学位論文要旨



No 125799
著者(漢字) 菅野,里美
著者(英字)
著者(カナ) カンノ,サトミ
標題(和) アイソトープイメージングを利用したミヤコグサのリン酸トランスポータの機能解析
標題(洋)
報告番号 125799
報告番号 甲25799
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3499号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中西,友子
 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 准教授 柳澤,修一
内容要旨 要旨を表示する

植物の無機元素の吸収や分配機構を解明することは植物学分野において重要なテーマである。これを解明するには、吸収移行の鍵となる分子(遺伝子)の機能と同時に、基質(無機元素)そのものの動態を解析する必要がある。そこで、植物栄養元素のうちリン酸に注目し、放射性同位体を利用した非破壊で経時的なリン酸の観察ができる新たな解析ツールを開発する一方、ミヤコグサリン酸トランスポータを単離し、その機能解析へ新規ツールの応用を試みた。本研究は、リン酸の輸送を担うトランスポータとリン酸の植物体内の詳細な動態を関連させた初めての研究である。

ラジオアイソトープイメージングシステムの開発と改良

放射性同位体を用いた植物のトレーサ実験は、植物を採取し、液体シンチレーションカウンターやガンマカウンター、X線フィルム等による検出が行われてきており、同一サンプルを経時的に解析するのは困難であった。しかし、GFPを用いて遺伝子を可視化するように植物体内のイオンや化合物を非破壊解析することができれば、植物の物質輸送や無機元素の応答機構を調べるための有効なツールになると考えた。そこで、放射線(ベータ線)のシンチレーション反応による微弱光を高感度に検出する原理を基に、非破壊で植物体内のトレーサを検出するシステムを組み立てた。標準線源や植物サンプルのイメージ検出のための条件検討を行ったところ、通常用いられているイメージングプレート(IP)より感度が10倍以上高く、同程度の分解能を示すことが判った。このことは、1フレームの画像取得が短時間で行えるため、連続的な画像取得が可能であることを意味する。微弱光を検出する原理であることから、開発当時は暗条件下での計測しかできなかったが、植物生理を解析するためには明条件下で撮影する必要があった。そこで、植物体地上部にLED光を照射し、かつ植物体から放出される放射線を暗条件下でシンチレーションを起こさせ検出するよう装置の改良を行った結果、明条件下でのイメージング撮影が可能となった。さらに、根と地上部を同時に撮影し植物個体全体の32P-リン酸の動態を解析できるように装置の改良と工夫を重ねた結果、植物体内の32P-リン酸動態をリアルタイムでイメージング解析できる環境が整った。

本システムを用い、ダイズやミヤコグサの幼植物期から子実肥大期までの各生育ステージにおける各植物組織内の32P動態を分単位の変化の下に解析したところ、32Pの移行様式は組織の発育段階や生育ステージにより特異的であることが示された。開発したイメージングシステムにより同一サンプルでの連続した物質動態解析を行うことができるようになった。

ミヤコグサリン酸トランスポータ遺伝子の単離

リン酸は細胞膜を通過する際にリン酸輸送のためのタンパク質を介することが知られている。このリン酸輸送体タンパク質(以下リン酸トランスポータ)は、植物のリン酸輸送を制御する重要な因子であり、32P蓄積の異なる組織でトランスポータの特異的な働きが予想される。そこでまず、イメージング解析を進めていたミヤコグサのリン酸トランスポータを単離し、発現解析を行った。

植物のリン酸トランスポータは主にPhtlファミリーに属する遺伝子について多くの植物から単離され解析されている。ミヤコグサのPht1ファミリーに属するリン酸トランスポータは、3つ報告されており、菌根菌感染根の応答について調べられてきた。しかし、シロイヌナズナやイネでは9~13の遺伝子が単離されており、ミヤコグサにも他のファミリー遺伝子が存在する可能性が高いことから、新たな遺伝子を探索した。ミヤコグサのESTライブラリーやゲノムデータベースを利用し新たに3つの遺伝子(LjPT4、LjPT6、LjPT7)を単離することができた。

