学位論文要旨



No 125841
著者(漢字) シャバカ,ソハ ハムディ
著者(英字) Shabaka,Soha Hamdy
著者(カナ) シャバカ,ソハ ハムディ
標題(和) 本州東北船越湾産海草3種の季節的動態,形態,分布に関する研究
標題(洋) Studies on seasonal dynamics, morphology and distribution of three seagrass species in Funakoshi Bay, northeast Honshu Island, Japan
報告番号 125841
報告番号 甲25841
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3541号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小松,輝久
 東京大学 教授 宮崎,信之
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 准教授 平松,一彦
 東京大学 准教授 河村,知彦
内容要旨 要旨を表示する

海草は,浅海域において藻場とよばれる広い群落をつくり,沿岸域における最も一次生産の大きい生態系の一つである.この海草群落は,水産的に重要な魚類等の資源の産卵場,生育場として重要な生態学的な役割を果たしている.しかし,日本では,1960年代の高度経済成長期の汚染や埋立などにより,また,ひきつづく経済発展による汚染や埋立により,海草群落の分布面積は著しく減少してきた.しかし,持続的な沿岸漁業の発展のためには,この水産資源涵養の場である藻場の必要であるということが広く認識されるようになり,藻場の保全と修復が課題となっている.日本の大型海草の藻場には,アマモ,タチアマモ,オオアマモがある.アマモは温帯から寒帯に,タチアマモは温帯に,オオアマモは亜寒帯に分布する.タチアマモとオオアマモは極東アジアの固有種であり,環境省のレッドデータブックの絶滅危惧種にリストされている.このうち三陸の船越湾産のタチアマモは,秋季に花株のシュートの長さが7mと世界最大の海草であることが知られている.しかし,タチアマモやオオアマモの生態については十分に調べられておらず,これらの藻場の保全や再生には,生態学的な知見の蓄積が望まれている.上述の三陸の船越湾には,タチアマモ,オオアマモ,アマモの3種が分布し隔月の採集調査により得られた試料を詳細に分析し、季節的動態、形態について調べた。また、3種の海草群落の季節的な景観の変化をナローマルチビームソナーにより調査した。これらの結果の内容は次の通りである。

1)タチアマモのフェノロジーと形態

タチアマモのフェノロジーと形態を調べるために、船越湾におけるそれらの底深の分布に沿った4定点(6、9、12、15m深)を設け、2007年6月から2008年6月まで隔月で坪刈調査を行った。船越湾産タチアマモは、本州中部や韓国産のタチアマモよりも、花株頂上の栄養葉や栄養株の葉の葉幅よりも細いこと、根茎の直径が太いこと、根茎の節間が狭いという特徴があった。これらの特徴は、船越湾が本州中部や韓国沿岸の産地よりも水温が低く、生長が遅いことが原因ではないかと推定された。Zostera亜属の種の査定に用いられる葉先について調べたところ、花株の葉先が夏に凹形であり、秋・冬には微凸形となることが初めて明らかとなった。花株の生物量と葉面積指数は、夏に高く、秋・冬に低くなり、花株と栄養株のシュート密度、生物量、葉面積指数は、深い定点で低くなった。これらの季節変化および水深による差は、光量の季節変化や水深の増加による減少を反映しているものと考えられた。栄養株と未成熟の花株は冬に加入していたことから、冬季の栄養株と未成熟の花株の生残が、タチアマモ個体群の維持と拡大にとって重要であることが示された。

2)タチアマモの開花と種子生産

今まで、タチアマモの花の発達過程と種子生産について調べた研究はなかったことから、本論文では詳細にそれらについて検討した。開花は、4月から8月まで続いたが、8月の結実期の花では生殖器は観察されなかった。10月には、成熟した花株には花がなく、開花期が終了したことを示していた。種子生産の指標となる年間の単位面積当りの花の生物量、花の密度、果実密度は、4定点の中間の底深9mの点で、それぞれ、131.1±76.3gDWm-2y-1、1096±618flowersm-2-1、2575土1321fruitsn m-2y-1と最大となり、底深15mの定点で、9.8土11.4gDW m-2y-1、117±134 flowers m-2y-i、458±714 fuitsn-2y-1と最小となった。このように、分布下限深度近くでは、種子生産が低くなることが明らかとなった。船越湾産タチアマモの花株の花数と花当りの果実は本州中部のものに比べて少なかった。

