学位論文要旨



No 125816
著者(漢字) 田中,晶子
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,アキコ
標題(和) 放線菌Streptomyces coelicolor A3(2)における転写因子AfsRによる二次代謝制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 125816
報告番号 甲25816
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3516号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 大西,康夫
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 准教授 日高,真誠
内容要旨 要旨を表示する

Streptomyces属に代表される放線菌は、複雑な形態分化と多種多様な二次代謝産物を生産することで知られるグラム陽性細菌であり、発酵工業や医薬産業に重要な菌群である。醗酵学研究室ではS.coelicolor A3(2)の二次代謝をグローバルに制御する転写因子をコードするafsR遺伝子を取得し、その制御系について長年研究を行ってきた。これまでの研究から、AfsRを介した二次代謝制御モデルとして図1のAfsK/AfsR/AfsS制御系が提唱されている。

真核生物型Ser/ThrキナーゼAfsKは外界からのシグナルを感知すると168番Thrを自己リン酸化して活性型になり、AfsRのThr残基をリン酸化する。リン酸化型AfsRは標的遺伝子afsSのプロモーター領域に結合し、その転写を活性化する。

AfsRは993アミノ酸からなり、図2のように、N末端側にOmpR型DNA結合ドメインを、中央ややN末端寄りにATPaseドメインを持つマルチドメインタンパク質である。

afsRの破壊は、色素性抗生物質生産の劇的な減少を引き起こす。AfsRは複数の機能ドメインを有すること、真核生物型Ser/ThrキナーゼAfsKによってリン酸化されることでその活性が上昇することから、その活性は複雑に制御されていると考えられる。このAfsK/AfsR/AfsS制御系による放線菌S.coelicolor A3(2)の二次代謝制御機構全貌の解明を最終目標とし、その中心的役割を果たす転写因子AfsRの機能解明を本研究の目的とした。

(1)AfsRによる転写制御機構の解明

AfsRはafsSのプロモーター領域に結合する。結合部位は9bpからなるdirect repeatであり、-10領域から8bp上流に存在している。AfsRは放線菌の抗生物質生産に関わる転写因子(SARP:Streptomyces antibiotic regulatory protein)ファミリーに属しているが、他のSARPも標的遺伝子のプロモーター上の同じ位置に存在するdirect repeatに結合する。このようなSARPファミリーに特徴的な結合部位の意義を解明するため、direct repeatと-10領域とのスペーサーの長さを4~7および9~12bpへと変えた変異型afsSプロモーターを構築した。一方、AfsRのC末端側を切り縮めたAfsR△TPR(Metl-Glu618)およびAfsR△C(Metl-Ala270)を全長AfsR(Metl-Arg993)と共に解析に使用した。AfsR△TPR、AfsR△Cは全長AfsRと同様にdirect repeatに結合した。また、結合配列に変異を導入した実験により、2分子のAfsR単量体が協調的に結合することが示された。SARPの基本ドメインのみを有するAfsR△Cを用いても全長AfsRと同様のDNA結合能およびin vitroにおける転写活性化が観察されたため、転写因子としてのAfsRの基本機能には、ATPaseドメインやTPRドメインは必要でないことも示された。次に、最も安定だったAfsR△TPRタンパク質を用いて、RNAポリメラーゼ(RNAP)のafsSプロモーターへの結合にAfsRが及ぼす影響を調べた。低濃度のRNAPはafsSプロモーターに結合できなかったが、AfsR△TPR存在下では、(AfsR△TPR)2-RNAP-DNA複合体が変異型プロモーターにおいても形成された。しかしながら、in vitro転写解析においては、野生型プロモーターではAfsR依存的な転写が観察されたのに対して、変異型では全く転写が起こらなかった。さらに、これらのプロモーターに連結したafsSをafsS破壊株に導入したin vivoの解析においても、野生型のプロモーターからのみafsSの転写が起こり、色素生産が誘導された。

以上の結果から、(1)AfsRはRNAPをafsSプロモーターにリクルートすること、(2)転写の活性化には、スペーサーの適切な長さ(8bp)が必須であることが示された。また、AfsR△Cが転写因子として機能することから、他のSARPもAfsRと同様の機構により標的遺伝子の転写を活性化していると考えられた。

