学位論文要旨



No 125850
著者(漢字) 星加,康智
著者(英字)
著者(カナ) ホシカ,ヤストモ
標題(和) 落葉広葉樹を対象とした対流圏オゾンの影響評価のためのモデリング
標題(洋)
報告番号 125850
報告番号 甲25850
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3550号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 塩沢,昌
 東京大学 教授 新藤,純子
 東京大学 教授 米村,正一郎
 東京大学 准教授 富士原,和宏
内容要旨 要旨を表示する

近年、東アジア地域において、オゾンの前駆物質の排出量が増大していることに伴い、対流圏オゾンの濃度が増大している。対流圏オゾンは植物に有害な影響を与えることで知られている。従来、オゾン濃度を用いて、被害に対する汚染の程度をドース・レスポンスの関係などとして対応させる方法がとられてきた。しかしながら、ドース・レスポンス関係は、年により、場所により変化することが問題となった。オゾンは、気孔を介して葉内に入り、ダメージを与えるため、気孔によるオゾン吸収量の方が濃度ベースの手法よりも、オゾンの被害の影響に対して密接に関係があると考えられている。しかしながら、日本をはじめ、東アジア地域において、オゾン吸収量に基づいて、植物の被害との関連性を研究した例は少ないのが現状である。

また、吸収量推定のためのモデルにも課題がある。オゾンの影響は種間差があるため、樹種ごとに評価することが必要であること、オゾンは気孔閉鎖につながることがモデル化されていないことがあげられる。

そこで、本研究では、落葉広葉樹を対象として、まず、オゾン吸収量推定のために、従来の、オゾンによる気孔コンダクタンスへの影響を考えないモデルと、オゾンによる気孔コンダクタンスへの影響があると仮定したモデルを比較し、考察する。

次に、構築したモデルを用いて、対流圏オゾンの吸収量を推定し、葉面可視傷害の被害葉率の測定結果を用いて、両者の関係性の解析を行う。さらに、従来用いられてきた濃度を用いた手法と比較し、オゾン吸収量に基づく手法の可能性の検討・考察を行うことを本研究の目的とした。

本研究の構成は以下である。

第1章の序論に引き続き、第2章では、気孔コンダクタンスモデルの構築と、その検証を行った。測定局のあるオゾン濃度がわかっている場所で、ケヤキ・改良ポプラ・コナラといった既往の研究によりオゾンの影響が認められた3樹種を対象として、気孔コンダクタンス(gs)の測定を行った。従来の、オゾンによる気孔コンダクタンスへの影響を考えないモデルであるModel1として、次式を用いた。

gs=g(max)*f(light)*f(VPD)*f(time)

g(max)は、最大気孔コンダクタンス(mmol H2Om(-2)s(-1))、f(light)・f(VPD)は、光合成有効放射量(PAR)、葉面と大気の間の飽差(VPD)に対する影響をしめしたものである。f(time)は、午後に気孔が閉じやすくなるという知見をもとに、導出された経験パラメータである。

また、これに、オゾンによる気孔コンダクタンスへの影響があると仮定すれば、Mode12のモデル式は以下で示される。Mode12は次式で示される。

gw=g(max)*f(light)*f(VPD)*f(time)*fO3

f(O3)は、オゾンによる気孔コンダクタンスの影響(0~1)を示す。f(O3)とオゾン濃度に関する説明変数との関係を解析した結果、日中(6時から18時)の平均オゾン濃度がもっとも相関が高かった。

オゾン濃度の異なるサイトにおける、ケヤキの測定データを用いてModel1と、日中の平均オゾン濃度を説明変数とするfo3を加えたModel2を比較した。比較の結果、Model1は、オゾン濃度の比較的低い東大弥生キャンパスにおけるケヤキ成木のgsの測定データには良く一致したが、オゾン濃度の高い田無町におけるケヤキ成木のgsの測定データに適用した場合、Model1は、過大推定(RMSE=60mmol m(-2)s(-1))となった。一方、Model2は田無町においても、良い一致(RMSE=42mmol m-2s-1)を示した。次に、Model1、および、Model2のパラメータを用いて、オゾン濃度の高い田無町におけるケヤキの10年生苗のデータへの適用を試みた結果、同様の結果が得られた。

