学位論文要旨



No 125815
著者(漢字) 熊野,匠人
著者(英字)
著者(カナ) クマノ,タクト
標題(和) 構造多様性を創出する芳香族基質プレニルトランスフェラーゼに関する基礎および応用研究
標題(洋)
報告番号 125815
報告番号 甲25815
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3515号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 准教授 大西,康夫
 東京大学 准教授 葛山,智久
内容要旨 要旨を表示する

放線菌は多様な構造の二次代謝産物を生合成することが知られている。その中で一部の放線菌はポリケタイドとテルペノイドが融合したユニークな構造を有するポリケタイドーテルペノイド融合化合物を生合成する。Streptomyces sp.CL190株が生産する抗酸化物質naphterpin、Streptomyees sp.KO-3988株が生産する抗腫瘍物質furaquinocin、Streptomyces sp.CNQ525株が生産するnapyradiomycin、Streptomyces cinnamonensisが生産するfuranonaphthoquinoneがその一例である。これら融合化合物はテルペノイド部分の付加によって構造多様性が生じるため、その反応を触媒するプレニルトランスフェラーゼがこれらポリケタイドーテルペノイド融合化合物生合成の鍵酵素と考えられる(図1)。

炭素数5のisopentenyl diphosphate とdimethylallyl diphosphate(DMAPP)からイソプレノイドジリン酸を合成する鎖長伸長プレニルトランスフェラーゼ、細胞内シグナル伝達を担う低分子GTP結合タンパク質のシステイン残基にfarnesyl diphosphateやgeranylgeranyl diphosphateを付加するタンパク質プレニルトランスフェラーゼ、ユビキノンやメナキノンの生合成に関与するポリプレニルトランスフェラーゼなどの既知のプレニルトランスフェラーゼは、いずれもMg2+依存性であり、アスパラギン酸リッチなDDXXDモチーフを有している。一方、近年Streptomyces roseochromogenesのclorobiocin生合成遺伝子クラスターから見出されたCloQは、金属イオン非依存でありDDXXDモチーフも有していないが、4-hydroxyphenylpyruvateにDMAPP由来のジメチルアリル基を付加する。

naphterpinとfuraquinocin生合成遺伝子クラスターにはCloQホモログが存在し、これらのプレニルトランスフェラーゼがポリケタイド基質にプレニル基を導入していると考えられたが、その基質、および反応産物に関しては未知であった。

本研究ではnaphterpin生合成遺伝子クラスターのNphBと、furaquinocin生合成遺伝子クラスターのNphBホモログFur7を中心に生理的基質の同定と機能解析を行った。さらに、これらのプレニルトランスフェラーゼを用いて、有用な生物活性が期待されながら天然からは調製が困難なフラボノイドや植物ポリケタイドのプレニル化化合物を合成し、これらの酵素が寛容な基質特異性を有しており、プレニル化化合物合成のツールとなりうることを示した。

1.フラキノシン生合成遺伝子Fur7の基質の同定と生合成中間体の取得

furaquinocin生合成遺伝子クラスターは富山県立大学の大利徹先生より御分与いただいた。

Fur7の生理的な基質を得るためにfur7破壊株を作製し培養したところfuraquinocinのは生産されなくなったものの、Fur7の基質となる化合物の蓄積は観察されなかった。この結果から基質が不安定である可能性を考え、fur7破壊株の培養上清と精製したFur7を混合し、その反応前後の溶液をHPLC、LC-MSで分析した。その結果、培養上清中の分子量234の化合物が減少するとともに分子量370の化合物が生成した。そこで2Lの培養液から0.2mgのFur7の基質と考えられる分子量234の化合物を単離しNMRを用いてその構造を2-methoxy-3-methylflaviolinと決定した。次いで2-methoxy 3-methyl flaviolinとFur7を反応させたところ二つの反応産物Fur-P1,P2が得られ、それらの構造を決定した。このうち生合成中間体と考えられる化合物Fur-P1をfur7破壊株に与えるとfuraquinocinCの生産が回復した。これらの結果から2-methoxy 3-methyl flaviolinがFur7の生理的基質であり、Fur-P1がfuraquinocin生合成中間体であることが明らかとなった(図2)。

