学位論文要旨



No 125801
著者(漢字) 城所,聡
著者(英字)
著者(カナ) キドコロ,サトシ
標題(和) シロイヌナズナの低温誘導性転写因子遺伝子DREB1の発現制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 125801
報告番号 甲25801
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3501号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 准教授 柳澤,修一
 東京大学 准教授 藤原,徹
 東京大学 講師 刑部,祐里子
内容要旨 要旨を表示する

序論

低温、高温、乾燥、高塩濃度といった環境ストレスは、作物の生育や収量に深刻な影響を与える。植物は移動の手段を持たず、これらの環境ストレスに直接さらされるため、環境ストレスに応答したシグナル伝達系を介することにより多数の遣伝子群を発現して耐性を獲得する。シロイヌナズナの転写因子iDREBIAは、環境ストレスで誘導される多数の遺伝子のプロモーター領域に存在するDRE配列に結合して転写を活性化し、環境ストレスに対する耐性を向上させる。DREBIA及びその相同性遺伝子がコードするDREB1B、DREB1Cは転写後調節されることなく活性を有しているため、転写制御機構が、これらの転写因子の機能発現にとってきわめて重要であると考えられる。DREB1A遺伝子の発現レベルは、通常条件下では低く抑えられているが概日リズムによって制御されている。一方、低温条件下では処理後2時間から5時間を最大としてmRNAの蓄積量が一過的に増加する。DREB1A、DREB1B、DREB1C遺伝子(以下DREB1遺伝子とする)はプロモーター領域の配列が高度に保存されており、転写開始点から上流-400塩基までの領域中に、BoxIからBoxVIと名付けられた高い相同性を示す6箇所の領域が存在している。

本研究では、これまでに得られている結果に基づいて、DREBIC遺伝子のプロモーター領域のBoxV及びBoxVIを含む領域中に存在する低温条件及び概日条件下で働くシス因子の同定を行った。また、この領域に結合する転写因子として単離されたPIF7の機能解析を行った。さらに、DREBIC遺伝子のプロモーター領域に結合する新規転写因子の単離を試みた。

DEREB1C遺伝子のプロモーター中の保存領域BoxV及びBoxVIを含む65塩基における転写制御の解析

DREB1C遺伝子の転写開始点から上流の-113から-47塩基のプロモーター領域中の転写制御に関わる配列を同定するため、この65塩基の断片(野生型;以下WT配列とする)及び塩基置換を加えた断片につないだGUSレポーター遺伝子を導入した形質転換シロイヌナズナを作製して、低温条件及び概日条件下におけるGUSmRNAの蓄積量を解析した。その結果、BoxVを含むG-box配列(CACGTG)に変異を加えた配列では低温応答性に変化は見られなかったが、概日条件下でのレポーター遺伝子のmRNA蓄積量が増加していた。一方、BoxVI及びその3'側付近の領域に変異を加えた配列は、概日リズムへの応答性に変化は見られなかったが、低温条件下においてレポーター遺伝子のmRNA蓄積量の増加が見られなくなった。これらの結果から、BoxV及びその5'側の配列が概日リズムに対する応答性を制御し、BoxVI及びその3'側の配列が低温に対する応答性を制御していることが示唆された。

BoxV及びBoxVIを含む65塩基に結合するたんぱく質PIFの機能解析

WT配列をbaitとした酵母のワンハイブリッド法によって単離されたPIF7は、光受容体であるフィトクロムとの相互作用を持つbHLH型DNA結合領域を持つタンパク質である。PIF7タンパク質がWT配列に結合することを確認するとともに、結合配列を同定するためにゲルシフト法を行った結果、PIF7はWT配列内においてG-boxに特異的に結合することが示された。G-box配列は、DREBIB及びDREBIC遺伝子のプロモーター領域には保存されているが、DREBIA遺伝子のプロモーター領域には保存されていない。前項の結果より、G-boxに変異を加えた配列は概日条件下におけるレポーター遺伝子のmRNA蓄積量の増加を引き起こしたことから、PtF7は概臼条件下においてDREB1C遺伝子及びDREB1B遺伝子の転写を抑制する働きを持つことが予想された。