これらの遺伝子がどの組織のリン酸吸収や移行の制御に関わっているのか調べるため、水耕栽培2週目の幼植物と6週目の花と子実からRNAを抽出し、これらのリン酸トランスポータ遺伝子の発現をリアルタイムPCRおよびin situハイブリダイゼーションにより解析した。LjPT1は花や子実、LjPT2とLjPT3、LjPT7は根、茎、葉、花、子実、LjPT6は開花前の花、LjPT3とLjPT4は菌根菌感染根で発現していた。リン酸欠乏時、LjPT1は、花や子実に加え、通常は発現が少ない根(根端および維管束細胞周辺)、茎、葉でも発現が増加し、LjPT2とLjPT3では根、葉、茎での発現が4~8倍に増加していた。特にLjPT2は根の皮層細胞および維管束周辺細胞で発現していた。また、LjPT7は茎での発現が2倍に増加していた。一方、花やさやでの各遺伝子の発現量は、リン酸欠乏により大きな変動を示さなかった。以上をまとめると、LjPT1、LjPT2、LjPT3、LjPT7はリン酸欠乏条件下では、根、葉、茎における発現量が増加していたので、体内リン酸濃度に応答して誘導されるリン酸トランスポータである可能性が考えられた。

リン酸欠乏ストレス時のリン酸トランスポータの発現と32P移行の解析

32Pイメージング解析によりリン酸は組織特異的に分配されることが示され、かつトランスポータの発現解析によりLjPTI、LjPT2、LjPT3、LjPT7遺伝子がリン酸欠乏時に根、茎、葉で発現量を増加することが示された。そこで次に、これらの遺伝子がリン酸輸送にどの程度関与しているのかを知るため、トランスポータの発現量と32P移行量の関係を調べることにした。

十分なリン酸を含む水耕液で栽培したミヤコグサをリン酸抜きの培地に移植し(以下、リン酸欠乏ストレス処理)、根、第一・第二本葉、新葉の3組織のリン酸濃度とトランスポータ遺伝子の発現量を調べた。ストレス処理から10日目にコントロール栽培区と比較して遺伝子の発現量が大幅に増加していたことから、同条件下における植物体内の32P―リン酸イメージングを行った。イメージングでは、新たに施与した32P(H3PO4)の組織への移行蓄積からリン酸量(mol/h)を換算した。

根では、リン酸濃度がコントロールの約1/14であり、LjPT1は7倍、LjPT2は4倍にmRNA発現量が増加していた。このとき根が吸収し地上部へ移行した単位時間あたりのリン酸量は、コントロールの3-5倍に増加した。前章で見られたLjPT1とLjPT2の根での発現組織を考慮すると、リン酸欠乏ストレス時に根圏からのリン酸の取り込みおよび導管へのローディング能を高めることに関与していることが示唆された。

第一本葉と第二本葉は、リン酸濃度がコントロールの約1/9であり、LjPT1の発現量は4倍に増加した。このとき、これらの葉へ移行した単位時間あたりのリン酸量はコントロールの9-15倍に増加していた。LjPT1は、特に葉肉細胞で発現しており、葉の組織細胞のリン酸取り込みに働くことが考えられた。

新葉では、リン酸濃度がコントロールの約1/3であり、LjPTI、LjPT2、LjPT3、LjPT7すべての遺伝子の発現量は3-6倍に増加した。このとき移行したリン酸はコントロールの3-6倍であった。LjPT3、LjPT7は、新葉でのみ増加しており、新葉特異的な機能があることが考えられた。

以上から、各組織は、組織のリン酸濃度の減少に伴い特定のリン酸トランスポータ遺伝子の発現量を増加させており、また、リン酸の輸送量を上昇させていることが分かった。

リン酸トランスポータ遺伝子のノックダウン個体の作出とイメージング解析

LjPT1、LjPT2、LjPT3は、それぞれリン酸欠乏に応答し、また、他の遺伝子よりも発現量が高く、輸送に寄与する割合が高いことが考えられた。そこで、これらの遺伝子機能を抑制した場合にリン酸の移行蓄積に違いが生じることを考え、形質転換体の作成と解析を試みることにした。RNAiコンストラクトを導入したアグロバクテリウムの胚軸感染方法により形質転換体を作成した結果、それぞれの遺伝子で約30ラインのT1世代を作成するとこができた。そのうち、T2、T3世代の選抜を行い遺伝子の導入を確認したところ、伽∫1-5はLjPT1遺伝子の発現が1/7、ljpt3-1はLjPT3遺伝子の発現が1/5に抑制されており、これらの形質転換体を用いて、32Pイメージングを試みた。その結果、野生株に比較して伽∫1-5はリン酸欠乏時の地上部への移行は約20%減少し、成熟葉への移行は約40%減少していた。一方、ljpt3-1のリン酸欠乏時の移行量は野生株とほぼ同様の結果となった。また、これらの形質転換体は子実の形態が野生株と比較して短くなる傾向が見られた。これらの結果から、リン酸欠乏時のリン酸輸送に寄与する割合はLjPT1遺伝子が高く、LjPT3遺伝子が低いことが分かった。このことは、組織別の発現解析の結果から得られたリン酸欠乏時のリン酸輸送の結果と同様であった。また、LjPT3は子実の形態に異常を示す点から、子実形成時に重要な役割を担う遺伝子である可能性が考えられた。

