学位論文要旨



No 125855
著者(漢字) 大前,芳美
著者(英字)
著者(カナ) オオマエ,ヨシミ
標題(和) 竹材の低温から炭化に至る熱処理による水分吸着機構と構造の変化
標題(洋)
報告番号 125855
報告番号 甲25855
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3555号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 井上,雅文
 東京大学 教授 安藤,直人
 京都大学 教授 中野,隆人
 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 准教授 斎藤,幸恵
内容要旨 要旨を表示する

木質由来の炭化物は、石油由来炭化物と異なる特有の性質を持ち、吸着等の用途で利活用されている。一般に炭化物の吸着特性は、温度・雰囲気ガス種・圧力など、熱処理時の条件に影響される。しかし、熱処理に伴う成分・構造の変化、木質の炭化に伴う吸着特性の発現機構については十分に解明されていない。そこで緩やかに熱分解が進む200℃から、炭化に至る900℃までの熱処理を、異なる雰囲気(ガス種・圧力)条件下で実施し、生成物の吸着特性と構造変化について検討した。試料として、特にアジアに広く分布し有用なバイオマス資源のひとつである竹を用いた。竹の熱変成と炭化形成に伴う化学構造・微細構造の変化が、吸着特性の発現機構にどのように関連づけられるかを調べることで、未利用植物バイオマス資源の加熱加工による利用のための知見を得ることを目的とした。

【低温熱処理竹材の水分吸着機構と構造の変化】

200℃という比較的低温で熱処理した場合、熱処理時間に依存して竹材の水分吸着挙動がどのように変化するか計測し、吸着機構と微細構造の変化について考察した。

熱処理に先立ち、原料の竹のヘミセルロース量と水分吸着量との関連を検討したところ、節間位置により水分吸着特性は異なること、ヘミセルロース量と吸着量とはほぼ正比例することがわかった。しかしHailwood & Horrobin理論を用いた解析から、吸着量はヘミセルロース量のみに依存するが、各節間の水和のし易さ・吸着水の存在の仕方は、化学成分の違いに加え、微細構造の違いによると推論された。

低温熱処理した竹材について水分吸着等温線を作成し、熱処理時間に伴う吸着挙動の変化を検討した。吸着量は処理時間5hr付近まで減少し、以降は処理時間に伴い増加した(図1)。5hrまでの減少は、ヘミセルロースをはじめ非晶領域の熱分解がもたらす水酸基の消失が主体の、化学的機構によると考えられた。一方5hr以降の増加は、熱処理に伴い生成した空隙に、吸着水が毛細管凝縮するという、物理的機構により説明された。Kelvin式による議論から、毛細管は処理時間5hr以前に既に生成し始めており、5hr以降に細孔径、数ともに増大すると推論された。

以上の静的解析に加え、水分吸着過程の動的解析を次の要領で実施した。相対湿度97%(23℃)の一定雰囲気下に熱処理試料を設置し、時間経過に伴う含水率変化をロジスティック関数で近似し、処理時間とパラメータの関係を調べた。熱処理時間が長くなるほど最大吸着速度ab/4をとるまでに要する時間ln(c)/aは小さくなった(図2)。これは、処理時間の増大とともに、水分子が吸着点に速やかにアクセスできるようになったためであり、熱処理により、細孔の数の増加だけでなく、径の大きな細孔の生成が水分子の拡散を容易にしたことを示唆した。これは、上記の静的解析による推論を支持する結果であった。

【炭化竹材の水分吸着機構と構造の変化】

200~900℃での加熱処理では、竹材が次第に木質材としての特性を失い、炭化材としての性質を帯びる。この過程での水分吸着特性と微細構造・化学構造の変化について検討した。異なる雰囲気(ガス種・圧力)条件が、生成物の吸着特性と微細構造にどのような違いをもたらすかに注目し、水分吸脱着を主体とした計測を行った。

加熱処理時の雰囲気制御について、次の4条件を設定した:(1)真密閉条件;耐圧容器を空気存在下で密栓したまま処理した。耐圧容器内の当初気体に加えて熱分解により気体が発生し、昇温による両者の圧力上昇を伴う。(2)半密閉条件;耐圧容器に僅かなリークを与え、容器内がほぼ大気圧に保たれるようにして処理した。(3)減圧条件;発生した熱分解ガスが速やかに除去されるよう、耐圧容器を真空ポンプで減圧しながら処理した。(4)窒素気流条件;耐圧容器内に一定量の乾燥窒素ガスを流すことにより、大気圧を保ちつつ熱分解物を除去しながら処理した。

収率を比較すると、特に処理温度200~450℃において、雰囲気条件による顕著な差が見られた(図3)。この温度域では、熱分解気化物が排除されやすい雰囲気条件ほど収率が低かったが、この差は450℃以上で顕著でなくなった。450℃以下では熱分解気化物が収率の増大に作用するが、450℃以上ではそれらが低分子化されて処理後の冷却によっても固相に沈着しなくなり、収率に寄与しなくなるためと考えられた。各試料の有機元素分析からCHO比率を求め、これに収率を乗ずることで、各元素別の収率を算出して比較した。それによれば、熱分解により発生したガスが保持される条件(真密閉・半密閉)では、ガスが除去される条件(窒素気流・減圧条件)に比べ、全ての熱処理温度域でC残存率が高いことがわかった。有機元素分析値をもとに作成したVan Krevelen 図からは、生成物のO比率は窒素気流>減圧>半密閉>真密閉条件の順に高いことがわかった。

