学位論文要旨



No 125812
著者(漢字) 勝山,陽平
著者(英字)
著者(カナ) カツヤマ,ヨウヘイ
標題(和) 微生物を宿主とした非天然型植物ポリケタイドの生産に関する研究
標題(洋)
報告番号 125812
報告番号 甲25812
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3512号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 大西,康夫
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 葛山,智久
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

ポリケタイドは微生物や植物を含む幅広い生物種が生産している二次代謝産物である。その多くは有用な生理活性を持ち、医薬品として実用化されている例が数多く存在する。高脂血症治療薬であるプラバスタチンや免疫抑制剤であるタクロリムスはその一例である。また、植物由来のポリケタイドであるレスベラトロール、クルクミンやイソフラボンはその長寿効果、抗ガン活性やエストロゲン様活性から高い注目を集めている。しかし、自然界より新たに単離同定されるポリケタイドは年々減少しており、新たな新規物質創出系の確立が望まれている。コンビナトリアル生合成法とは生合成経路を人為的に改変することによって新規化合物を創出する方法であり、新たな新規医薬品創出系として注目されている。コンビナトリアル生合成法の発展には、広範な酵素ライブラリーとそれらに関する詳細な機能情報が必要不可欠である。そこで本研究では新規III型ポリケタイド合成酵素(PKS)の探索およびその機能解析とIII型PKSを用いたコンビナトリアル生合成法による新規化合物生産を行った。III型PKSはケトシンテースのホモダイマーから成る酵素であり主に植物ポリケタイドの生合成を担っている。長大なタンパク質であるI型PKSや複数の酵素の複合体から成るII型PKSに比ベコンパクトで遺伝子工学的に取り扱いやすいため、コンビナトリアル生合成にとって魅力的なツールである。

第二章 イネ由来クルクミノイド合成酵素(CUS)の機能解析(1))

新規活性を持つIII型ポリケタイド合成酵素の取得を目指し、イネゲノムに存在するIII型PKSホモログ遺伝子の網羅的解析を行った。イネゲノムには31種ものIII型PKS遺伝子があり、これほど多くのIII型PKSが単一の生物種に存在した例はこれまでなく、それらの活性に興味が持たれた。これらのうち11種のIII型PKS遺伝子をクローニングし、大腸菌を用いて組換えタンパク質を調製した。得られた調製タンパク質をin vitroで様々な基質と反応させることで機能解析を行った結果、これらの酵素のうちの1つが2分子のp-coumaroy1l-CoAと1分子のmalony1-CoAを縮合することでbisdemethoxycurcuminを合成するクルクミノイド合成酵素(CUS)であることが明らかとなった(図1)。反応中間体やそのアナログを用いてCUSの反応メカニズムを推定した。イネがクルクミノイドを生産すると報告されていないため、この発見は予想外であった。

第三章 ウコン由来クルクミン合成酵素(CURS)、ジケタイドCoA合成酵素(DCS)の機能解析(2,3))

クルクミンは古くから生薬や食品添加物として用いられてきたウコンの根茎より単離された生理活性物質であり、抗ガン活性を始めたとした様々な生理活性を持つため、多方面で注目を集めている。しかし、その生合成経路の全容はこれまで明らかとなっていなかった。そこで、ウコンにおけるクルクミン生合成経路の全容を明らかとするため、ウコン由来III型PKSの機能解析を行った。

ウコンよりIII型PKSをコードするcDNAが5種、ハウス食品の喜多により取得された。これらのcDNAがコードするIII型PKSの組換えタンパク質を大腸菌を用いて調製し、in vitroにおいて様々な基質と反応させることで機能解析を行った。その結果、これらのうち2つはferuloy1-CoAとmalony1-CoAを縮合することでジケタイドCoAを合成するジケタイドCoA合成酵素(DCSl,2)であった(図2)。また、残り3つの酵素はferuloy1-CoAとジケタイドCoAを縮合することでcurcuminを合成するクルクミン合成酵素(CURS1,2,3)であった(図2)。CURS1,2はferuloy1-CoAとの反応性がp-coumaory1-CoAとの反応性よりも10倍程度高かったが、CURS3はferuloy1-CoAと同程度の反応性でp-coumaroy1-CoAとも反応した。これらの酵素の発見によりイネ由来CUSが単一の酵素で触媒できる2つ反応をウコンにおいては2種の酵素がそれぞれ触媒していることが明らかとなった。(図2)。

