学位論文要旨



No 125809
著者(漢字) 丹野,悠司
著者(英字)
著者(カナ) タンノ,ユウジ
標題(和) ヒト体細胞分裂におけるシュゴシンの機能解析
標題(洋)
報告番号 125809
報告番号 甲25809
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3509号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 准教授 前田,達哉
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

全ての真核細胞は、自身の染色体を複製することで遺伝情報を倍加し、細胞分裂の際にそれを均等に分配することによって自己複製を完結する。この染色体の均等分配の誤りによって染色体数の異常が生じた場合、細胞死や癌化などが引き起こされることから、染色体分配に関わる分子メカニズムの研究は、基礎生物学とともに医学的な見地からも重要な意味をもつといえる。

DNA合成期に複製された姉妹染色分体は、コヒーシンと呼ばれるタンパク質複合体により全長に渡って接着が確立される。細胞が分裂期へと進行すると、分裂期キナーゼP1k1によるコヒーシンのリン酸化に依存して染色体腕部のコヒーシンが解離することで、腕部における染色体の接着が解消される。一方で、セントロメアでは接着が強固に維持されることにより、姉妹染色分体ペアが維持される。この接着によって、分裂期に形成されるスピンドル微小管が正しい姉妹染色分体のペアを認識することが可能となり、両極側から捕捉された姉妹動原体ペアは細胞赤道面へ整列する。この間、一本の染色体でも正しくスピンドルに捕捉されていなければスピンドルチェックポイントと呼ばれる機構が働き、分裂後期への移行が阻害される。すべての染色体が整列するとスピンドルチェックポイントが解除され、エンドペプチダーゼの1種であるセパレースが活性化し、コヒーシンサブユニット Rad21 を切断することで姉妹染色分体の解離が起きる。

シュゴシンは、ヒトにおいては、Sgo1、Sgo2の2つのパラログが知られており、両者ともにII型プロテインボスファターゼPP2Aと複合体を形成してセントロメアへと局在し、P1k1によるコヒーシンのリン酸化に拮抗してセントロメアにおける接着を維持するタンパク質であることが知られている。また、姉妹染色分体が解離せずに進行する減数第一分裂では、シュゴシンはセパレースによる切断からコヒーシンを保護する働きがある。しかしながら、体細胞分裂と減数分裂のシュゴシンの分子機能の違いをつくる機構などシュゴシンの働き及びその制御については未知の点が多く残されている。本研究では、体細胞分裂におけるシュゴシンの機能及びその制御機構の解明を目的とし、HeLaヒト子宮頚がん細胞を用いて解析を行った。

第2章 分裂中期におけるシュゴシンの局在変化

シュゴシンは、姉妹動原体の内側の領域(インナーセントロメア)に局在しコヒーシンを保護することで、姉妹染色分体のセントロメアにおける接着を維持する。シュゴシンによるコヒーシン保護機構がどのように時空間的に制御されているのかについて解析するため、分裂期におけるシュゴシンの局在をSgo1、Sgo2の免疫染色を行い詳細に観察した。その結果、分裂前中期においてインナーセントロメアに見られるSgo1、Sgo2の局在が、分裂中期において動原体上へと変化することが明らかとなった。微小管脱重合剤であるノコダゾール処理によりスピンドルの形成が阻害された細胞では、Sgo1、Sgo2の局在はインナーセントロメアに観察された。一一方、プロテアソーム阻害剤MG132によって分裂中期へと停止させた細胞おいては、大部分のSgo1、Sgo2が動原体に局在していた。

分裂中期染色体では、スピンドル微小管によって捕捉された姉妹動原体に両極側への張力が生じる。この張力に依存してシュゴシンの局在変化が引き起こされると考えられる。

第3章 シュゴシンの局在変化によるコヒーシン保護機構の解除

本研究により、分裂中期においてシュゴシンの局在がインナーセントロメアから動原体へと変化することが示された。本章では、シュゴシンの局在変化とコヒーシン保護機構との関係について解析を行った。はじめに、コヒーシンサブユニットRad21とSgo1の共免疫染色を行い、両者の局在を比較した。ノコダゾール処理を行った細胞では、インナーセントロメアにおけるSgo1とRad21の共局在が観察された。これに対して、MG132処理を行った細胞では、Sgo1の動原体への局在変化とともにRad21シグナルの消失が観察された。

