが予想された。

2.金属結合タンパクMT1の機能解析

C.virgataのcDNAライブラリーの解析より、CvirgataのMT1遺伝子(Ch1MTla)が最も出現頻度が高いことが分かった。植物MTは、金属ホメオスタシスの維持や重金属耐性に関与すると考えられているシステインリッチな金属結合性のタンパクである。C.virgata以外の植物においてもMTの発現量はストレスの有無に関わらず非常に高く保たれているが、その機能についてはまだ分からないことが多い。本研究では、ChlMT1aとイネのOsMT1a、OsMT1bの各形質転換酵母や形質転換シロイヌナズナの解析を通して、MTの機能とストレス耐性との関連について、新しい知見を得ることを目的として行った。

ChlMT1a、OsMT1bのアミノ酸配列は非常に高い相同性を示すが、形質転換酵母を用いた解析では、OsMT1bよりChlM1aを発現する形質転換酵母の塩、アルカリ塩、活性酸素耐性の著しい向上が確認された。ChlMT1aとOsMT1bのストレス耐性への関与の比較と、植物MTの機能解析をするために、形質転換シロイヌナズナを作出し表現型の解析を行った。本研究では当初、構成的に過剰発現するCaMV35Sプロモーターを形質転換に用いたが、形質転換シロイヌナズナが得られなかったため、最終的にシロイヌナズナのAtRD29Aプロモーターの制御下に導入遺伝子を置いた。その結果、通常条件では生育に異常は見られないが、低温誘導にて導入遺伝子の発現の確認できる形質転換シロイヌナズナを作出することが出来た。

プレートにて25μMCu、Cdへの耐性試験を行ったところ、形質転換シロイヌナズナとWTの間で根の伸長に違いは見られず、重金属耐性の向上は見られなかった。また、Cu欠乏、過剰のプレート上で生育した植物の乾物重を測定したところ、形質転換シロイヌナズナはコントロールMSプレート上でもWTの50%程度となった。これは、プレートが密閉された空間であり嫌気条件にあることから導入遺伝子の発現が誘導され、過剰な金属イオンのキレートが行われた結果、形質転換シロイヌナズナの生育が抑制されたと考えられる。また、形質転換酵母の場合とは異なり、ChlMT1aとOsMT1bの形質転換シロイヌナズナ間では耐性に明らかな違いは見られなかった。

金属含量の測定には、好気条件になるように水耕栽培を用いて植物体の栽培を行った。プレート培地を用いた場合Cuの蓄積が見られたが、水耕栽培条件ではCuの蓄積は見られなかった。水耕液に1μM、25pMCuを加えた場合、WTの根ではCuの濃度依存的にFeの含量の低下が見られた。しかし、Ch1MT1a、OsMT1a、OsMT1bの各形質転換体ではコントロール条件と同等かそれより高いFe含量を維持していた。Cu処理下においても形質転換シロイヌナズナがFe含量を維持できることから、導入したChlMT1a、OsMT1a、OsMT1bの各タンパクがFeのホメオスタシス維持に関与していることが分かった。また、MnもCu処理条件下でWTと比べて蓄積量が多くなっていた。

形質転換シロイヌナズナの根のFe含量が鉄の取り込み経路の活性化によるものかを明らかにするために、シロイヌナズナの根圏からのFeの獲得に関与する遺伝子の発現解析を行った。,FIT、FRO2、IRT1の発現をRT-PCRにて解析したところ、Cuストレス条件ではFeの取り込み経路の遺伝子の発現は、WTと形質転換体では変化がなかった。このことから、形質転換シロイヌナズナにおいて根のFe含量がCu過剰ストレス条件においてもコントロール条件と同様に維持されているのは、Feの取り込み量が増加したわけではなく、Feの減少を抑えているからだと考えられる。高pH条件下では植物が鉄欠乏になることが知られており、MTはFeのホメオスタシス維持によってアルカリ性塩耐性の一端を担っている可能性が示された。

以上のように、本研究では野生植物C.virgataを材料に用い、アルカリ性塩という複合的なストレスへの耐性機構について研究を行った。特異的にアルカリ性塩耐性に関与する遺伝子は特定できなかったが、ChlMT1aを含む複数の耐性機構が関与している可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

塩類集積土壌は拡大を続けており、世界の農業生産において多大な影響を与えている。それに対して、人口は増加の一途を辿っており、農作物の増産は今後ますます重要になると考えられる。本研究では、炭酸塩集積土壌を耕地として利用するために必要なアルカリ性塩耐性機構についての知見を得るために、高いアルカリ性塩耐性を持つイネ科野生植物Chloris virgata (C. virgata)のcDNAライブラリーを用いた網羅的な解析を行った。また、植物の転写産物中に多く含まれる金属結合性タンパクMetallothionein1 (MT1)の遺伝子をC. virgataとイネから単離し、形質転換酵母及び形質転換シロイヌナズナを用いた解析を行い、その機能比較とアルカリ性塩耐性との関連を模索した。

