学位論文要旨



No 125831
著者(漢字) 金子,貴臣
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,タカオミ
標題(和) 漁業の生み出す外部不経済の内部化による水産資源管理の研究
標題(洋)
報告番号 125831
報告番号 甲25831
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3531号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 白木原,國雄
 東京大学 准教授 山川,卓
 東京大学 特任准教授 八木,信行
 横浜国立大学 教授 松田,裕之
内容要旨 要旨を表示する

1章序論

水産資源は無主物であり、漁業は先取り競争、乱獲、漁場を巡る競争など、様々な共有地の悲劇を引き起こしてきた。これらの事象は、ある経済主体の行動が他の経済主体に市場を通さずに不利益をもたらしているため、"外部不経済"と捉えることができる。漁業の生み出す外部不経済はこれまで幾つかの文献で触れられてきたが、それを漁業システムの内部に取り込み、行為者自身のコストとして負担させる"内部化"をどのように行えば良いかについては取り上げられてこなかった。本研究では、漁業が生み出す外部不経済について、収益を徴収、再配分することで強制的に内部化する方法を提示した。さらに、そのような方法が社会的に最適な状態(パレート最適)をもたらすために必要な条件を考察した。そして、現在の漁獲行為が将来に与える外部不経済について定式化を試み、コストとして課すことを検討した。最後に、これらのコスト徴収と再配分の組み合わせについて総合的に考察した。

2章競争的配分ルールを導入したプール制漁業による漁業管理

少ない資源に過剰な漁獲圧がかかるのは、漁業を一種のゲーム(非協力ゲーム)と見立てた時に、共有地の悲劇を生み出す利得構造を持っているからである。この利得構造を強制的に改変し、漁業者達の行動が到達するNa8h均衡点をより望ましい方向に移動させることができれば、外部不経済を漁業システム内に内部化することが可能であると考えられる。本章では、競争的な配分ルールを導入したプール制によって収益を再配分することで、そのような利得構造の改変を実現できるかどうかを検証した。

このシステムでは、漁業者間で事前に目標(例:少ない資源の保護)を合意し、その目標に沿った漁獲行為を行った漁業者により多くの収益が配分されるルールを設定する。ここではCPUE(単位努力量当たり漁獲量)と収益(漁獲金額)をべき乗係数によって重み付けした上で、収益配分用の評価得点に組み込んだルールを設定した。ゲーム理論を利用してこのシステムを分析した後、漁業管理手法としての性能をコンピュータシミュレーションで検証した。このシュミレーションでは様々な外的要因(対象とする資源の生物学的特性や価格関数)を変えた複数のケースを想定して性能の検証を行った。

ゲーム理論による分析から、よりCPUEを重視する収益配分ルールを設定することで、各漁業者の漁獲努力量がより抑制されることが分かった。また、漁業に参加する人数が増えた場合でも漁獲努力量を一定の水準以下に抑制できることが示された。シミュレーションによる検証では、外的要因を変えた多くのケースで、CPUEを重視したルールを導入することにより、資源量を高く維持し、年平均収益を高めることができることが分かった。外的要因が大きく異なった場合でも、収益配分ルールの各要素の比重を変えることで柔軟に対応できる。このことから、漁業の利得構造を強制的に改変することで、漁業の外部不経済を内部化し、Nash均衡点をより望ましい方向へ移動できることが示された。

3章収益とコストの徴収、再配分による最適ルールの数理的検討

2章では、収益の徴収、再配分という手法で漁業の外部不経済が内部化できることを具体的に示すことができた。一方で、この方法では特殊な配分ルールの中で漁業者が自己の収益を最大化するため、達成されたNa8h均衡点が必ずしもパレート最適ではないという問題があった。そこで本章では、各漁業者の効用(収益とコストの差)がパレート最適を実現しており、かっNa8h均衡点に一致するためには、どのような条件が収益とコストの徴収、再配分ルールに必要であるかを数理的に求めることにした。

まず、パレート最適がどのような条件の時に達成できるかを検討した。複数の漁業者が同一の漁場を利用している場合、各漁業者の単位努力量あたりコストに対する漁具能率が各漁業者で一致した場合のみ、全漁業者の操業によるパレート最適が達成できることが分かった。一方、各漁業者の単位努力量あたりコストに対する漁具能率に差がある場合は、最もその値の高い漁業者のみが操業を行わなければパレート最適は達成できないことが分かった。

