学位論文要旨



No 125818
著者(漢字) 樋口,裕次郎
著者(英字)
著者(カナ) ヒグチ,ユウジロウ
標題(和) 麹菌Aspergillus oryzaeにおけるエンドサイトーシスの生理学的機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 125818
報告番号 甲25818
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3518号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 准教授 堀内,裕之
 東京大学 准教授 大西,康夫
 東京大学 准教授 有岡,学
内容要旨 要旨を表示する

真核生物は、オルガネラ間での物質輸送の手段として細胞内小胞輸送系を発達させている。ゴルジ体以降の分泌およびエンドサイトーシス経路は、ポストゴルジネットワークとして輸送網を形成している。細胞膜タンパク質や細胞外の物質は、エンドサイトーシスにより、細胞膜の陥入によって生じる小胞中に取り込まれて細胞内へ送られ、初期エンドソームへと至る。この後、分解されるべき物質は後期エンドソームからリソソーム/液胞へと運ばれ、リサイクリングされるべき物質は直接、またはゴルジ体を経て間接的に細胞膜へと再輸送される。エンドサイトーシスの機構は真核生物において広く保存されており、シグナル伝達、細胞極性の再構築、外界からの栄養分取得、細胞膜や細胞膜タンパク質の細胞内への取り込みにおいて重要な役割を有する。

エンドサイトーシスに関する研究は、動物細胞や出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeにおいて進んでいる。一方、麹菌Aspergillus oryzaeを含む糸状菌においては、エンドサイトーシスを可視化する目的で、FM4-64などの染色試薬や、内在性の細胞膜タンパク質であるプリントランスポーターAoUapCとEGFPとの融合タンパク質を用いた実験系が近年構築されたばかりであり(1))、エンドサイトーシスの詳細な機構や生理学的解析は未だほとんど行われていない。そこで本研究では、糸状菌におけるエンドサイトーシスの機構とその生理学的意義を明らかにすることを目的とし、まずエンドサイトーシス欠損株を用いた表現型解析を行った。

1.Aoend4条件発現株を用いたエンドサイトーシスに関する解析(2),3))

糸状菌におけるエンドサイトーシスの生理学的機能解析を行うため、S.cerevisiaeにおいて解析の進んでいるエンドサイトーシス関連遺伝子のEND4/SLA2のA.oryzaeにおけるホモログAoend4の条件発現株を作製した。Aoend4の発現抑制条件下においては、菌糸の生育が著しく阻害され、先端生長に異常をきたしていることが示唆された。また、高塩濃度および高浸透圧ストレス条件下において、生育はより強く阻害され、ストレス感受性であることが示された。さらに、AoUapC-EGFPおよびエンドサイトーシス経路の染色試薬であるFM4-64を用いた解析により、エンドサイトーシスが起こっていないことを確認した。

細胞壁合成酵素などの先端生長に必要な因子は、エンドサイトーシスによって先端にリサイクリングされていると考えられてきたが、その直接的な証拠はほとんど示されていない。そこで、エンドサイトーシスと先端生長との関わりについてより詳細な解析を行った。エンドソームに局在し、分泌に関与するSNAREであるAoSnc1を用いて、菌糸先端部におけるエンドサイトーシスによるリサイクリングを可視化した。FRAP(fluorescent recovery afterphotobleaching)を用いた解析により、EGFP-AoSnc1は主に菌糸先端部に局在し、先端部をリサイクリングしていることが示唆された。一方、Aoend4発現抑制条件下では、EGFP-AoSnc1は細胞膜全体に局在する様子が観察され、エンドサイトーシスによるリサイクリングに異常をきたしていると考えられた。

