学位論文要旨



No 125853
著者(漢字) 矢野,伸一
著者(英字)
著者(カナ) ヤノ,シンイチ
標題(和) アジア地域における農業残渣からのエタノール生産に関する研究
標題(洋)
報告番号 125853
報告番号 甲25853
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3553号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,伸也
 東京大学 教授 鮫島,正浩
 東京大学 教授 大森,茂紀
 東京大学 教授 木南,章
 東京大学 准教授 芋生,憲司
内容要旨 要旨を表示する

研究の目的、目標

アジア地域における効率的なバイオマス利活用システムの構築に貢献する事を目的に、農業残渣からの燃料用エタノール生産の可能性を、生産可能ポテンシャルと資源の利用状況を中心にして明らかにすることを目標とする。

第1章 序論

アジア地域の諸国は一般に高率の経済成長を続けている上に元々人口が多いため、今後エネルギー需要が急増することが予想されており、これを化石資源のみに頼っては、資源の不足と価格高騰、および地球温暖化の加速等の問題が生じることが懸念される。バイオマス由来のエタノールによるガソリンの代替は、これらの問題に対応する方策の一つとして期待されている。

しかし現状のエタノール原料はトウモロコシなどのデンプンやサトウキビのショ糖など、本来は食用、飼料用に生産される農作物であり、燃料用需要が生じることで、資源の不足や価格の高騰が起こる可能性がある。そのため農業残渣等の非食用資源をエタノール原料として使用する事が望まれている。このような背景から、本研究では東南アジアを中心とするアジア地域における農業残渣からの燃料用エタノール生産の可能性の検討を行った。

第2章 アジアにおける農業残渣からのエタノール生産ポテンシャルの推計

エタノールによるガソリン代替は、石油代替、地球温暖化対策のいずれの目的に対しても代替量が重要で、現在のガソリン消費量に対してあまりに少量しか生産できないのではその意義は低下してしまう。そのため農業残渣からのエタノール生産ポテンシャルの推計が重要であるが、その報告例はほとんど無く、あっても理論収率でのエタノール生成、まだ発酵技術が確立していないキシロースの利用、資源の全量使用などを前提にしており、現実的な値とは考えにくい。

そこで本研究では、実際的な生産ポテンシャルを推計するために、実際の実験で得られた糖化率を使用するとともに、発酵収率、プロセス回収率にも現実的な値を設定し、かつ資源の利用可能度を考慮した推計も行うこととした。

対象残渣として、ASEANバイオマス総合利用技術開発プロジェクト(2004~2006年度)において、最も有望な残渣系バイオマスであると結論づけられた稲わら、バガス、オイルパーム空果房 (EFB)を選定し、東南アジア諸国、中国、インドにおけるこれらから生産可能なエタノールのポテンシャルを推計した。その結果、資源の利用可能度を最も厳しい条件で考慮した場合の推計値は既報の値の1割程度となったが、それでもほとんどの国でガソリン消費量の5%以上をエネルギー基準で代替する事が可能であり、農業残渣からのポテンシャルが大きいことが示された。

また東南アジアとは作物体系が異なる中国については、イネ、コムギ、トウモロコシの主要穀物について、耕地で野焼きされるわらをエタノール原料として使用する仮定のもとにポテンシャル推計を行った。その結果、これだけで中国全土のガソリン需要の10%以上を代替できるポテンシャルがあり、省単位でみると北部、東北部を中心に極めて高い代替率を示す地域が存在する事が明らかになった。

第3章 オイルパーム栽培地域における農業残渣からのエタノール生産可能性の検討

オイルパームは東南アジアの3か国で世界の約90%が生産される、この地域に特徴的な作物である。またオイルパーム残渣からのエタノール生産に関する研究報告は稲わら、バガスと比較して極めて少なく利用に関する検討もされていない。そこでオイルパームの主要生産国であるマレーシア、インドネシアを対象に、オイルパーム残渣からのエタノール生産の可能性を検討した。

