学位論文要旨



No 125830
著者(漢字) 小野,陽介
著者(英字)
著者(カナ) オノ,ヨウスケ
標題(和) メダカ筋発生におけるミオシン重鎖遺伝子の発現制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 125830
報告番号 甲25830
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3530号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授 松永,茂樹
 東京大学 教授 金子,豊二
 東京大学 教授 浅川,修一
 東京大学 准教授 落合,芳博
内容要旨 要旨を表示する

筋線維の構成単位である筋原線維はミオシンを主体とする太いフィラメントとアクチンを主体とする細いフィラメントが規則的に配列した構造からなり、両フィラメントのすべりで起こる筋収縮は動物の生命活動の根幹をなすものである。このうちミオシン分子は2本の重鎖サブユニット(MYH)と4本の軽鎖サブユニットから構成され、特にMYHはATPおよびアクチンとの結合部位、フィラメント形成部位を有し、ミオシンの生理機能の主体をなしている。脊椎動物においては多くのMYHアイソフォームが存在し、各アイソフォームをコードする各遺伝子(MYH)は組織や発生段階ごとに異なる発現様式を示すことが知られているが、それらの機能や発現制御機構には未だ不明な点が多い。一方、魚類の筋肉は一般的に嫌気代謝的な速筋が体幹部の大部分を占め、好気代謝的な性質を持つ遅筋は体幹部の表層部分に局在し、速筋と遅筋は異なるMYHアイソフォームを発現する。このような魚類筋肉の構造は速筋線維と遅筋線維が混在して存在する哺乳類のものとは明らかに異なるが、魚類に特徴的な筋肉構造の詳細な形成機構は不明である。

本研究ではこのような背景の下、発生および遺伝学研究のモデル魚であるメダカOryzias latipesを用いて筋形成過程におけるMYHの発現解析および発現制御機構の解析を行い、魚類の筋形成機構の解明を目指したもので、成果の概要は以下の通りである。

1.メダカの発生過程におけるMYHの発現解析

まず、3'RACEによる横紋筋型MYHのcDNAクローンライブラリーを作成した。筋肉の前駆組織である体節の形成期である受精後2日目から孵化期にあたる受精後9日目、および孵化後60日目までの筋形成過程におけるcDNAクローンを調べたところ、8種の新規遺伝子および5種の既報成体型MYHからなる13種のMYHが得られ、各MYHは発生段階ごとに異なるクローン頻度を示した。特に受精後2日目から4日目までの体節形成初期では胚体(embryonic)型のmMYH。mb,が優占的に得られたのに対し、孵化期前後では仔魚(larval)型のmMYH(L1)およびmMYH(L2)が優占的となった。さらに孵化後の経過とともに既報の成体型MYHのクローンが多く得られたことから、体節形成期から孵化期、孵化期から成体期の2段階にかけて筋形成で大きな変化が起きていることが予想された。

次に、RT-PCRおよびin situハイブリダイゼーションにより、mMYH(embl)の発現は受精後2日目より観察され、背側と腹側の筋肉を分割する組織である水平筋隔に局在することが示された。また、発現部位は発生に伴い体幹部側方に移動し、ゼブラフィシュDanio rerioの遅筋前駆組織であるadaxialcellと類似する挙動を示した。一方、mMYH(LI)およびmMYH(L2)は受精後3日目より発現し、体幹部の筋節全体および仔魚の頭部筋肉で発現が観察された。また、クローンライブラリーから少ないクローン頻度で得られた遅筋・心筋型MYHのmMYH(C1)およびmMYH(C2)は、それぞれ水平筋隔および心筋で特異的な発現がみられた。これらの筋形成過程におけるMYHの転写産物の局在性は、異なる筋肉の形成に特異的なMYHの発現が関与していることを示唆した。