Aoend4の発現抑制条件下では、細胞膜上にエンドサイトーシスによる取り込み不全が原因と考えられる陥入様構造が観察された。この陥入様構造は細胞壁の染色試薬であるCalcofluor Whiteにより染色されたことから、エンドサイトーシスが欠損したことにより、取り込み部位に細胞壁成分が蓄積したものと示唆された。また、電子顕微鏡観察によっても陥入様構造に細胞壁が蓄積していることが確認された。さらに、先端生長に関連する細胞壁合成酵素群の発現量を解析したところ、Aoend4発現抑制条件下ではAeend4発現時より発現の上昇が確認された。このことから、エンドサイトーシス欠損により細胞壁合成酵素群がリサイクリングされず、発現が上昇している可能性が考えられた。

2.エンドサイトーシス関連因子の探索

エンドサイトーシスにおいて機能すると考えられるAoAbp1、AoEnd4の局在解析から、糸状菌におけるエンドサイトーシスは、菌糸先端部において最も活発に行われていると示唆された。また、エンドサイトーシスを欠損した菌糸では、先端生長が著しく阻害されたことから、エンドサイトーシスは先端生長と密接に関連していると考えられた。以上の結果と、先端生長が糸状菌において特徴的な機構であることを考え合わせると、菌糸先端部におけるエンドサイトーシスにおいても糸状菌に特徴的な機構が存在する可能性が考えられた。そこで、エンドサイトーシスにおけるタンパク質問相互作用において機能するSH3(Src-homology3)ドメインをC末端に2つ有するという特徴的なタンパク質であるAoAbplをbaitとし、yeast two-hybrid(YTH)スクリーニングによってA.oryzaeにおけるエンドサイトーシス関連因子の探索を行った。

AoAbp1をbaitとし、A.oryzaeのcDNAライブラリーをpreyとしたYTHスクリーニングを行った。レポーターにはHIS3、ADE2の2種類の栄養要求性遺伝子を用い、2回のスクリーニングによって、2.2×106のコロニーをスクリーニングした。スクリーニング用のプレートにおいて、baitとpreyの相互作用が強いと考えられる、コロニーサイズの大きなものから順に、42のクローンからcDNAインサートのシークエンスを行ったところ、16の独立したORFが見出された。その内、A.oryzaeデータベースのアノテーション情報を基に、細胞内輸送に関連があるかもしくは機能未知遺伝子の一部であるpreyに関して、YTHによる再現性確認を行ったところ、5つのポジティブクローンを得た。この内の2つは、同一遺伝子の一部であったことから、YTHスクリーニングの結果、AoAbp1と相互作用するタンパク質をコードする4遺伝子を見出した。

YTHスクリーニングにより得られたpreyのcDNAクローンの1つから、AAA(ATPases associated with diverse cellular activities)ATPaseをコードすると予想される遺伝子の一部を見出した。AAAATPaseはその名の通り、細胞内のさまざまな部位において機能するATPaseであり、これまでにタンパク質複合体の解離やタンパク質の分解において機能するものが報告されている。YTH解析により、このpreyはAoAbplの2つのSH3ドメインと相互作用することが示された。そこで、このpreyをコードする遺伝子をaipA(AoAbpl interacting protein)と名付けた。

3.AAA ATPase様タンパク質AipAの機能解析

RACE解析によりaipA全長をクローニングした結果、AipAは784アミノ酸から構成されると予想された。また、モチーフ検索の結果、AipAはN末端付近にcoiled-coil領域を持ち、C末端付近にAAA ATPaseドメインを持つと推定された。S.cerevisiaeにおいては、AipAのオルソログはSaplpとYta6pの2つが存在し、共にAAA ATPaseと推定されているものの、それらの生理的機能はわかっていない。AipAとAoAbplの相互作用部位を特定するため、YTHによるAipAの欠失解析を行った。その結果、AipAのcoiled-coilドメインおよびAAA ATPaseドメインはAoAbp1のSH3ドメインと相互作用せず、両ドメインの間にあたる315~422アミノ酸残基の領域がAoAbp1のSH3ドメインと相互作用することが明らかとなった。さらに、AoAbplの2つのSH3ドメインの組換えタンパク質とGSTとの融合タンパク質を調製し、A.oryzaeにおいて6×Myc-AipAを発現する株の細胞抽出液を用いてGSTプルダウンアッセイを行い、これらがin vitroにおいて結合することを確認した。次に、AipAの細胞内局在を解析するため、EGFP-AipAおよびAoAbpl。mDsRed発現株を作製したところ、それらは菌糸先端部においてよく共局在したことから、AipAがエンドサイトーシスにおいて機能している可能性が考えられた。