(2)ATPaseドメインの機能解析

上述したように、SARPの基本ドメインのみを有するAfsR△Cはin vitroにおいては全長AfsRと同じDNA結合能・転写活性化能を有していることが示された。しかし、in vivoにおいてAfsR△Cの低コピー発現ではafsR破壊株における色素生産誘導の欠損を相補できないことから、ATPaseドメインおよびTPRドメインによって転写因子としての機能の増強がなされていることが推測された。そこで、多くのATPaseに保存されているWalker AおよびBモチーフにアミノ酸置換変異を導入し、解析を行った。両方のモチーフ、もしくはWalker B部位のみに変異を加えた場合、色素生産誘導能を著しく失った。一方、Walker A部位のみに変異を加えた場合には、色素生産時期の遅れが観察された。以上の結果より、ATPaseドメインによるヌクレオチド結合もしくはATPase活性がAfsR機能に影響を及ぼすことが示された。

(3)リン酸化部位同定の試み

リン酸化によるAfsR活性化の分子機構の解明において、リン酸化部位の同定は非常に重要である。そこで、S.griseusなど他の3種のStreptomyces属に存在するAfsRホモログとの間に完全に保存されている21箇所のThr残基に注目し、リン酸化部位の候補とした。これらを1または2残基ずつ、Alaに置換した変異遺伝子群を構築した。Ala変異を導入した変異型および野生型AfsRを大腸菌内で異種発現し、精製したタンパク質に対してAfsKによるin vitroリン酸化アッセイを行ったが、いずれの変異タンパク質も野生型と同程度のリン酸化が観察された。これは、重要なリン酸化部位以外のThr残基もin vitro反応ではリン酸化されるためだと考えられた。そこで野生型および変異型afsRを導入したafsR破壊株からAfsRを取得したが、抗リン酸化Thr抗体で検出されるリン酸化量には、野生型と変異型の問で大きな差異は認められなかった。したがって、in vitro,in vivoのどちらにおいても、Ala置換した変異体のリン酸化量からリン酸化部位を同定することは非常に困難であると考えられた。

そこで、in vivoにおける機能からリン酸化部位の同定を試みることにした。いくつかのAla変異を導入した変異型afsRではafsR破壊株の色素生産能を十分に回復することはできなかった。次に、これらのThr残基をリン酸化Thrと構造の似ている酸性アミノ酸(AspあるいはGlu)に置換し、afsR破壊株に導入した。その結果、297番目と536番目のThrをAspあるいはGluに置換したafsRを導入した株のみ強い色素生産の回復が見られ、これらのThr残基がAfsRの機能に重要なリン酸化部位であることが強く示唆された。

(4)297番Thrおよび536番Thr変具AfsRに関する解析

リン酸化部位にGluあるいはAsp変異を導入し、恒常的活性化状態であると考えられる変異型AfsRについて、リン酸化を受けていない野生型AfsRと比べてどのような機能の違いがあるか調べた。297番Thrや536番Thrに変異をもつAfsRに対しATPase活性の測定を行ったところ、これらの変異はATPase活性には大きな影響を与えないことが示された。また、これらの変異はDNA結合にも影響がなかった。一方、ゲルろ過クロマトグラフィーによりAfsRタンパク質の溶液中における状態を調べた。野生型AfsRは殆どが単量体で存在し、二量体が僅かに存在しているのに対して、297番目あるいは536番目のThr残基を酸性アミノ酸残基に置換した変異型AfsRでは、全体の1~3割が溶液中で二量体になることが示された。この結果は、これらの部位のリン酸化によってAfsRは二量体化しやすくなることを示唆しており、これがAfsR活性化の原因である可能性が考えられた。

図1 AfsK/AfsR/AfsS制御系

図2 AfsRのドメイン構造

AfsRはN末端側から、OmpR型DNA結合ドメイン、転写活性化ドメイン(BTAD)、ATPaseドメインとSTAND型ATPaseに特徴的なHETHSドメイン、タンパク質問相互作用に関わるTPRドメインからなる。

