学位論文要旨



No 125810
著者(漢字) 岡村,英治
著者(英字)
著者(カナ) オカムラ,エイジ
標題(和) チオラーゼスーパーファミリーにおけるミッシングリンクの発見と機能解明
標題(洋)
報告番号 125810
報告番号 甲25810
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3510号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 准教授 大西,康夫
 東京大学 准教授 葛山,智久
内容要旨 要旨を表示する

チオラーゼスーパーファミリーは生体分子の生合成経路において、炭素一炭素結合の形成を触媒する酵素の一群である。それらの基質は、キャリアー分子であるcoenzyme A(CoA)、またはacy1 carrier protein(ACP)にチオエステル結合したさまざな鎖長のacyl基を持つacy1-CoA、またはacy1-ACPであり、これらのacy1基同士のClaisen縮合により炭素-炭素結合が形成される。その代表的な酵素として、メバロン酸経路のacetoacety1-CoA thiolaseや3-hydroxy-3-methylglutary1(HMG)-CoA synthase、バクテリアや植物が有するII型脂肪酸生合成経路のβ-ketoacy1-ACPsynthase(KAS I,II,III)、油脂植物が特異的に有する超長鎖脂肪酸生合成経路のβ-ketoacy1-CoA synthase(KCS)、それにカルコン合成酵素に代表されるtype III polyketide

テルペノイドとポリケタイド骨格が融合したユニークな化合物であるnaphterpinの生産菌としてStreptomyces sp.CL190株が単離されている。CL190株は、テルペンユニットであるisopenteny1 diphosphate(IPP)とdimethylally1 diphosphate(DMAPP)の生合成経路としてメバロン酸経路とMEP経路を有しており、naphterpinのテルペノイド骨格は主にメバロン酸経路に由来することが判明している。また、naphterpinの生合成遺伝子クラスターは、メバロン酸経路遺伝子クラスターに隣接していることも明らかになっている。このメバロン酸経路遺伝子クラスターには、acetoacety1-CoAからIPPとDMAPPまでの反応を触媒する6つの酵素ホモログが見出されたが、その初発反応である2分子のacety1-CoAから1回のClaisen縮合によりacetoacety1-CoAを合成するacetoacety1-CoA thiolaseホモログは見出されなかった。その一方で機能未知のKAS IIIホモログであるNphT7が見出された。KAS IIIは、開始基質であるacety1-CoAと伸長基質であるmalony1-ACPから、脱炭酸的な1回のClaisen縮合によりacetoacety1-ACPを合成する酵素である。詳細な立体構造と反応機構が明らかにされているE.coli KASIIIとNphT7の一次構造を比較すると、活性中心のアミノ酸残基であるCys-His-Asnが保存されている一方、ACP認識の鍵となるArg残基は保存されていない。本論文では、NphT7のin vitroおよびin vivoにおける機能解明に取り組み、NphT7がacety1-CoAとmalony1-CoAの1回のClaisen縮合により、acetoacety1-CoAを合成することを見出し、新規酵素acetoacety1-CoAsynthaseであることを提案する。また、その酵素学的特性が、チオラーゼスーパーファミリーにおいて未だ発見されていなかった、「ミッシングリンク」である可能性について考察する。

NphT7のin vitroにおける機能解析

NphT7がKAS IIIホモログであることから、まず、そのKAS III活性を検討した。KAS IIIの伸長基質であるmalony1-ACPをin vitro反応により調製した後、開始基質である[1-(14)C]acety1-CoAとともにNphT7と反応させて、その反応溶液をSDS-PAGEにより展開した。その後、[3-(14)C]acetoacety1-ACPに由来する放射活性が検出されるか否かを検討した。その結果、S.coelicolorA3(2)由来のKAS IIIを用いた反応溶液のACP誘導体には、強い放射活性が検出された一方、NphT7反応溶液のACPには、酵素を添加しない反応溶液と同程度の放射活性が検出されたのみであった。以上の結果から、NphT7はKAS III活性を持たないことが明らかとなった。

次に、伸長基質をmalonyl-CoAに換えて、NphT7がacetoacetyl-CoA合成活性を有しているか否かについて、HPLCを用いたイオンペアクロマトグラフィーにより検討した。その結果、反応溶液のacety1-CoA、およびmalony1-CoAの減少に伴い、新たに2つの反応産物の生成が観察された。これらの反応産物は、LC-FTMS分析から、CoAとacetoacety1-CoAと同定されたことから、NphT7がacetoacety1-CoA合成活性を有していることが判明した。