次に、定められた配分ルール内で各漁業者がそれぞれの効用を最大化しようと行動した場合の"個人最適"が、全ての漁業者でパレート最適と一致するための条件を求めた。収益(とコスト)をプールする際に、各漁業者の稼いだ(費やした)額のうち何割をプールするかという"徴収ルール"と、そのようにして回収した収益(及びコスト)を、どのように配分するか(負担させるか)を定めた"配分ルール"の2つを用意し条件を求めた。式の展開から、収益については各漁業者が全額プールすることが必要条件であり、その配分は定数比k:1-kである必要があることが分かった。また、コストについても必要な徴収ルールと配分ルールの関係を導出した。その関係は、結果的に各漁業者のコストを全てプールし、同じ定数比k:1-kで配分するのに等しい。

このことから、収益とコストの徴収、再配分でパレート最適とNash均衡点を一致させるためには、これらのルールに漁獲努力量や漁獲量の関数を用いてはならず、定数比を用いた協力ゲームへと構造を変換させる必要があることが分かった。

4章現在の漁業が将来に生み出す外部不経済の定式化に関する研究

3章までは、漁業の生み出す外部不経済について、時間軸を考慮した検討を行ってこなかった。しかし、水産資源を長期間持続的に利用するためには、時間軸を明示的に考慮して、現在の漁獲が将来の漁獲に与える外部不経済を定量化して内部化する必要がある。しかし、このような将来に発生する外部不経済はこれまで明確に規定されておらず、定式化も行われていない。そこで本章ではまず、将来発生する外部不経済の定式化を試み、次に、外部不経済に相当するコストを漁業者に課すシュミレーションを行って、どのような効果が得られるかを検討した。

現在の漁獲が将来の漁獲に与える外部不経済を、魚の世代内外部不経済と世代間外部不経済の2種類に分けて定義した。前者は、魚を若齢時に漁獲することで、その魚が将来生み出せるであろう漁獲価値を失ってしまうという外部不経済であり、成長乱獲の原因となる。後者は、その魚が将来再生産するはずの次世代を漁獲により失ってしまう外部不経済であり、加入乱獲の原因となる。これらの外部不経済の和と、その魚を現在に漁獲することで得られる価値との差を利益とし、その総和が最大となる漁獲を実現できる状態が社会的に望ましい。これらの各要素を同じ尺度で適正に換算するために、最適漁獲方策に関する過去の研究を援用した。

最適漁獲方策が実現されている時の、時刻tにおける魚が将来成長して漁獲される期待価値(将来収穫価)を、時刻'でその魚を漁獲した時に発生する世代内外部不経済(コスト)φtとして定義した。またその魚が時刻tから寿命が尽きるまでに産む産卵量の期待値(Fi8herの繁殖価)をrtとし、そこに卵1粒当たりの価値τを乗じたτrtを世代間外部不経済(コスト)とした。その魚の時刻∫における価値玩がこれら外部不経済の和φt+τπを上回った時に漁獲するスケジュールが、最適漁獲戦略になる。この最適な漁獲スケジュールを支配するパラメータうとτは、その魚の資源が一世代に産む産卵量総数の期待値端に支配されるという性質を持つ。このため、任意の初期資源量篤に対し、特定の瓦を残す条件下での最適漁獲戦略は一義的に決まる。

N0がBeverton-Holt型の再生産関係によって決定論的に決まると仮定した場合に、N0を維持しつつ長期的な漁獲量を最大化するλ0とτが一組存在することを、シミュレーションにより示した。また同時に、このようなλ0とτに由来するφt+τrtを固定して社会的コストとして漁業者に課すことにより、加入変動があった場合にも資源量を安定的に維持し、最適な漁獲率一定方策が実現できることを示した。また、毎年の初期資源量N0を誤差なく推走し、最適な漁獲戦略を与えるλ0とτを毎年算出してコストを課すことができれば、取り残し量一定方策が実現できる。

このように管理者が、現在の資源量端と維持すべき産卵量R0の関係からλ0とτを算出し、φt+τrtをコストとして課すことにより、漁獲が生み出す外部不経済を内部化することができる。そうすれば、漁業者が自己の収益を最大化しようと行動する結果、社会的に最適な漁獲スケジュールが達成されると期待できる。この手法は環境税における「課税効果」と同等の効果を持ち、徴収されたコストを再配分すれば、環境税における「税収効果」と同等の効果が得られる。

5章総合考察

本研究では、漁業が生み出す外部不経済について、収益とコストを再配分する仕組みによって内部化できることを示した。タイムラグがなく、現在のみに影響の及ぶ外部不経済については、理想としては3章のように全ての収益をプールし、定数比で再配分するシステムが社会的な最適を達成できる。しかし、漁業者間の合意形成の容易さという点からは、2章のように強制的に利得構造を改変して内部化する仕組みも、より現実的な手法として利用できるかもしれない。4章では明示的に時間軸を考慮し、現在の漁獲が将来生み出す外部不経済へと拡張して理論展開を行った。この内部化についても理想としては、将来発生する外部不経済のコストのみならず収益も全て徴収して再配分するシステムが、社会的最適を達成できるであろう。しかし実際には、コストのみを徴収し、競争的な配分手法を用いることで外部不経済を内部化する方法でも良い。まだ継続的に研究を行う余地があるものの、将来まで含めた漁業の外部不経済を内部化する研究は、漁業が持続可能な産業として発展し続けていくための重要な知見となるだろう。