そこで、概日条件下におけるDREB1及びPIF7遺伝子のmRNA蓄積量の変化を解析した。その結果、全てのDREB1遺伝子においてZT(Zeitgeber Time;明期開始からの時間)7時間程度をピークとしたmRNA蓄積量の周期的な変動が検出された。ただし、明暗条件下におけるDREBIC遺伝子のみ暗期においてmRNA蓄積量が増加した。また、PIF7遺伝子については明暗条件下及び恒明条件下ともにZT4時間をピークとしたmRNA蓄積量の周期的な変動が検出された。約1k塩基対のPIF7遺伝子のプロモーター領域を用いて制御することで発現させたGUS及びPIF7-sGFPタンパク質は、形質転換シロイヌナズナの子葉及びロゼッタ葉で検出され、胚軸及び根では検出されなかった。PIF7-sGFPのGFP蛍光は、特に葉の表側の細胞の核にGFP蛍光が観察された。GFP蛍光は、他のPIFで報告された結果と同様に暗条件下では核内で一様であったが、明条件下に短時間置くことにより、穎粒状に強く光っている部位が出現する様子が観察されたeしかし、他のPIFとは異なり、明条件下に長時間置いた時にも核全体に蛍光が観察されたことから、PIF7が長時間の明条件下においても機能できることが示唆された。PIFファミリーは、シロイヌナズナの光受容体であるフィトクロムや中心振動体の構成因子であるTOC1と相互作用を持つことが報告されている。そこで、PIF7とタンパク質問相互作用を持つ因子を、プロトプラストを用いたツーハイブリット法及びBiFG法で探索した結果、PIF7はPIFファミリーとホモ及びヘテロの両方の組み合わせで二量体を形成し、フィトクロムBやTOC1とも相互作用を持つことが示された。

PIF7の転写因子としての機能を明らかにするために、プロトプラストを用いた一過的な発現系を用いてPIF7の転写活性化能を解析した結果、PIF7はN末側に転写活性化領域を持ち、C末側にグルタミンを多く含んだ転写抑制領域を持っており、DREBIC遺伝子のプロモーターに対して転写抑制因子として機能しうることが示唆された。PIF7の植物体での機能を検証するため、PIF7遺伝子のT-DNA挿入変異植物体(pif7)を単離した、概日条件下におけるpif7変異植物体でのDREB1遺伝子のmRNA蓄積量を解析した結果・恒明条件下の主観的暗期においてDREB1B及びDREB1C遺伝子のmRNA蓄積量が野生型と比べて増加した。これらの結果より、PEF7はDREB1遺伝子のプロモーターにおける保存領域BBoxVにあるG-box配列に結合し、DREB1B及びDREB1C遺伝子の概日条件下における転写を抑制する因子であることが示された。

BoxV及びBoxVIえお含む65塩基の配列に結合する新規因子の単離

BoxV及びBoxVlを含む65塩基の配列に結合する新たな因子を単離するため、G-boxに変異を加えた配列をbaitとして酵母のワンハイブリッドスクリーニング法を行い、結合タンパク質を探索した。その結果、カルモジュリンが結合する部位を有する転写因子CAMTA2をコードするcDNAが最も多く単離された。これを含む6種類のCAMTAファミリーについてそれぞれの変異植物体を単離し、低温条件下におけるDREB1C遺伝子のmRNA蓄積量を解析したが、顕著な差は検出されなかった。系統解析及び発現解析の結果より、CAMTAファミリーは互いに相補して機能する可能性が示唆されたことから、現在、多重変異植物体の単離を行っている。

総括

本研究では、DREB1C遺伝子のプロモーター領域中の保存領域BoxV及びBoxVIを含む領域における転写制御に関わる配列の同定とその配列に結合する転写因子の単離及び機能解析を行った。その結果、この領域には、概日リズムにおいて転写を負に制御する配列と低温において正に制御する配列の両方が含まれており、この領域に結合するPIF7は概臼条件下においてDREB1B及びDREB1C遺伝子の転写を抑制する因子であった。さらに、転写を正に制御すると考えられる配列に結合する転写因子としてCAMTA2を単離した。今後さらなる上流因子の同定を進めることにより、概日及び低温にお1けるそれぞれのシグナル経路とその相互作用が明らかになると期待される。