2.ナフテルピン生合成遺伝子NphB反応によるナフテルピン生合成中間体の取得

naphterpin生合成においてnphB破壊株はd2-8と名付けた化合物を蓄積するがこれはNphBの基質とはならない。そこでfuraquinocinの場合と同様にnphB破壊株培養上清にNphBを反応させ反応産物Nph-P1,P2,P3を単離しその構造を決定した。それぞれをnphB破壊株培養液に添加したところNph-P3のみナフテルピンの生産が回復した。これによりnaphterpin生合成におけるNphBの反応産物Nph-P3が生合成中間体であることが示唆された。また、今回得られた化合物のうちNph-P1は徐々にNph-P2へと構造変化したことからNph-P2はNph-P1の脱水反応によって生じることが示唆された。以上の結果からnaphterpin生合成におけるNphBの反応について図3のように推測した。

3.放線菌由来プレニルトランスフェラーゼの基質特異性と反応産物の構造解析

天然には植物やカビ由来のプレニル化化合物が多数知られ、有用な生物活性が期待されているがそれらの天然からの調製は困難なため、簡便な合成方法が求められている。

そこでNphB、Fur7とStreptomyces coelicolor A3(2)由来のNphBホモログSCO7190を用いてdihydroxy naphthalene(DHN)、4種のフラボノイド、2種の植物ポリケタイドを基質にプレニル化を試みた。その結果、NphBでは1,6-DHN、2,7-DHN、naringenin、apigenin、gellistein、daidzein、olivetol、resveratrolの水酸基のオルト位またはパラ位をゲラニル化することができ、フラボノイドに対しては水酸基のプレニル化も観察された。NphBは水酸基のゲラニル化を触媒できる初めての酵素である。Fur7は1,3-DHN、resveratrolをゲラニル化したがフラボノイドに対しては活性を示さなかった。一方でflaviolinに対してはGPPの1位の炭素が付加する活性だけでなく3位で付加する活性も有しており、GPPだけでなくDMAPPに対しても活性を有していることが判明した。SCO7190はDMAPPを基質とし1,6-DHN、2,7-DHN、naringenin、olivetol、resveratrolに対して活性を示した。

4.NphB,Fur7変異酵素の機能解析

NphBはMg(2+)依存性であるが、Fur7とSCO7190は金属イオン非依存性である。さらに、napyradiomycin生合成遺伝子NapT8,NapT9をクローニングしflaviohnに対して反応を試みたところ、NapT8は金属イオン非依存的にジメチルアリル基を、NapT9は金属イオン依存的にゲラニル基をflaviolinの3位に付加した。これらプレニルトランスフェラーゼ間でアラインメントをとると、金属イオン非依存性のFur7、SCO7190、NapT8ではFur7の53番目と67番目に相当するアミノ酸残基がアルギニンであり、金属イオン依存性のNphB、NapT9ではセリンである。プレニルトランスフェラーゼ反応ではプレニルジリン酸のヘテロリシスにより生じたプレニルカチオンが芳香環と求電子置換反応により反応すると推定されており、Mg(2+)がその一端を担っていると考えられている。一方、Fur7などの金属イオン非依存性の酵素では、同アルギニン残基がプレニルカチオンの生成に関与している可能性を考えた。そこでNphB(S51R),NphB(S64R),NphB(S51R,S64R),Fur7(R53S),Fur7(R67S),Fur7(R53S,R67S)を作製して活性を測定した。その結果、NphB(S51R)においてMg(2+)非存在下でも活性が検出された。一方で、Fur7(R53S,R67S)はMg(2+)依存度が変化したことから、Fur7をはじめ、金属イオン非依存性のプレニルトランスフェラーゼでは二つのアルギニン残基がプレニルカチオンの生成に関与していることが示唆された。