審査要旨 要旨を表示する

水産資源は無主物であり、漁業は先取り競争、乱獲、漁場を巡る競争など、様々な共有地の悲劇を引き起こしてきた。これらの事象は、ある経済主体の行動が他の経済主体に市場を通さずに不利益をもたらしているため、"外部不経済"と捉えることができる。漁業の生み出す外部不経済を漁業システムの内部に取り込み、行為者自身のコストとして負担させる"内部化"をどのように行えば良いかについて、コスト徴収と再配分を組み合わせることを総合的に検討した。

1.競争的配分ルールを導入したプール制漁業による漁業管理

本章では、競争的な配分ルールを導入したプール制によって収益を再配分することで、外部不経済を漁業システム内に内部化することが可能であるかを検証した。このシステムでは、漁業者間で事前に目標(例:少ない資源の保護)を合意し、その目標に沿った漁獲行為を行った漁業者により多くの収益が配分されるルールを設定する。ゲーム理論を利用してこのシステムを分析した後漁業管理手法としての性能をシミュレーションで検証した。ゲーム理論による分析から、よりCPUEを重視する収益配分ルールを設定することで、各漁業者の漁獲努力量がより抑制されることが分かった。漁業に参加する人数が増えた場合でも漁獲努力量を一定の水準以下に抑制できることが示された。また、CPUEを重視したルールを導入することにより、資源量を高く維持し、年平均収益を高めることができることが分かった。このことから、漁業の利得構造を強制的に改変することで、漁業の外部不経済を内部化し、Nash均衡点をより望ましい方向へ移動できることが示された。

2.収益とコストの徴収、再配分による最適ルールの数理的検討

本章では、各漁業者の効用(収益とコストの差)がパレート最適を実現しており、かつNash均衡点に一致するためには、どのような条件が収益とコストの徴収、再配分ルールに必要であるかを数理的に求めた。まず、パレート最適がどのような条件の時に達成できるかを検討した。複数の漁業者が同一の漁場を利用している場合、各漁業者の単位努力量あたりコストに対する漁具能率が各漁業者で一致した場合のみ、全漁業者の操業によるパレート最適が達成できることが分かった。次に、徴収ルールと配分ルールの条件を求めた。収益については各漁業者が全額プールすることが必要条件であり、その配分は定数比k:1-kである必要があることが分かった。また、コストについても必要な徴収ルールと配分ルールの関係を導出した。その関係は、結果的に各漁業者のコストを全てプールし、同じ定数比k:1-kで配分するのに等しい。

このことから、収益とコストの徴収、再配分でパレート最適とNash均衡点を一致させるためには、これらのルールに漁獲努力量や漁獲量の関数を用いてはならず、定数比を用いた協力ゲームへと構造を変換させる必要があることが分かった。

3.現在の漁獲が将来に生み出す外部不経済の定式化に関する研究

現在の漁獲が将来の漁獲に与える外部不経済を、魚の世代内外部不経済と世代間外部不経済の2種類に分けて定義した。これらの外部不経済の和と、その魚を現在に漁獲することで得られる価値との差を利益とし、その総和が最大となる漁獲を実現できる状態が社会的に望ましい。魚が将来成長して漁獲される期待価値を世代内外部不経済(コスト)として定義し、その魚が寿命の尽きるまでに産む産卵量の期待値と卵1粒当たりの価値を乗じたものを世代間外部不経済(コスト)とした。その魚の価値がこれら外部不経済の和を上回った時に漁獲するスケジュールが最適漁獲戦略になる。初期資源量を維持しつつ長期的な漁獲量を最大化するパラメータが一組存在することをシミュレーションにより示した。また同時に、外部不経済を社会的コストとして漁業者に課すことにより、加入変動があった場合にも資源量を安定的に維持し、最適な漁獲率一定方策が実現できることを示した。このように管理者が、外部不経済をコストとして課すことにより、漁獲が生み出す外部不経済を内部化することができる。それによって漁業者が自己の収益を最大化しようと行動する結果、社会的に最適な漁獲スケジュールが達成されると期待できる。

以上、本研究は、現在および将来まで含めた漁業が生み出す外部不経済について、収益とコストを再配分する仕組みによってそれを内部化でき、社会的最適を達成できることを示した。これらの成果は漁業が持続可能な産業として発展し続けていくための重要な方策を提示したものであり、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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