学位論文要旨



No 125795
著者(漢字) ,歩
著者(英字)
著者(カナ) ナカザキ,アユミ
標題(和) ホヤMab21遺伝子発現パターンの解析
標題(洋)
報告番号 125795
報告番号 甲25795
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3495号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 准教授 舘川,宏之
 東京大学 准教授 金井,克晃
 東京大学 教授 武田,洋幸
内容要旨 要旨を表示する

背景

mab21遺伝子は線虫において細胞の運命決定に関連する因子として同定された遺伝子で、線虫mab21変異体では雄の生殖感覚器であるrayに形成異常がおこりrayの4番が6番に変換融合する表現系を示すことから、変異体の表現系male abnormalにちなんでその頭文字をとりmab21と命名された。

mab21遺伝子は線虫意外にもショウジョウバエ、ニワトリ、カエル、ゼブラフィッシュ、マウス、ヒトにいたるまで様々な生物で単離されおり、脊椎動物ではmab211i、mab2112という二つのファミリーを形成していることが知られている。アミノ酸配列は種間で高度に保存され、進化の過程で保存された遺伝子であることから、生物の発生、生命維持において重要な役割をもっていることが予想される。実際に、マウスを用いた解析から」囮ab21遺伝子が重要な機能を担っていることが明らかとなっている。発現パターンの解析より、発生過程におけるマウスmab21l1、mab21l2の遺伝子は共通して、中脳、眼、鯉弓、肢芽、脊髄で発現し、それ以外にもmab21l1は生殖結節で、mab21l2は腹部体壁で発現する。ノックアウトマウスを用いた解析ではmab21l1欠損マウスは水晶体の形成不全、また雄の生殖器の一部である包皮腺の形成不全、そして肋骨に形態異常をひき起こす。mab21l2欠損マウスは胎生致死となる。また、水晶体及び網膜の形成不全、腹部体壁の形成不全なども観察される。これらの知見から、mab2Z遺伝子はマウスの発生過程において、また生命維持に重要な役割を担っていることがわかる。

目的

現在までにmab21遺伝子の解析に用いられた生物種は主にマウス、ゼブラフィッシュ、カエルなどの脊椎動物と線虫などの線形動物のみで、脊椎動物と線形動物の系統間に位置する生物種では解析されていない。そこで、本研究では、その系統間に位置する生物種を用いてmab21遺伝子の解析を行った。実際解析に用いた生物種は脊索動物尾索動物亜門に属するホヤを用いた。尾索動物亜門は、脊椎動物亜門、頭索動物亜門とともに脊索動物門を構成しており、脊椎動物の進化を考える上で貴重な情報を提供しうるグループである。ホヤ幼生の中枢神経系はわずか300個程度と少数の細胞から構成されているが、脊椎動物の脳神経系の基本設計が単純な形で見られる。背側に中枢神経系を持つ事や、尾部にある脊索など、脊椎動物と共通の基本的体制を備えており、これらの特徴及び遺伝子の塩基配列をもとにした分子系統学的解析から、ホヤは脊椎動物と同じ脊索動物門に分類され、脊椎動物に最も近縁な無脊椎動物と考えられている。このような系統学的に興味深い位置に存在するホヤを用いて、より詳細なmab21遺伝子の機能を推測し、種を超えて存在するmab21遺伝子の機能を解析することを目的として実験を行った。

結果

第一章カタユウレイポヤのmab21遺伝子の発現解析

現在までに、カタユウレイボヤ(Ciona intestinafis)の全ゲノム配列は解読されており、情報はカタユウレイポヤのゲノムデータベースhttp://genome.jgi-psf.org/cgi-bin/searchGM?db=Cioin2に公開されている。上記のデータベースを検索しmab21遺伝子の配列情報を得た。

