学位論文要旨



No 125796
著者(漢字) 山田,晃嗣
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,コウジ
標題(和) シロイヌナズナにおける浸透圧ストレス誘導性単糖トランスポーターの機能解析
標題(洋)
報告番号 125796
報告番号 甲25796
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3496号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 教授 吉村,悦郎
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 准教授 藤原,徹
 東京大学 講師 刑部,祐里子
内容要旨 要旨を表示する

植物は多くの環境ストレスに曝されているが、自ら移動する手段を持たないため環境の変化を素早く感知しそれに応答しなければならない。非生物学ストレスである乾燥、高塩、低温ストレスは細胞内の浸透圧が高まる浸透圧ストレスであり、本研究では植物が持っ浸透圧ストレス耐性獲得機構を解明することを目的とした。浸透圧ストレス条件下では多くの糖やアミノ酸などの代謝産物の蓄積が見られるが、これらは高濃度に蓄積しても細胞の代謝活動に対する影響が小さいことから、適合溶質と呼ばれている。代謝産物は特定の組織やオルガネラへの蓄積が重要と思われるが、適合溶質が蓄積する組織やオルガネラはいまだ特定されていない。本研究では、代謝産物の輸送に関わるトランスポーターの解析を行い、浸透圧ストレス下で適合溶質として機能する代謝産物の植物体内における流れや蓄積を捉えることを目的とした。浸透圧ストレス下で顕著に蓄積する糖として、単糖(グルコース、フルクトース)、二糖(スクロース)、糖アルコール(ガラクチノール)、ラフィノース属オリゴ糖(ラフィノース)などが報告されている。植物において単糖およびスクロースのトランスポーターがこれまで単離同定されてきたが、これらと浸透圧ストレスとの関係は未だ不明な点が多い。本研究では、浸透圧ストレス下で機能すると考えられる単糖トランスポーターに着目し解析を行った。

1、シロイヌナズナの単糖トランスポーターの系統解析および発現解析

既に単離同定されているシロイヌナズナ単糖トランスポーターSTP1に相同性の高い53個のタンパク質を用いて単糖トランスポーターの分子系統樹を作製したところ、シロイヌナズナの単糖トランスポーターは大きく7つのファミリーに分けられた。これらの遺伝子の発現様式を、公開されているデータベースやノーザンブロット解析または定量的RT。PCR法で確認したところ、多くの遺伝子に浸透圧ストレス誘導性が確認された。そのなかでも、乾燥初期に発現が誘導される遺伝子として単離されている」駅D6(early-responsiv to dehydration 6)の相同遺伝子群であるERD6様ファミリーには、浸透圧ストレス誘導性を示す遺伝子が複数確認され、植物の浸透圧ストレス耐性獲得に関与することが考えられた。しかし、これまでにERD6様ファミリーの機能解析の報告はなく、浸透圧ストレス条件下でどのように機能し、耐性獲得に関わるかは不明であった。そこで本研究では、単糖トランスポーターのなかでもERD6様ファミリーに着目し解析を進めた。ERD6様ファミリーにおいて最も強い浸透圧ストレス誘導性を持つ遺伝子は、ERD6と分子系統的に最も近縁であったため、ESL1(ERD six-1ike 1)と名付け、以後ESL1とERD6の解析を行った。

2、ESL1およびERD6の組織特異性および細胞内局在の解析

GUSリポーター遺伝子を用いたESL1およびERD6のプロモーター解析によって、根においてESL1は内皮、内鞘、木部柔細胞に、ERD6は表皮と皮層で強く発現していることが示された。次にGFP融合タンパク質を用いて細胞内局在を観察した。ESL1-GFP融合タンパク質は液胞膜上に観察された。一方、GFP-ERD6融合タンパク質は小胞および細胞膜上に観察された。ERD6とESL1は、アミノ酸の相同性は高いが組織特異性と細胞内局在が異なるために、生理的機能は重複していないことが推測された。

