学位論文要旨



No 125806
著者(漢字) 山村,昭裕
著者(英字)
著者(カナ) ヤマムラ,アキヒロ
標題(和) D-パントイルラクトン合成酵素CPR-C1およびCPR-C2のX線結晶構造解析
標題(洋)
報告番号 125806
報告番号 甲25806
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3506号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 准教授 永田,宏次
内容要旨 要旨を表示する

CPR(Conjugated polyketone reductase、共役ポリケトン還元酵素)-C1およびCPR-C2は、ともにNADPH依存的にケトパントイルラクトン(KPL)の3位のカルボニル酸素を不斉還元し、D-パントイルラクトン(D-PL)を生成する反応を触媒する。両酵素は、ほぼ同程度のKPL還元活性を有していることが分かっている[1]。

CPR-C1とCPR-C2はそれぞれ304、307アミノ酸残基からなり、43%の配列相同性(Identity)を有する。アミノ酸配列より共にAldo-keto reductase(AKR)スーパーファミリーに属することが示唆されているが、AKRスーパーファミリーにおいてアミノ酸配列によって定義される既存のいずれのファミリーにも属さない。さらに、両酵素はメナジオン、p-ニトロベンズアルデヒド、3-アルデヒドピリジン、4-クロロアセト酢酸エチルといった、AKRスーパーファミリーに属する酵素の多くによって還元される非共役ケトンおよびアルデヒドを基質としない。一方で、KPLを立体選択的に還元するAKRスーパーファミリータンパク質は見つかっていないため、両酵素は他のAKRスーパーファミリータンパク質とは異なる基質認識機構を持っていると考えられる。

D-PLは、医薬品、化粧品の原料や、食品・飼料添加物などとして広く用いられている1)一パントテン酸(ビタミンB5)、D-パンテノール、D-パンテテインなどを化学合成する際の重要なキラルビルデイングブロックであるため、両酵素のD-PL工業生産への応用が期待されている。NAD(P)H依存性酵素を工業利用する際には、NAD(P)+依存性脱水素酵素による酵素反応と共役させてNAD(P)Hを再生させる。とりわけギ酸脱水素酵素を用いたNADH再生系は副産物を生じないため、グルコース脱水素酵素を用いたNADPH再生系よりも工業利用に適しているが、CPR-C1とCPR-C2はNADHを補酵素としたときの活性がNADPHを補酵素としたときの20分の1にまで低下するため、NADH再生系を用いることができない。

CPR-C1およびCPR-C2が共通に有しているNADPHを特異的に要求する機構、KPLを立体選択的に還元する機構を構造学的に解明することで、工業利用可能なNADH依存性D-PL合成酵素改変体を作製するための基盤情報を得ることができる。そこで、本研究ではCPR-C1およびCPR-C2のX線結晶構造解析、NADPH認識機構の解析および他のAKRスーパーファミリータンパク質との構造比較を行った。

1.apo型CPR-C2のX線結晶構造解析

CPR-C2のN末端側に6×Hisタグとそれを切断するためのthrombinプロテアーゼ認識配列を組み込んだコンストラクトを作製した。大腸菌発現系で大量発現させ、Niアフィニティクロマトグラフィーとゲルろ過により精製を行った。ゲルろ過の結果より、CPR-C2は溶液中で単量体であることが示唆された。NADPHを含まない条件で結晶化を行ったところ、PEG3350を沈殿剤として用いた条件で0.06×0.06×0.8mmの棒状の結晶が得られた。X線回折実験は高エネルギー加速器研究機構放射光実験施設のビームラインAR-NWI2Aにて行い、最高分解能1.7AのX線回折データを得た。結晶の空間群はP212121、格子定数はa=55.02A、b=68.30A、c=68.93Aであった。このX線回折データを用い、PDB ID 1VP5をモデル分子とした分子置換法によりapo型CPR-C2のX線結晶構造を決定した(図1)。

2.NADPH結合型CPR-C2のX線結晶構造解析

CPR-C2を大腸菌発現系で大量発現させ、Niアフィニティクロマトグラフィー精製後にthrombinにより6×Hisタグを切断し、陰イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過により精製した。CPR-C2とNADPHをモル比1:4で混合した溶液を結晶化に用いたところ、PEG3350を沈殿剤として用いた条件で0.3×0.1×0.02mmの板状の結晶が得られた。X線回折実験は高エネノレギー加速器研究機構放射光実験施設のビームラインAR-NE3Aにて行い、最高分解能1.8AのX線回折データを得た。結晶の空間群はMl、格子定数はa=46.21A、bニ127.45A、c=46.44A、fβ=108.99。であった。このX線回折データを用い、分子置換法によりNADPH結合型CPR-C2のX線結晶構造を決定した。