NphT7の基質特異性

次に、acetoacety1-CoA合成酵素であるNphT7の開始基質特異性、および伸長基質特異性を検討した。まず、開始基質として4種のacy1-CoA、すなわちn-propiony1、isobutyry1、butyry1またはisovarely1-CoAを使用してmalony1-CoA存在下においてNphT7と反応させ、その反応産物についてHPLC、およびLC-FTMSにより同定した。その結果、n-propiony1-CoAとisobutyry1-CoAを含む反応溶液では、それら基質の減少に伴い、malony1-CoAとの縮合産物が検出された。また、伸長基質であるmalony1-CoAをmethylmalonyl-CoAに置換した場合にも、acety1-CoAとの縮合産物が観察された。しかし、これら基質を用いた場合の比活性値は、acety1-CoAとmalony1-CoAを用いた場合の値と比較して、およそ1000倍以下の値であったことから、NphT7の生理的な基質はacety1-CoAとmalony1-CoAであることが判明した。

阻害剤を用いた活性測定による活性中心構造の推察

続いて、KASの阻害剤であるcerulenin、およびthiolactomycinを用いたNphT7に対する阻害効果を検討した。Thiolactomycinはmalony1-ACPアナログとなり、KASI、II、IIIのすべてを阻害するが、ceruleninは長鎖acy1基と酵素の複合体を模倣することで、KASIとIIのみを阻害する一方、KAS IIIは阻害しない。この知見を踏まえ、それぞれの阻害剤存在下におけるNphT7のacetoacety1-CoA合成活性を測定して、活性中心の構造についての知見を得ることにした。その結果、ceruleninのみならずthiolactomycinでも阻害されなかったことから、NphT7はKAS IIIホモログでありながら、その活性中心の構造はKAS IIIとは異なっていることが示唆された。

部位特異的変異導入による基質特異性の改変

KAS IIIでは、開始基質特異性を決定するとされる複数のアミノ酸残基が明らかにされている。そこでKAS IIIとNphT7の一次構造を比較して、より長い鎖長を認識するようにそれらアミノ酸残基に部位特異的変異を導入した。作製した変異酵素であるNphT7 Q9OF、およびQ90Tの酵素活性を検討した結果、Q90F変異酵素では、acetoacety1-CoA合成活性を含めてすべての縮合反応が消失した。その一方で、Q90T変異酵素では、acety1-CoAに対する特異性が大幅に低下するとともに、n-propiony1-CoAに対する特異性が1.6倍に上昇し、より鎖長の長いβ-ketoacyl-CoAを合成しうる酵素へと改変することに成功した。

NphT7のin vivoにおける機能解析

NphT7のin vivoでの機能を確認するために、放線菌Streptomyces albusを宿主にHMG-CoAsynthaseをコードするnphT6とHMG-CoA reducaseをコードするnphT5を発現させて、メバロン酸の異種生産を試みた。その結果、nphT5とnphT6に加えてnphT7を発現させた場合には、発現させない場合と比較してメバロン酸の生産量が4倍に増加した。この結果は、nphT7の発現によりメバロン酸の前駆体であるacetoacety1-CoAが供給されたことにより引き起こされた現象であると解釈できる。一方、Streptomyces sp.CL190株のnphT7破壊株では、その野生株と比較して、naphterpin生産量が2割減少した。この結果は、nphT7の破壊によりメバロン酸経路へのacetoacety1-CoA供給量が減少し、テルペンユニットの生産量が低下、ひいては、naphterpinの生産量減少が引き起こされたと考えられる。これら2つの実験結果から、nphT7はin vivoにおいてもin vitroと同様にacetoacety1-CoA合成酵素として機能していることが明らかとなった。

in vivoとvitroにおける結果から、NphT7を新規酵素acetoacety1-CoA synthase(AACS)と呼ぶことを提案する。AACSは、開始基質として最も単純な化学構造を有するacety1-CoAを用いて、malony1-CoAとの1回のみのClaisen縮合を触媒する。従って、チオラーゼスーパーファミリーのCys-His-Asn型の活性中心を有する酵素として、最も単純な反応機構を持つ酵素であると考えられる。このことは、AACSが、同じCys-His-Asn型の活性中心を有するKASIIIやKCS、type IIIPKSの基質特異性、および縮合回数を規定する構造機能相関を理解するためのモデル酵素になりうると考えている。またAACSは、チオラーゼスーパーファミリーの系統解析において、これまで発見されていなかった分子進化上のHMG-CoA synthaseとKAS III間の「ミッシングリンク」として考えることができるかもしれない。従って、AACSの結晶構造解析や変異酵素を用いた機能解析は、Cys-His-Asn型の活性中心を有するチオラーゼスーパーファミリーの構造機能相関への理解を深め、ひいては、それら酵素群の触媒機能拡張と新規骨格創出への展望を与えることができると考えている。また、AACSは有用なテルペノイドのみならず、acetoacety1-CoAを前駆体とするあらゆる有用化合物の発酵生産系において、それらの増産にも有用であると考えられる。

