No | 125854 | |
著者(漢字) | 石田,卓也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イシダ,タクヤ | |
標題(和) | ファミリー55および74に属する糖質加水分解酵素における分岐多糖の認識メカニズム | |
標題(洋) | Studies on recognition mechanism for branched polysaccharides in Family 55 and 74 glycoside hydrolases | |
報告番号 | 125854 | |
報告番号 | 甲25854 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3554号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 生物材料科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第一章 序論 自然界には様々な多糖が存在するが、それらのうちセルロースを除く多くの多糖は何らかの分岐構造を有している。分岐の頻度・長さ・含まれる糖の種類はその多糖を生産する生物種や存在する場所などにより異なり、分岐構造の違いによって多糖の機能も多様である。一方で生物は、自身や他の生物が生産した糖質を分解するために糖質加水分解酵素(Glycoside Hydrolase: GH)を生産する。これまでに、基質特異性、反応メカニズム、分解様式において性質の異なるGHが多数報告されており、それらはCAZyデータベースにおいてアミノ酸配列の相同性と疎水性クラスター解析によって、現在115のファミリーに分類されている。これらのうち、基質の分岐構造を認識して分岐多糖の主鎖を分解するGHが複数報告されている。これらのうち、GHファミリー55および74に属するGHは、ファミリー内の全ての酵素が同種の分岐多糖に対して高い特異性を示すという点で特徴的なファミリーと言える。 本研究では、GHファミリー55および74に属する酵素が、それぞれの基質の分岐構造を認識する機構を解明し、GHが分岐した基質を認識、分解する機構について新たな知見を得ることを目的とした。 第二章 β-1,3グルカナーゼPcLam55AのX線結晶構造解析 PcLam55Aは、β-1,3/1,6グルカンであるラミナリンを唯一の炭素源とする培地において、P. chrysosporiumが菌体外に分泌する主要なβ-1,3グルカナーゼである。GHファミリー55に属する多くの酵素と同様に、本酵素はβ-1,3/1,6グルカンを基質としたとき、グルコースとゲンチオビオース(グルコースがβ-1,6結合した二糖)を与えることが知られている。この性質から、本酵素はβ-1,6結合の分岐を迂回して、全てのβ-1,3結合を加水分解すると考えられるが、これまでGHファミリー55で結晶構造が解明された例はない。そこで、本章ではPcLam55Aの加水分解様式と構造との関係を解明することを目的に、X線結晶構造解析を行った。 Pichia pastorisを用いて異宿主発現したセレノメチオニン置換体PcLam55Aを結晶化し、高エネルギー加速器研究機構にてX線回折データを取得後、多波長異常分散法によって位相決定を行った。最終的に分解能1.7Åのアポ構造と分解能2.5Åのグルコノラクトン複合体構造を得た。(Fig. 1) G Hファミリー5 5に属する酵素は、アミノ酸配列を用いた二次構造予測の結果から、β-ヘリックスと呼ばれる構造を二つ含むと考えられていたが、本研究で明らかとなったPcLam55Aの結晶構造中では、二つのβ-ヘリックスドメインは長いリンカー領域でつながれており、あばら骨のような全体構造を形成していることが明らかとなった。リガンドとして用いたグルコノラクトンは二つのβ-ヘリックスドメインの中間に存在し、両ドメインのアミノ酸残基が結合に関与していた。また、C-1位付近には触媒に直接関与すると考えられるグルタミン酸残基と水分子が存在しており、グルコノラクトンはサブサイト-1に結合していると考えられた。C-6位付近にはグルコース残基が結合できるスペースが存在しており、この構造が、β-1,6結合を活性中心に受け入れゲンチオビオースユニットを生成するという本酵素の特徴を与えていると考えられた。さらに、分子表面の湾曲した基質結合クレフトと考えられる部位には保存性の高い芳香族アミノ酸が並んでおり、らせん構造を形成しやすいと考えられるβ-1,3/1,6グルカン分子の結合に適した構造となっていることが示唆された。 第三章 キシログルカナーゼPcXgh74Bの機能解析および結晶構造解析 キシログルカンの構造は、β-1,4グルカンの主鎖にキシロースの側鎖が高頻度に結合したもので、側鎖の構造は植物種や組織によって多様である。P. chrysosporiumはセルロースを炭素源として生長する際、キシログルカンに特異的として知られるGHファミリー74に属する酵素(PcXgh74B)を菌体外に分泌することが知られている。