CPR-C2のapo型とNADPH結合型とを構造比較したところ、CPR-C2はNADPH結合に伴いThr25-Va138の領域で構造が大きく変化し、その結果基質結合部位が生じることが分かった。この構造変化には、Thr27とLys28によるNADPH認識が関与していた(図2)。Thr27の側鎖は、apo型では基質結合ポケット内部を向いていたが、NADPH結合型ではNADPHのニコチンアミドモノヌクレオチドの5'一リン酸基と水素結合を形成していた。その結果、後者では基質結合ポケットがopen状態となることが示された。Thr27のアラニン置換体では活性が大きく低下したことからも、Thr27の側鎖によるNADPH認識が活性に重要であることが支持された。一方NADPH結合型CPR-C2では、Lys28の側鎖のアミノ基とNADPHのアデノシンの2'-リン酸基が静電的に相互作用していた。このLys28側鎖の存在が、cPR-c2がNADPHを特異的に要求する一因になっていると考えられる。

3.NADPH結合型CPR-C1のX線結晶構造解析

CPR-ClのN末端側に6XHisタグとそれを切断するためのthrombinプロテアーゼ認識配列を組み込んだコンストラクトを作製した。大腸菌発現系で大量発現させ、Niアフィニティクロマトグラフィー、thrombinによる6×Hisタグの切断、陰イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過により精製を行った。ゲルろ過の結果より、CPR-C1は溶液中で単量体であることが示唆された。NADPHを含まない条件では結晶が得られなかったため、CPR-C1とNADPHをモル比1:10で混合した溶液を結晶化に用いたところ、PEG3350を沈殿剤として用いた条件で0.05×0.12×0.3mmの棒状の結晶が得られた。X線回折実験は高エネルギー加速器研究機構放射光実験施設のビームラインAR-NW12Aにて行い、最高分解能2.2AのX線回折データを得た。結晶の空間群はP21、格子定数はa=59.07A、b=84.93A、c=136.16A、、β=96.17°であった。このx線回折データを用い、分子置換法によりNADPH結合型CPR-C1のX線結晶構造を決定した。得られたX線結晶構造から、CP正しC1もCPR-C2と同様の機構でThr25、Lys26によりNADPHを認識していることが示された。

4.CPR-C1とCPR.C2の基質結合部位

基質との複合体構造が決定されているAKRスーパーファミリータンパク質との構造重ね合わせにより、CPR-C1およびCPR-C2の基質結合部位を類推した。その結果、CPR-C1ではPhe28、Phel26、Phe296、CPR-C2ではLys30、Phe299、Phe300が、疎水性に富む基質結合ポケットを形成していると推測された。このような疎水性に富む基質結合ポケットは、他のAKRスーパーファミリータンパク質でも見られた。また、KPLの2位のカルボニル酸素はCPR・C1のThr25、CPR-C2のThr27の主鎖のNとの水素結合により認識されていることが示唆された。この水素結合によりKPLの結合の向きが制限されるため、結果的にKPLの立体選択的な還元が可能になっていると考えられる。この特徴は他のAKRスーパーファミリータンパク質では見られなかったため、CPR-ClとCPR-C2に特徴的なKPLの立体選択的な還元の構造要因であることが示唆された

5.まとめ

本研究では、1}PL合成酵素CPR-C1およびCPR.C2のX線結晶構造を決定した。両酵素とも他のAKRスーパーファミリータンパク質に類似した全体構造を有していたが、Thr、LysによるNADPH認識とそれに伴うThr25-Va138の構造変化は両酵素に特徴的なものであった。この特徴が、両酵素の高いNADPH要求性と、KPLの立体選択的な還元の構造要因であることが明らかとなった。

本研究の結果から、両酵素をNADH要求性に変換するために、CPR-C1のLys26やcPR-C2のLys28によるNADPHのアデノシンの2'-リン酸基認識がなくても、NADHとの結合能が保持される変異体を構築する必要があることが示された。本研究で得られた知見は、高活性型NADH依存性D-PL合成酵素の創製に役立つと期待される。

1. Hidalgo, A. R. et al. Isolation and primary structural analysis of two conjugated polyketone reductases from Candida parapsilosis. Biosci. Biotechnol. Biochem. 65, 2785-2788 (2001).

図1.apo型CPR-C2のX線結晶構造

図2.CPR-C2のNADPH結合部位(左)apo型(右)NADPH結合型

図3.(左)CPR-C1の全体構造(右)CPR-C1のNADPH結合部位

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、D-パントイルラクトン合成酵素CPR-C1およびCPR-C2のX線結晶構造解析と、得られたX線結晶構造に基づいた変異体作製および活性測定の結果について述べている。CPR-C1とCPR-C2は、Candida paraρsilosis IFO 0708に由来する、NADPH依存的にケトパントイルラクトン(KPL)を立体選択的に還元してD-パントイルラクトン(D-PL)を産生する反応を触媒する酵素である。本研究ではCPR-C1とCPR-C2の構造生物学的解析、生化学的解析を行い、両酵素のNADPH依存性機構、KPLの立体選択的還元機構を明らかにし、両酵素の工業応用に向けた展望を示している。本論文は5章からなる。

