学位論文要旨



No 125814
著者(漢字) 川嶋,洋介
著者(英字)
著者(カナ) カワシマ,ヨウスケ
標題(和) 大腸菌膜タンパク質の膜局在機構の解析
標題(洋)
報告番号 125814
報告番号 甲25814
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3514号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 准教授 横田,明
 東京大学 准教授 堀内,裕之
内容要旨 要旨を表示する

大腸菌は細胞質膜である内膜とその外側にある外膜の二種類の生体膜を持つ。その間はペリプラズム空間と呼ばれている。内膜と外膜にはそれぞれ異なるタイプの膜タンパク質が局在している。内膜にはαヘリックス型の膜貫通領域で膜に内在する内膜タンパク質があり、外膜にはβバレル型の構造をとって膜に内在するβバレル型外膜タンパク質がある。さらに、N末端のシステイン残基が脂質修飾されたリポタンパク質が、内膜と外膜の両方に存在している。これらの膜タンパク質は細胞質で合成された後、各種の局在機構によってそれぞれがあるべき場所に運ばれ局在する。内膜内在型のタンパク質以外は前駆体として合成され、局在化の課程で成熟体に変換される。

本研究では、大腸菌の膜タンパク質の膜局在機構の解析を行った。第一章ではジアシルグリセロール(DAG)が内膜タンパク質の自発的膜挿入を抑制するという現象について解析を行った。第二章では外膜リポタンパク質とβバレル型外膜タンパク質の両方の特徴を併せ持つと考えられる外膜タンパク質CusCの局在機構の解析を行った。

[第一章]

大腸菌の内膜タンパク質はいくつかの異なる経路で膜挿入すると考えられている。Ml3ファージのprocoatをはじめとする一連の内膜タンパク質は、分泌タンパク質の膜透過に関与するsec遺伝子の変異株でもその膜挿入が影響されないことから、Sec非依存的膜挿入と呼ばれている。さらにリン脂質のみで形成されたリボソームの存在下でM13 procoatをin vitro合成すると、M13 procoatはリボソームに自発的に膜挿入する。これらのことから、Sec非依存的な内膜タンパク質は内膜に自発的に膜挿入していると考えられていた。その後、YidCが枯渇した株ではM13 procoatの膜挿入が阻害されていることが明らかとなり、YidCがSec非依存的な膜挿入にも働く「insertase」であると提唱された。しかし、この説に否定的な報告もいくつかあり、特にPf3ファージのcoatの変異体である3LPf3 coatはSec、YidC、膜電位のいずれにも依存せずに膜挿入するため、自発的膜挿入機構を支持する強力な証拠となっている。最近、Sec依存的に膜挿入するMtlAでもリボソームには自発的に膜挿入することが明らかになった。さらに、DAGを含むリボソームではM13 procoatやMtlAの自発的膜挿入が抑制されることが明らかになり、Sec依存のMtlAの膜挿入を再構成するにはDAG添加により自発的膜挿入を抑制することが必須であった。こうした系を用いて膜挿入反応に関与する新規膜挿入因子が同定された。この膜挿入因子をDAGが含まれるリボソームに再構成したプロテオリポソームを用いて膜挿入活性を測定したところ、M13 procoatとMtlAの双方で膜挿入が確認された。従って、これまで自発的に膜挿入すると考えられていた内膜タンパク質は、実際にはDAGによって自発的膜挿入が抑制され、その上で膜挿入因子の働きで膜挿入する可能性が考えられる。本研究では3LPf3 coatを基質膜タンパク質としてDAGの自発的膜挿入抑制機構の解析を行った。さらにin vivoにおけるDAGの重要性を調べるため、DAG枯渇株の構築を試みた((1))。

大腸菌リン脂質のみからなるリポソーム存在下で3LPf3 coatをin vitro合成したところ、リポソームへの自発的膜挿入が観察された。一方、DAGを含むリポソームでは3LPf3 coatの自発的膜挿入が完全に抑制された。次に、DAGの含有率を変化させたリボソームを調製して膜挿入活性を調べたところ、DAGの濃度が1%程度でも自発的膜挿入が大きく抑制され、DAGの濃度が上昇していくにつれてさらに自発的膜挿入の抑制効果が強くなっていくことが明らかになった。ここまでの実験で用いたリボソームの直径は20~50nmだった。リボソームのサイズが膜挿入反応に及ぼす影響を調べるため、直径が約400nmのリポソームを調製して膜挿入活性を測定した。両方のリボソームで膜挿入活性に違いは見られず、DAGによる自発的膜挿入の抑制にはリボソームのサイズは影響しないことがわかった。

