学位論文要旨



No 125804
著者(漢字) 濱田,美影
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,ミカ
標題(和) 腸管上皮における転写因子AhRを介したフラボノイドの認識、代謝機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 125804
報告番号 甲25804
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3504号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 戸塚,護
内容要旨 要旨を表示する

序章

生体において外界との境界に位置する腸管上皮は、食品成分の吸収を司る器官であるが、侵入した外来異物や微生物を認識し応答する器官でもある。特に細胞内に単純拡散的に侵入する脂溶性異物に対しては、受容体による認識や、薬物代謝酵素による酸化(第一相)、抱合化(第二相)、トランスポーターによる排出(第三相)という一連の解毒排出システムが存在する。

近年、環境汚染物質が大きな問題となっている。中でも免疫毒性、発ガン性、催奇形性など多岐にわたる毒性を有しているダイオキシン類は生物の体内に蓄積しやすく、食品と共に日常的に曝露されている内分泌擬乱物質である。最も強い毒性を有する2,3,7,8-tetrachlorodibenzo「ρ一dioxin(TCDD)は受容体型転写因子であるarylhydrocarbon receptor(AhR)にリガンドとして結合・活性化して、cytochromeP450(CYP)1A1に代表される薬物代謝酵素を誘導することが知られており、さらにAhRの活性化はダイオキシンの毒性発現に関与することが示唆されている。

一方、野菜や果物から摂取している食品因子にフラボノイドがある。フラボノイドは抗酸化作用、抗ガン作用、抗アレルギー作用など多くの生理活性が報告されており、様々な疾患を予防しうる食品因子として注目されている。フラボノイドも生体に脂溶性生体異物として認識されることから、AhRや核内受容体PXRのリガンドになって薬物代謝酵素の発現を制御し、一方でそれ自身が薬物代謝酵素による代謝を受けることが報告されている。

本研究では、受容体型転写因子AhRに着目し、ダイオキシンとフラボノイドという2種類の外来異物に対する腸管上皮細胞の認識・応答を解析することを目的とした。

第1章TCDDによって一導されるAhRの活性ヒとそれに伴うCYP1A1発現亢進に対するフラボノイドの抑制効果

これまでフラボノイドはAhRに対するアンタゴニスト作用などが報告され、ダイオキシンの毒性発現を抑制することが示唆されている。しかし腸管吸収時に代謝を受けその生理作用が失われてしまう可能性は十分考えられる。そこで、腸管上皮モデルとしてヒト結腸ガン由来Caco-2細胞を用い、その単層を透過したフラボノイドのAhR抑制活性について検討した。

始めにTCDDによるCYPlA1の転写活性充進を抑制するフラボノイドを探索した。ヒトCYPIA1プロモーター約1.6kbpをルシフェラーゼ遺伝子の上流に挿入したプラスミドが安定に導入されているヒト肝臓ガン由来細胞HepG2(HepG2-LUC)にフラボノイドとTCDDを添加し、ルシフェラーゼ活性を測定した。またフラボノイド類とTCDDを添加したマウス肝腫瘍由来Hepa-1c1c7細胞の核タンパク質中の活性型AhRをAhRのヘテロダイマーパートナーであるAhR nuclear translocator(Arnt)の抗体で検出するSW-ELISAを用いて、TCDDによるAhRの活性化に対するフラボノイドの影響についても検討をおこなった。その結果、7種のフラボノイドにTCDDによって誘導されたCYP1A1転写活性及びAhR活性化を有意に抑制する活性を見出した。

フラボノイドの腸管における吸収・代謝を検討するため、透過性膜上で培養したCaco-2細胞層のapica1側にフラボノイドを添加し、basa1側に透過した試料を用いて実験をおこなった。その結果、腸管上皮細胞層を透過したflavone、galangin、tangeretinはTCDDによって誘導されたCYP1A1転写活性、mRNA、タンパク質発現を有意に抑制することを確認した。

またC57BL6Jマウスに、ダイオキシンと同様AhRのリガンドである3-methylcholanthrene(3MC)とフラボノイドを胃内投与し、肝臓と腸管全長の粘膜のCYP1A1mRNA発現を調べた。その結果、3MCで誘導されたCYPlA1のmRNA発現が血avoneによって有意に抑制されることが確認できた。