本章では、GHファミリー74に属するキシログルカナーゼの構造と機能の相関を明らかにすることを目的に、PcXgh74Bの組換えタンパク質を生産し、その機能解析および結晶構造解析を行った。 P. chrysosporiumのゲノムデータベース中、GHファミリー74に属する既知のキシログルカナーゼと高い相同性を示した、Scaffold 19 (159204-162458)の遺伝子配列をもとにクローニングを行った。P. pastorisを用いて生産した組換体PcXgh74Bを精製し、タマリンド種子由来のキシログルカン(TXG)を基質とした時の主な生成物の同定、TXG溶液の粘度低下速度の測定、TXG分解物の重合度分布の遷移の分析を行った。 生産した組換えタンパク質は、TXGに対し、他のGHファミリー74に属するエンド型キシログルカナーゼと同様の活性を示した。すなわち、本酵素はTXG中の、側鎖のないグルコース残基のグリコシド結合のみを特異的に加水分解し、主鎖のグルコースを四つ含むオリゴ糖(XGO4:DP=7-9)を与えることが明らかとなった。さらに、ゲル濾過クロマトグラフィーを用いた基質の重合度分布の分析から、TXG分解の初期段階において主鎖のグルコース残基を8個含むオリゴ糖(XGO8:DP=14-18)を蓄積し、反応時間が長くなるにつれて最終産物であるXGO4を生成するという新規な性質が明らかとなった。また、蒸気拡散法によって作成したPcXgh74Bの触媒ドメインの結晶を用いて回折データを取得し、分子置換法によって構造解析を行った。X線結晶構造解析の結果、分解能2.5Åの構造(アポ酵素およびXGO4との複合体構造:Fig. 2)を得た。 PcXgh74BはGHファミリー74に属する構造既知の酵素と同様に七枚羽のβ-プロペラ構造二つによる二枚貝のような構造をしていた。TXGポリマーをランダムに過水分解するGeotrichum XEGの構造と比較すると、PcXgh74Bではサブサイト+5から+7にあたる部位に四つの芳香族アミノ酸が分子表面に並んでいた。また、XGO4のみを反応初期から生産し、XGO8を蓄積しないPaenibacillus XEG74とのアミノ酸配列の比較から、サブサイト-2のキシロース側鎖を認識するアミノ酸の違いから、PcXgh74Bではこの部位での基質との相互作用が弱いことが示唆された。このような構造がXGO8を蓄積するというPcXgh74Bに特徴的な分解特性に関与していることが考えられる。 第四章 総括 本研究で明らかとなったPcLam55AとPcXgh74Bの構造は、相同性を有する二つのドメインによって活性中心を形成していた。遺伝子重複によって形成されたと考えられるこのようなドメイン構造が、それぞれの基質の全体構造に適した形状の基質結合サイトを形成するのに有利であったと考えられる。また、主鎖に含まれる糖残基を認識するアミノ酸は各ファミリー内でよく保存されているのに対し、側鎖の認識に関与するアミノ酸残基は比較的多様性があった。機能解析の結果から、側鎖の認識の多様性が加水分解特性に影響していることが示唆された。これらのファミリーでは、ドメイン構造が基質の全体構造に対する特異性を維持するための基盤として、また、少数のアミノ酸による側鎖の認識が分解特性の多様性を与える機構として機能していると考えられた。 発表論文 Fig.1PcLam55Aの結晶構造 青:N-ドメイン、緑:C-ドメイン、燈:リンカー領域中央のball&stickモデルはリガンドであるグルコノラクトン分子。 Fig.2Xgh74Bの結晶構造 青:N-ドメイン、緑:C一ドメイン、リガンドであるXGO4分子はball&stickモデルで示されている。 | |
審査要旨 | 自然界に存在する様々な多糖はそれを構成する単糖残基がグリコシド結合によって重合した構造体であるが、その多くは主鎖と側鎖から成る分岐構造を有している。このような多糖のグリコシド結合を分解するために、生物は多種多様な糖質加水分解酵素(Glycoside Hydrolase: GH)を生産するが、これらは主鎖と側鎖の認識という観点から、主鎖構造のみを認識する酵素群、側鎖構造のみを認識する酵素群および主鎖と側鎖両者の構造を認識する酵素群の3種に分類することができる。その中で、酵素分子の構造分類であるGHファミリー55および74では、主鎖と側鎖の両者を認識する酵素群のみが存在することが大きな特長であることが知られている。その一方で、これらのファミリーに属する酵素については酵素分子の3次元構造に関する情報が限られている。このような背景から、本研究では、担子菌Phanerochaete chrysosporiumが生産するファミリー55および74に属するGHを対象に酵素分子の3次元構造をX線解析により明らかにし、得たれた構造情報と基質に対する反応特性を相互に比較することにより、それぞれの酵素が多糖の分岐構造を認識するメカニズムについて考察を行った。 