5.形質転換体植物抽出物に含まれるプレニル化合物の同定

植物の二次代謝産物として様々なプレニル化化合物が単離されており、それらの生物活性が注目されているが、生産量が微量であるため化合物の同定は困難である。本研究では放線菌由来プレニルトランスフェラーゼを利用して合成したプレニル化化合物を標品として用いることでLC-MSにより放線菌または植物由来のプレニルトランスフェラーゼを発現するミヤコグサ、ダイズ、トマトの形質転換体抽出物中のプレニル化化合物の同定を可能にした。

まとめ

本研究ではfuraquinocin生合成、およびnaphterpin生合成におけるプレニルトランスフェラーゼFur7、NphBの生理的な基質または反応産物を明らかにした。また、これらの放線菌由来プレニルトランスフェラーゼが寛容な基質特異性を有し、プレニル化化合物合成のツールとなりうることを示すことができた。さらにNphB、 Fur7の変異酵素の機能解析からはFur7などのMg(2+)非依存性のプレニルトランスフェラーゼでは、活性中心の二つのアルギニン残基がプレニル化反応に重要な役割を担っていることを明らかにした。

Takuto Kumano, Stephane B. Richard, Joseph P. Noel, Makoto Nishiyama, and Tomohisa Kuzuyama, "Chemoenzymatic syntheses of prenylated aromatic small molecules using Streptomyces prenyltransferases with relaxed substrate specificities" Bioorganic and Medicinal Chemistry, 2008, 16(17), 8117-26

図1 ポリケタイドーテルペノイド融合化合物

図2 2-methoxy 3-mehtyl flaviolinとFur7の反応

図3 ナフテルピン生合成における推定NphB反応

審査要旨 要旨を表示する

一部の放線菌はナフテルピンやフラキノシン、ナピラジオマイシンなど、ポリケタイドとテルペノイドの融合した二次代謝産物を生産することが知られており、その生合成遺伝子クラスター中には、一次代謝に関与するプレニルトランスフェラーゼとは相同性を示さないユニークな芳香族基質プレニルトランスフェラーゼが見出されている。これらのプレニルトランスフェラーゼは、互いに類似したポリケタイド骨格に対し異なった位置をプレニル化することから、ポリケタイドーテルペノイド融合化合物の構造多様性を創出する鍵酵素であるにもかかわらず、これらプレニルトランスフェラーゼの生理的基質およびその反応産物は未同定であった。

本論文ではナフテルピン、フラキノシン生合成に関与するプレニルトランスフェラーゼの生理的基質と反応産物を同定し、天然化合物の構造多様性創出メカニズムの一端を明らかにしている。また、プレニルトランスフェラーゼの広範な基質特異性利用して、希少または新規なプレニル化化合物の合成に成功している。

第1章ではStreptomyces sp.KO-3988株の生産するフラキノシンの生合成に関与するプレニルトランスフェラーゼFur7の生理的基質、および反応産物を同定したことについて述べている。すなわち、fur7破壊株培養液からFur7の生理的基質5,7-dihydroxy-2-methoxy-3-methylnaphthalene-1,4-dion(2-methoxy-3-methyl-flaviolin)を単離し、その構造からフラキノシンの二か所のメチル基がFur7によるゲラニル化の前に導入されることを明らかにした。また、2-methoxy-3-methyl-flaviolinを基質にFur7によるゲラニル化反応を行い、2つの反応産物を得た。ついで、NMRにより6-(3,7-dimethylocta-1,6-dien-3-yl)-5,7-dihydroxy-2-methoxy-3-methylnaphthalene-1,4-dione(fur-P1)と(E)-7-(3,7-dimethylocta-2,6-dienyloxy)-5-hydroxy-2-methoxy-3-methylnaphthalene-1,4-dione(fur-P2)の構造を決定した。さらに、fur-P1がfur7破壊株によってフラキノシンへと変換されることを明らかにし、fur-P1生合成中間体であることを証明した。

