学位論文要旨



No 125852
著者(漢字) 白川,泰樹
著者(英字)
著者(カナ) シラカワ,ヤスキ
標題(和) タイにおけるオイルパーム起源バイオディーゼルのライフサイクル温室効果ガス排出量とCDMの可能性に関する研究
標題(洋)
報告番号 125852
報告番号 甲25852
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3552号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,伸也
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 溝口,勝
 東京大学 准教授 芋生,憲司
 東京大学 准教授 中嶋,康博
内容要旨 要旨を表示する

背景

バイオディーゼルの導入による化石燃料や温室効果ガス排出の削減効果の定量的評価は、先進国や開発途上国における持続可能なバイオディーゼル生産、エネルギーセキュリティや地球温暖化対策への貢献等の観点から極めて重要である。バイオディーゼルの生産は、原料作物の栽培から燃料の生産・流通等の様々なプロセスを含むため、その導入による温室効果ガス排出量やエネルギー消費量の評価にはライフサイクル的なアプローチが必要であり、これまでに数多くの研究がなされてきている。しかし、土地利用転換プロセスの評価など、依然として定量評価が十分になされているとは言えず、特に、主に開発途上国で生産されるオイルパーム等を原料とするバイオディーゼルについては、研究例が少ない。タイではオイルパームを原料とするバイオディーゼルの大規模な導入を進めているが、タイでの評価事例も無い。さらに、バイオディーゼルについては開発途上国においてCDMプロジェクト(クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism))としての導入の期待が高まっているが、未だ国連に承認されたプロジェクトは無い状況である。

目的

本研究の目的は以下の2点とした。

1. タイにおけるパームオイルを原料とするバイオディーゼル(Palm Methyl Ester: PME)の温室効果ガス削減対策としての効果を把握するために、そのライフサイクル温室効果ガス排出量を推計し、評価する。

2. バイオディーゼルCDMプロジェクトの実現可能性の評価、および、バイオディーゼル生産プロジェクト用のCDM方法論の簡素化等を提言する。

結果

PMEのライフサイクル温室効果ガス排出量

PMEのライフサイクル温室効果ガス排出量は、土地利用転換プロセスを除くとPME 1.0 tonあたり2.49 tCO2-eqと推計された。プロセス別にみると、CPO(Crude Palm Oil)生産時に排出されるPOMEのラグーン処理に伴うCH4排出が全体の32.5%と高い割合を占めており、POMEのCH4低減対策がPMEのライフサイクル温室効果ガス排出量において重要であることが示唆された。POMEから放出されるバイオガスの回収・発電を導入した場合は1.80 tCO2-eq/tPMEであり、導入しない場合に比べて27.7%削減され、POMEおよびEFBのコンポスト化では1.70 tCO2-eq/tPMEであり31.7%とさらに削減される結果となった。化学肥料の使用に関連する排出量(施肥によるN2O放出、肥料製造時の温室効果ガス排出)も全体の39.8%に上ることがわかり、施肥対策もPMEのライフサイクル温室効果ガス排出量において重要なファクターであることが示唆された。

PMEの生産において土地利用転換を必要としない場合には、化石燃料起源の軽油を代替することでPME 1.0 tonあたりおよそ0.80 tCO2-eq(= 3.29 - 2.49)、24.4%の温室効果ガス排出量の削減が見込まれる。パームオイルミルにおいて、POMEから放出されるバイオガスの回収・発電を導入した場合は軽油に比べてPME 1.0 tonあたり1.49 tCO2-eq、51.7%、POMEおよびEFBのコンポスト化では1.59 tCO2-eq、54.7%と算定された。

荒地、草地、ゴム林、果樹園、水田、熱帯林など様々な土地利用状況からオイルパームプランテーションへの土地利用転換プロセスを含むPMEのライフサイクル温室効果ガス排出量は、荒地の-5.54 tCO2-eq/tPMEから熱帯雨林(泥炭地)の36.23 tCO2-eq/tPMEと、転換される前の土地利用の種類によって大きく異なる結果が得られた。熱帯雨林からオイルパームプランテーションへの転換を伴うPME生産においては多量の温室効果ガスが排出され、かつ大きな不確実性を持つ。一方、タイにおいては、荒地の活用とともに、ゴム林や果樹園、水田からの転換が多いと想定されるが、これらの土地利用からの転換を伴うPME生産によるライフサイクル温室効果ガス排出量は、熱帯林と比較すると少ない。

