学位論文要旨



No 125803
著者(漢字) , 裕
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ユウ
標題(和) 転写調節を介した脂肪細胞分化・脂肪滴形成の分子制御機構
標題(洋)
報告番号 125803
報告番号 甲25803
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3503号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 東原,和成
 東京大学 准教授 前田,達哉
 東京大学 講師 井上,順
内容要旨 要旨を表示する

脂肪細胞は、余剰エネルギーをトリアシルグリセロール(Triacylglycerol;TG)として脂肪滴の中に蓄積し、絶食時など、必要に応じて他のエネルギー消費器官に受け渡す役割を果たす。近年、脂肪細胞は様々な生理活性分子(アディポサイトカイン)を分泌する内分泌器官としての役割も担うことが明らかにされ、肥満に伴う生活習慣病の発症は、脂肪細胞の肥大化(=過剰な脂肪滴形成)によって引き起こされるアディポサイトカイン分泌の異常がその原因の一端であると理解されている。そのため、脂肪細胞がその形質を獲得する過程である脂肪細胞分化および脂肪滴形成の分子機構を明らかにすることは、肥満ならびに生活習慣病の予防・治療の手がかりになると期待される。

脂肪細胞分化は前駆脂肪細胞がインスリンなどのホルモン刺激を受けることで開始する。脂肪細胞分化のカスケードは様々な転写因子が絡み合って形成されており、分化過程で数百にもおよぶ遺伝子の発現が誘導される。膨大な研究により蓄積された知見から、分化初期においてはKLFファミリーやC/EBPファミリーが誘導され、その後、PPARγが中心的な役割を果たすと考えられている。PPARγは脂肪細胞の形質獲得に関わる遺伝子の発現を誘導し、その結果、分化は進行する。本論文では脂肪細胞分化と脂肪滴形成の転写レベルにおける制御に焦点を当て、その分子機構の解明を目指した。

第一章小胞体ストレス誘導分子TRB3の脂肪細胞分化過程における機能解析

TRB3は小胞体ストレスやグルコース枯渇によって発現が誘導され、インスリンシグナルを阻害する偽キナーゼとして2003年に初めて報告された。肝臓においてTRB3はセリンスレオニンキナーゼAktに結合することでその活性を負に制御し、インスリンによる糖新生抑制を阻害するため、インスリン抵抗性の原因の一つとして考えられている。しかし、肝臓と同様にインスリン感受性臓器であるにも関わらず、脂肪組織におけるTRB3の機能は未知であることから、本章では脂肪細胞が成熟する過程である脂肪細胞分化に着目してTRB3の機能解析を試みた。

マウス前駆脂肪細胞である3T3-Ll細胞の脂肪細胞分化過程においてTRB3の発現を調べたところ、分化後期にかけて誘導されることが明らかとなり、レトロウイルスを用いてTRB3を強制発現すると、細胞内に蓄積されるTG量の減少が認められた。このとき脂肪細胞分化に重要な遺伝子を調べたところ、PPARγよりも上流で働く転写因子C/EBPβ,C/EBPδの発現はTRB3の強制発現による影響はほとんど認められなかったのに対し、CIEBPαをはじめPPARγ標的遺伝子の発現は一様に抑制されていた。このことからTRB3がPPARγに働きかける可能性を考え、PPARγ標的遺伝子であるperilipinプロモーターを用いたレポーターアッセイを行った。その結果、TRB3はPPARγによるperilipinプロモーターの活性化を抑制することが見出され、TRB3はPPARγの転写活性を抑制することが示された。さらにPPARγとTRB3のタンパク質相互作用を免疫沈降法により調べたところ、両者は細胞内で複合体を形成し、PPARγと相互作用できない変異体のTRB3は、PPARγによるperilipinプロモーターの活性化も、脂肪細胞分化も抑制できないことが判明した。以上の結果より、TRB3はPPARγの転写活性を抑制することで脂肪細胞分化を負に制御することが明らかとなった。TRB3は脂肪細胞分化後期に発現が誘導されることから、分化を終結の方向に導くストッパーとして機能していることが推察される。