GHファミリー74に属するPcXgh74Bは、β-グルカン主鎖にキシロースなどの側鎖を分岐構造として持つキシログルカンを分解する酵素である。本研究では、この酵素のクローニングを行い、これにより形質転換した酵母菌Pichia pastorisを用いてPcXgh74Bを組換え体として生産した。また、得られた酵素を精製し、タマリンド種子由来のキシログルカン(TXG)を基質として酵素反応を行い、その際に得られた生成物の同定ならびに定量分析を行った。その結果、PcXgh74Bは、TXG中の側鎖のないグルコース残基のグリコシド結合のみを特異的に加水分解し、主鎖のグルコース残基を4つ含むオリゴ糖(XGO4:DP=7-9)を与えることを示した。一方、TXG分解の初期段階において、主鎖のグルコース残基を8個含むオリゴ糖(XGO8:DP=14-18)を蓄積する特徴を明らかにした。また、蒸気拡散法によって作成したPcXgh74B触媒ドメインの結晶にX線回折データを取得し、分子置換法によって解析を行ない、分解能2.5Åの構造を得た。その結果、PcXgh74BはGHファミリー74に属する構造既知のキシログルカナーゼと同様に7枚羽のβ-プロペラ構造から成る2つのドメインがリンカーを介して向かい合った構造を有しており、そこに存在する両ドメインのアミノ酸残基が基質認識ならびに触媒活性に関与するサブサイトを形成していることを明らかにした。また、GH74に属するTXGをランダムに加水分解するGeotrichum 由来XEGの構造と比較すると、PcXgh74Bではサブサイト+5から+7にあたる部位に4つの芳香族アミノ酸が分子表面に並んでいることが特徴であり、この存在がエンド性に関与していることを示した。また、XGO4のみを反応初期から生産するPaenibacillus 由来XEG74とのアミノ酸配列の比較から、サブサイト-2のキシロース側鎖を認識するアミノ酸の違いを明らかにし、PcXgh74Bではこの部位での基質との相互作用が弱いことを示した。 GHファミリー55に属するPcLam55Aはβ-1,3/1,6グルカンであるラミナリンを基質とするβ-1,3グルカナーゼである。本酵素はラミナリンを基質としたとき、グルコースとゲンチオビオース(グルコースがβ-1,6結合した二糖)を与えることが知られている。このことから、本酵素は側鎖のβ-1,6結合による分岐構造を迂回して、主鎖のβ-1,3結合を加水分解すると考えらるが、これまでGHファミリー55に属する酵素については結晶構造が解明された例はない。そこで、本研究では、PcLam55Aの3次元構造を解析した。酵母菌Pichia pastorisを用いて異宿主発現体として得たセレノメチオニン置換体PcLam55Aを結晶化し、X線回折データを取得後、多波長異常分散法によって位相決定し、分解能1.7Åのアポ構造と分解能2.5Åのグルコノラクトン複合体構造を得た。その結果、PcLam55Aの結晶構造は、二つのβ-ヘリックスドメインは長いリンカー領域でつながれており、それにより出来上がったあばら骨のような構造の間に基質認識と触媒中心に関与するサブサイトが存在することを明らかにした。また、リガンドとして用いたグルコノラクトンの結合には、両ドメインのアミノ酸残基が関与していることを示した。さらに、グルコノラクトンのC-1位付近には触媒に直接関与すると考えられるグルタミン酸残基と水分子が存在していることから、グルコノラクトンはサブサイト-1に結合していると考察した。また、C-6位付近にはグルコース残基が結合できるスペースが存在し、この構造が分岐点のβ-1,6結合による側鎖グルコース残基の受け入れ部分であり、加水分解生成物としてゲンチオビオースを生成するという本酵素の特徴に関与していると推定した。さらに、分子表面の湾曲した部位には芳香族アミノ酸が並んでおり、β-1,3グルカン主鎖の結合に適した構造となっていると考察した。 本研究では、リンカーによって結ばれた相同性を有する二つのドメイン間に基質認識と触媒中心に関与するサブサイトを、PcLam55AとPcXgh74Bが共通構造として有することを明らかにした。また、このような構造がそれぞれの基質の全体構造の認識に適した結合サイトの形成に有利であると考察している。さらに、主鎖に含まれる糖残基を認識するアミノ酸は各ファミリー内でよく保存されているのに対して、側鎖の認識に関与するアミノ酸残基は比較的多様であり、このことが側鎖の認識に大きく影響していることを示した。以上、本研究によって、これまで情報が限られていた主鎖と側鎖両者の構造を認識する糖質加水分解酵素の高次構造を明らかにし、それに基づき各酵素の分岐構造の認識メカニズムについて多くの知見が得られたことは,糖質酵素科学における学術上,応用上貢献することが少なくない。よって,審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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