大腸菌のDAGを定量した結果、約1.5%のDAGが含まれることがわかった。この値は自発的膜挿入を充分に抑制する値である。in vivoでのDAGの有効性を示すためにDAG枯渇株の構築を試みた。しかし、DAGにリン酸を付加してホスファチジン酸を生成するDgkAを過剰発現させても、DAG生成に関与する既知の遺伝子全てを破壊しても、さらにその両者を組み合わせてもDAGの含有率は野生株と変わらなかった。これは未知の代謝経路からDAGが供給されDAGの枯渇を防いでいるためと考えられ、DAGが大腸菌にとって重要な物質であることが強く示唆される。

DgkA過剰発現株から調製した内膜から膜挿入因子を除去した上で可溶化し、さらにATPを添加してDgkAを活性化させ可溶化した内膜成分のDAGを枯渇させた。この内膜成分をリボソームに再構成したプロテオリポソームを調製し、このプロテオリポソームに対する膜挿入活性を調べたところ、プロテオリポソームに対して自発的膜挿入することがわかった。自発的膜挿入が生じたのはDgkAの過剰発現とArp添加の二つの条件がそろった場合のみだったことから、この自発的膜挿入は内膜DAGの枯渇によって生じた現象だと考えられる。

以上の結果から、自発的膜挿入すると考えられていた3LPf3 coatもDAGによって自発的膜挿入が抑制されることが明らかとなり、DAGには内膜タンパク質の自発的膜挿入を普遍的に抑制する効果があることが強く示唆された。また、大腸菌のDAG含有率は自発的膜挿入を充分抑制できる値であることが明らかとなり、内膜中のDAGの枯渇により自発的膜挿入が起こることが示唆された。これらのことからin vivoにおいてもDAGによって自発的膜挿入が抑制されていると考えられる。

[第二章]

大腸菌の外膜に存在するタンパク質には、N末端のシステインが脂質で修飾され脂質部分で外膜に結合するリポタンパク質と、βバレル型の構造をとって外膜に内在するβバレル型外膜タンパク質(以下、外膜タンパク質と記述する)の二種類がある。このうちリポタンパク質は内膜上で脂質修飾を受けた後、内膜タンパク質複合体であるLo1CDEの作用でペリプラズムタンパク質Lo1Aと1:1の水溶性複合体を形成し、内膜から遊離する。Lo1Aとともにペリプラズムを横断したリポタンパク質は外膜リポタンパク質LolBの作用で外膜へと組み込まれる。これらのLol因子によるリポタンパク質の局在機構をLolシステムと呼ぶ。一方、外膜タンパク質は内膜透過後ペリプラズムシャペロンの作用でペリプラズムを横断し、外膜に存在するBam複合体の作用で外膜に挿入されると考えられている。この局在機構をBamシステムと呼ぶ。Lolシステムは様々な研究によりその全容が解明されつつあるが、Bamシステムについては不明な点が多い。その大きな理由として、Lolシステムはinvitroの実験系が確立されているのに対し、Bamシステムではinvitro実験系が確立されていないことが挙げられる。

本研究では、リポタンパク質であり、かつβバレル型の構造を持っと考えられるCusCを基質タンパク質として用い、Lolシステムの実験系を利用しつつ外膜タンパク質の局在機構の解析を試みた。

リポタンパク質はN末端から2番目の残基(+2位)がアスパラギン酸だとLolCDEに認識されず内膜に局在する。これは+2ルールと呼ばれている。CusCの+2位をアスパラギン酸に置換すると内膜に局在するようになった。これはCusCがLolCDEによる選別を受けることを示している。

内膜からのCusCの遊離をin vitroで検出した。まずCusC発現株からスフェロプラストを調製し、そこにLolAを添加してCusCがスフェロプラストから遊離するかを調べた。LolAを添加するとCusCがスフェロプラストから遊離したことから、CusCはLolAによって内膜から遊離しペリプラズムへと運ばれることが強く示唆された。さらに、LolAと複合体を形成して遊離したCusCを外膜と混ぜて、LolBによってCusCが外膜へと組み込まれるかを調べたところ、Lo1Bが含まれる外膜に対してはCusCが組み込まれた。その一方で、LolBが存在しない外膜ではCusCの組み込みは起こらなかった。このことからCusCはLolB依存で外膜に局在することが示され、CusCはLolシステムによりペリプラズムを横断し外膜へと局在することが示唆された。

CusCのシグナルペプチドを外膜タンパク質OmpFのシグナルペプチドに置換し、脂質修飾が起こらない変異体mCusCを構築した。mCusCの細胞内での局在を調べたところ、主にペリプラズムに局在することが明らかとなった。また、スフェロプラストから分泌させたmCusCを外膜と混ぜてもmCusCはほとんど外膜には局在しなかった。このことから、脂質修飾がCusCの外膜局在に必要であることが示された。