第四章 ウコン由来クルクミン合成酵素(CURS1)のX線結晶構造解析

通常III型PKSはアシルCoAと複数分子のmalony1-CoAを縮合する反応を触媒する。一方、CURSはferuloy1-CoAとジケタイドCoAを縮合する。このような反応を触媒するIII型PKSはCUSとCURSの他には報告されておらず、この反応はIII型PKSにとって極めて特殊な反応であるといえる。そこでこの反応の機構を解明するためにCURS1のX線結晶構造解析を行った。CURS1の結晶はPEG3350を沈殿剤とする条件で得られた。得られた結晶を用いて放射光施設Photon FactoryのビームラインAR-NW12にて最高分解能、2.32AでX線回折データの取得に成功した。結晶の空間群はP212121格子定数はa=77.210,b=115.750,c=221.270であった。このX線回折データを用い分子置換法によりCURS1の構造を決定した。CURS1は他のIII型PKSと同様にαβαβαフォールドをとっていた。しかし、活性中心付近の構造には他のIII型PKSにはない特徴がいくつか見られた。特にほぼ全てのIII型PKSに保存されているPhe265の配向が他のIII型PKSと大きく異なっており、この特徴がCURS1の反応に重要な役割を担っている可能性がある。

第五章 コンビナトリアル生合成法による天然型及び非天然型植物ポリケタイドの微生物生産(4,5,6,7))

マルチプラスミド法とprecursor directed biosynthesis法を組み合わせることで様々な非天然型植物ポリケタイドの生産を行った。Precursor directed biosynthesis法とはある二次代謝産物の生合成経路の基質供給系を破壊し、代わりに基質もしくは中間体のアナログを投与することで、二次代謝産物のアナログを生産する手法である。マルチプラスミド法は異なる薬剤耐性と異なる複製起点を持つプラスミドを用いることで複数のプラスミドを一つの大腸菌に同時に保持させる手法である。植物ポリケタイド生合成経路を基質供給、III型PKSによるポリケタイド骨格の合成、ポリケタイド骨格の修飾の3つの段階に分けた。これらの段階に含まれる酵素をそれぞれ異なる複製起点及び、薬剤耐性をもつプラスミドにクローニングした。これにより、異なる生合成段階の酵素を同時形質転換により容易に組み合わせることが可能になり、迅速に様々な生合成経路を持つ大腸菌を構築することができる。この手法により、フラバノン、フラボン、フラボノール、スチルベン、スチルベンメチルエーテル、クルクミノイド、ジンゲロール類縁体を生産する大腸菌を構築した(図3)。これらの大腸菌に様々な構造のカルボン酸を投与することで様々な構造を持つ植物ポリケタイドの生産を行った。また、大腸菌と出芽酵母の共培養によるイソフラボン生産系を構築した。現在までに105種の非天然型を含む149種の植物ポリケタイドの生産に成功している。

1) Y. Katsuyama, M. Matsuzawa, N. Funa, S. Horinouchi, J. Biol. Chem. 282, 37702-9 (2007);2) Y. Katsuyama, T. Kita, N. Funa, S. Horinouchi, J. Biol. Chem. 284, 11160-70 (2009);3) Y. Katsuyama, T. Kita, S. Horinouchi, FEBS letter 583, 2799-2803 (2009);4) Y. Katsuyama, I. Miyahisa, N. Funa, S. Horinouchi, Appl. Microbiol. Biotechnol. 73, 1143-9 (2007);5) Y. Katsuyama, I. Miyahisa, N. Funa, S. Horinouchi, Chem. Biol. 14, 613-21 (2007);6) Y. Katsuyama, N. Funa, S. Horinouchi, Biotechonol. J. 2, 1286-93 (2007);7) Y. Katsuyama, M. Matsuzawa, N. Funa, S. Horinouchi, Microbiology 154, 2620-8 (2008)