この結果から、シュゴシンが動原体へと局在変化した染色体では、コヒーシンの保護機構が解除されている可能性が考えられた。この可能性について検討するため、ギムザ染色を行った分裂期染色体標本を用いて染色体接着について解析を行った。その結果、ノコダゾール処理を行った細胞では染色体の接着が維持されていたのに対して、MG132処理により分裂中期へと停止させた細胞では姉妹染色分体の解離が見られた。

次に、分裂後期において人工的にシュゴシンをインナーセントロメアにとどめることで、コヒーシンの保護が起こる可能性について検討を行った。スピンドルチェックポイント制御因子Mad2をRNAiによりノックダウンした細胞にノコダゾール処理を行い、スピンドル形成を阻害したまま分裂後期へと進行させ、Sgo1、Rad21それぞれの局在を免疫染色により解析した。その結果、スピンドル微小管を欠損した分裂後期では、Sgo1の局在がインナーセントロメアにとどまり、Rad21のシグナルも残存していた。

以上より、スピンドル微小管が姉妹動原体に及ぼす張力の結果、何らかの分子機構が働いてシュゴシンの局在がインナーセントロメアから動原体へと変化し、コヒーシンの保護機構が解除されたと考えられる。

第4章 染色体の接着と整列におけるSgo2の機能

Sgo1、Sgo2は、ともにPP2Aと相互作用しセントロメアにおける接着を維持する機能を持つ。本章では、これら2つのシュゴシンの間に機能的差異があるかについて検討を行うため、Sgo1、Sgo2それぞれをRNAiによりノックダウンした細胞の表現型について詳細な解析を行った。まず、分裂期に同調した細胞の染色体接着について経時観察を行った。その結果、Sgo1 RNAi細胞では分裂期への進行直後に姉妹染色分体の解離が引き起こされたのに対し、Sgo2 RNAiにおける解離は分裂期への同調から10時間後に顕著な増加が観察された。この結果から、Sgo2 RNAi細胞における姉妹染色分体の解離は、Sgo1 RNAi細胞と比較して遅れて生じることが明らかとなった。

次に、分裂期を通しての染色体の動態について詳細な解析を行った。ピストンH2Bを緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識した細胞にRNAiを行い、Sgo1またはSgo2をノックダウン後、ライブイメージング観察を行った。その結果、Sgo1 RNAi細胞では、染色体が細胞赤道面に整列するタイミングで姉妹染色分体の解離が見られたのに対し、Sgo2 RNAi細胞では大部分の染色体が赤道面に整列してから約5時間後に解離が観察された。また、Sgo2 RNAi細胞では、解離が生じるまでの間に染色体の整列に異常が観察された。

以上より、Sgo2 RNAiは、Sgo1 RNAiよりも染色体の解離のタイミングが大きく遅れること、また、Sgo2は染色体の接着だけでなく整列にも役割を担っていることが明らかとなった。

第5章 AuroraBによるSgo2のリン酸化は染色体の接着と整列を制御する

先行研究において、Sgo2がPP2A及び分裂期セントロメアキネシン(MCAK)のセントロメア局在に必要であることが報告されている。Sgo2は、PP2Aの局在制御を行うことで染色体接着に関する役割を担っている可能性が考えられる。また、MCAKは微小管脱重合活性を持つタンパク質で、スピンドル微小管と動原体の接続を制御し染色体を正しく整列させる因子であることが示されている。このことから、Sgo2の染色体整列における役割は、MCAKの局在化を通じて行われている可能性が考えられる。これらの可能性について検討するため、まずSgo2がPP2A、MCAKをセントロメアへと局在化させる分子機構について解析を行った。これまでに、分裂期キナーゼAurora Bが、染色体の接着と整列及びMCAKの局在化に必要であることが報告されていた。また、Aurora Bを阻害した細胞において、PP2Aの局在の減少が見られた。以上より、Aurora BがSgo2とPP2A、MCAKとの相互作用を制御し、セントロメア局在を促進している可能性を検討した。まず、Aurora B阻害剤処理を行った細胞を用いてSgo2の免疫沈降を行った。その結果、未処理細胞で観察されたSgo2に対するPP2A、MCAKの共沈降が見られなくなった。

