学位論文要旨



No 125826
著者(漢字) 閔,庚鐸
著者(英字)
著者(カナ) ミン,キョンテク
標題(和) 日本の木材産業における生産性と技術変化に関する経済分析
標題(洋)
報告番号 125826
報告番号 甲25826
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3526号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 白石,則彦
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 准教授 古井戸,宏通
 早稲田大学 教授 赤尾,健一
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、木材産業における生産性と技術変化に焦点を当てて、経済分析を行うことを目的とする。生産性は、産業における国際競争力の源泉であり、経済成果を規定する要因である。生産性の分析には、様々なアプローチがあり、多様な視点からの分析を行うことにする。

第II章は、日本における林業・木材産業の現況と展望を概観したものである。

第1節では、日本林業の全体像の変化をわかりやすく表現することを目的とし、チャーノフの顔型グラフを応用した。林業の属性を表す10個の指標を選び、それを用いて顔型グラフを作成した。個々の指標はそれぞれ変わっているものの、表情の変化から判断してみると林業の状況が次第に厳しくなったことが読み取れる。このように顔型グラフは読み手の理解や興味をそそる方法としてかなり有用なものであり、他の分析にも応用できると考えられる。

第2節では、木材産業の位置と展開について述べる。2005年度、日本における林業・木材産業の粗付加価値生産は3兆円余りで、国内総生産の0.6%、雇用の0.5%を占めており、そのシェアは時代とともに減っている。戦後、木材需要は経済発展に伴って急増し、1973年には、最高値となる1億2千万m3に達したが、その後、景気の浮沈に応じて増減を繰り返すようになった。2007年における木材需要量は8,389万m3で、そのうちパルプ・チップ用44%、製材用36%、合板用13%、その他といった構成になっている。一方、木材供給は、国産材中心から外材中心へと変わりつつ、丸太の輸入が次第に減り、製品での輸入が拡大している。製材業は、全国に8千余りの工場があり、国内需要の6割を満たしている。生産量は1973年を頂点に縮小し続けているが、一部では積極的な設備投資がみられている。合板製造業は、南洋材資源を背景に、戦後著しく発展を見せたが、東南アジア諸国の丸太輸出規制を受けて、生産量を縮小してきた。1990年頃からは針葉樹材への原料転換が進んでいる。紙・パルプ製造業は内需中心の装置産業という特性上、常に過剰設備問題に直面し、大手企業を中心とする合併が進んでいる。木材産業は、いずれの部門も、原料問題に強い影響を受けながら展開してきた。戦後一貫して外材依存が強まったが、近年、各部門で国産材利用拡大に向けた取り組みが活発しつつある。

第III章では、時系列データを用い、木材産業における生産性の分析を行う。

まず第1節では、林業・林産業をめぐる生産性分析の国際的な流れに沿いつつ、この分野の研究がいかなる展開を遂げてきたかといった問題をサーベイした。森林・林産業において生産性向上は非常に重要な課題となっており、これに関する研究の蓄積が増している。全要素生産性を分析するアプローチは大きく三つの流れに分かれ、指数法、計量経済分析、マルムクイスト生産性指数がそれらである。各アプローチはそれぞれ長所と短所を有しており、様々な分野で応用されている。全要素生産性の分析は、林業・林産業が置かれている現況や位置を知らせるのみならず、生産性を向上させる上で、必要な政策的な課題に関する情報を提供する。

第2節は、テルンクビスト=タイル指数を用い、1970-2004年に亘って製材業の生産性の変化を分析したものである。全般的に労働生産性は上昇の傾向を、資本生産性は下落の傾向を見せている。原材料の生産性は、1970年代の初めには一時上がったが、大きな変化は見せていない。全要素生産性は上がり下がりを繰り返してきたが、年平均0.17%上がっており、1970年の100.0から2004年の105.77まで過去34年間およそ5.77%上昇したことがわかる。全要素生産性は、基本的に産出の変化に大きな影響を受けているが、投入要素の縮小調整で回復されてきた。また、日本の製材業の全要素生産性の成長率は、北米のそれと比べて低い水準であり、製材業の生産性向上を目指す特段策が講じられなければならないことが示唆されている。