さらに、田無町の改良ポプラと、コナラも同様に、Model2のパラメータ化を試みた。改良ポプラはオゾン濃度が増加するに従い、fo3が低下する傾向が見られ、Model2の推定値は、測定データと良い一致を示した。オゾンに影響の受けにくいコナラは、日中の平均オゾン濃度とパラメータf(O3)の間に関連性が見られなかった。

以上より、f(O3)を含めたModel2による推定値は、オゾン濃度の高い地域において、オゾンの影響を受けやすい樹種に対して、気孔コンダクタンスの測定データの傾向をよりよく捉えることを可能にした。ただし、オゾン濃度の高い田無町の8月において、オゾンに感受性の高いケヤキのgsが、成木、10年生苗のいずれにおいても、一日中低い現象が生じた。現段階では、前後の十分なデータがなく、今後の検討課題として、この現象の挙動を捉えるため、前後の測定を行い、時系列変化を捉えていく必要性があると考えられた。また、同じ樹種であっても、サイト間において、最大気孔コンダクタンス(g(max))のパラメータが異なる。他地域に適用していくためには、どのようなg(max)の値が、代表値として適切か、考察していく必要があるといえた。

第3章では、2章においてパラメータ化した、改良ポプラの気孔コンダクタンスモデルを用いて、オゾン吸収量を推定し、葉面可視傷害の測定結果との関係を検討することを目的とした。

改良ポプラの、シュートごとの葉数、可視傷害のデータの取得を2009年の5/21、6/8、6/19、7/10、7/16、8/7の各日に行った。本研究では、葉面の半分以上に可視傷害がみられたものを可視傷害が生じた葉として記録した。可視傷害が生じたとした葉、および、被害を受け、その後途中落葉したものも含めた総数を、全展開葉数で除し、可視傷害の被害率として計算を行った。葉の気孔を介したオゾン吸収量(F(st))の推定は、一次元直列抵抗モデルを用いた。F(st)は、次式で示される。

F(st)=([O3]-[O3]leaf)/(Rb,O3+1.65/gw)

[O3]は、大気オゾン濃度の一時間平均値(ppb)である。[O3]leafは、気孔底界面のオゾン濃度であり、0と仮定した。gwは、気孔コンダクタンス(mmol H2Om(-2)s(-1))であり、1.65は、水蒸気とオゾンの拡散係数の比を示す。Rb、O3は、オゾンに対する葉面境界層抵抗である。

可視傷害の被害増加率は、一つ前の測定との期間内における濃度ベースの指標との最大値とは相関が見られなかったが、一つ前の測定との期間内におけるオゾン吸収量(6時間合計)の最大値と高い相関(R2=0.78)が見られた。本研究の結果は、オゾン吸収量に基づいた手法が、従来のオゾン濃度のみから導かれる指標よりも、可視傷害の被害と関係があることを示唆した。

以上の結果より、総括として、本研究の結果から、従来用いられてきた濃度のみを用いた手法と比較し、オゾン吸収量に基づく本研究の手法は、オゾンの被害の現象をより捉えうる手法であると言える。