第二章脂肪細胞分化過程におけるapoC-IIIの発現誘導機構

ApoC-IIIは主に肝臓、小腸において合成されるアポリポタンパク質であり、50%以上がVerylow-densitylipoprotein(VLDL)画分に存在している。その主な機能はTG-richなリポタンパク質のLipoprotein lipase(LPL)との結合を阻害し、その代謝を妨げることであり、ノックアウトマウスなどの解析から、血中apoC-IIIの増加は高TG血症へとつながると考えられている。本章では、3T3-L1細胞の脂肪細胞分化過程における脂質代謝関連遺伝子の発現変動を調べる過程で、apoC-IIIのmRNA発現量が数百倍誘導されることを見出し、その発現誘導機構の解析を行った。

ApoC-IIIのmRNA発現量は、マウス個体より調製した胚性幹細胞(Mouse embryonic fibroblast;MEF)および初代前駆脂肪細胞の脂肪細胞分化過程においても数百倍誘導されることが判明した。また、C57BL/6マウスの白色脂肪組織よりストローマル細胞画分と成熟脂肪細胞画分を調製し、それぞれのapoC-IIImRNA発現量を定量したところ、成熟脂肪細胞画分で高値を示した。このことから、invivoにおいてもapoC-IIIは脂肪細胞が成熟するに従い発現が誘導されることが示唆された。

次にapoC-IIIの発現制御を担う転写因子の同定を目的として、脂肪細胞へと分化させた3T3-L1細胞に様々な核内受容体のリガンドを処理したところ、apoC-IIIの発現はRetinoid X receptor(RXR)のリガンド処理により誘導されることが見出された。またapoC-IIIプロモーターを用いたレポーターアッセイを行ったところ、RXRαを強制発現し、さらにそのリガンドを処理したときに活性化が認められた。転写開始点より上流494~504bpに存在する、RXRαが結合し得るDirect repeat-1様の配列を欠失させるとプロモーター活性は減少したことから、RXRαはこの領域を介してapoC-IIIプロモーターを活性化していることが示唆された。実際、クロマチン免疫沈降法を行ったところ、RXRαはこの領域に結合し、またRXRリガンド処理によって結合量が上昇することが示された。また、RXRαはPPARγと同様、脂肪細胞分化過程においてタンパク質発現が亢進することも判明した。

以上より、脂肪細胞分化に伴うapoC-IIIの発現はRXRαによって正に制御されていることが示された。3T3-Ll細胞にapoC-IIIを強制発現しても脂質蓄積に大きな変化は認められず、apoC-IIIのVLDL代謝阻害活性を考えると、apoC-IIIは分泌後に脂肪組織の血管内皮において、成熟した脂肪細胞が血中から過度に遊離脂肪酸を取り込みすぎないように調節する役割を果たしていることが推察される。

第三章脂肪胞における脂肪滴形成とSREBP活性化の分子機構

Sterol regulatory element-binding protein(SREBP)は脂肪酸やコレステロールの生合成に関わる酵素群の遺伝子発現を正に制御する転写因子である。SREBPは不活性型として小胞体膜上に合成された後、様々な刺激に応じてゴルジ体へと輸送され、プロテアーゼによる切断を受ける。その後、切り出されたN末端領域が核内へと移行し、転写因子として機能する。この一連の機構はプロセシングと呼ばれている。SREBPは非常に数多くの報告がなされているものの、脂肪細胞においてはこれまでにあまり多くは報告されていない。脂肪細胞は生体内において脂質合成が盛んな細胞であり、SREBPが重要な働きを担う場であると考えられるため、本章では脂肪細胞分化におけるSREBPについて、特にその活性化機構に焦点を当て解析を試みた。