whole mount in situ hybridization法により、受精卵から幼生期におけるmab21遺伝子の発現パターンを調べた。受精卵から神経胚期までの間は発現が観察されなかった。尾部が伸長し始める初期尾芽期では頭部の予定脳胞領域の背側正中面に対して左右対称に2箇所発現が観察された。発生が進むと、尾芽胚では体幹部と尾部がより明確になり、尾部は更に伸長し、体幹部の先端では付着突起が形成され、神経系の発達とともに脳胞内に感覚器、眼点と平衡器の2つの色素細胞が見えてくる。この時期、mab21遺伝子は脳胞内の膨らみに沿って発現し、分化した2つの色素細胞を取り囲むように色素細胞の両側に左右対称に発現していた。カタユウレイボヤ卵は受精後およそ18時間(18℃)で孵化し、体長約1mmのオタマジャクシ型の遊泳幼生になる。遊泳幼生の眼点は、単一の色素細胞からなる眼杯と3個のレンズ細胞と30個程度の視細胞で構成され、レーザーによる眼点の破壊実験と行動解析により眼点が遊泳行動の光応答に関与していることが明らかにされている。幼生期におけるmab21遺伝子の発現は、眼点を形成する色素細胞の眼杯の前側先端に限局して発現していた。眼点を形成する視細胞の細胞体は一層の層を形成し、眼杯の前端から後端にかけて眼杯全体を覆うようにして存在することから、mab21遺伝子は視細胞の一部で発現しているのではないかと考えた。そこで、視細胞のマーカー遺伝子で視細胞伝達情報系のオフ機構に重要なタンパクをコードするアレスチン遺伝子と二重染色をおこなったところ、眼杯の前側先端で共発現していた。このことから、mab21遺伝子は視細胞の一部で発現していることが明らかとなった。幼生期においてmab21遺伝子はこの他にも、感覚器である平衡器(重力感知器)の後ろ側の脳胞腹側部でも発現が確認された。

第二章マボヤmab21遺伝子の単離と発現パターンの解析

カタユウレイポヤとともに、もう一種別のホヤ、マボヤ(Haloeynthia roretzi)を用いてmab21遺伝子の発現パターンの解析を行った。

カタユウレイボヤとは違いマボヤのゲノム配列は解読されていない。そのため、マボヤのゲノムライブラリーを作製し、カタユウレイボヤのエクソンの一部をプローブとしてライブラリーをスクリーニングし、マボヤmab21ゲノムDNAを単離、遺伝子構造を明らかにした。その結果、マボヤmab21遺伝子は、ゲノム上3464bpにわたって6つのエクソンからなり、359アミノ酸で構成されるタンパク質をコードしていた。エクソンーイントロン構造を、線虫、マウス、カタユウレイボヤと比較したところ、マボヤーカタユウレイボヤのホヤ間ではほぼ保存されていたが、それ以外の動物種である線虫やマウスとは全く保存されていなかった。アミノ酸配列の相同性を種間で比較すると、マポヤーマウス間では、mab2111とは66%、mab2112とは65%であった。カタユウレイボヤーマボヤ間では、68%であった。

whole mount in situ hybridization法を用いてmab21遺伝子の発現パターンを解析したところ、神経胚において発現は観察されなかった。初期尾芽期、中期尾芽期では、胚の背側神経管に沿って左右対称に二箇所発現が観察された。これらの発現パターンはカタユウレイボヤのmab21遺伝子の発現パターンと類似していた。マボヤもカタユウレイボヤと同様に、後期尾芽期になると、神経系の発達とともに脳胞内に、眼点と平衡器の2つの色素細胞が見えてくるが、この時期、mab21遺伝子は脳胞内の色素細胞の付近に発現が観察された。

総括

本実験では、カタユウレイボヤとマボヤを用いて、mab21遺伝子の発現パターンの解析を行った。その結果、尾芽期では、視細胞の前駆細胞と考えられる場所で発現していた。また、カタユウレイボヤの幼生期では、眼点の視細胞の一部で発現していることが明らかとなった。これらのことよりmab21遺伝子は、系統学的に脊椎動物の下流に位置する生物種ホヤでもマウスと同様に眼の形成に寄与している可能性が示唆された。

マウスmab21遺伝子は眼形成のマスター遺伝子として知られているpax6遺伝子の下流遺伝子で、pax6遺伝子に発現が制御されている遺伝子であることがわかっている。カタユウレイボヤにおいてpax6とmab21の発現パターンを尾芽期において比較したところ、予定脳胞領域でpax6の発現はmab21の発現領域と重複していることが明らかとなった。ホヤにおいてもmab21遣伝子とpax6遺伝子の相互作用がマウスと同様の機構で成立する可能性があることが、本研究より明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