本研究は、ミヤコグサにおけるリン酸トランスポータの種類と発現量が変化したときの実際のリン酸輸送量変化について、新たに開発して組み立てたイメージングシステムにより解析したものである。本システムは、ラジオアイソトープの移行量および速度を解析できる点を植物の物質動態機構の解明に応用することにより、新たな知見につながる有効なツールになりうる。今後、トランスポータの詳細な局在部位と生体内でのリン酸移行を同時に解析するためには、顕微鏡レベルで観測する必要があるため、現在、顕微鏡搭載型のアイソトープイメージングシステムの開発を続けている。

Yamawaki M. , Kanno S., Ishibashi H., Noda A., Hirose A., Tanoi K., Nakanishi T.M. The development of real-time RI imaging system for plant under light environment Journal of Radioanalytical Nuclear Chemistry, 282, p275-279, 2009菅野里美、田野井慶太朗、中西友子ダイズ地上部におけるリン酸移行のリアルタイムイメージングRADIOISOTOPES,vol.58、No.11、2009Kanno S., Rai H., Ohya T. Hayashi Y., Tanoi K., Nakanishi T. M. Real-time imaging of radioisotope labeled compounds in a living plant Journal of Radioanalytical Nuclear Chemistry, 272, p.565-570, 2007
審査要旨 要旨を表示する

本研究は、植物栄養元素のうちリン酸に注目し、放射性同位体を利用した非破壊で経時的なリン酸の観察ができる新たな解析ツールを開発する一方、ミヤコグサリン酸トランスポータを単離し、その機能解析へ新規ツールの応用を試みた。

GFPを用いて遺伝子を可視化するように植物体内のイオンや化合物の放射性トレーサを非破壊解析することができれば、植物の物質輸送や無機元素の応答機構を調べるための有効なッールになると考えた。そこで、放射線(ベータ線)のシンチレーション反応による微弱光を高感度に検出する原理を基に、非破壊で植物体内のトレーサを検出するシステムを組み立てた。標準線源や植物サンプルのイメージ検出のための条件検討を行ったところ、通常用いられているイメージングプレート(IP)より感度が10倍以上高く、同程度の分解能を示すことが判った。このことは、1フレームの画像取得が短時間で行えるため、連続的な画像取得が可能であることを意味する。微弱光を検出する原理であることから、開発当時は暗条件下での計測しかできなかったが、植物生理を解析するためには明条件下で撮影する必要があった。そこで、植物体地上部にLED光を照射し、かつ植物体から放出される放射線を暗条件下でシンチレーションを起こさせ検出するよう装置の改良を行い、明条件下でのイメージング撮影を可能にした。さらに、根と地上部を同時に撮影し植物個体全体の32P-リン酸の動態を解析できるように装置の改良と工夫を重ねた結果、植物体内の32P一リン酸動態をリアルタイムでイメージング解析できる環境が整えることができた。

ミヤコグサリン酸トランスポータ遺伝子の単離

このリン酸輸送体タンパク質(以下リン酸トランスポータ)は、植物のリン酸輸送を制御する重要な因子であり、32P蓄積の異なる組織でトランスポータの特異的な働きが予想された。そこで、イメージング解析を進めていたミヤコグサのリン酸トランスポータの単離および発現解析を行った。ミヤコグサのPht1ファミリー属するリン酸トランスポータ遺伝子は3つ報告されていたが、他のファミリー遺伝子が存在する可能性が高いことから、データベースを利用し新たに3つの遺伝子(LjPT4、LjPT6、LjPT7)を単離した。これらの遺伝子がどの組織のリン酸吸収や移行の制御に関わっているのか調べるため、水耕栽培2週目の幼植物と6週目の花と子実からRNAを抽出し、リアルタイムPCRおよびinsituハイブリダイゼーションにより遺伝子発現解析を行った。LjPT1は花や子実、LjPT2とLjPT3、LjPT7は根、茎、葉、花、子実、LjPT6は開花前の花、LjPT3とLjPT4は菌根菌感染根で発現していた。リン酸欠乏時、LjPT1は、花や子実に加え、通常は発現が少ない根(根端および維管束細胞周辺)、茎、葉でも発現が増加し、LjPT2とLjPT3では根、葉、茎での発現が4~8倍に増加していた。特にLjPT2は根の皮層細胞および維管束周辺細胞で発現していた。また、LjPT7は茎での発現が2倍に増加していた。一方、花やさやでの各遺伝子の発現量は、リン酸欠乏により大きな変動を示さなかった。以上をまとめると、LjPTI、LjPT2、LjPT3、LjPT7はリン酸欠乏条件下では、根、葉、茎における発現量が増加していたので、体内リン酸濃度に応答して誘導されるリン酸トランスポータである可能性が考えられた。