脂肪細胞分化過程においてSREBP標的遺伝子のmRNA発現を調べたところ、主に脂肪酸合成に関与するSREBP-1標的遺伝子の発現が強く誘導されることが見出された。この結果は3T3-L1細胞、MEF、初代前駆脂肪細胞のすべての細胞において同様であったが、SREBP-1自身の発現は、3T3-Ll細胞では分化誘導後に誘導され、MEFでは分化過程を通じてほぼ一定、また初代前駆脂肪細胞では分化誘導後に一旦減少した後に再び充進するという結果であった。また、脂肪細胞分化過程におけるSREBP-1のタンパク質レベルの変化を調べたところ、いずれの細胞においても核内型SREBP-1の増加が認められた。さらに分化誘導前の細胞にプロテアソーム阻害剤を処理しても、分化誘導後に誘導されるタンパク質量ほど増加しないことから、脂肪細胞分化過程で核内型SREBP-1が増加したのは、タンパク質安定化のためではなく、プロセシングが充進したためであると考えられた。

続いてレンチウイルスによりPPARγを3T3-Ll細胞およびMEFに強制発現させ、PPARγ依存的に分化させたときにSREBP-1の活性化が起こるかどうかを検証した。通常の脂肪細胞分化ではインスリンなどのホルモンを分化誘導刺激として加えているが、この細胞は刺激を与えずとも分化するため、ホルモンによる様々な経路を介した影響を排除できると考えられた。PPARγの強制発現後、脂肪滴の形成開始時よりこの細胞を継時回収し、遺伝子発現を調べたところ、PPARγの標的遺伝子およびSREBP-1の発現は常に一定であったが、SREBP-1標的遺伝子の発現は一様に充進することが判明した。このとき、核内型SREBP-1のタンパク質量の増加も認められた。従って、SREBP-1の活性化はPPARγを介した脂肪細胞分化シグナルではなく、脂肪滴の形成に依存して起こることが示唆された。

実際に脂肪滴の形成がSREBP-1の活性化に重要であるかどうかを検証するため、次に脂肪滴表面タンパク質であるperilipinのノックアウトマウスを用いた解析を行った。野生型(Plin+/+)マウスおよびperilipinノックアウト(Plin-/-)マウスより皮下脂肪組織精巣上体脂肪組織を単離し、SREBP-1標的遺伝子のmRNA発現量および核内型SREBP-1のタンパク質量を調べたところ、驚くべきことにPlin-/-マウス由来の脂肪組織において顕著な減少が認められた。また、より直接的に脂肪滴の形成がSREBP-1の活性化に影響するかどうかを調べるため、MEFを調製してin vitroに還元した状態での検討を行ったところ、in vivoでの結果と同様、Plin-/-MEFにおいて脂肪滴の形成が顕著に抑制され、このときPPARγ標的遺伝子とSREBP-1自身のmRNA発現はPlin+1+,Plin-/-MEF間で違いが認められなかったものの、SREBP-1標的遺伝子の発現はPlin-/-MEFで一様に減少していた。さらに核内型SREBP-1のタンパク質量もPlin-/-MEFにおいて減少していることが判明した。また、Plin-/-MEFにレトロウイルスを用いてperilipinをレスキューすると、脂肪滴形成の充進とともにSREBP-1標的遺伝子の発現、および核内型SREBP-1タンパク質量の増加が認められた。これらの結果より、perilipin欠損による脂肪滴形成の抑制はSREBP-1の不活性化を引き起こすことが明らかとなった。

さらに、脂肪滴形成に伴うSREBP-1活性化のメカニズムを検証する過程で、分化した脂肪細胞では分化前の細胞に比べ、小胞体膜上の遊離コレステロール量が減少していることが見出された。脂肪滴は小胞体で合成されたTGを核として小胞体膜から分離して形成されると考えられており、この際、小胞体膜上の遊離コレステロールも脂肪滴へと移行したことが推察される。実際、脂肪滴画分における遊離コレステロール量は脂肪細胞分化誘導後に飛躍的に増加していた。そしてこの小胞体膜における遊離コレステロールの減少がSREBP-1の活性化に寄与しているのではないかと考えられる。

以上の結果より、脂肪滴の形成そのものがSREBP-1の活性化を引き起こすという新たな分子機構が明らかとなった(図1)。活性化したSREBP-1は脂肪酸合成を介して脂肪滴形成のさらなる充進を引き起こすと考えられるため、肥満によりいったん脂肪滴の形成が促進すると、脂質蓄積がポジティブフィードバック的にさらに助長されるという悪循環に陥ることが予想される。しかし逆に考えると、脂肪滴形成のいずれかのステップを遮断することで、TG蓄積は大幅に改善されることが期待できる。