化石燃料起源の軽油をPMEで代替することによるPME1tonあたりの温室効果ガス排出削減量は、荒地や草地、水田への新規プランテーションの場合は、それぞれ、2.62~8.83 tCO2-eq、1.53~7.18 tCO2-eq、5.90 tCO2-eq、果樹園やゴム林からの転換の場合は、若干の排出削減もしくは排出増になる(果樹園:-0.82 tCO2-eq、ゴム林:-4.18~1.51 tCO2-eq)と算定された。熱帯林からの転換の場合は、ほとんどの場合に軽油と比べて大きく排出が増える結果となった(-32.94~2.79 tCO2-eq)。

バイオディーゼルCDMプロジェクトの実現可能性の評価

PMEのライフサイクル温室効果ガス排出量の評価結果や既存のバイオディーゼル用CDM方法論の適用可能条件等を勘案し、PME生産プロジェクトのCDMプロジェクトとしての実現可能性を評価した。

CDMプロジェクトとして実現させるためには、"Shift of preproject activity"による間接的な土地利用転換の有無が重要な検討要素となる。例えば、既存のプランテーションを利用する場合は、それまでに他用途に供給されていたCPOがバイオディーゼル用に用いられることで、他用途用の原料が不足するなどの可能性がある。その場合、その不足分を補うために、他の土地で新たにプランテーションが開発され、間接的な土地利用転換が生じ得る。このような間接的な土地利用転換の有無や規模は、国や地域の農産物需給等の状況に大きく左右され、また条件によっては生じない場合もあるなど、その定量化は極めて困難である。このため、間接的な土地利用転換が生じる場合には、CDMプロジェクトとして実現させるのは困難と評価した。

間接的な土地利用転換が生じないことが証明できれば、既存のプランテーション起源のCPO(粗パーム油: Crude Palm Oil)を用いたPME生産プロジェクトは実現可能性が高い。また、荒地や草地、休耕田において新規プランテーションを開発し、得られるCPOを用いてPMEを生産するケースについても実現可能性が高い。特に荒地については、既にCDM理事会による承認方法論があるため、即座にCDMプロジェクトとして実現が可能である。ゴム林や果樹園からの転換のケースについては、間接的な土地利用転換が生じない場合でも削減量は小さく、実現可能性は低い。

バイオディーゼル用CDM方法論の簡素化等の提言

2009年10月、バイオディーゼル生産プロジェクト用の方法論がUNFCCC CDM理事会によって承認され、開発途上国におけるバイオディーゼルの導入をCDMプロジェクトとして実現できることになった。しかし、この方法論は、適用可能なプロジェクトが極めて限定的なこと(荒地での新規専用プランテーションに限定)や、プロジェクトによる排出削減量の算定のために、非常に多くのパラメータをモニタリングしなければならないことなど課題がある。本研究では、PMEのライフサイクル排出量の評価結果等を活用し、これらの課題を解消するための提言を行った。

提言の一つは、方法論の適用可能条件の拡張である。荒地での新規専用プランテーション以外でCDMプロジェクトとして実現可能性が高い、「既存のプランテーションからの作物の供給のうち、間接的な土地利用転換が生じないケース」および「耕作地や草地からの土地利用転換を伴う新規プランテーションからの作物の供給のうち、間接的な土地利用転換が生じないケース」に適用できるような方法を検討した。

提言の二つ目は、方法論で提示されている算定式の簡素化である。バイオディーゼル導入プロジェクトにおける温室効果ガス排出削減量を算定するためには、多くのパラメータと数式を用いて計算する必要がある。ACM0017では、70以上のパラメータを用いて、20以上の数式を解かなければならない。また、毎年モニタリングしなければならないパラメータも40近くに上る。このため、バイオディーゼルCDMプロジェクトを実施しようとする事業者の負担は大きいと想像される。本研究の成果から、主要5プロセス(POMEからのメタン排出、施肥に伴うN2O排出、肥料製造時の排出、メタノール製造時の排出、メタノール消費時の排出)の排出量を算定することで、保守的にみても全排出量のおよそ88%を精度良く把握できることがわかった。この結果から総排出量を補正計算することで排出削減量の精度を確保しつつ、モニターが必要なパラメータを28から7に減らすことができる。さらに、PME1トンあたりのライフサイクル温室効果ガス排出係数を示し、PME生産量を乗ずることで総排出量を計算する方法についても提案した。

今後の課題

今後の研究課題としては以下が挙げられる。

・ 炭素貯蔵量に関するデータの蓄積・精緻化

・ 間接的な土地利用転換の定量化

・ オイルパーム栽培時の施肥対策等の定量評価

・ 大気環境や水質等のローカルな環境影響の観点からのライフサイクル評価

・ マレーシアやインドネシアにおけるPMEのライフサイクル温室効果ガス排出量との比較

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、オイルパーム起源のバイオディーゼル(PME: Palm Methyl Ester)のライフサイクル温室効果ガス排出量をタイを事例として評価するとともに、PME生産プロジェクトのCDMプロジェクトとしての実現可能性を評価し、CDM承認方法論の改良の提言を行った。