3)オオアマモとアマモのフェノロジーと形態

オオアマモとアマモの混生群落の分布域の分布底深に沿って3定点(8、10、12m深)を設けて、2007年6.月から2008年6月まで隔月の坪刈調査を行い、それらのフェノロジーと形態について調べた。8-12mに分布する船越湾のアマモ、オオアマモの形態は、それぞれ1.5m深、2m深の底深に分布する厚岸湾のアマモ、オオアマモと比較して、低いシュート密度、低いシュート丈、栄養株長であり、この違いは、水深の増加にともなう光量の低下によりもたらされたものと判断された。アマモについては6月と8月に合計15枠(1枠20x20cm2)中で合計5株の花株とその開花を観察したが、オオアマモでは1年を通して栄養株のみしかなく、開花を観察できなかった。オオアマモは、おもに地下茎の栄養生殖により個体群を維持しているものと思われる。この結果は、大西洋東岸における分布の南限に位置するアマモ個体群では種子生産が減少し、栄養生殖に依存するという報告と一致していた。船越湾では大きな環境変動によってオオアマモの個体群が減少した場合には、栄養生殖に依存するため個体群の回復はゆっくりとしたものになると推定される。

4)ナローマルチビームソナーによる船越湾の藻場分布のモニタリング

船越湾における海草藻場の景観的分布が季節的にどのように変化するかを調べるために、開花終了期の2007年10月、開花期の2008年6月、越冬期の2009年2.月に、3次元的に海底の形状をマッピングできるナローマルチビームソナーによるモニタリング調査を実施した。ナローマルチビームソナーにより得られる海底の水深分布には、海草のキャノピーにより反射されたエコーを含んでいる。このエコーを信号処理によりノイズとして削除することで、海底だけの水深を得ることできる。海草を含む海底の水深分布から、海草を除いた海底の水深分布を減じるという方法により、海草だけが占めるバイオボリュームと名づけた体積分布を3次元的に求めた。その結果、シュートの草丈の高いオオアマモ群落と低いオオアマモ・アマモ混生群落を容易に区別することができた。また、タチアマモは連続する分布を、オオアマモとアマモの混生群落は小さなパッチが散在する分布を示した。

タチアマモ群落については、タチアマモのバイオボリュームは、防波堤で囲まれた底深3-5mでは2008年6月に最大、2009年2月に最小となり、坪刈による生物量の結果と一致した。一方、防波堤の沖側では、2007年10月よりも2009年2月に分布面積とバイオボリュームは増大し、タチアマモの分布の拡大が示された。この結果は、2006年10月に非常に大きな低気圧による時化が船越湾沿岸を含む三陸沿岸を襲っていることから、時化による波浪で減少した防波堤の沖側のタチアマモ群落が回復している過程を捉えたものと解釈される。

オオアマモとアマモの混生群落では、バイオボリュームと面積は2007年6月、2008年10月、2009年2月の順に低くなった。坪刈の結果では、季節的な変化は少ないものの、オオアマモもアマモを合わせたシュート密度は6月、10月、2月の順に低くなった。この月の順にバイボリュームと面積が低くなるのは、シュート密度が低い場合には、キャノピーを通過するナローマルチビームソナーのビームが多く、群落を十分に捉えられないと考えられた。また、タチアマモのように2006年10月の強い時化のダメージからの回復が見られなかったのは、もっぱら栄養生殖により群落を維持するオオアマモとアマモでは回復速度が種子による再生産も行なうタチアマモよりゆっくりとしたものであることを示している。

これらタチアマモ群落とオオアマモとアマモの混生群落をナローマルチビームでマッピングすることで、それらの季節変化やダメージからの回復過程を景観的に追跡できることが示された。

本論文では、船越湾産のタチアマモ、オオアマモ、アマモのシュート密度、生物量が底深と関係があること、生物量、シュート密度、葉面積指数が花株と栄養株、越冬期、成熟期、開花期に関連してタチアマモでは明瞭に、オオアマモとアマモでは不明瞭であるが季節変化することを具体的に明らかにした。また、Zostera亜属の同定にキーとして使用されているタチアマモの葉の葉先の形態が、夏と秋冬とで変化することを詳細な観察から示した。さらに、タチアマモ種子の生産があること、オオアマモではないこと、アマモでは非常に少ないことが明らかになった。3種の空間分布についてナローマルチビームソナーを用いて測定し、季節変化と時化による群落のダメージからの回復過程を追跡できることを示した。これらの結果は分布の北限に近いタチアマモ群落、分布の南限のオオアマモ群落、深い底深に分布するアマモ群落の保全と修復に資するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