審査要旨 要旨を表示する

樹木を対象としたオゾンによる植物への影響評価に関する研究の多くは、オゾン濃度のみに注目して行われてきた。しかし、実際には、オゾンは気孔を介して葉内に入り被害を与えるため、オゾン吸収量をもとに植物被害の程度を評価する必要があり、これまで幾つかのモデルによる影響評価に関する研究がみられる。しかしながら、従来の研究では、オゾンによる気孔コンダクタンス(gw)への影響が、オゾン吸収量推定の際の気孔コンダクタンスモデルに考慮されていなかった。また、オゾンによる植物への影響評価に関する研究の多くは人工環境下で行われてきたものであり、人工環境下と自然環境下では、その微気象環境の違いから、野外での検証が必要であるという指摘があった。そこで、本論文では、落葉広葉樹を対象として、東アジア地域でのオゾン吸収量の推定モデルによる問題点を整理し、野外での実測データをもとに、モデルの改良を行った。また、改良されたモデルを用いて推定したオゾン吸収量と植物影響との関係を解析したものであり、5章で構成される。

序論の1章に続く2章では、東アジア地域における温帯落葉広葉樹を対象として、Emberson et al. (2000) の既存モデルを用いて、オゾン吸収量を推定し、成長期間における積算オゾン吸収量(AFst)とAOT40値の空間分布における比較を行った。成長期間におけるAFstが高い値を示した地域は、AOT40値も高い値を示すことが多かったが、その逆は必ずしも成り立たなかった。 ヨーロッパで報告された同様の結果と比べると、空間分布の特徴に違いが示された。ヨーロッパでは、オゾン濃度の高い地域は、夏季に厳しい乾燥ストレスを受ける。しかし、オゾン濃度の高い東アジアの多くの地域は、湿潤な気候であり、特に、中央日本、西日本および中国中央部などの地域では、オゾンによる植物被害が大きくなる可能性があることが示唆された。また、オゾンによるgwへの影響を考慮にいれたオゾン吸収量の推定モデルの必要性が述べられた。

続く第3章では、東京、神奈川における4カ所の調査サイトで生育するケヤキやポプラ、コナラなどを対象として、気象データやオゾン濃度データ、gw測定値などから、オゾンによるgwへの影響を考慮にいれたJarvis型の気孔コンダクタンスモデルを作成した。このモデルは、光合成有効放射量や葉面と大気のあいだの飽差、オゾン濃度などによる影響を0から1のあいだをとる関数として表し、各樹種の最大気孔コンダクタンス(gmax)にこれらの関数の値を乗じることにより、gwを計算するものである。ここで得られたオゾンによるgwへの影響を考慮にいれた気孔コンダクタンスモデルの推定値は、従来のモデルの推定値と比べ、オゾン濃度の高い地域においても測定値と良い一致を示した。このモデルでは、地域や生育ステージの違いにかかわらず、対象とする樹種のgmaxのみを変更するだけで、gwのモデル推定値が測定値と良い一致を示した。

4章では3章で作成したオゾンによるgwへの影響を考慮にいれた気孔コンダクタンスモデルを用いてオゾン吸収量を推定し、オゾン吸収量とポプラの葉面可視傷害の測定データとの関係を解析した。オゾン吸収量から算出される値は、いずれの場合も被害葉の増加率と正の相関を示した。また、オゾン吸収量には、葉面可視傷害が生じる閾値が存在すると考えられ、閾値が16(nmol m-2 s-1)のとき、高い相関係数(0.90)を示した。一方で、オゾン濃度のみから算出される値は、被害葉の増加率を捉えられない結果となった。この結果から、オゾン吸収量をもとに植物被害の程度を評価する手法は、野外調査で測定した葉面可視傷害の程度を評価するのに有効である。続く5章では、本論文の総括がなされている。

本論文は、オゾン吸収量をもとに植物被害の程度を評価する研究の課題に取り組み、オゾン吸収量推定の際の気孔コンダクタンスモデルにおいて課題であったオゾンによるgwへの影響をモデルに考慮し、気象条件などが変化する野外においても樹木へのオゾンの影響を評価できることを示した。また、本論文で提案しているオゾンによるgwへの影響を考慮にいれた気孔コンダクタンスモデルは、オゾン吸収量をもとに、東アジア地域における植物被害の程度を評価する手法の発展に貢献すると考えられる。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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