2.メダカMYHの分子系統解析およびゲノム解析

筋形成過程において優占的に発現するmMYH(emb1)、mMYH(L1)およびmMYH(L2)につき、ショットガンシーケンス法および5'RACEにより完全長cDNAの解析を試みた。その結果、3種のMYHにつき、それぞれ1938、1933および1933残基のアミノ酸をコードする5997bp、5987bpおよび5982bpの全長配列が決定された。さらに演繹アミノ酸配列を用いて分子系統解析を行い、既報の魚類MYHと比較したところ、3種のMYHはいずれも速筋型に分類された。mMYHL1およびmMYHmは胚体速筋型に分類されたのに対し、mMYH。mb1は発生初期に発現するにも関わらず成体型MYHに近いアミノ酸配列を持つことが示された。さらに、cDNA配列をもとにゲノムデータベースでBLAST検索を行った結果、mMYH(emb1)は5番染色体に含まれるscaffbld431上に位置した。これに対し、mMYH(L1)およびmMYH(L2)は6番染色体のscaffold9および染色体情報のないscaffold2438上に位置していた。また、両遺伝子はゲノム上で隣接していた。これらのMYHは既報の成体型MYHを含む遺伝子クラスターとは異なるゲノム上の位置に見出されたことから、mMYH(emb1)、mMYH(L1)およびmMYH(L2)は成体型MYHと分子系統的な由来が異なり、その機能も異なっていると考えられる。

3.メダカ胚体型・仔魚型MYHの転写調節領域の解析

次に、mMYH(emb1)、mMYH(L1)およびmMYH(L2)の5'上流配列の解析を行った。その結果、mMYH(emb1)の上流配列中にはオーソロガス遺伝子であるトラフグTakifugu rubripes MYH(M2528-2)の上流配列とホモロジーを示す164bpの領域が存在し、同配列中には複数のcisエレメントが確認された。さらに、遺伝子上流配列をhrGFPおよびDsRedのコード配列に連結した組換えDNA体を作成し、マイクロインジェクションにより受精卵へ導入し、胚体における蛍光タンパク質の局在を観察した。その結果、mMYH(emb1)の上流1.9kbとhrGFPを連結したembl-1.9k-hrGFPコンストラクトにより発現したタンパク質は水平筋隔におけるmMYH(emb1)転写産物の発現を再現した。一方、mMYH(L1)の上流2.6kbとDsRedを連結したLl-2.6k-DsRed、およびmMYH(L2)の上流4.OkbとhrGFPを連結したL2-4.Ok・hrGFPは、いずれも発現タンパク質が筋節全体に分布し、内在性の遺伝子発現を再現した。これらの結果から、筋形成過程におけるMYH発現の局在性が5'上流配列によって制御されていることが明らかとなった。また、Ll-2.6k-DsRedとL2-4.Ok-hrGFPは単一筋線維中で共発現することが示されたことから、mMYH(L1)およびmMYHL2の上流配列は共通の発現制御機構を有すると考えられた。さらに、これらの遺伝子の発現はゼブラフィッシュ卵へ導入した場合にも観察されたことから、MYHの上流配列による発現制御が魚類で保存されていることが予想された。embl-1.9k-hrGFPおよびL1-2.6k-DsRedについては、生殖細胞系列に導入遺伝子を取り込んだ個体からF1ファミリーを得ることでトランスジェニック系統が作出された。

さらに、mMYH(emb1)については、上流1.9kbから特定の領域を除いたdeletionコンストラクト、および特定のcisエレメントに変異を導入したmutationコンストラクトを作成して、in vivoプロモーター解析を行なった。上述のトラフグMYH(M2528-2)上流配列とのホモロジー領域に含まれる一1069~-ll29bp間に存在する61bpの配列を除くとhrGFPの発現が有意に低下したことから、この領域がmMYH,mbiの発現に重要であることが示された。しかしながら、この領域をさらに2分割していずれかを除去したコンストラクトでは、いずれもhrGFPの発現が変化しなかった。また、この領域に含まれるE-box配列、SRYおよびdeltaEF1の結合配列に変異を導入した場合でも発現が変化しないことから、未知のcisエレメントの存在もしくは複数のcisエレメントが共同して発現に関与していることが示唆された。