ERD6様ファミリーはヒトのグルコーストランスポーターGLUT8と相同性が高い。GLUT8は後期エンドソーム/リソソーム画分に局在するが、N末端に存在する酸性ジロイシンモチーフ(EXXXLL/I)を破壊することでその細胞内局在が細胞膜へと変化する。液胞膜に局在するESLIはN末端にロイシン残基が3つ並んだ配列を有しており、GLUT8と同様にロイシン残基の細胞内局在への関与が考えられた。ロイシン残基をアラニン残基へ置換したESLI(LLL/AAA)を作製し、細胞内局在を調べたところ、ESL1(LLL/AAA)-GFP融合タンパク質は細胞膜へ局在することが観察された(図1)。さらに、アラニンスキャニング解析においてESL1の液胞膜局在にはLXXXLL配列が必要であることが明らかとなった。

3、ESL1およびERD6の単糖輸送活性の解析

タバコ懸濁培養細胞BY-2を用いてESL1およびERD6過剰発現細胞を作製し、単糖輸送活性を測定した。ESL1過剰発現細胞はベクターコントロール細胞と比べてグルコース輸送活性に差は見られなかった。これはESL1が液胞膜に局在していることによるものと考えられたので、細胞膜に局在するESL1(LLL/AAA)の過剰発現細胞を作製しグルコース輸送活性を測定したところ、ベクターコントロール細胞に比べて有意にグルコースを吸収することが示された。また、ESL1(LLL/AAA)のグルコース輸送のKm値は102mMであった(図2)。次にERD6過剰発現細胞を作製し、同様にグルコース輸送のKm値を測定したところ309mMとなり(図2)、ESL1とERD6は低親和性のトランスポーターであることが示された。これまで単離された糖トランスポーターは全てプロトン勾配を利用した二次的能動輸送体であり、プロトノフォアであるCCCPによってその輸送活性を失ったが、ESL1(LLLIAAA)およびERD6過剰発現細胞ではCCCPを添加してもグルコース輸送活性に変化が見られなかったことより、ERD6様ファミリーの輸送機構は二次的能動輸送ではなく促進拡散であると考えられた。

4、液胞型インベルターゼ遺伝子の解析

ESL1は液胞膜局在であるため、浸透圧ストレス下における液胞内の単糖の質的量的な変化を知ることは、ESL1の機能を理解するために重要であると考えられた。液胞内の単糖生成経路の1つとして液胞型インベルターゼによるスクロースの分解が挙げられる。そこで、浸透圧ストレス下における液胞型インベルターゼの活性を測定したところ、乾燥、高塩、ABA処理によってその活性の上昇が確認された。シロイヌナズナには液胞型インベルターゼ遺伝子としてAtBfruct3、AtBfruct4オの2遺伝子が存在する。ノーザンブロット解析によりAtBfruct3は浸透圧ストレス誘導性遣伝子であることが示された。また、その組織特異性を定量的RT-PCR法やプロモーターとGUS遺伝子をっないで導入した形質転換体を用いて解析したところ、葉よりも根でmRNAの蓄積が高く、またGUS活性は表皮、皮層、内皮で強く、中心柱で弱いことが確認された。

結論

これまで、植物の促進拡散型の単糖トランスポーターは単離されていなかったが、本研究により、ERD6様ファミリーに属し浸透圧ストレス誘導性を有するESLIおよびERD6は、低親和性の促進拡散型の単糖トランスポー一ターであることが明らかとなった。また、ESLlは濾に局在することが示されたが、その局在にはLXXXLLモチーフが必要であった。促進拡散型のトランスポーターの輸送の向きは基質濃度に従うが、単糖は液胞内に高濃度に蓄積されているという報告があり、ESL1は液胞内から細胞質へ単糖を排出するトランスポーターだと考えられた。また液胞型インベルターゼ活性が浸透圧ストレス下において上昇することより、浸透圧ストレス下での液胞内には、より高濃度の単糖が蓄積することが予測された。さらに、液胞型インベルターゼ遺伝子の組織特異的発現はESL1と一部重なっており、協調的な働きを示すことが示唆された。

図1、シロイヌナズナの形質転換体での孔辺細胞におけるESL1-GFP融合タンパク質とESL1(LLL/AAA)-GFP融合タンパク質のGFP蛍光

図2、ESL1(LLL/AAA)とERD6のカイネティクス解析

審査要旨 要旨を表示する

植物は浸透圧ストレス条件下で多くの糖やアミノ酸などの代謝産物を蓄積することが知られている。しかし、それらの溶質が蓄積する組織やオルガネラはいまだ特定されていない。そこで本論文では、代謝産物の輸送に関わるトランスポーターの解析を行うことで、浸透圧ストレス下で蓄積する代謝産物の植物体内における流れやその生理的役割を解明することを目的とした。浸透圧ストレス下で顕著に蓄積する糖として、単糖、二糖、糖アルコール、ラフィノース属オリゴ糖などが報告されているが、特に単糖トランスポーターに着目し解析を行った。