以上の結果よりフラボノイドは腸管上皮で吸収・代謝を受けた後においても、ダイオキシンの毒性発現を抑制することが示唆された。

第2章腸管上皮におけるフラボノイドの吸収・代謝とダイオキシンの影響

腸管でのTCDDとフラボノイドの相互作用を考慮にいれ、TCDDと同時にCaco-2細胞層を透過させたフラボノイド及びTCDDを含む培地で培養した後のCaco-2細胞層を透過させたフラボノイドのCYPIA1転写活性に与える影響を調べた。その結果、TCDDと同時にCaco-2細胞層を透過したフラボノイドの抑制効果は、フラボノイドを単独で透過させたときの抑制効果と比較して低下し、TCDD前処理においてもフラボノイドの抑制作用の低下がみられた。これよりダイオキシンは腸管上皮におけるフラボノイドの吸収量あるいは代謝産物の構造を変化させていることが考えられた。そこで特に大きな影響がみられたgalanginについて代謝産物の解析をおこなった。

TCDD前処理したCaco-2細胞と未処理のCaco-2細胞によって生じたgalanginの代謝産物を比較した結果、TCDD前処理によって酸化体であるkaempferolとそのグルクロン酸抱合体が増加し、galanginの2種類のグルクロン酸抱合体が減少した。またTCDD前処理により発現が亢進したCYP1A1によってgalanginがkaempfero1へ代謝されていることが示された。第1章の結果より、kaempferolにはほとんどAhRへのアンタゴニスト活性がないことから、galanginはTCDDによって発現亢進したCYPIA1によってkaempferolに代謝されたため、AhRに対するアンタゴニスト活性が低下したことが示唆された。

3章腸管上皮細胞におけるメトキシフラボノイドtaneretinの吸収・代謝

メトキシフラボノイドであるtangeretinはCaco-2細胞を透過後、最も強いAhR抑制活性を示したことから、他のフラボノイドとは異なる吸収や代謝がおこっている可能性が考えられた。しかしメトキシフラボノイドの腸管上皮における吸収・代謝の報告はほとんどないため、Caco-2細胞やヒト小腸ミクロソーム等を用いてtangeretin代謝産物の解析をおこなった。

LC/MS/MSを用いて代謝産物の解析をおこなったところ、ジメチル化、酸化、グルクロン酸抱合化などをうけた9種類の代謝産物が得られ、ほとんどの代謝物は脂溶性の高い構造を有していた。またこれらの代謝には主にCYP1A1やCYP3A4が関与していることが示された。さらに透過性膜上に培養したCaco-2細胞を用いて各代謝物のapical及びbasal側への細胞外排出をみたところ、いくつかの代謝産物の排出に極性があることが確認された。

これらの結果より、tangeretinの代謝産物は高い脂溶性を維持したものが多いため、腸管上皮透過後もAhRアンタゴニスト活性を有していると考えられた。

総合討論

本研究では、生理機能の異なる2種のAhR相互作用因子であるTCDD(環境因子)とフラボノイド(食品因子)を用いて、腸管上皮細胞における外来異物認識・代謝応答に関して解析をおこなった。フラボノイドは、TCDDによるCYP1A1の発現充進に対する抑制作用を有しているが、腸管上皮での吸収や代謝を考慮することで、より生体内で機能的なフラボノイドを探索できることが示唆された。一方でTCDDは腸管上皮細胞の薬物代謝酵素、特にCYP1A1の発現を亢進することでフラボノイドの代謝に影響を与え、フラボノイドの生理機能に変化を与えることが示された。すなわちTCDDのような環境因子は腸管上皮の代謝機能を撹乱し、フラボノイドなどの食品因子の機能性を変化させるというダイオキシンの新たな毒性と捉えられる知見を提示した。本研究は、「フラボノイドが腸管上皮で多彩な代謝物となり、その吸収率や代謝産物の変化が生理機能を反映する」という薬物動態的な観点で食品因子の機能性を明らかにすると共に、それに及ぼす環境汚染物質の影響を示したもので、食の機能性と安全性に関わる重要な知見を与えたものと考えている。

1. Hamada, M., Satsu, H., Natsume, Y., Nishiumi, S., Fukuda, I., Ashida, H., Shimizu, M. "TCDD-induced CYP1 A 1 expression, an index of dioxin toxicity, is suppressed by flavonoids permeating the human intestinal Caco-2 cell monolayers" J. Agri .Food Chem. 54 (23) 8891-8898 (2006)2. Hamada, M., Satsu, H., Ashida, H., Sugita-Konishi, Y., Shimizu, M. "Metabolites of Galangin by 2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin-inducible Cytochrome P450 1 Al in Human Intestinal Epithelial Caco-2 Cells and their Antagonistic Activity toward Aryl Hydrocarbon Receptor" Chem. Res. Toxicol., submitted.