4.メダカ胚体型MYHを発現制御する転写因子の解析

前述のように、mMYH(emb1)の発現が遅筋形成に関与していることが示唆された。そこで、ゼブラフィッシュの筋発生における遅筋の誘導因子ヘッジホッグのシグナル伝達経路をシクロパミン処理により阻害したところ、emb1-1.9k-hrGFPトランスジェニック胚におけるhrGFP発現個体の頻度が有意に低下した。さらに、emb1。1.9k・hrGFP発現細胞はadaxialcel1が分化したmusclepioneerと呼ばれる細胞群のマーカータンパク質engraiedを同時に発現することが免疫染色により示された。これらの結果からmMYH(emb1)剛を発現する細胞が遅筋発生の系譜に属することが明らかになった。

そこで、mMYH(emb1)の発現を制御する転写因子の同定を目的に、上述のin vivoプロモーター解析によって同定された上流配列を用いてDNA-タンパク質結合実験および酵母one-hybid法による転写因子のスクリーニングを試みた。その結果、前者の実験では発現制御配列と予想される61bpの領域と特異的に結合するタンパク質の存在が示された。さらに、酵母one-hybrid法による転写因子のスクリーニングでは、転写因子をコードする遺伝子のほか複数の候補遺伝子が得られた。しかしながら、いずれの方法でもmMYH(emb1)を発現制御する転写因子の同定には至らなかった。

以上、本研究により、メダカの筋形成過程ではMYHは成体筋肉中とは異なる発現プロファイルを示すことから、筋発生とMYHの発現が密接に関わっていることが示された。また、トランスジェニックを用いた解析手法により、筋形成過程において優占的に発現するmMYH(meb1)、mMYH(L1)およびmMYH(L2)は5'上流配列により発現が制御され、その制御は魚類で保存されていることが明らかになった。さらに、mMYH(mebl)を発現する細胞が遅筋発生の系譜に属し、その発現がヘッジホッグシグナル伝達経路に依存することを示した。これらの成果は、魚類の筋形成機構の一端を明らかにしたもので、系統発生学に寄与するのみならず、筋成長の差が養殖効率に影響を及ぼすことから応用面にも資するところが大きいと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

ミオシン分子は2本の重鎖サブユニット(MYH)と4本の軽鎖サブユニットから構成され、MYHはミオシンの生理機能の主体をなしている。魚類の筋肉は一般的に嫌気代謝的な速筋が体幹部の大部分を占める、一方、好気代謝的な性質を持つ遅筋は体幹部の表層部分に局在し、速筋と遅筋は異なるMYHアイソフォームを発現する。このような魚類筋肉の構造は速筋線維と遅筋線維が混在して存在する哺乳類のものとは明らかに異なるが、魚類に特徴的な筋肉構造の詳細な形成機構は不明である。本研究では、発生および遺伝学研究のモデル魚であるメダカOryziaslatipesを用いて筋形成過程におけるMYHの発現解析および発現制御機構の解析を行い、魚類の筋形成機構の解明を目指した。

筋肉の前駆組織である体節の形成期である受精後2日目から孵化期にあたる受精後9日目、および孵化後60日目までの筋形成過程における横紋筋型MYHのcDNAクローンを調べたところ、8種の新規遺伝子および5種の既報成体型MYHからなる13種のMYHが得られ、各MYHは発生段階ごとに異なるクローン頻度を示した。特に受精後2日目から4日目までの体節形成初期では胚体(embryonic)型のmMYH(emb1)が優占的に得られたのに対し、孵化期前後では仔魚(larval)型のmMYH(L1)およびmMYH(L2)が優占的となった。次に、RrFPCRおよびinsituハイブリダイゼーションにより、mMYH(emb1)の発現は受精後2日目より観察され、背側と腹側の筋肉を分割する組織である水平筋隔に局在することが示された。一方、mMYH(L1)およびmMYH(L2)は受精後3日目より発現し、体幹部の筋節全体および仔魚の頭部筋肉で発現が観察された。