パーム産業からは多様な残渣が発生しているが、マレーシアでの状況を調査したところ、利用可能度の点からEFBが最も有望なエタノール原料であることが確認された。EFBについては日本での実験での糖化率が低かったことが問題であったが、マレーシアで新鮮な材料を使用して再実験を行ったところ糖化率が36%向上し、これによりマレーシアでのガソリン代替可能率は資源の利用可能度を最も厳しく考慮した場合において、2.2%から2.8%に増加した。またEFB中のキシロースも利用できると仮定すると、エタノール収量が60%増加し、ガソリン代替可能率を4.4%に向上できることが明らかになった。

一方、インドネシアはオイルパームだけでなく、イネ、サトウキビも大きな生産力を持っている。インドネシア政府は2015年にはガソリン消費量の10%の燃料エタノールを導入するという目標を表明しているが、従来型原料で利用可能なモラセスによる生産ポテンシャルは必要量の1割以下と推定された。しかし第2章で示した資源利用度を最も厳しく考慮した場合の3種の残渣からの生産可能量を加えると、2006年時点でもガソリン消費の10%に近いポテンシャルを示し、2015年においても、農業生産が現在の増加率で増えると仮定すると、ほぼ必要量を満たせることがわかった。もし農業生産の増加率が現在の1/2で推移したと仮定するとエタノールが不足するが、この場合EFBと稲わらの利用可能度を1.5倍に上げられれば必要量の生産が可能であることを示した。

第4章 その他の検討

他の東南アジア諸国についても検討を行ったが、タイではモラセスとキャッサバから既にガソリン消費量の1割に近い量のエタノールが生産されているため、残渣の利用については低コストなどの意義づけが必要と考えられた。一方、フィリピンの状況はインドネシアと類似しており、農業残渣からの生産の必要性が高いと考えられる。

農業残渣からのエタノール生産の実用化に向けた大きな課題は低コスト化である。特に現状では酵素コストが大きいので、この低減のためにはエタノール生産者が酵素も生産するオンサイト酵素生産が有効と考えられるが、そのためには各生産国において、適切な酵素生産菌を開発する事が必要であることを指摘した。

第5章 結論

(1)ASEAN諸国、中国、インドにおける稲わら、バガス、EFBからのエタノール生産ポテンシャルを従来の報告より実際的な条件を用いて推定し、それによるガソリン代替可能率を算定した。その結果厳しい条件で得られた従来よりも小さな推計値を用いても大きなガソリン代替ポテンシャルが認められたことから、対象としたアジア諸国は、食用資源に頼らなくても多量の燃料用エタノール生産が可能であると結論づけた。

(2)中国については、主要穀物であるイネ、コムギ、トウモロコシについて、耕地で野焼きされる分のわらからのエタノール生産ポテンシャルを推計した。その結果によると、これらのわらからだけでも多量のエタノールを生産でき、中国全体のガソリン消費量の10%以上を代替することが可能である。

(3)東南アジアに特異的な作物であるオイルパームの残渣からのエタノール生産の可能性について検討を行った。マレーシアでは従来型のエタノール原料の生産に乏しく、オイルパーム残渣利用の必要性が高いが、その中ではEFBが最も利用可能度が高いと結論づけられた。インドネシアはオイルパーム以外にサトウキビ、キャッサバの生産も多いが、全てのガソリンをE10にするという政府の方針を達成するためにはこれらの資源だけでは不足が生じるが、農業残渣を使用する場合は、必要量の供給がほぼ可能になった。

(4)農業残渣からのエタノール生産の実用化にはコスト、特に酵素コストの低減が重要であり、そのためには生産国に適した酵素生産菌を開発する事が重要である。

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研究の目的、目標

アジア地域における効率的なバイオマス利活用システムの構築に貢献する事を目的に、農業残渣からの燃料用エタノール生産の可能性を、生産可能ポテンシャルと資源の利用状況を中心にして明らかにすることを目標とする。

第1章 序論

アジア諸国は一般に高率の経済成長を続けているため、今後エネルギー需要の急増が予想されており、これを化石資源のみに頼っては、資源の不足と価格高騰、地球温暖化の加速等の問題が生じることが懸念される。バイオマス由来のエタノールによるガソリンの代替は、これらの問題に対応する方策の一つとして期待されている。