まとめ

TRB3,apoC-III,SREBP-1という分子の解析を通じて、脂肪細胞分化および脂肪滴形成における分子機構の一端を明らかにすることができた。脂肪細胞分化はその進行の過程で誘導される数百もの分子が互いに関わり合って進行すると考えられるため、こうした一つ一つの分子機能や他の分子とのクロストークを発見解明することで、徐々にその全貌が明らかになると予測できる。また脂肪細胞において得られた知見は、同じく脂質代謝を司る肝臓や骨格筋などにおいても応用できる可能性があり、ひいては生体内における脂質代謝の全体像の解明と、新薬や機能性食品開発のための原動力につながることが期待される。

1)Takahashi,Y.,Ohoka,N.,Hayashi,H.and Sato,R.J., Lipid.Res.49:880・892.(2008)2)Takahashi,Y,,Inoue,J.,Kagechika,H.and Sato,RFEBSTEBS Lett.582:493・497,(2009)

図1脂肪細胞におけるSREBP-1活性化機構のモデル

審査要旨 要旨を表示する

肥満、特に内臓脂肪型の肥満は、糖尿病、脂質異常症、高血圧といった生活習慣病を引き起こしやすいことが統計学的に示されており、これらの疾患が一個人に集積した状態は近年、メタボリックシンドロームと呼ばれる概念で定着している。メタボリックシンドロームは冠動脈疾患や脳血管疾患の引き金となるため、その予防と治療は臨床的見地から考えて非常に重要な課題である。

肥満は脂肪細胞が過度のエネルギーを蓄積した結果であるため、脂肪細胞がその形質を獲得する過程である脂肪細胞分化と脂肪滴の形成機構のメカニズムを解明することは、生活習慣病の予防や治療法の確立に大きく貢献することが期待される。そこで本研究では、脂肪細胞分化と脂肪滴の形成を制御する因子に着目し、特に脂肪細胞分化過程において重要であると考えられている転写レベルにおける制御に焦点を当て、その解析を試みた。

まず初めに、肝臓においてインスリンシグナルを抑制すると報告されている偽キナーゼ、TRB3の脂肪細胞分化に与える影響について解析を行った。TRB3の遺伝子発現は、マウス前駆脂肪細胞である3T3-L1細胞の脂肪細胞分化過程の分化後期において強い誘導が認められた。続いて、レトロウイルスを用いてTRB3を3T3-L1細胞に強制発現したところ、細胞内中性脂質蓄積量や脂肪細胞分化のマスターレギュレーターであるPPARγの標的遺伝子の発現量が一様に減少し、一方、レンチウイルスによるノックダウンを行ったところ、細胞内中性脂質蓄積量とPPARγ標的遺伝子の発現量は増加することが判明した。従って、TRB3は脂肪細胞分化を抑制する因子として作用していることが明らかとなった。次にPPARγ標的遺伝子のプロモーターを用いたルシフェラーゼアッセイを行ったところ、TRB3の強制発現によりPPARγによるプロモーターの活性化が抑制されることから、TRB3はPPARγの転写活性を抑制することが示された。また、TRB3とPPARγはタンパク質相互作用することが免疫沈降法により判明し、PPARγとタンパク質相互作用しない変異体TRB3は、PPARγの転写活性も脂肪細胞分化も抑制できなかった。さらに、レンチウイルスを用いてPPARγを強制発現させることでPPARγ依存的に脂肪細胞へと分化する細胞においても、TRB3の共発現によって分化は抑制されることが見出された。以上の結果より、TRB3はPPARγの転写活性を抑制することで脂肪細胞分化を負に制御することが明らかとなった。TRB3の発現は脂肪細胞分化の後期に誘導されることから、TRB3は脂肪細胞分化を終結の方向へと導く役割を果たすことが考えられる。また近年、脂肪組織におけるTRB3の発現は絶食時に誘導されるとの報告がなされ、この報告と本研究により得られた結果を併せて考えると、TRB3は絶食時に脂肪細胞内にエネルギーを溜め込まず、骨格筋などのエネルギー消費器官において効率的にエネルギーを消費できるように調節する役割を果たしていることが推察される。