次に、mMYH(L1)、mMYH(L1)およびmMYH(L2)につき、それぞれ1938、1933および1933残基のアミノ酸をコードする5997bp、5987bpおよび5982bpの全長配列が決定された。さらに演繹アミノ酸配列を用いて分子系統解析を行い、既報の魚類MYHと比較したところ、3種のMYHはいずれも速筋型に分類された。mMYH(L1)およびmMYH(L2)は胚体速筋型}こ分類されたのに対し、mMYH(emb1)は発生初期に発現するにも関わらず成体型MYHに近いアミノ酸配列を持つことが示された。さらに、ゲノムデータベースから、mMYH(emb1)、mMYH(L1)および勘mMYH(L2)は既報の成体型MYHを含む遺伝子クラスターとは異なるゲノム上の位置に見出された。

次に、mMYH(emb1)の上流配列中にはオーソロガス遺伝子であるトラフグTakifuguzubripes MYH(M2528-2)の上流配列とホモロジーを示す164bpの領域が存在し、同配列中には複数のcisエレメントが確認された。そこで、遺伝子上流配列をhrGFPおよびDsRedのコード配列に連結した組換えDNA体を作成し、マイクロインジェクションにより受精卵へ導入した。その結果、mMYH(emb1)の上流1.9kbとhrGFPを連結したemb1-1.9k-hrGFPコンストラクトにより発現したタンパク質は水平筋隔におけるmMYH(emb1)転写産物の発現を再現した。一方、mMYH(L1)の上流2.6kbとDsRedを連結したL1-2.6k-DsRed、およびmMYH(L2)の上流4.OkbとhrGFPを連結したL2-4.Ok-hrGFPは、いずれも発現タンパク質が筋節全体に分布し、内在性の遺伝子発現を再現した。emb1-1.9k-hrGFPおよびLl-2.6k-DsRedについては、生殖細胞系列に導入遺伝子を取り込んだ個体からF1ファミリーを得ることでトランスジェニック系統が作出された。さらに、.MYH(M2528-2)上流配列とのホモロジー領域に含まれる-1069~-1129bp間に存在する61bpの配列を除くとhrGFPの発現が有意に低下したことから、この領域がmMYH(emb1)の発現に重要であることが示された。

次に、ゼブラフィッシュの筋発生における遅筋の誘導因子ヘッジホッグのシグナル伝達経路をシクロパミン処理により阻害したところ、emb1-1.9k-hrGFPトランスジェニック胚におけるhrGFP発現個体の頻度が有意に低下した。さちに、emb1-1.9k-hrGFP発現細胞はadaxial cellが分化したmuscle pioneerと呼ばれる細胞群のマーカータンパク質engraiedを同時に発現することが免疫染色により示された。これらの結果からmMYH(emb1)を発現する細胞が遅筋発生の系譜に属することが明らかになった。そこで、in vivoプロモーター解析によって同定された上流配列を用いてDNA一タンパク質結合実験および酵母one-hybid法による転写因子のスクリーニングを試みた。その結果、前者の実験では発現制御配列と予想される61bpの領域と特異的に結合するタンパク質の存在が示された。さらに、酵母one-hybrid法による転写因子のスクリーニングでは、転写因子をコードする遺伝子のほか複数の候補遺伝子が得られた。

以上、本研究により、メダカの筋形成過程ではMYHは成体筋肉中とは異なる発現プロファイルを示すことが明らかになった。筋形成過程において優占的に発現するmMYH(emb1)、mMYH(L1)およびmMYH(L2)は5'上流配列により発現が制御されていることが明らかになった。さらに、mMYH(emb1)を発現する細胞が遅筋発生の系譜に属し、その発現がヘッジホッグシグナル伝達経路に依存することを示した。これらの成果は、魚類の筋形成機構の一端を明らかにしたもので、学術上、応用上資するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位諭文として価値あるものと認めた。

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