しかし現状のエタノール原料には本来は食用、飼料用に生産される農作物が使用されており、燃料用需要が生じることで資源の不足や価格の高騰が起こる可能性がある。そのため農業残渣等の非食用資源をエタノール原料として利用する事が望まれている。このような背景から、本研究ではアジア地域における農業残渣からの燃料用エタノール生産可能性の検討を行った。

第2章 アジアにおける農業残渣からのエタノール生産ポテンシャルの推計

農業残渣からのエタノール生産ポテンシャルの推計については従来報告がほとんど無く、あっても理論収率でのエタノール生成、まだ発酵技術が確立していないキシロースの利用、資源の全量使用などを前提にしているため、現実的な値とは考えにくい。

そこで本研究では、実際の実験で得られた糖化率の使用、現実的な発酵収率・プロセス回収率の設定、資源の利用可能度の考慮、などによる現実的な推計を行った。

対象残渣として、稲わら、バガス、オイルパーム空果房 (EFB)を選定し、東南アジア諸国、中国、インドにおけるこれらから生産可能なエタノールのポテンシャルを推計した。その結果、資源の利用可能度を最も厳しい条件に設定した場合の推計値は既報の値の1割程度となったが、それでもほとんどの国でガソリン消費量の5 % 以上をエネルギー基準で代替する事が可能であり、農業残渣からのポテンシャルが大きいことが示された。また中国については、耕地で野焼きされるイネ、コムギ、トウモロコシのわらをエタノール原料として使用する仮定のもとにポテンシャル推計を行い、これだけで中国全土のガソリン需要の10 % 以上を代替でき、地域別では北部、東北部を中心に極めて高い代替率を示す地域が存在する事が明らかになった。

第3章 オイルパーム栽培地域における農業残渣からのエタノール生産可能性の検討

オイルパームは東南アジアの3か国で世界の約90 %が生産される地域特異的な作物であるが、その残渣からのエタノール生産に関する研究報告は極めて少なく利用に関する検討もされていない。そこでオイルパーム残渣からのエタノール生産可能性の検討を行った。

オイルパーム産業からは多様な残渣が発生しているが、利用可能度の点からEFBが最も有望なエタノール原料であることを確認した。EFBについては日本での実験での糖化率が低かったことが問題であったが、マレーシアで新鮮な材料を使用して再実験を行ったところ糖化率が36 % 向上し、これによりマレーシアでのガソリン代替可能率は資源の利用可能度を最も厳しく設定した場合で2.8 %となった。

一方、インドネシアはオイルパームだけでなく、イネ、サトウキビも大きな生産力を持っている。インドネシア政府は2015年にガソリン消費量の10 %の燃料エタノールを導入するという目標を表明しているが、従来型原料で利用可能なモラセスによる生産ポテンシャルは必要量の1割以下と推定された。しかし第2章で示した資源利用度を最も厳しく考慮した場合の3種の残渣からの生産可能量を加えると、2006年時点でもガソリン消費の10 %に近いポテンシャルを示し、2015年においても、農業生産が現在の増加率で増えると仮定すると、ほぼ必要量を満たせることがわかった。

第4章 実用化に向けた検討

農業残渣からのエタノール生産の実用化に向けた大きな課題は低コスト化である。特に現状では酵素コストが大きく、この低減のためにはオンサイト酵素生産が有効と考えられるが、そのためには各生産国において、適切な酵素生産菌を開発する事が必要であることを指摘した。

稲わらの収集・運搬、今回検討しなかった資源の利用、温室効果ガス排出量削減効果、その他の国での実用可能性、についても考察を行った。

第5章 結論

本研究により、従来よりも実際的な条件を考慮した農業残渣からのエタノール生産ポテンシャルの推計値が示され、その従来の報告よりも小さな値に基づいても、中国、インド、ASEAN諸国においては、一般にエタノール生産およびこれによるガソリン消費代替のポテンシャルが大きいことが明らかになった。

以上、本論文は、 アジア地域における効率的なバイオマス利活用システムの構築に貢献する事を目的に、農業残渣からの燃料用エタノール生産の可能性を新たな手法で試算し、生産可能ポテンシャルと資源の利用状況を明らかにした。審査委員一同は本論文が基礎的かつ応用面で価値あるものと認め、博士(農学)に値すると判断する。

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