次に、in vitroにおけるAurora BによるSgo2のリン酸化について解析を行った結果、Sgo2のN末端側と中央領域がAurora Bの基質となることを見出した。見出されたリン酸化部位のうちの1つのトレオニン残基に対してリン酸化特異的抗体を作製し、Western blottingを行った。その結果、Sgo2は、細胞内においてもAuroraBによってリン酸化されていることが示された。次に、大腸菌由来のリコンビナントタンパク質を用いたin vitro pull-downアッセイにより、Aurora Bによりリン酸化されたSgo2がMCAK、PP2Aと直接的に結合する可能性を検討した。その結果、AuroraBによるリン酸化は、Sgo2とMCAK、及びPP2AサブユニットB56との結合を促進することが明らかとなった。B56との相互作用にはSgo2とB56両方のリン酸化が必要であった。さらに、Sgo2のN末端側の9つのAurora Bコンセンサス配列をアラニンに置換したSgo2-N9A、中央領域の5つのin vitroにおけるAurora Bリン酸化部位を置換したSgo2-M5Aを用いてpull-downアッセイを行った。その結果、Sgo2-N9Aに対するB56の結合、及びSgo2-M5Aに対するMCAKの結合が弱まった。以上より、Aurora BによるSgo2のN末端側のリン酸化はB56との相互作用を、中央領域のリン酸化はMCAKとの相互作用を促進させることが明らかとなった。

次に、Aurora BによるSgo2の制御機構が細胞内においても機能している可能性について検討を行った。Sgo2 RNAi耐性サイレント変異を導入した野生型 Sog2(Sgo2-WT)、Sgo2-N9A、Sgo2-M5AをHeLa細胞へと発現させ、内在性のSgo2をRNAiによりノックダウンした後、PP2A、MCAKのセントロメア局在を免疫染色法により解析した。その結果、Sgo2-WTではPP2A、MCAKのセントロメア局在が観察された。Sgo2-N9AではMCAKのセントロメア局在は見られたがPP2Aの局在が減少していた。また、Sgo2-M5AではPP2Aのセントロメア局在は見られたが、MCAKの局在が減少した。Sgo2-N9A発現細胞では姉妹染色分体の解離が観察され、Sgo2によるPP2Aのセントロメア局在化が染色体接着に必要であることが示された。一方、Sgo2-M5A細胞では染色体の整列異常を示す細胞の割合が増加しており、Sgo2によるMCAKの局在化は染色体の整列に寄与することが示唆された。以上より、Aurora BはSgo2のリン酸化を通して染色体の接着と整列を制御する可能性が示唆された。

第6章 総括

以上の実験結果より、スピンドル微小管による姉妹動原体への張力によってシュゴシンの局在変化が引き起こされ、コヒーシンから物理的に離れることでその保護を解除する可能性が示唆された。また、Sgo2は分裂期における染色体の接着と整列を担うAurora Bの重要な基質の一つであることが明らかとなった。本研究は、適切な染色体分配を制御する分子メカニズムの一端を解明することにより、染色体の分配異常が原因となって生じる遺伝疾患や癌の理解に役立つことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

全ての真核細胞は、自身の染色体を複製することで遺伝情報を倍加し、細胞分裂の際にそれを均等に分配することによって自己複製を完結する。この染色体の均等分配の誤りによって染色体数の異常が生じた場合、細胞死や癌化などが引き起こされることから、染色体分配に関わる分子メカニズムの研究は、基礎生物学とともに医学的な見地からも重要な意味をもつといえる。本研究は、分裂期における染色体分配を保証する分子メカニズムを明らかにすることを目的として行われ、姉妹染色分体の接着保護を担うことで知られるシュゴシン・タンパク質の機能解析を通じて得られた結果をまとめたものである。