第3節では、輸出入統計データにより、日本の木材産業における国際競争力の指標を算出し、さらに国際競争力に影響を与える経済変数との相関関係を分析した。まず、製材品と木質パネルは国際貿易において比較劣位の位置にあるが、紙・板紙は中立的な位置を保っている。また、製材品と木質パネルは産業間貿易を、紙・板紙は産業内貿易を行っていることが示された。製材業や合板産業における競争力が弱化されたことは、需要側や原料供給側の変化への対応に手遅れ、後発競争国に追い抜かれたためである。これに対し、紙製造業は海外原料確保に努力しながら、古紙リサイクルや新製品開発を通して国際競争力上の地位を保っている。相関分析によると、製材品の国際競争力指数は素材価格や製品価格、全要素生産性と正の関係にあること、紙・板紙の輸出競争力は賃金指数や為替レートと相関関係にあることが明らかにされた。木材産業が競争力をつけるためには、持続的な技術革新を行うことが何より重要であることが示唆される。

第4節では、計量経済手法を用い、製材業の生産構造や技術変化を分析した。1970-2004年の年次データを用いてトランスログ型費用関数を推定し、投入要素の代替関係と価格弾力性、規模の経済性、技術発展の方向、全要素生産性の成長率を推計した。生産構造の検討において、同調性、同次性、単位代替弾力性、中立的な技術発展、技術変化なしの仮説が棄却され、一般型関数を用いて分析を行った。投入要素は互いに非弾力的な代替関係にあり、一つの要素の不足を他要素により代替し難いことが示された。また、製材業には規模の経済性が存在し、生産規模が市場需要に相応していないことが明らかとなり、生産規模を調整する必要があることが示された。次に、製材業の技術は、木材中立的、労働節約的、資本使用的に発展されたことが示された。最後に、製材業の全要素生産性は微減の傾向にあり、費用節減の技術発展が負の規模効果に相殺されていることが明らかになった。これは、製材業において生産性を向上させるため規模効果の改善が重要な課題であることを示唆する。

第IV章では、パネルデータを用い、フロンティア分析による技術効率性の分析を行う。

第1節では、林業・林産業における技術効率性に関する研究をサーベイした。森林経営において効率性改善は公共と民間を問わず重要な課題となっており、これに関する研究が進んでいる。効率性を評価する手法としてはノンパラメトリック・アプローチ(DEA)とパラメトリック・アプローチ(SFA)がある。両アプローチはそれぞれ長所と短所を持っており、理論的な発展に伴い様々な分野で応用されている。林業・林産業分野においても国有林経営区、公共機関、素材生産業、地域住民、林産企業などを対象とし、様々な研究目的で応用されている。これらの研究は、両アプローチが林業事業体の効率性を評価し、効率を改善させる手段を模索するのに有用な道具になるのみならず、林業経済主体の行為への我々の知見を広げることができることを示している。

第2節では、ノンパラメトリック・アプローチのData Envelopment Analysisを用いて、製材生産における技術効率性を分析した。分析の際、各都道府県を一っの生産単位とし、投入要素は国産材入荷量、外材入荷量、従業者数、動力出力数を、また産出は、建築用製材出荷量とその他用製材出荷量とした。分析の結果、平均的な技術効率性は0.958、規模効率性は0.988であり、高い技術効率性に恵まれていることが示された。しかし、低い技術効率性を示す地域も少なくなく、技術効率性を改善する余地があることが示された。ノンパラメトリック手法を用いた事後検定によると、時間とともに技術効率性が減っていること、生産の活発な地域が高い技術効率性を示していること、動力出力数や素材の樹種と技術効率性の関係は有意ではないことが示された。

第3節は、同じく製材生産の技術効率性を分析しながら、パラメトリック・アプローチを応用したものである。複数生産物を扱うため、確率的距離関数を利用した。分析の結果、技術効率性は沖縄の0.1142から北海道の0,9670まで分布しており、平均値は0.4502、中央値は0.4114であることが示された。さらに、DEAの結果と比較してみると、若干の差があることが示された。

第4節では、マルムクイスト生産性指数を推計し、1990~2006年にわたって製材業における生産性の変化を追跡し、その上で要因分解を行った。全要素生産性の変化は年一0.2%であり、その決定要因を分解してみると、技術効率性の改善効果がほぼ変わらず、技術進歩の効果は年-0.1%であることが示された。