Kidokoro S, Maruyama K, Nakashima K, Imura Y, Narusaka Y, Shinwari ZK, Osakabe Y, Fujita Y, Mizoi J, Shinozaki K, Yamaguchi-Shinozaki K. (2009) The Phytochrome-Interacting Factor PIF7 Negatively Regulates DREB1 Expression under Circadian Control in Arabidopsis. PlantPhysiol. Vol. 151, No. 4, pp2046-2057.
審査要旨 要旨を表示する

本論文において、第1章では序論として本研究の背景と目的について述べた。環境ストレスは作物の生育や収量に深刻な影響を与えるため、植物はストレスに応答したシグナル伝達系を介して多数の遺伝子を発現させ耐性を獲得する。シロイヌナズナの転写因子DREB1Aは、環境ストレス誘導性遺伝子のプロモーター中のDRE配列に結合して転写を活性化し、耐性を向上させる。」DREB1Aの遺伝子発現は通常生育条件下では概日リズムによって制御され、低温条件下で皿RNA蓄積量が一過的に増加する。DREB1Aとその相同遺伝子」DREB1B、DREB1C(以下DREB1とする)のプロモーターは、BoxIからBoxVIと名付けられた領域を含み、高度に保存されている。本論文では、これまでに得られている結果に基づいて、DREB1CプロモーターのBoxVとBoxVIを含む領域中からシス因子の同定を行った。また、この領域に結合する因子として単離されたPIF7の機能解析を行った。さらに、この領域に結合する新規転写因子の単離を試みた。

第3章では、DREB1CプロモーターのBoxVとBoxVIを含む65塩基の断片(以下WT配列とする)中のシス因子の同定を行った。WT配列と変異を加えた断片をつないだθ∬レポーター遺伝子を導入した形質転換シロイヌナズナを作製して、低温条件と概日リズムにおけるGUSmRNAの蓄積量を解析した。その結果、BoxVに変異を加えた配列では概日リズムでのmRNA蓄積量が増加し、BoxVIとその3'側付近の領域に変異を加えた配列では、低温処理後にmRNA蓄積量の増加が見られなかった。これらの結果から、BoxVが概日リズムでの発現を、BoxVIとその3'側の配列が低温に対する応答性をそれぞれ制御することが示唆された。

第4章では、WT配列に結合する因子として単離されたPIF7の機能解析を行った。PIF7はbHLH型DNA結合領域を持つタンパク質であり、ゲルシフト法を行った結果、WT配列内においてG-boxに結合した。前項の結果より、G-boxに変異を加えた配列では概日リズムでのレポーター遺伝子の発現が増加したことから、PIF7は概日リズムでのDREB1の発現を抑制する働きを持つことが予想された。プロトプラストを用いた一過的な発現系を用いてPIF7の転写活性を解析した結果、DREB1のプロモーターに対して転写抑制因子として機能しうることが示唆された。植物体でのPIF7の機能を検証するため、乃ワ7の変異植物体での概日リズムにおけるDREB1のmRNA蓄積量を解析した結果、恒明条件下の主観的暗期においてDREB1BとDREB1CのmRNA蓄積量が野生型と比べて増加した。これらの結果より、PIF7はDREB1BとDREB1Cの概日リズムでの転写を抑制する因子であることが示された。

第5章では、WT配列中のG-boxに変異を加えた配列をbaitとした酵母のワンハイブリッドスクリーニング法を行った。その結果、転写因子CAMTA2をコードするcDNAが最も多く単離された。系統解析及び発現解析の結果より、CAMTAファミリーは互いに相補して機能する可能性が示唆されたことから、現在、多重変異植物体の単離を行っている。

第6章では総括として本研究で得られた結果と考察をまとめた。本研究により、DREBICのプロモーターのBoxVとBoxVIを含む領域には、概日リズムにおいて負に制御する配列と低温において正に制御する配列の両方が含まれることが示された。また、この領域に結合するPIF7は概日リズムでの」DREB1BとDREB1Cの転写を抑制する因子であった。さらに、この配列に結合する新規転写因子としてCAMTA2を単離した。今後さらなる上流因子の同定を進めることにより、概日リズムと低温におけるそれぞれのシグナル経路が明らかになると期待される。

以上、本論文は高等植物の低温耐性の獲得機構で重要な機能を持つ転写因子DREBlの発現制御機構においる概日リズムでの転写抑制の分子機構を示したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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