第1章の序論では、体細胞分裂における染色体の動態およびその制御機構に関するこれまでの報告について、姉妹染色分体接着保護因子シュゴシンの役割を中心に概説している。これまで明らかとなっていなかった「シュゴシンによる接着保護の解除機構」ならびに「ヒトシュゴシンSgo2の機能制御機構」という2つの問題を提起した。

第2、3章では、「シュゴシンの局在変化がコヒーシンの接着保護機構を解除する引き金となる」ことを明らかにした。はじめに、分裂前中期におけるシュゴシンのインナーセントロメア局在が分裂中期において動原体部位へと局在変化し、インナーセントロメアにとどまるコヒーシンから解離することを見出した。この、分裂中期におけるシュゴシンの局在変化は、スピンドル微小管が動原体へと及ぼす張力に依存することを明らかにした。また、シュゴシンの局在変化を抑制した状態で分裂後期へと移行させた細胞においては、接着保護機構が維持され、コヒーシンが残存することを示した。これまで、シュゴシンがコヒーシンを保護する分子機構については報告があったが、染色体の分離に先立ってその保護機構を解除するメカニズムについては明らかとなっていなかった。本研究は、スピンドル微小管が動原体に及ぼす張力に依存したシュゴシンの局在変化が、コヒーシンの解離および姉妹染色分体の分離の引き金となることを明らかにした。

第4、5章では、「分裂期キナーゼAurora BによるシュゴシンSgo2のリン酸化が、姉妹染色分体の接着および整列を制御する」ことを明らかにした。はじめに、Sgo2ノックダウン細胞の表現型の解析から、Sgo2が染色体の接着および整列を制御することを見出した。次に、Sgo2がPP2AとMCAKのセントロメア局在に必要であることを示した。次に、Aurora BがSgo2をin vitroにおいてリン酸化し、Sgo2とプロテインボスファターゼPP2Aおよび分裂期キネシンMCAKとの相互作用を促進することを見出した。PP2Aとの相互作用にはSgo2のN末端側のリン酸化が、また、MCAKとの相互作用にはSgo2の中央領域のリン酸化が必要であった。Sgo2のN末端側のリン酸化部位をアラニンに置換したSgo2-N9A変異体は、PP2Aとの相互作用を示さず、中央領域のアラニン置換変異体Sgo2-M5Aは、MCAKとの相互作用を示さなかった。HeLa細胞に野生型Sgo2、Sgo2-N9A、およびSgo2-M5Aを発現させ、Sgo2 RNAiのレスキュー実験を行った結果、野生型Sgo2はPP2A、MCAK両方のセントロメア局在を促進したのに対して、Sgo2-N9A、M5AはそれぞれPP2A、MCAKの局在に異常を示した。また、Sgo2-N9A細胞では姉妹染色分体の接着異常が観察され、Sgo2-M5A細胞では染色体の整列に異常が見られた。以上より、Aurora BによるSgo2のN末端側のリン酸化は、Sgo2とPP2Aとの相互作用およびセントロメア局在化を促進し、姉妹染色分体の接着を制御することが明らかとなった。また、Aurora BによるSgo2の中央領域のリン酸化は、MCAKとの相互作用および局在化を介して、染色体の接着および整列を制御することが結論された。これまで、Aurora Bが分裂期の染色体動態に重要な役割を持つことは広く知られていたが、その基質に関する報告はわずかであった。本研究により、Sgo2がAurora Bの重要な基質の一つであり、そのリン酸化によって染色体の接着と整列が制御されることを明らかにした。

以上、本研究では、ヒト体細胞分裂におけるシュゴシンの機能およびその制御機構に関する新たな知見を通じて、適切な染色体分配を保証する分子機構の一端を明らかにした。この成果は、染色体の分配異常が原因となって生じる遺伝疾患や癌の理解に大いに役立つと期待され、学術的意義も大きい考えられる。よって、審査委員一同は、本論分が博士(農学)の学位論文として価値あるものであることを認めた。

UTokyo Repositoryリンク