図3 AfsRによるafsS制御のモデル図

(i),(iii)変異を導入したプロモーターの場合、AfsR結合部位と-10領域が適切な位置関係になく、転写は起こらない。

(ii)野生型プロモーターの場合、AfsRにリクルートされたRNAPは適切な位置にある-10領域と結合でき、afsSの転写が活性化される。

審査要旨 要旨を表示する

放線菌Streptomyces coelicolor A3(2)の二次代謝をグローバルに制御する転写因子AfsRを介した二次代謝制御モデルとして、AfsK/AfsR/AfsS制御系が提唱されていた。真核生物型Ser/ThrキナーゼAfsKによりThr残基をリン酸化されたAfsRは活性型となり、標的遺伝子afsSのプロモーター領域に結合し、その転写を活性化する。 AfsRは複数の機能ドメインを有すること、AfsKによってリン酸化されることで活性が上昇することから、その活性は複雑に制御されていると考えられた。本論文はAfsK/AfsR/AfsS制御系による二次代謝制御機構のさらなる解明を目的とし、AfsRによる転写制御機構およびAfsRの機能活性化について論じたものであり、5章からなる。

第1章では、AfsRによる転写制御機構について解析した。 afsSのプロモーター領域に存在するAfsR結合部位は9bpからなるdrect repeatであり、-10領域から8bp上流に存在している。このようなSARPファミリーに特徴的な結合部位の意義を解明するため、AfsR結合部位と-10領域とのスペーサーの長さを4~7および9~12bpへと変えた変異型afsSプロモーターを構築し、解析を行った。その結果、(1)AfsRはRNAPをafsSプロモーターにリクルートすること、(2)転写の活性化には、スペーサーの適切な長さ(8bp)が必須であることを示した。また、AfsRのC末端側を切り縮めたAfsR△TPR(Metl-Glu618)およびAfsR△C(Met1-Ala270)も全長AfsR(Met1-Arg993)と同様のDNA結合能および転写活性化能をもつことを示した。SARP基本ドメインのみを有するAfsR△Cも転写因子として機能することが示されたため、他のSARPについてもAfsRと同様の機構により標的遺伝子の転写を活性化していると考えられた。

第2章では、ATPaseドメインの機能解析を行った。AfsR△Cの低コピー発現ではafsR破壊株における色素生産誘導の欠損を相補できないことから、ATPaseドメインやTPRドメインによってAfsRの機能の増強がなされていることが推測された。そこで、多くのATPaseに保存されているWalker AおよびBモチーフにアミノ酸置換変異を導入し、解析を行った。両方のモチーフもしくはWalker B部位のみに変異を加えた場合、色素生産誘導能を著しく失った。一方、Walker A部位のみに変異を加えた場合には、色素生産時期の遅れが観察された。以上の結果より、ATPaseドメインによるヌクレオチド結合もしくはATPase活性がAfsR機能に影響を及ぼすことが示された。

第3章では、AfsRにおけるリン酸化部位の同定を試みた。他の3種のStreptomyces属に存在するAfsRホモログとの間に完全に保存された21箇所のThr残基をリン酸化部位の候補とし、これらを1または2残基ずつAlaに置換した変異遺伝子群を構築した。In vivoの解析において、いくつかのAla変異を導入した変異型afsRではafsR破壊株の色素生産能を十分に回復できなかった。次に、これらのThr残基をリン酸化Thrと構造の似ている酸性アミノ酸(AspあるいはGlu)に置換し、afsR破壊株に導入した。その結果、297番目と536番目のThrをAspあるいはGluに置換したafsRを導入した株のみ強い色素生産の回復が見られ、これらのThr残基がAfsRの機能に重要なリン酸化部位であることが強く示唆された。

第4章では、第3章においてリン酸化部位としたThr残基にGluあるいはAsp変異を導入し、恒常的活性化状態であると考えられる変異型AfsRについて、リン酸化を受けていない野生型AfsRと機能を比較した。これらの変異は、ArPase活性やDNA結合能には影響がなかった。一方、ゲルろ過クロマトグラフィーによりAfsRタンパク質の溶液中における状態を調べた。野生型AfsRは殆どが単量体で存在し、二量体が僅かに存在しているのに対して、297番目あるいは536番目のThr残基を酸性アミノ酸残基に置換した変異型AfsRでは、全体の1~3割が溶液中で二量体になることが示された。この結果は、これらの部位のリン酸化によってAfsRは二量体化しやすくなることを示唆しており、これがAfsR活性化の原因である可能性が考えられた。

以上、本論文は、放線菌におけるAfsRによる転写制御機構とAfsRの機能活性化についての研究成果をまとめたものであり、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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