メバロン酸経路遺伝子クラスターとメバロン酸経路

チオラーゼスーパーファミリーにおけるAACSの系統関係

審査要旨 要旨を表示する

チオラーゼスーパーファミリーは、炭素-炭素結合の形成を触媒する酵素の一群である。その代表的な酵素として、メバロン酸経路の初発酵素であるacetoacety1-coenzyme A(CoA)thiolaseやそれに続く3-hydroxy-3-methylglutary1(HMG)-CoA synthaseが挙げられる。また、バクテリアや植物が有するII型脂肪酸生合成経路のβ-ketoacy1-[acy1 carrier protein(ACP)]synthase(KAS)I、II、III、さらには、植物が有する超長鎖脂肪酸生合成経路に寄与するβ-ketoacy1-CoA synthase(KCS)や、カルコン合成酵素に代表されるIII型ポリケタイド合成酵素(Type III PKS)もこの一群に属する。

放線菌Streptomyces sp.CL190株は、ポリケタイド骨格とテルペノイド骨格が融合したユニークな化合物であるnaphterpinを生産する放線菌であり、そのテルペノイド骨格はメバロン酸経路に由来することが明らかにされている。また、naphterpinの生合成遺伝子クラスターはメバロン酸経路遺伝子クラスターのすぐ上流に配置されている。しかしながら、興味深いことに、このメバロン酸経路遺伝子クラスターにはメバロン酸経路の初発反応を触媒するとされているacetoacety1-CoA thiolaseが見出されない一方で、KAS IIIと相同性を示す読み枠NphT7が存在する。本論文では、CL190株のメバロン酸経路遺伝子クラスターに見い出したKAS IIIホモログであるNphT7が、これまで報告されていなかったチオラーゼスーパーファミリーの新規酵素であり、acetoacety1-CoA合成活性を示すことでメバロン酸経路の初発反応を担うことを明らかにしている。

第一章では、NphT7の組換えタンパク質のin vitro活性の検討について述べている。まず、NphT7がKAS IIIと30-40%の相同性を示すことから、NphT7の組換えタンパク質を調製して、伸長基質をmalony1-ACPとしたKAS III活性の検出を検討したが、予想に反してNphT7はKAS III活性を示さなかった。そこで、次に、伸長基質をmalony1-CoAとしてNphT7の酵素活性を検討した。その結果、acetoacetyl-CoAの合成が検出され、NphT7がacety1-CoAとmalonyl-CoAを基質とするacetoacety1-CoA合成酵素であることを明らかにした。

第二章では、NphT7のacetoacety1-CoA合成活性に関する反応機構について述べている。NphT7とKAS IIIのアミノ酸配列比較により、NphT7のcatalytic triadであると推察されるアミノ酸残基へ部位特異的な変異導入を行い、それら変異酵素の活性を検討した。また、伸長基質であるmalony1-CoAのみからのacetoacety1-CoA合成活性も検討した。その結果、NphT7がチオラーゼスーパーファミリーに見出されるCys-His-Asn型のcatalytic triadを有しており、脱炭酸型酵素であることを明らかにした。続いて、KASの阻害剤であるceruleninとthiolactomycinを用いたNphT7の阻害実験を行った。その結果、NphT7は、伸長基質であるmalony1基の基質認識残基がKAS IIIとは異なるという知見を得ている。さらに本章では、NphT7がacety1-CoAとmalony1-CoAに対して高い特異性を示す酵素であることを明らかにするとともに、acetyl-CoAからn-propiony1-CoAへとNphT7の基質特異性を変換することにも成功し、さらに基質特異性の検討においては新規なCoA誘導体3種を取得した。

第三章では、NphT7のin vivoにおけるacetoacety1-CoA合成活性について述べられている。まず、Streptomyces albusを宿主としたメバロン酸の異種生産系においてnphT発現させ、宿主のメバロン酸生産量に及ぼす効果を検討した。その結果、nphT7の導入により、メバロン酸生産量がおよそ3.5倍増加することを見い出し、NphT7がin vivoにおいてもacetoacety1-CoA合成酵素として機能することを明らかにした。続いて、nphT7のnaphterpin生産に対する影響を調べるため、その遺伝子破壊株のnaphterpin生産量をHPLCにより定量した。その結果、nphT7破壊株は、野生株と比較してnaphterpinの生産量が5割減少することを見い出し、この実験からも、nphT7がin vivoにおいてメバロン酸経路の初発反応を担う重要な酵素であることを明らかにした。

以上、本研究は、メバロン酸経路の初発反応を担うチオラーゼスーパーファミリーの新規酵素acetoacety1-CoA sythaseを発見するとともに、本酵素をコードするnphT7がacetoacety1-CoAを共通の前駆体とする有用化合物増産のための重要な遺伝子になりうることを示したものであり、学術的、応用的な貢献が少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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