海草は、浅海域において藻場とよばれる群落をつくり、沿岸域における最も一次生産の大きい生態系の一つである。この海草群落は、水産的に重要な魚類等の資源の産卵場、生育場として重要な役割を果たしているが、埋立や汚染などにより海草群落の分布面積は著しく減少してきた。持続的な沿岸漁業の発展のためには、水産資源涵養の場である藻場が必要であるということが広く認識されるようになり、藻場の保全と修復が課題となっている。日本の大型海草の藻場には、温帯から寒帯にアマモ、温帯にタチアマモ、亜寒帯にオオアマモの藻場があり、後者の2種は環境省の絶滅危惧種に指定されているが、それらの生態については十分に調べられていない。現在、これらの藻場の保全や再生に必要な生態学的知見の蓄積が望まれている。本論文は、タチアマモ、オオアマモ、アマモの3種が分布する三陸の船越湾において、これらの種の形態と季節的動態(フェノロジー)を精査するとともに、3種のつくる海草群落の季節的な景観の変化をナローマルチビームソナーにより調査した。これらの結果の内容は次の通りである。

1)タチアマモのフェノロジーと形態

タチアマモ分布に沿って4定点(6、9、12、15m深〉を設け、2007年6月から2008年6月まで隔月で坪刈採集を行った。船越湾産タチアマモは、本州中部や韓国産よりも、花株頂上の栄養葉や栄養株の葉の葉幅が細い、根茎の直径が太い、根茎の節間が狭い、という特徴があり,他の産地よりも船越湾の水温が低く、生長が遅いことが原因であると推定された。Zostera亜属の種の査定に用いられる葉先形状について調べ、花株の葉先が夏に凹形、秋・冬には微凸形と季節変化することを初めて明らかにした。栄養株と未成熟の花株は冬に加入しており、冬季の栄養株と未成熟の花株の生残が、タチアマモ個体群の維持と拡大にとって重要であることがわかった。

2)タチアマモの開花と種子生産

開花は、4月から8月まで続いたが、8月の結実期の花には生殖器は観察されなかった。年間の単位面積当りの果実密度は、4定点の中間の底深9mの点で2575土1321 fruits m-2y-1と最大となり、底深15mの点で458±714 fruits m-2y-1と最小となった。本種の分布下限深度近くでは、種子生産が低くなることが初めて明らかとなった。

3)オオアマモとアマモのフェノロジーと形態

オオアマモとアマモの混生群落の分布に沿って3定点(8、10、12皿深)を設け、2007年6月から2008年6月まで隔月の坪刈採集を行った。8-12m深に分布する船越湾のアマモ、オオアマモの形態は、2m以浅の底深に分布する厚岸湾産のものより、低いシュート密度、短いシュート長で、水深の増加にともなう光量の低下によりもたらされたものと判断された。アマモについては6月と8月に合計5株の花株とその開花を観察したが、オオアマモでは1年を通して栄養株のみしかなく、地下茎の栄養生殖により個体群を維持していると考えられた。船越湾では大きな環境変動によってこれらの個体群が減少した場合には、栄養生殖に依存するため個体群の回復は遅くなると推定される。

4)ナローマルチビームソナーによる船越湾の藻場分布のモニタリング

海草藻場の景観が季節的にどのように変化するかを調べるために、開花終了期の2007年10月、開花期の2008年6月、越冬期の2009年2月に、3次元的に海底の形状をマッピングできるナローマルチビームソナー(NMBS)調査を実施した。NMBSにより得られる海草を含む底深分布から、海草の信号を除去した底深分布を減じ、海草が占めるバイオボリューム(BV)と名づけた体積分布を得た。その結果、シュートの草丈の高いオオアマモ群落と低いオオアマモ・アマモ混生群落を容易に区別できた。

タチアマモ群落については、2006年10月の時化で減少した防波堤の沖のタチアマモ群落分布の回復過程を捉えることができた。オオアマモとアマモの混生群落では、BVと分布面積はシュート密度の季節変化と関係していた。この理由として、シュート密度が低い場合には、キャノピーを通過するNMBSビームが多く、群落を十分に捉えられないためと考えられた。また、主に栄養生殖に依存するためオオアマモ・アマモ混生群落の回復が遅いことが景観的に示唆された。

以上、本論文の研究結果は、船越湾産のタチアマモ、オオアマモ、アマモの形態、フェノロジー、分布とBVの季節変化と時化による群落のダメージからの回復過程を明らかにしており、今後の海草藻場の保全に寄与するところは大きい。よって、審査委員一同は本論文を博士(農学)の学位論文としての価値があるものと判断した。

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