AipAの機能解析を行うため、aipA破壊株の作製を行った。aipA破壊株ではさまざまな培地条件においても顕著な生育阻害が見られず、AipAと機能の重複したタンパク質の存在が示唆された。一方、aipA高発現株では生育の低下が見られた。しかし、AAA ATPaseドメインに点変異を導入したaipAの高発現株では生育の低下が見られなかったことから、AipAが機能的であるためには、AipAのAAA ATPaseドメインが正常に機能する必要があることが示唆された。

まとめ

糸状菌において、エンドサイトーシスは菌糸先端部で最も活発に行われ、菌糸の先端生長に必要な因子をリサイクリングすることにおいて機能していることが強く示唆された。麹菌A,oryzaeは、産業上非常に有用な菌種であり、アミラーゼなどの酵素を大量に菌体外に分泌する能力を持つ。このことを可能にするのが、菌糸先端部のエンドサイトーシスによるリサイクリングの機構であると推測され、麹菌A.otyzaeが糸状菌における先端生長およびエンドサイトーシスのメカニズムの研究において、今後一層魅力的な生物であると考えられた。

エンドサイトーシスとエキソサイトーシスおよび先端生長が、糸状菌において相互に密接な関係を有することを考えると、先端生長の機構と同様に、エンドサイトーシスにおいても糸状菌に特徴的な機構が存在すると予想された。AoAbp1をbaitにしたYTHスクリーニングによって見出されたAAA ArPase様のAipAは、AoAbp1とin vitroにおいて相互作用することが示された。また、invivoにおいても、菌糸先端部においてAipAとAoAbp1は共局在することが確認された。以上の結果から、AoAbp1がエンドサイトーシス関連因子であることを考えると、AipAもまたエンドサイトーシスにおいて機能することが強く示唆された。エンドサイトーシスにおいて機能するAAA ATPaseは、全生物種を通じてもこれまでに報告はされておらず、エンドサイトーシスの活発に行われていると予想されるA.oryzaeにおいて、エンドサイトーシス関連因子をエンドサイトーシス小胞から細胞質へとリサイクリングするのに機能しているのかもしれない。

1) Higuchi, Y., Nakahama, T., Shoji, J.Y., Arioka, M., Kitamoto, K. (2006) Visualization of the endocytic pathway in the filamentous fungus Aspergillus oryzae using an EGFP-fused plasma membrane protein. Biochem. Biophys. Res. Commun., 340, 784-791.2) Higuchi, Y., Shoji, J.Y., Arioka, M., Kitamoto, K. (2009) Endocytosis is crucial for cell polarity and apical membrane recycling in the filamentous fungus Aspergillus oryzae. Eukaryot. Cell, 8, 37-46.3) Higuchi, Y., Arioka, M., Kitamoto, K. (2009) Endocytic recycling at the tip region in the filamentous fungus Aspergillus oryzae. Commun. Integr. Biol., 2, 327-328.
審査要旨 要旨を表示する

真核生物は、オルガネラ間での物質輸送の手段として細胞内小胞輸送系を発達させている。その一過程であるエンドサイトーシスは真核生物において広く保存されており、シグナル伝達、細胞極性の再構築、外界からの栄養分取得等において重要な役割を有する。本研究は麹菌Aspergillus oryzaeにおけるエンドサイトーシスの機構とその生理学的意義を明らかにすることを目的として行われたものであり、論文は序章、研究結果を記述した3つの章、および総括と展望からなる。