第2章ではStreptomyces sp.CL190株の生産するナフテルピンの生合成に関与するプレニルトランスフェラーゼNphBの反応産物の同定について述べている。nphB破壊株培養上清中にはNphBの生理的基質の顕著な蓄積は検出されなかったが、破壊株培養液にNphBの組換え酵素とゲラニルニリン酸、MgCl2-6H2Oを加えることで反応産物を3つ検出し、それらの構造を決定した。さらにそのうちの一つ(E)-2-(3,7-dimethylocta-2,6-dienyl)-3,5,7-trihydroxy-6-methylnaphthalene-1,4-dione(nph-P3)がnphB破壊株によってナフテルピンへの変換されることを確認し、nph-P3が生合成中間体であることを証明した。

第3章ではNphBとFur7に加えてStreptomyces coelicolor A3(2)の有するNphBホモログSCO7190を用いたプレニル化化合物の合成について述べている。すなわち、dihydroxynaphthalene(1,3-DHN,1,6-DHN,2,7-DHN)や、フラボノイドであるナリンゲニン、アピゲニン、ゲニステイン、ダイゼインや、植物ポリケタイドであるオリベトール、レスベラトロールと反応するかを検討し、生成したプレニル化化合物の構造決定を行うことで、いずれのプレニルトランスフェラーゼも寛容な基質特異性を有し、プレニル化化合物合成のツールとなりうることを示した。さらに、本研究で得たプレニル化化合物のStaphyrococcus aureusに対する抗菌活性を調べ、プレニル基の付加によってフラボノイドや植物ポリケタイドが抗菌活性を獲得することを示した。

第4章では放線菌由来プレニルトランスフェラーゼのうち、NphBとNapT9がマグネシウムイオン依存性酵素であり、Fur7とNapT8が非依存性酵素であることに注目し、マグネシウムイオン依存性、非依存性を決定しているアミノ酸残基の特定について述べている。まず、これら4種のプレニルトランスフェラーゼの配列を比較し、51番目と64番目のアミノ酸残基についてマグネシウムイオン依存性酵素ではセリン、非依存性酵素ではアルギニンが保存されていることを見出した。次にNphBとFur7について、セリンとアルギニンを交換した変異酵素を作製し、マグネシウムイオン依存性を調べることでFur7のマグネシウムイオン非依存性の要因の一つが、アルギニン残基によるマグネシウムイオンを介さないリン酸基認識であることを明らかにした。また、NphBについては51番目のセリン残基をアルギニン残基に置換することでマグネシウム非依存性の変異酵素を取得し、マグネシウムイオン依存性決定基の一つであることを明らかにした。

第5章では第3章において合成したプレニル化化合物を標品として用いることで、形質転換植物に含まれるプレニル化化合物の同定を可能にしたことが述べられている。形質転換体抽出物に含まれるプレニル化化合物は極微量であることから、単離、精製は困難であるが、プレニルトランスフェラーゼを用いて合成したプレニル化化合物を標品とすることで、LC-MSにより生産物を迅速に同定することを可能にした。なお、プレニルトランスフェラーゼを発現させたミヤコグサ、ダイズ、トマトの形質転換体、およびその抽出物は京都大学生存圏研究所矢崎一史教授の研究室より提供された。

以上、本研究は、プレニルトランスフェラーゼ反応を生合成の鍵反応とする天然有機化合物の構造多様性創出メカニズムの一端を明らかにするとともに、放線菌のプレニルトランスフェラーゼが有用プレニル化化合物合成のためのツールになりうることを示したものであり、学術的、応用的な貢献が少なくない。

よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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