続いて、小胞体膜結合型の転写因子SREBPの脂肪細胞分化過程における活性化機構につ存在が知られており、脂肪細胞においてはエネルギー源となる脂肪酸の合成を司るSREBP-1が重要な役割を果たすと考えられている。SREBPは不活性型の前駆体として小胞体膜にタンパク質合成された後、様々な刺激に応じてゴルジ体へと輸送され、二種類のプロテアーゼ(S1P,S2P)により転写活性領域を含むN末端側が切り出され、核内へと移行して転写因子として機能する。この一連のSREBPの活性化機構はプロセシングと呼ばれている。従って、SREBPが機能を発揮するためにはプロセシングという活性化の過程を経る必要があるが、脂肪細胞分化過程においてSREBPがどのように活性化を受けるのかについては未だ明らかになっていない。そこで本研究では、脂肪細胞分化過程におけるSREBP-1の活性化機構に焦点を当て、その解析を試みた。

3T3-L1細胞、マウス胎児より調製したMEF、マウス個体の皮下白色白色組織より調製した初代前駆脂肪細胞の脂肪細胞分化過程において、核内型SREBP-1タンパク質量とSREBP-1標的遺伝子のmRNA発現量が増加することが見出された。またGFPを付加した前駆体SREBP-1タンパク質を強制発現させ、脂肪細胞へと分化させた場合に核内型タンパク質量が増加することから、脂肪細胞分化過程で誘導される核内型SREBP-1タンパク質量の増加はプロセシングの亢進によるものであると考えられた。さらに、PPARγアゴニストを処理することで脂肪細胞分化を促進させた場合に核内型SREBP-1タンパク質量が増加すること、また、PPARγを強制発現させた場合のPPARγ依存的な脂肪細胞分化過程において、核内型SREBP-1タンパク質量、SREBP-1標的遺伝子のmRNA発現量は脂肪滴形成の度合いに依存して増加することが判明した.

そこで次に、脂肪細胞分化過程における脂肪滴の形成がSREBP-1の活性化に寄与するかどうかを検証するため、脂肪滴の形成を正に制御するperilipinのノックアウトマウスを用いた解析を行った。その結果、penlipinノックアウトマウス由来のMEFを脂肪細胞へと分化させると、野生型マウス由来のMEFを脂肪細胞へと分化させたときに比べ脂肪滴の形成が抑制され、PPARγ標的遺伝子の発現量には大きな変化は認められないものの、核内型SREBP-1タンパク質量とSREBP-1標的遺伝子の発現量の減少が認められた。従って、脂肪滴の形成そのものがSREBP-1の活性化を促進する引き金となることが判明した。

また、S1Pの活性化を阻害するAEBSFを脂肪細胞に処理すると核内型SREBP-1タンパク質量は減少することから、脂肪細胞分化過程においてSREBP・1はS1P/S2Pを介したプロセシングを受けることが示された。

以上の結果より、脂肪細胞が分化する過程において脂肪滴の形成が促進されると、前駆体SREBP-1タンパク質はプロセシングを受け、SREBP-1は脂肪酸合成合成酵素の発現を誘導するため、脂肪滴の形成はさらに促進される、という正のフィードバック機構が働くと考えられる。この機構は、脂肪細胞が余剰エネルギーを速やかに、かつ効率良く細胞内に蓄積するために有用であるものと推察される。

本研究により、脂肪細胞分化、脂肪滴形成の過程において重要な役割を果たす転写因子PPARγおよびSREBP-1の新たな分子機構の一・端が明らかとなった。本研究で得られた成果は、脂肪細胞のホメオスタシス維持の理解となるだけでなく、肥満など脂肪細胞の異常に起因して起こる病態の分子機構の解明と、それを治療するための応用研究に結びつくことが期待される。

よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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