第1章では、シロイヌナズナの単糖トランスポーター遺伝子の発現解析を行った。はじめに公開データベースやノーザンブロット解析などで確認したところ、複数の遺伝子に浸透圧ストレス誘導性が確認された。そのなかでも、ERD6様ファミリーには浸透圧ストレス誘導性を示す遺伝子が複数確認された。しかし、これまでにERD6様ファミリーの機能解析の報告はなく、浸透圧ストレス条件下でどのように機能するかは不明であった。そこで本研究では、単糖トランスポーターのなかでもERD6様ファミリーに着目し解析を進めた。ERD6様ファミリーにおいて最も強い浸透圧ストレス誘導性を持つ遺伝子は、乾燥初期に発現が誘導される遺伝子として単離されているERD6と分子系統的に最も近縁であったため、ESL1(ERDsix-⊥ike⊥)と名付け、以後ESL1とERD6の解析を行った。

第2章では、ESL1およびERD6の組織特性性と細胞内局在の観察を行った。GUSやGFPなどのリポーター遺伝子を用いてESLL1およびERD6の組織特異性と細胞内局在を調べた結果、ERD6とESL1は発現する組織と細胞内局在が異なることが示された。よって、ESL1とERD6の植物体における生理的機能は重複していないことが推測された。

ERD6様ファミリーはリソソームに局在するヒトのグルコーストランスポーターGLUT8と相同性が高い。GLUT8はN末端に存在する酸性ジロイシンモチーフを破壊することでその細胞内局在が細胞膜へと変化する。液胞膜に局在するESL1はN末端にロイシン残基が並んだ配列を有しており、それらのロイシン残基のESLlの細胞内局在への関与が考えられた。ロイシン残基をアラニン残基へ置換したESL1(LLL/AAA)を作製し、細胞内局在を調べたところ、ESL1(LLL/AAA)-GFP融合タンパク質は細胞膜へ局在することが観察された。さらに、アラニンスキャニング解析においてESL1の液胞膜局在にはLXXXLL配列が必要であることが明らかとなった。

第3章では、タバコ懸濁培養細胞BY-2を用いてESL1およびERD6過剰発現細胞を作製し、単糖輸送活性を測定した。液胞膜に局在するESL1を過剰発現した細胞はベクターコントロール細胞と比べてグルコース輸送活性に差は見られなかったが、細胞膜に局在するESL1(LLL/AAA)の過剰発現細胞を作製しグルコース輸送活性を測定したところ、ベクターコントロール細胞に比べて有意にグルコースを吸収することが示された。また、ESL1(LLL/AAA)のグルコース輸送のKm値は102mMであった。次にERD6過剰発現細胞を作製し、同様にグルコース輸送のKm値を測定したところ309mMとなり、ESL1とERD6は低親和性のトランスポーターであることが示された。ESL1(LLL/AAA}およびERD6過剰発現細胞ではプロトノフォアであるCCCPを添加してもグルコース輸送活性に変化が見られなかったことより、それらの輸送機構はプロトン勾配を利用した二次的能動輸送ではなく促進拡散であると考えられた。本研究によって植物の促進拡散型の単糖トランスポーターが初めて同定された。

第4章では、ESL1は液胞膜局在であるため、液胞内で単糖を産生する酵素である液胞型インベルターゼ活性の測定を行った。液胞内の単糖生成経路の1つとして液胞型インベルターゼによるスクロースの分解が挙げられる。そこで液胞型インベルターゼの活性を測定したところ、浸透圧ストレス下においてその活性の上昇が確認された。シロイヌナズナには液胞型インベルターゼ遺伝子の組織特異性を定量的RT-PCR法やプロモーターとGUS遺伝子をつないで導入した形質転換体を用いて解析したところ、発現する組織がESL1との重なりが見られたため、それらの細胞ではESL1との協調的な働きが推測された。

以上、本論文は高等植物における乾燥等の浸透圧ストレス耐性の獲得に機能すると考えられている液胞中の単糖の輸送に関する制御機構を示したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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