第1章では、まずキラル化合物の有用性について説明し、酵素法を用いたキラル化合物の不斉合成技術を紹介している。次に、CPR-C1とCPR-C2に関する現在までの知見を説明している。CPR-C1とCPR-C2はそれぞれ304および307アミノ酸残基からなるタンパク質であり、AKRスーパーファミリーのファミリー3Cに属する。両酵素はNADPH依存的にKPLを立体選択的に還元してD-PLを産生する反応を触媒する酵素であるため、両酵素を用いたD-PLの工業的生産が期待される。D-PLの有用性とD-PL生産の現状を説明したうえで、両酵素を用いたD・PLの工業的生産への課題、すなわちNADHを利用可能な酵素へと改変する必要性が説明されている。

第2章、第3章では、apo型、NADPH結合型CPR-C2およびNADPH結合型CPR-C1のX線結晶構造解析について記述されているρ構造解析の結果、CPR-C1とCPR-C2が他のAKRスーパーファミリーと同様のTIMバレル構造を有していること、NADPH結合に伴いCPR-C2の立体構造が変化することが見出された。この構造変化には、CPR-C2のThr27とLys28が関与していることが示唆された。これらの残基はCPR-C1のThr25、Lys26に相当する。また、NADPHのアデノシンに結合した2'-リン酸基はCPR-C1ではLys26、Lys261、Arg264、CPR-C2ではLys28、Lys264、Arg267により認識されており、これがNADPH依存性の要因であることが示唆された。CPR-C1ではAsp55、Tlyr60、Lys85、His125、CPR-C2ではAsp58、Tvr63,Lys88、His125がcatalytic tetradを形成していた。ラット肝臓由来3-α-hydroxysteroid dehydrogenase(3-α-HSD)の基質テストステロンとの複合体構造と構造を重ね合わせることより、基質KPLのCPR-C1およびCPR-C2への結合様式が予測された。その結果、KPLにおいて還元される3位のカルボニル基はcatalytictetradを形成しているTyr60/63、His125/125と水素結合可能な位置に、2位のカルボニル基はThr25/27の主鎖のNと水素結合可能な位置に存在することが示唆された。また、KPL認識にはこれら以外にCPR-C1ではPhe28、Arg30、Phe126、Phe296、CPR-C2ではLys30、Phe299、Phe300が関わっていることが示唆された。

第4章では、第2章、第3章で得られた構造情報に基づきNADPHのアデノシンに結合した2'-リン酸基の認識に関わるアミノ酸残基と、基質結合に関わるアミノ酸残基を選定し、それらのアラニン置換と活性測定の結果について述べている。まず、CPR-C1およびCPR-C2においてcatalytic tetradであると考えられた残基(CPR-C1のAsp55、TYr60、Lys85、His125、CPR-C2のAsp58、Tyr63、Lys88、His125)をアラニン置換することによる大幅な活性低下を確認し、これらの残基が触媒残基として働くことを確認している。次にNADPHのアデノシンの2'-リン酸基近傍に位置するアミノ酸残基(CPR-C1のLys26、Lys261、Arg264、CPR-C2のLys28、Lys264、Arg267)をアラニン置換し、それぞれのNADPH依存性への寄与について考察している。また、基質結合に関わる残基(CPR-C1のThr25、Phe28、Arg30、Phe126、Phe296、CPR-C2のThr27、Lys30、Phe299、Phe300)をアラニン置換し、それぞれの活性への寄与を考察している。この結果、CPR-ClのR30A、F126A変異体が野生型酵素よりも高い比活性を有することが示されている。

第5章では、CPR-C1とCPR-C2のX線結晶構造解析と変異体の活性測定の結果について総合考察が述べられている。まずCPR・C2がNADPH結合に伴い構造変化することを示し、その意義を考察している。また、CPR-C1とCPR-C2の構造比較を行い、両酵素の共通点と異なる点が示されている。両酵素に共通したKPL認識機構より、両酵素のKPLの立体選択的還元機構が明らかになり、それに大きく寄与するGXGTXモチーフを提唱している。また、両酵素とNADHを利用可能なOandida tenuis由来キシロース還元酵素との比較から、CPR-C1とCPR-C2のNADPH依存性に関わる構造要因が明らかになった。その結果を踏まえ、NADHを利用可能なCPR-C1、CPR-C2改変体の創製が試みられている。現在までに十分な活性を有する変異酵素は得られていないものの、今後さらなる高活性化に向けた展望を示している。

以上、本研究はCPR-C1およびCPR-C2の構造と機能の相関を明らかにしただけでなく、両酵素を用いたD-PL生産という工業応用も見据えて行っており応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものとして判断した。

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