最後に、第V章では、本研究をまとめながら、研究上の限界について言及し、今後の研究課題を述べた。効率性の分析に用いたデータが都道府県別に集計されたデータであるため、結果の解釈にも制約がある。企業別データを入手して分析できれば、より正確かつ有意味な結果が得られるだろう。また、投入要素や産出における質的な差を無視し、量的な分析を行っていることも本稿の弱みである。次に、技術効率性に影響を与える要因には、様々なものがあり、これらの要因を取り込んだ分析も重要な課題であると思う。これらの限界を乗り越える分析は今後の研究課題として残しておきたい。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、木材産業、特に製材業における生産性と技術変化に焦点を当てて、経済分析を行ったものである。

第II章では、日本における林業・木材産業の現況と展望を概観した。第1節では、日本林業の全体像をわかりやすく表現することを目的とし、チャーノフの顔型グラフを応用した。また、第2節では、木材産業の位置と展開について述べた。

第III章では、時系列データを用い、木材産業における生産性の分析を行った。第1節では、林業経済における生産性分析の国際的な流れをサーベイした。全要素生産性分析のアプローチには三つの流れがあり、各アプローチは様々な分野で応用されていることを述べた。第2節では、テルンクビスト=タイル指数を用い、1970-2004年に亘って製材業の生産性の変化を分析した。全要素生産性は、年0.17%上がっており、過去34年間に5.77%上昇した。全要素生産性は、基本的に産出の変化に大きな影響を受け、投入要素の縮小調整で回復してきた。また、日本の製材業の全要素生産性成長率は、北米と比べて低い水準であり、製材業の生産性向上を目指す対策が講じられるべきことが示唆された。第3節では、日本の木材産業における国際競争力の指標を算出し、それに影響を与える経済変数との相関関係を分析した。製材品と木質パネルは比較劣位にあるが、紙・板紙は中立的な位置を保っていることが示された。相関分析によると、製材品の国際競争力は素材価格や製品価格、全要素生産性と正の関係にあることが明らかにされた。競争力をつけるためには、技術革新を行うことが何より重要であることが示唆される。第4節では、1970-2004年の年次データを用いてトランスログ型費用関数を推定した。投入要素は互いに非弾力的な代替関係にあり、他要素による代替が難いことが示された。また、製材業には規模の経済性が存在し、生産規模が市場需要に相応していないことが明らかとなり、生産規模を調整する必要があることが示された。また、製材業の技術は、木材中立的、労働節約的、資本使用的に発展したことが示された。製材業の全要素生産性は微減の傾向にあり、費用節減の技術発展が負の規模効果に相殺されていることが明らかになった。これは、製材業において生産性を向上させるため規模効果の改善が重要な課題であることを示唆する。

第IV章では、パネルデータを用い、フロンティア分析による技術効率性の分析を行った。第1節では、林業・林産業における技術効率性に関する研究をサーベイした。効率性を評価する手法としてはノンパラメトリック・アプローチとパラメトリック・アプローチがあり、理論的な発展に伴い様々な分野で応用されてきたことを述べた。第2節では、ノンパラメトリック・アプローチのDEAを用い、製材生産の技術効率性を分析した。各都道府県をそれぞれ一つの生産単位とし、投入要素は国産材入荷量、外材入荷量、従業者数、動力出力数を、また産出は、建築用製材出荷量とその他用製材出荷量とした。その結果、平均的な技術効率性は0.958、規模効率性は0.988であり、高い技術効率性が示された。ノンパラメトリックな手法を用いた事後検定によると、時間とともに技術効率性が減っていること、生産の活発な地域が高い技術効率性を示していること、動力出力数や素材の樹種と技術効率性の関係は有意ではないことが示された。第3節は、パラメトリック・アプローチを応用したものである。複数生産物を扱うため、確率的距離関数を利用した。その結果、技術効率性は0.1142-0.9670に分布しており、平均値は0.4502、中央値は0.4114であることが示された。DEAの結果と比較してみると、差があることが示された。第4節では、マルムクイスト生産性指数を推計し、1990~2006年にわたって製材業における生産性の変化を追跡し、その上で要因分解を行った。全要素生産性の変化は年-0.2%であり、技術効率性の改善効果がほぼ変わらず、技術進歩の効果は年-0.1%であることが示された。

最後に、第V章では、本研究をまとめながら、研究上の限界について言及し、今後の研究課題を述べた。

生産性は経済分析において非常に重要な概念であるものの、林業経済における実証分析は少ない。そこに本論文の意義がある。さらに、本論文では、生産性の分析に関する様々なアプローチを試み、多様な視点からの分析を行い、林業経済研究に寄与するところが大きい。以上、本論文は日本の木材産業を対象として、生産性変化を計測し、その要因を探るなど、学術上かつ応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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