図1.クルクミノイド合成酵素(CUS)の触媒する反応

図2.ウコンにおけるクルクミンの生合成経路

図3.大腸菌を宿主とした植物ポリケタイドの生産

審査要旨 要旨を表示する

ポリケタイドはその多くが医薬品として実用化されているため産業上有用な化合物群である。中でも植物ポリケタイドであるレスベラトロールやクルクミンはその長寿効果や抗ガン活性から高い注目を集めている。III型ポリケタイド合成酵素(PKS)はこれら植物ポリケタイドの生合成を担っており、コンパクトで扱いやすいことからコンビナトリアル生合成の有用なツールである。コンビナトリアル生合成法とは生合成経路を人為的に改変することによって新規化合物を創出する試みであり、新たな新規医薬品創出系として注目されている。本論文はコンビナトリアル生合成の有用性を示すことを目的とし、微生物の細胞内に植物ポリケタイドの生合成経路を再構築することで様々な植物ポリケタイドの生産を行うとともに、新規III型PKSの探索及び機能解析を行ったものであり、6章よりなる。

第一章ではコンビナトリアル生合成やIII型PKSについて、これまでの知見をまとめている。

第二章では新規なIII型PKSであるクルクミノイド合成酵素(CUS)の発見及び機能解析について述べている。新規活性を持つIII型PKSの取得を目指し、イネゲノムに存在するIII型PKSホモログ遺伝子の解析を行った。これらのうち11種のIII型PKS遺伝子をクローニングし、これらの組換えタンパク質を大腸菌を用いて調製し、得られたタンパク質をin vitroで機能解析を行った。その結果、これらの酵素のうちの1つが2分子のp-coumaroyl-CoAと1分子のmalony1-CoAを縮合することでbisdemethoxycurcuminを合成するCUSであることを明らかにした。また、反応中間体やそのアナログを用いてCUSの反応メカニズムを推定した。

第三章ではウコンより取得されたIII型PKSの機能解析について述べている。クルクミンは抗ガン活性等の様々な生理活性を持つことから、大きな注目を集めている。しかし、その生合成経路はこれまで明らかになっていなかった。ハウス食品の喜多智子博士により、III型PKSをコードするcDNA、5種がウコンより取得されていたが、これらのIII型PKSの組換えタンパク質を大腸菌を用いて調製し、in vitroにおいて機能解析を行った。その結果、これらのうち2つはferuloy1-CoAとmalony1-CoAを縮合することでジケタイドCoAを合成するジケタイドCoA合成酵素(DCS)であることを明らかにした。また、残り3つの酵素はferuloy1-CoAとジケタイドCoAを縮合することでcurcuminを合成するクルクミン合成酵素(CURS)であることを明らかにした。これによりウコンにおけるクルクミン生合成経路の全容が明となった。

第四章では第二章で取得されたCURS1の結晶構造解析について述べている。CURSはferuloy1-CoAとジケタイド-CoAを縮合するというIII型PKSにとって極めて特殊な反応を触媒する。そこでこの反応機構を解明することを目指し、CURS1のX線結晶構造解析を行った。その結果、最高分解能2.32AでCURS1の構造を明らかにできた。CURS1の全体構造は他のIII型PKSと同様であった。しかし、活性中心付近には他のIII型PKSにはない特徴があり、この構造よりCURS1の持つクルクミン合成反応の機構が推定された。

第五章では微生物を宿主とした非天然型植物ポリケタイドの生産について述べている。マルチプラスミド法とprecursordirectedbiosynthesis法を組み合わせることで様々な非天然型植物ポリケタイドの生産を行った。マルチプラスミド法を利用することで、フラバノン、フラボン、フラボノール、スチルベン、スチルベンメチルエーテル、クルクミノイド、ジンゲロール類縁体を生産する大腸菌を構築した。これらの大腸菌に様々な構造のカルボン酸を投与することで様々な構造を持つ植物ポリケタイドが生産できた。また、大腸菌と出芽酵母の共培養によるイソフラボン生産系を構築した。本研究により、105種の非天然型を含む149種の植物ポリケタイドの生産が達成された。

第六章ではIII型PKSの反応機構解明およびコンビナトリアル生合成に関する今後の展望について考察している。

以上、本論文は微生物を利用した新規物質生産に関する研究成果をまとめたものであり、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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