PMEのライフサイクル温室効果ガス排出量は、土地利用転換プロセスを除くとPME 1.0 tonあたり2.34 tCO2-eqと推計された。プロセス別にみると、CPO(Crude Palm Oil)生産時に排出されるPOMEのラグーン処理に伴うCH4排出が全体の34.6%と高い割合を占めた。POME対策としてバイオガスの回収・発電を導入した場合は1.65 tCO2-eq/tPME、POMEおよびEFBのコンポスト化では1.55 tCO2-eq/tPMEであった。化学肥料の使用に関連する排出量(施肥によるN2O放出、肥料製造時の温室効果ガス排出)も全体の35.9%に上る結果となった。なお、PMEによる化石燃料起源の軽油の代替効果(温室効果ガス排出削減)は、PMEの生産において土地利用転換を必要としない場合には、PME 1.0 tonあたりおよそ0.95 tCO2-eq(= 3.29- 2.34)、28.8%であった。

土地利用転換プロセスを含むPMEのライフサイクル温室効果ガス排出量は、荒地の-5.69 tCO2-eq/tPMEから熱帯雨林の36.08 tCO2-eq/tPMEと、転換される前の土地利用の種類によって大きく異なる結果が得られた。化石燃料起源の軽油の代替効果は、荒地や草地、水田への新規プランテーションの場合は、それぞれ、2.77~8.98 tCO2-eq、1.68~7.33 tCO2-eq、6.05 tCO2-eq、果樹園やゴム林からの転換の場合は、若干の排出削減もしくは排出増になる(果樹園:-0.67 tCO2-eq、ゴム林:-4.03~1.66 tCO2-eq)と算定された。熱帯林からの転換の場合は、ほとんどの場合に軽油と比べて大きく排出が増える結果となった(-32.79~2.94 tCO2-eq)。

これらの結果から、PMEの生産を温室効果ガス排出削減の観点からみると、土地利用転換プロセスが極めて重要なファクターであり、荒地や草地、休耕田等においてプランテーションを行うことで比較的大きな軽油代替効果が得られることが示唆された。また、施肥対策やパームオイルミルから排出されるPOME対策(バイオガス発電、コンポスト化等)も軽油代替効果を高めるために重要な要素であることが示唆された。

バイオ燃料の導入をCDMプロジェクトとして実施する意義としては、国連や対象となる開発途上国政府の厳格な審査を受ける必要があるため、バイオディーゼルに関して懸念されている課題(温室効果ガスの正味排出、食料との競合、地域環境の悪化等)の一端が解決できる可能性がある点にある。

本研究では、このようなバイオディーゼルCDMプロジェクトの促進に資するべく、PME生産プロジェクトのCDMプロジェクトとしての実現可能性を評価し、バイオディーゼル用CDM方法論の簡素化等の提言を行った。

CDMプロジェクトとして実現させるためには、"Shift of preproject activity"による間接的な土地利用転換の有無が重要な検討要素となるが、その有無や規模は、国や地域の農産物需給等の状況等に大きく左右され、定量化は極めて困難である。このため、間接的な土地利用転換が生じる場合には、CDMプロジェクトとして実現させるのは困難と評価した。間接的な土地利用転換が生じないことが証明できれば、既存のプランテーション起源のCPO(粗パーム油: Crude Palm Oil)を用いるケース、荒地や草地、休耕田において新規プランテーションを開発し、得られるCPOを用いるケースについて実現可能性が高いと評価した。ゴム林や果樹園からの転換のケースについては、間接的な土地利用転換が生じない場合でも削減量は小さく、実現可能性は低い。

バイオディーゼル生産プロジェクト用のCDM承認方法論は、適用可能なプロジェクトが極めて限定的なこと(荒地での新規専用プランテーションに限定)や、プロジェクトによる排出削減量の算定のために、非常に多くのパラメータをモニタリングしなければならないことなど課題がある。本研究では、PMEのライフサイクル排出量の評価結果等を活用し、バイオディーゼルCDMプロジェクトの促進に資するべき、方法論の適用可能条件の拡張とともに、排出削減量の算定式の簡素化について提言を行った。

以上、本論文は、オイルパーム起源のバイオディーゼルのライフサイクル温室効果ガス排出量をタイを事例として評価するとともに、PME生産プロジェクトのCDMプロジェクトとしての実現可能性を評価し、CDM承認方法論の改良の提言を行うなど、特に応用面および実用面で貢献ができ審査委員一同はを学位(農学)に値するものと判断する。

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