Mab21遺伝子のノックアウトマウスは、主に骨形成異常、水晶体や網膜の形成異常、生殖器である包皮腺の形態異常、乳腺と乳頭の形態異常、腹部体壁の内臓ヘルニアや、心臓の心室や心房の薄化が観察される。Mab21遺伝子は、マウス発生過程で様々な器官の形成に関与し発生や生命維持に重要な機能を担っていることがノックアウトマウスの解析から明らかとなっているが、Mab21遺伝子産物は他の遺伝子産物と比較して、既知のモチーフやドメイン構造が見出されていなため、その分子レベルの機能は明らかにされていない。Mab21遺伝子の分子機能を明らかにすることは、生物の発生を理解する上で重要であると考えられる。本研究では、Mab21遺伝子との相互関係がある遺伝子の予測や、Mab21遺伝子の制御機構などの詳細な知見を得るために、細胞系譜や発生に関与する因子の発現時期や発現パターンが細胞レベルで調べられているホヤに注目し、マボヤとカタユウレイボヤにおけるMab21遺伝子の発現時期や発現パターンの解析を試みている。

第一章では、マボヤのMab21遺伝子の単離と発現パターンの解析を行い、線虫やマウスやカタユウレイボヤなどの生物種と遺伝子構造の保存性やアミノ酸配列の相同性を比較している。まず、マボヤのゲノムライブラリーを用いてカタユウレイボヤのエクソンの一部をプローブとしライブラリーをスクリーニングし、マボヤMab21ゲノムDNAを単離、遺伝子構造を明らかにしている。その結果、マボヤmab21遺伝子がゲノム上3464bpにわたって6つのエクソンからなり、脊椎動物のMab21遺伝子と同様に、359アミノ酸で構成されるタンパク質をコードすることを明らかにしている。アミノ酸配列の相同性は、マボヤーマウス間では、Mab21l1とは66%、Mab21l2とは65%と種間で高い相同性を示すことを明らかにしている。また、whole mount in situ hybridization法を用いて、初期胚におけるマボヤMab21遺伝子の発現パターンの解析を行い、初期尾芽期や中期尾芽期において、予定脳胞領域にある感覚器の平衡器や眼点の周辺で発現していることを明らかにし、Mab21遺伝子が感覚器の形成に関与している可能性を考察している。

第二章では、第一章と同様にwhole mount in Situ hybridization法を用いて、カタユウレイボヤの受精卵から幼生期におけるMab21遺伝子の発現パターンの解析を試みている。その結果、マボヤと同様にカタユウレイボヤにおいても、中期尾芽期や後期尾芽期において、予定脳胞領域にある感覚器の平衡器や眼点の周辺で発現していることを示している。カタユウレイボヤの遊泳幼生の眼点は、単一の色素細胞からなる眼杯と3個のレンズ細胞と眼杯に付随する30個程度の視細胞で構成され、レーザーによる眼点の破壊実験と行動解析により眼点が遊泳行動の光応答に関与していることが明らかにされているが、幼生期におけるMab21遺伝子の発現は、眼点の色素細胞に付随することを確認しており、ホヤの視細胞のマーカー運伝子として知られているアレスチン遺伝子やオプシン1遺伝子との二重染色により、Mab21遺伝子が視細胞の一部で発現していることを明確にしている。

第三章では、第一章と第二章の結果をふまえ、Mab21遺伝子群の構造とアミノ酸配列の保存性の考察を行い、加えてMab21遺伝子の種を超えた共通の機能の予測を行っている。Mab21遺伝子のノックアウトマウスは、様々な器官形成不全を示すが、水晶体や網膜の形成に著しい異常を示す。Mab21遺伝子はホヤで視細胞や視細胞の前駆細胞で発現し、視細胞の形成に関与している可能性が考えられ、ノックアウトマウスの解析からMab21遺伝子が網膜の形成に必須な遺伝子であることから、進化の過程で網膜の形態や機能の獲得にMab21遺伝子が必要であることを考察している。

本論文では、Mab21遺伝子の詳細な分子機能を解析するまでに至っていないが、ホヤを用いてMab21遺伝子の発現パターンを詳細に解析しており、Mab21遺伝子が種を越えて眼の形成に関与している可能性を明らかにしている。この成果は、生物の発生過程で重要な機能を担っているMab21遺伝子の分子機能の理解する上で基礎情報になると考えられた。また、この成果は、生物の眼の形態形成の理解に貢献するものであると考えられた。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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