第一章では、Aoend4条件発現株を用いた解析について述べている。END4/SLA2はS.cenevisiaeにおいて解析の進んでいるエンドサイトーシス関連遺伝子であるが、Aoend4はそのA.oryzaeにおけるホモログである。Aoend4条件発現株を作製し、その発現抑制条件下での観察を行ったところ、菌糸の生育が著しく阻害され、先端生長に異常を来たしていることが示唆された。また、この条件下ではAoUapC-EGFPおよびFM4-64といったマーカーのエンドサイトーシスが起こっていないことを確認した。

次にエンドサイトーシスと先端生長との関わりをより詳細に解析した。分泌小胞に局在するSNAREであるAoSnc1を用いて菌糸先端部におけるリサイクリングを可視化したところ、EGFP-AoSnclが主に菌糸先端部に局在し、先端部をリサイクリングすることが示唆された。一方、Aoend4発現抑制条件下ではEGFP-AoSnc1は細胞膜全体に局在し、エンドサイトーシスによるリサイクリングに異常が起きていると考えられた。

Aoend4の発現抑制条件下では、エンドサイトーシスによる取り込み不全が原因と考えられる細胞膜陥入構造が観察される。この陥入構造は細胞壁の染色試薬であるCalcofluor Whiteにより染色されたこと、また電子顕微鏡による観察から、細胞壁成分が蓄積したものと考えられた。

第二章および第三章では、yeast two-hybrid(YTH)スクリーニングによるエンドサイトーシス関連因子の探索について述べている。SH3(Src-homology 3)ドメインをC末端に2つ有するという特徴的な構造を持つタンパク質であるAoAbp1をbaitとしたスクリーニングを行ったところ、合計2.2×106のコロニーから最終的に4遺伝子を見出した。このうちの一つがAAA(ATPases associated with diverse cellular activities)ATPaseをコードすると予想される遺伝子であったことから、aipA(AoAbp1 interacting protein)と名付け、以降の解析を行った。AipAは784アミノ酸からなり、N末端付近にcoiled-coil領域、C末端付近にAAA ATPaseドメインを持つ。S.cerevisiaeにおいてはAipAのオルソログはSaplpとYta6pの2つが存在し、共にAAA ATPaseと推定されているが、それらの生理的機能はわかっていない。AipAとAoAbp1の相互作用部位を特定するため、YTHによるAipAの欠失解析を行った。その結果、AipAのcoiled-coi1ドメインおよびAAA ATPaseドメインはAoAbp1のSH3ドメインと相互作用せず、両ドメインの間の領域がAoAbp1との相互作用部位であることがわかった。さらに、AoAbp1の2つのSH3ドメインとGSTとの融合タンパク質を調製し、A.oryzaeにおいて6×Myc-AipAを発現する株の細胞抽出液を用いてGSTプルダウンアッセイを行い、これらがin vitroにおいて結合することを確認した。次にEGFP-AipAおよびAoAbp1-mDsRed発現株を作製して局在を観察した。その結果、両者が菌糸先端部においてよく共局在したことから、AipAがエンドサイトーシスにおいて機能している可能性が考えられた。

AipAの機能解析を行うため、aipA破壊株の作製を行った。aipA破壊株ではさまざまな培地条件においても顕著な生育阻害が見られず、AipAと機能の重複したタンパク質の存在が示唆された。一方、aipA高発現株では生育の低下およびエンドサイトーシスの阻害が見られた。生育低下はATPaseドメインに点変異を導入した変異aipAの高発現では見られなかったことから、AipAが機能的であるためにはAipAのAAA ATPaseドメインが正常に機能する必要があることが示唆された。

以上、本論文はA.oryzaeを用いて糸状菌におけるエンドサイトーシスの分子機構とその生理学的意義を明らかしたものであり、学術的・応用的に貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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