図AhRを介した外来異物解毒排出機構

審査要旨 要旨を表示する

近年、環境汚染物質が問題となっており、中でもダイオキシン類は食品と共に日常的に曝露されている内分泌撹乱化学物質として注目されている。最も強い毒性を有する2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin(TCDD)は薬物受容体であるaryl hydrocarbon receptor(AhR)にリガンドとして結合・活性化して、cytochromeP450(CYP)1A1などの薬物代謝酵素を誘導することが知られており、さらにAhRの活性化はダイオキシンの毒性発現に関与することが示唆されている。一方、野菜や果物から摂取しているフラボノイドは多くの生理活性が報告されており、様々な疾患を予防しうる食品因子として注目されている。

腸管上皮は、食品成分を吸収する器官であるが、侵入した外来異物や微生物を認識し応答する器官でもある。特に脂溶性異物に対しては、受容体による認識や、薬物代謝酵素による解毒排出システムが存在する。本研究は、薬物受容体AhRに着目し、ダイオキシンとフラボノイドという2種類の生体異物に対する腸管上皮細胞の認識・応答を解析したもので、3章よりなる。

序章に続き、第1章では、TCDDによるAhRの活性化とそれに伴うCYP1A1の転写活性亢進を抑制するフラボノイドの探索をおこなっている。SW-ELISA及びルシフェラーゼアッセイを用い、抑制活性を有する7種のフラボノイドを見出した。さらに、腸管吸収時の代謝による生理作用の変化を考慮し、ヒト腸管上皮Caco-2細胞単層を透過したフラボノイドの抑制活性について検討した。その結果.flavone、galangin、tangeretinは腸管上皮細胞層を透過した後でも、TCDDによって誘導されるCYP1A1の転写活性、mRNA発現、タンパク質産生を有意に抑制することが見出された。またin vivoの系においても、肝臓及び腸管粘膜で誘導されたCYP1A1のmRNA発現がflavoneによって有意に抑制されることを確認し、フラボノイドが腸管上皮で吸収・代謝を受けた後においても、AhRの活性化を伴うダイオキシンの毒性発現を抑制することが示唆された。

第2章では、腸管上皮におけるフラボノイドの吸収・代謝にダイオキシンが与える影響について検討している。galanginはCaco-2細胞において、2種のグルクロン酸抱合体とkaempferol、さらにはkaempferolグルクロン酸抱合体へと代謝された。一方TCDDで処理したCaco-2細胞ではCYP1A1の発現が亢進し、kaempferolへの代謝が促進されたため、上皮細胞透過後のgalanginではCYP1A1転写活性に対する抑制活性が低減することが示された。

第3章では未だ報告がなされていないtangeretinの腸管上皮細胞における吸収・代謝及び代謝物の排出についてCaco-2細胞及びヒト小腸ミクロソームを用いて解析をおこなっている。LC/MS/MSを用いて解析をおこなったところ、tangeretinの9種類の代謝産物が得られ、これらの代謝には主にCYP1A1やCYP3A4が関与していることが示された。さらに透過性膜上に培養したCacσ2細胞を用いることで、いくつかの代謝産物の排出に極性があることも確認された。これらの結果より、tangeretinは腸管上皮によって多様な代謝物となるが、これらのほとんどは高い脂溶性を維持しており、そのために腸管上皮透過後もAhR活性化に対する抑制作用を有していると考えられた。

フラボノイドはTCDDによるCYP1A1の発現元進に対する抑制作用を有しているが、腸管上皮での吸収や代謝を考慮することで、より生体内で機能的なフラボノイドを探索できることが、本研究の結果から示唆された。一方でTCDDは腸管上皮細胞の薬物代謝酵素、発現を充進することでフラボノイドの代謝に影響を与え、フラボノイドの生理機能に変化を与える可能性が示されたことから、フラボノイドなどの食品因子の機能性を変化させるというダイオキシンの新たな有害作用も示唆された。

以上要するに、本研究は、各種健康機能が報告されている食品因子フラボノイドの腸管上皮での吸収や代謝が生理機能に影響すること、環境化学物質が食品因子の機能性発現に影響を及ぼすことを分子レベルの解析によって示し、食の機能性と安全性に関わる重要な知見を与えたものであり、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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