リン酸欠乏ストレス時のリン酸トランスポータの発現と32P移行の解析

32Pイメージング解析によりリン酸は組織特異的に分配されることが示され、かつトランスポータの発現解析によりLjPTI、LjPT2、LjPT3、LjPT7遺伝子がリン酸欠乏時に根、茎、葉で発現量を増加することが示された。次に、これらの遺伝子がリン酸輸送にどの程度関与するのかを知るため、トランスポータの発現量と32P移行量の関係を調べた。十分なリン酸を含む水耕液で栽培したミヤコグサをリン酸抜きの培地に移植し(以下、リン酸欠乏ストレス処理)、根、第一・第二本葉、新葉の3組織のリン酸濃度とトランスポータ遺伝子の発現量を調べた。ストレス処理10日目に遺伝子の発現量がコントロール栽培区と比較して大幅に増加したことから、同条件下における植物体内の32P-リン酸イメージングを行った。イメージングでは、新たに施与した32P(H3PO4)の組織への移行蓄積からリン酸量(mol/h)を換算した。根では、リン酸濃度がコントロールの約1/14であり、LjPT1は7倍、々P72は4倍にmRNA発現量が増加していた。このとき根が吸収し地上部へ移行したリン酸移行速度は、コントロールの3-5倍に増加した。第一本葉と第二本葉は、リン酸濃度がコントロールの約1/9であり、LjPT11の発現量は4倍に増加した。このとき、これらの葉へのリン酸移行速度はコントロールの9-15倍に増加した。14P刀は、特に葉肉細胞で発現しており、葉の組織細胞のリン酸取り込みに働くことが考えられた。新葉では、リン酸濃度がコントロールの約1/3であり、存P刀、41P72、々P73、々P77遺伝子の発現境は3-6倍に増加した。以上から、各組織は、組織のリン酸濃度の減少に伴い特定のリン酸トランスポータ遺伝子の発現量を増加させており、リン酸の移行速度および蓄積最を上昇させることが分かった。

リン酸トランスポータ遺伝子のノックダウン個体の作出とイメージング解析

LjPT1、LjPT2、LjPT3は、それぞれリン酸欠乏に応答し、また、他の遺伝子よりも発現量が高く、輸送に寄与する割合が高いことが考えられた。そこで、これらの遺伝子機能を抑制した場合にリン酸の移行蓄積に違いが生じることを考え、形質転換体の作成と解析を試みることにした。RNAiコンストラクトを導入したアグロバクテリウムの胚軸感染方法により形質転換体を作成した結果、ljpt1-5はLjPT1とLjPT2遺伝子の発現が1/7、ljpt3-1はLjPT3遺伝子の発現が1/5に抑制されていた。これらの形質転換体を用いて、32Pイメージングを試みた結果、野生株に比較して伽〃-5はリン酸欠乏時の地上部への移行は約20%減少し、成熟葉への移行は約40%減少していた。一方、ljpt3-1のリン酸欠乏時の移行量は野生株とほぼ同様の結果となった。これらの結果から、リン酸欠乏時のリン酸輸送量に寄与する割合はLjPTILjPT2遺伝子が高く、LjPT3遺伝子が低いことが分かった。

本研究は、植物栄養元素のうちリン酸に注目し、放射性同位体を利用した非破壊で経時的なリン酸の観察ができる新たな解析ツールを開発し、ミヤコグサリン酸トランスポータの種類と発現量と、植物体内のリン酸のラジオアイソトープの移行量および速度を関連させた初めての研究である。ラジオアイソトープの移行量および速度を解析できる点を植物の物質動態機構の解明に応用したこれらの結果は、今後の活用が大いに期待されるものであり、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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