1章の緒論では、研究の背景、意義と目的について述べている。

2章では、C. virgataを用いてEST解析を行った。作製したcDNAライブラリーの3168コロニーに対し5'末端からのワンパスシークエンスを行ったところ、平均長549bpの3017 ESTが得られた。BLAST2GO softwareを用い、得られたESTデータベースに対してGO annotation解析を行った。ESTデータベース中のGO annotationが付与されたESTについては、C. virgataにおいてもアルカリ性塩処理に応答して発現している可能性が考えられた。これらのGO annotationの付与されたシークエンスと、イネやシロイヌナズナのストレス耐性に関係すると報告されている遺伝子から計24遺伝子を選び、real-time RT-PCRにて発現を確認した。また、その際、最もアルカリ性塩条件下で安定した発現を示すChvACT2をリファレンス遺伝子として用いた。Real-time RT-PCR解析より実際に、Catalaseやascorbate peroxidase、Na+/H+ antiporterといった遺伝子の発現が、アルカリ性塩処理下にあるC. virgataで誘導されることが分かった。また、耐性に関係すると考えられる遺伝子が2倍以上に誘導される一方で、発現があまり変動しなかったものも見出された。この結果より、アルカリ性塩条件下のC. virgataにおいて様々なストレス耐性に関与する遺伝子が応答していること、また他のアルカリ性塩耐性野生植物と比べるとC. virgataの遺伝子発現量や誘導が小さいことが明らかになった。一般的に塩耐性植物において細胞内のナトリウムイオン濃度の調節に関係する遺伝子群が恒常的に発現していることが知られており、同様にC. virgataにおいても、塩耐性、活性酸素除去、物質輸送などに関与する遺伝子群が恒常的に発現しており、それらがC. virgataのアルカリ性塩耐性を担っていることが予想された。

3章では金属結合タンパクMT1の機能解析を行った。植物MTは、金属ホメオスタシスの維持や重金属耐性に関与すると考えられているシステインリッチな金属結合性のタンパクである。C. virgataのChlMT1aとイネのOsMT1bのアミノ酸配列は非常に高い相同性を示すが、形質転換酵母を用いた解析では、OsMT1bよりChlMT1aを発現する形質転換酵母の塩、アルカリ塩、活性酸素耐性の著しい向上が確認された。ChlMT1aとOsMT1bのストレス耐性への関与の比較と、植物MTの機能解析をするために、形質転換シロイヌナズナを作出し表現型の解析を行った。本研究では構成的に過剰発現するCaMV35Sプロモーターを当初形質転換に用いたが、形質転換体が得られなかったため、シロイヌナズナのAtRD29Aプロモーターの制御下に導入遺伝子を置いた。その結果、通常条件では生育に異常は見られないが、低温誘導にて導入遺伝子の発現の確認できる形質転換シロイヌナズナを作出することが出来た。寒天培地にて25 □M Cu、Cdへの耐性試験を行ったところ、形質転換酵母とは異なり、ChlMT1aとOsMT1bの形質転換シロイヌナズナ間では耐性に明らかな違いは見られなかった。金属含量を測定する事で、OsMT1aとOsMT1bの過剰発現シロイヌナズナのコントロール条件におけるMgの蓄積に関与する事が分かった。また、Cu処理下のWTの根ではCuの濃度依存的にFeの含量の低下が見られたが、各形質転換体ではコントロール条件と同等かそれより高いFe含量を維持していたことから、導入したChlMT1a、OsMT1a、OsMT1bがFeのホメオスタシス維持に関与していることが示された。そこで鉄の取り込みに関わるFIT、FRO2、IRT1の発現を解析したところ、Cuストレス条件ではそれらの遺伝子の発現は、WTと形質転換体では変化がなかったことから、Feの取り込み量の増加によりFe含量が高くなっているのではないことが示された。高pH条件下では植物が鉄欠乏になることが知られており、MTはFeのホメオスタシス維持によってアルカリ性塩耐性の一端を担っている可能性が考えられる。

以上のように、本研究では野生植物C. virgataを材料に用い、アルカリ性塩という複合的なストレスへの耐性機構について研究を行った。特異的にアルカリ性塩耐性に関与する遺伝子は特定できなかったが、ChlMT1aを含む複数の耐性機構が関与している可能性を示した。本研究で得られた成果は、環境ストレス耐性を持つ作物を分子育種により作出する際に重要な情報となるため、学術上、応用上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク