学位論文要旨



No 125844
著者(漢字) 松井,隆宏
著者(英字)
著者(カナ) マツイ,タカヒロ
標題(和) 漁業における自主管理方式の機能と成立条件に関する実証研究
標題(洋)
報告番号 125844
報告番号 甲25844
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3544号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 教授 本間,正義
 東京大学 教授 黒倉,壽
 東京大学 准教授 安藤,光義
 東京大学 准教授 中嶋,康博
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、わが国の漁業管理の実態と整合的な価格形成のモデルの構築と、そのモデルから導出される価格の関数を用いた分析を中心として、漁業における自主管理方式の意義とその成立条件について実証的に検討することであった。

1章では、まず、既存研究の整理をおこなった。ここでは、自主管理を中心とするわが国の地域的な漁業管理の成立条件に係る分析は、そのほとんどが実態分析にとどまること、そして、水産資源および漁業の管理に係るモデルを用いた分析は、そのほとんどが他国との間での資源の利用、つまり複数の経済主体による互いに独立な異なる市場への供給が想定されていることを確認した。つまり、既存研究では、実証分析がほとんどおこなわれておらず、また、そのための(それに適した)モデルも存在しない状況にあった。つづいて、水産資源および漁業の管理の枠組みを整理し、それぞれの概念の間の関係性、および複数の意味や定義で用いられる概念の使用範囲を明らかにした。これにより、自主管理方式が、生物学的視点からの資源管理と、経済的管理の双方に効果的であること、そして、そのような(効果的な)管理の中で、漁業者・行政の負担が少ないことが確認された。

2章では、まず、総水揚量と平均価格の関係について整理し、日々の価格形成において累積水揚量および過去の価格が当日の価格に影響する場合は、総水揚量と平均価格の関係が一定とならないことを確認した。つづいて、現地調査にもとづき、累積水揚量に規定される総水揚量の予想と過去の価格に着目した、日々の水産物の価格形成のモデルを提示した。そして、このモデルより導かれる価格の関数を推計し、その結果の分析と推計されたパラメータを用いたシミュレーションから、価格形成に対する累積水揚量と過去の価格の影響、および累積水揚量の推移のパターンに応じた価格形成のメカニズムを明らかにした。初期の総水揚量の予想は日々の水揚量に応じて敏感に反応するため、初期の水揚量は価格に反映されやすく、そして、前日価格の影響が強く価格が一度変化するとその後に影響するため、初期の価格の低下はシーズンを通してマイナスに影響する。また、累積水揚量は一度増やすと減らせないため、早期の増加はシーズンを通して価格にマイナスに影響する。これらより、日々の水揚量が一定の場合と比べ、漁期の前半の水揚量が少なく後半の水揚量が多い場合は平均価格が高くなり、前半の水揚量が多く後半の水揚量が少ない場合は平均価格が低くなる。

3章では、まず、駿河湾サクラエビ漁業の事例において、水揚量の調整がいかにしておこなわれているかを示し、プール制における実際の水揚量の調整が、日々の水揚げを対象としていることを明らかにした。つづいて、2章で推計した価格の関数を用い、利潤を大きくするには、日々の水揚げをどのようにおこなうべきかを明らかにした。これは、序盤は水揚量を抑え、中盤にかけて水揚量を増やすが、基礎的な需要にあわせて水揚量の目標の基準を設定したうえで、一時的な価格条件に応じて日々の水揚量を調整し、終盤は価格の下落を防ぐよう水揚量を抑制する、というものであった。そして、この結果をもとにサクラエビの事例について分析し、従来からの指摘とあわせ、プール制における水揚量調整の意義について検討した。これにより、プール制の下では、価格のダイナミックな推移を考慮した水揚げをおこなうことにより利潤の増大が可能であり、その総水揚量の水準が資源に圧力をかけない程度となる場合には、副産物として、資源の保護にもつながることが示唆された。また、前節の考察から、均質的な漁業構造の下では、プール制が成立しやすいことも示されている。

一方、4章では、サンマ漁業を事例として、漁業構造が非均質的な場合、どのような管理問題が生じるかについて検討した。はじめに、サンマ漁業の構造変化の全体像を明らかにし、つづいて、船型間での対立の構造と、それを生みだす経済的な要因について分析した。対立の1つめは、漁期初期の需要が高いために生じる、はしりサンマをめぐる対立である。これは、規模ごとに解禁日が異なり、より大型の船の解禁ごとに価格が下落することから、先取り競争となるためである。2つめは、価格の下落をめぐる、規模階層間での対立である。これは、はしりの時期の水揚げが多いと、漁期全体の価格も低下し、一方で、大型船の解禁後は水揚量が増加し、価格が低下するためである。3つめは、TACの月別割当量をめぐる、地域間での対立である。これは、道内(特に小型)船は操業を終えるのが早く、初期の割当量増加を望むのに対し、道外(特に大型)船は、初期の割当量抑制を望むためである。3章および前節の考察の内容とあわせて明らかとなったのは、同一地域・同一漁業種類(均質)ならば、利害が一致するため合意が得やすく、(共同操業のような)自主管理が成立することも多いが、広域的かっ階層的な構造(非均質)ならば、利害対立が生じ、調整問題が発生するということである。そして、現在の漁業許可制度の抱える問題点をまとめると、以下のようになる。規模的に非均質である場合、管理は国と県の二元的なものとなるが、知事許可における地域の実態にあわせた管理の、広域的で非均質な漁業の管理に果たす役割は小さい。特に地理的な差異を伴った広域的な構造変化に対しては、漁獲量の配分・調整を含めた対応が必要なことから、知事許可による県ごとの管理は、漁業調整の面でほとんど役割を果たさない。

5章では、まず、北太平洋サンマ漁業を事例として、産地間の関係に注目しながら、複数の産地に水揚げされる魚種の価格形成について分析した。その結果、水揚港における月別の価格は、各月の総水揚量のみでなく、漁期の総水揚量の予想や、水揚港別水揚量、消費地との距離などにも規定されることが明らかとなった。ここから、複数の市場の間には、総量を介したつながりだけでなく、時間的、空間的なつながりも存在し、同一国内における、複数の経済主体による漁業資源の管理問題についての分析に際しては、各経済主体が供給をおこなう市場の間に、このような密接なつながりが存在することを念頭に、市場外部性について考慮する必要があることが示唆された。つづいて、この結果を踏まえ、非均質的な構造の下での自主管理の例として、サンマ漁業における生産調整について分析した。ここでは、4章で推計した価格の関数を用い、全さんまと小さんまの間での協調的な取組みが、パレート改善により成立していることを確認し、これは、広域的な漁業においても、全体での協調により市場支配力が得られること、そして、非均質的な構造の下であっても、全ての構成員の所得の増加を前提として、自主管理方式が利用可能なことを示している。

以上の内容から得られる本研究の含意は、次のようなものである。既存研究では、組織の構造や内的性質に注目が集まる一方で、自主管理の経済的な本質に関する分析は十分でなかった。特に、実証分析が十分でなく、その成立に係る経済構造が明確に論じられてこなかったことは、組織の構造や内的性質を、必要以上に強い制約と捉えることにつながってきた可能性がある。つまり、自主管理方式の利用の可能性については、改めて検討する余地がある。ただし、漁業者にとっての自主管理方式の利益の源泉は市場支配力であり、これは、市場の非効率性を生みだす。にもかかわらず自主管理方式が社会的に許容されるのは、一方で、オープンアクセス問題の回避にもつながるからである。自主管理方式の利用の可能性の検討にあたっては、このような生物学的視点からの資源管理の効果の社会的な評価、ならびに、消費者余剰の分析をおこなったうえで、それら全てを比較考量し、競争政策の必要性やあり方についても検討していく必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

漁業の管理のあり方が、持続的な資源保全と水産業の振興の観点から注目されている。漁業の管理は、複数の漁業者の行動を必要とすることや、漁業管理が漁価への影響を通じて漁業者の収益を左右することから、経済学的にも興味深いテーマである。事実、これまでに経済学的な観点からの研究成果が少なからず蓄積されている。しかしながら、需給を反映して刻々変化する価格条件が組み込まれていない点や、市場競争を介した漁業主体間の結びつきが明示的に考慮されていない点で、従来の多くの研究は漁業管理の本質的な要素を定量的に評価・分析するには至っていなかった。

本論文は、漁業管理のうち漁業者による自主管理方式に着目し、漁期内に動学的に変化する価格形成メカニズムを把握したうえで、漁業者の経済行動や漁業者間の協調行動を分析することで、自主管理方式の機能と成立条件を明らかにしたものである。論文は、先行研究のレビューと広く漁業管理のタイプ分けを論じた導入部(1章)と要約と今後の課題を述べた結び(6章)を含む6章から構成されている。

2章では、過去の価格と累積水揚量から予測される漁期の総水揚量を説明変数に組み込んだうえで、日々の漁価形成モデルを構築した。本モデルは広く応用可能であるが、駿河湾のサクラエビ漁業を対象として、その妥当性を検証した。シミュレーションの結果、総水揚量予測と前日価格による影響の回路を通じて初期の価格が直近の水揚量に左右されやすいことや、累積水揚量の早期の増加がシーズンを通して価格抑制に作用することなどが明らかにされた。これらのファインディングスは、年一本の価格を用いた分析に限界のあることを意味している。

続く3章では、引き続きサクラエビ漁業を対象に、漁獲高のプール制下の水揚量調整の意義を分析している。2章で導出した価格関数を用い、利潤最大化を実現する水揚量のパターンを明らかにし、実際の水揚量の時系列推移が利潤最大化のもとで導かれた時系列推移に近いことを示した。すなわち、初期には水揚げ量を抑制し、その後の微調整期を経て、終期には翌年の当初価格をも視野に再び水揚量の抑制をはかるというパターンが観察された。また、サクラエビ漁業が比較的均質な漁業者からなる点で、厳格な自主管理方式であるプール制が成立しやすいことも示唆された。

これに対して4章と5章で取りあげたサンマ漁業は、非均質的な漁業主体によって担われている点を特徴としており、しかも、複数の市場に対する出荷による複雑な競合関係も存在する。そこでまず4章では、非均質的な漁業構造のもとにおける利害対立と管理問題の特質について、サンマ漁業の歴史的な経緯を踏まえながら、漁期内における需要の変化をめぐる対立と、TACの月別割当量をめぐる対立について、漁価の推移や操業実態の動向に関する過去のデータに基づいて、基本構造を明らかにした。

5章では、4章の構造分析の結果を踏まえて、複数の水揚港と複数の消費地を明示的に組み込んで推計された月別価格の関数を用いながら、ふたつのサンマ漁業団体のあいだの対立の構造と協調行動による利得を定量的に明らかにした。すなわち、ゲーム論の枠組みによるシミュレーションの結果、双方の自主解禁日の設定というかたちの協調行動が、ナッシュ均衡である独自行動に比べて、パレート改善的であり、現実に採用されている行動が経済合理的な根拠を持つことが明らかになった。なお、価格関数の推計にさいして、複数の水揚港と消費地に関する空間均衡の成立条件を導出しているが、これも本論文のオリジナルな研究成果のひとつである。

以上を要するに、本論文は自主管理方式による漁業管理に着目し、刻々変化する価格形成メカニズムを組み込んだ分析モデルを駆使することで、漁業管理の誘因・機能・帰結を経済学的に評価したものである。申請者の研究は、漁業の実態に即したデータを活かすことが可能な理論モデルを構築し、定性的な議論にとどまっていた漁業管理の合理性を定量的に裏付けた点で、有益なファインディングスを生んでいる。このように理論と実証の両面で、本論文の成果は学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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