本研究により、リポタンパク質とβバレル型タンパク質の両方の特徴を併せ持っCusCは、リポタンパク質の局在機構であるLolシステムによって外膜へと局在することが示された。また、mCusCが外膜タンパク質の特徴であるβバレル領域を持ちながら外膜に局在しなかったことで、CusCの外膜局在は脂質修飾すなわちLolシステムに依存していることが強く示唆された。

(1)Kawashima Y.,MiyazakiE.,Muller M.,Tokuda H.,Nishiyama K.(2008)J Biol Chem,Vo1.283,pp.24489-24496
審査要旨 要旨を表示する

大腸菌の内膜にはαヘリックス型の膜貫通領域で膜に内在するタンパク質があり、外膜にはβバレル型の外膜タンパク質がある。さらに、N末端のシステイン残基が脂質修飾されたリポタンパク質が、内膜と外膜の両方に存在している。これらの膜タンパク質は細胞質で合成された後、各種の局在機構によってそれぞれがあるべき場所に運ばれ局在する。内膜内在型のタンパク質以外は前駆体として合成され、局在化の過程で成熟体に変換される。本研究は、大腸菌の膜タンパク質の膜局在機構の解析を行ったものであり、二章よりなる。

第一章では内膜タンパク質の膜挿入を解析している。大腸菌の内膜タンパク質の膜挿入には、Secトランスロコン、シグナル認識粒子(SRP)、YidC、膜電位などが関与する。これまでのin vitro解析により、Pf3ファージコートの変異体である3LPf3コートはいずれにも依存せず、自発的に膜挿入するとされていた。一方、Sec依存的に膜挿入するMtlAでもジアシルグリセロール(DAG)を含まないリポソームには、自発的に膜挿入することが明らかになった。そこで、3L Pf3 coatを基質膜タンパク質としてDAGの自発的膜挿入抑制機構の解析を行った。

3LPf3コートタンパク質の大腸菌リン脂質のみからなるリボソームへの膜挿入は、1%程度のDAGによって自発的膜挿入が完全に抑制された。この抑制にリボソームの直径は影響しなかった。大腸菌には、自発的膜挿入を抑制する約15%のDAGが含まれることを明らかにした。DAG枯渇株の構築を試みたが、DAG生成に関与する既知の遺伝子全てを破壊しても、含有率は野生株と変わらなかった。このことは、未知のDAG生成系が存在することを示唆している。そこで、分離した内膜からin vitroでDAGを代謝させ枯渇させ、リポソームに再構成したところ、自発的膜挿入が起きることがわかった。

以上の結果から、3L Pf3コートタンパク質もDAGによって自発的膜挿入が抑制されることが明らかとなった。また、内膜中のDAG含量から、in vivoでは自発的膜挿入は抑制されていると考えられる。

第二章では、βバレル型の構造を持つ外膜リポタンパク質CusCの外膜局在化機構について解析している。リポタンパク質は、内膜のLolCDEの作用でペリプラズムタンパク質LolAと1:1の水溶性複合体を形成し、内膜から遊離する。LolAとともにペリプラズムを横断したリポタンパク質は、外膜リポタンパク質LolBの作用で外膜へと組み込まれる。一方、βバレル型外膜タンパク質は、内膜透過後ペリプラズムシャペロンの作用でペリプラズムを横断し、外膜に存在するBam複合体の作用で外膜に挿入されると考えられている。

CusCの+2位をアスパラギン酸に置換すると内膜に局在するようになった。これはCusCがLolCDEによる選別を受けることを示している。内膜からのCusCの遊離は、LolAに依存していた。さらに、LolAと複合体を形成して遊離したCusCは、LolBによって外膜へ局在化した。これらの結果から、CusCが外膜に到達するためには、Lolシステムが必要であることが示された。次に、CusCのシグナルペプチドを外膜タンパク質OmpFのシグナルペプチドに置換し、脂質修飾が起こらない変異体mCusCを構築した。mCusCの細胞内での局在を調べたところ、主にペリプラズムに局在することが明らかとなった。また、スフェロプラストから分泌させたmCusCを外膜と混ぜてもmCusCはほとんど外膜には局在しなかった。以上の結果から、脂質修飾がCusCの外膜局在に重要であり、外膜到達後、Bam複合体の作用でβバレル部分が外膜に挿入すると考えられる。

以上、本研究は膜タンパク質の大腸菌内膜、並ぶに外膜への挿入機構について新たな知見を明らかにしたものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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