FT-IRスペクトル測定により、生成物の化学構造変化について検討した。炭化に関する多くの既往の文献の結果と一致して、スペクトルが大きく変化する温度域は300、600℃付近の2点であり、これは4種の雰囲気条件に共通であった。しかしながらピーク高さやピーク分裂など、細部には雰囲気条件による違いが現れた。例えば600℃において、真密閉および半密閉条件では、窒素気流条件および減圧条件よりもC-H基量が多いなどの違いである。総じて、(1)真密閉条件と半密閉条件で、(2)減圧条件と窒素気流条件で、それぞれ生成物のFT-IRスペクトルが似通った傾向を示した。以下に示す水分吸脱着においても同様であった。(1)に共通するのは、熱分解気化物が系内に保持される条件であること、(2)に共通するのは熱分解気化物が系外へ除去される条件であること、である。そこで以下 (1)を「ガス保持条件」、(2)を「ガス除去条件」と表記する。

水分吸着特性について比較検討した。絶乾した各試料を97% RH(20℃)に静置し、含水率の経時的な変化を測定した。ロジスティック回帰により平衡含水率・吸着速度に対応するパラメータを求め、それぞれ比較した(図4)。両パラメータとも、ガス保持条件では250~450℃にかけて比較的急激に上昇した後、750℃付近まで緩やかに上昇を続けた。一方、750℃以上では、すべての試料で吸湿性が低下したが、これは、炭素化の進行に伴う表面の疎水化、あるいは比較的低温域で生成した細孔が、さらなる加熱で収縮することに起因した比表面積の低下などによると推測された。真密閉試料の減少の程度は特に著しかったが、高圧条件であるために特に後者の要因が強く働いた可能性がある。

水分脱着挙動について、20℃で平衡含水率に達した試料を一定圧力条件で減圧し、この過程での経時的な含水率変化を測定した。水分吸着に寄与したサイトそのものの強度を表す量として、脱着試験開始時の含水率(平衡含水率)で標準化した「比含水率」を用いて比較検討した(図5)。雰囲気条件による比含水率値の違いは炭化温度250℃までは殆どないが、300~700℃では、ガス除去条件の方がガス保持条件よりこの値は低かった。つまり、ガス保持条件で作製された試料は吸着する水分絶対量は多いが、吸着水の保持能はガス除去条件の場合より低いことを意味する。このことから、ガス保持条件で作製すると、多分子層吸着が優位に起こるような物理的な構造が発達するのに対して、ガス除去条件で作製すると、物理的な構造が発達しないかわりに吸着表面に官能基などが多くなり、化学吸着において優位となる可能性が示唆された。とりわけ真密閉条件では 700~900℃にかけての変化が連続的で、処理温度の上昇に伴い吸湿絶対量は減少する一方、個々の吸着サイトでの水分子との相互作用は次第に強まる結果を示した。これは、真密閉条件ではこの温度域で微細孔が収縮し、微細孔容積が減少して吸湿量が減る一方、細孔に捕縛された水分子が吸着媒とより密に作用するようになるため、吸着力が増大するものと考察された。

以上、竹材を異なる温度・時間・雰囲気条件で低温熱処理・炭化処理し、生成物の吸着特性と吸着機構の違いについて検討した。緩やかに熱分解が進む200℃では、処理時間の違いが水分吸着特性にどのような違いをもたらすかに着目し検討した。その結果、処理時間5 hrまでは水酸基の消失が要因となり吸着量が減少し、5 hr以上では細孔の数と径の増大により吸着速度が増大することがわかった。

炭化に至る900℃までの処理においては、炭化時の雰囲気ガス種および圧力の影響に着目し、生成物の化学組成と水分吸着特性について検討した。その結果、C収率は熱分解気化物が排除され難い雰囲気で処理するほど、高くなった。水分吸着特性では、圧力より雰囲気ガス種の影響がむしろ強く現れた:総じてガス保持条件で作製すると、多分子層吸着が優位に起こるような物理的な構造が発達し易く、吸着する水分絶対量は多いが比較的脱着し易い。それに対して、ガス除去条件で作製すると、物理的な構造が発達しないかわりに吸着表面に官能基が多くなり、吸着する水分絶対量は少ないが、吸着水は各吸着サイトに強固に保持される傾向が示された。

薬品添加など化学処理を加えず、時間・温度・発生ガスの保持/除去などの物理的な処理方法のみの組合せでも、同一の原料から種々の水分吸着物性を持つ生成物が得られる。本研究では、低温熱分解に及ぼす処理時間の影響、および炭化における雰囲気条件の影響を系統的に明らかにした。これらの熱処理物の水分吸脱着の量的・速度的な特徴をふまえ、使用環境と用途に応じた吸着材料として、竹資源の熱による加工設計が可能であると思われる。

図1 200℃低温熱処理生成物の熱処理時間による水分吸着量変化

図2 200℃低温熱処理生成物の吸着速度(ab/4)が最大となるまでに要する吸着試験時間

図3 炭化の温度・雰囲気条件による収率変化

図4 炭化の温度・雰囲気条件による水分吸着量変化

図5 炭化の温度・雰囲気条件による水分脱着過程での比含水率変化(脱着処理開始50hr後)

審査要旨 要旨を表示する

木質由来の炭化物は、石油由来の炭化物とは異なる特性を持ち、吸着等の用途で広く利用されている。一般に炭化物の吸着特性は、温度・雰囲気ガス種・圧力など、熱処理条件に影響されるが、処理に伴う成分や構造の変化、木質の炭化に伴う吸着特性の発現機構については、十分に解明されていない。

本論文は、アジアに広く分布し有用なバイオマス資源のひとつである竹材を用い、異なる雰囲気条件下で、緩やかに熱分解が進む200℃から炭化に至る900℃までの加熱処理した生成物の吸着特性と構造変化について検討している。

竹材の節間位置により水分吸着特性が異なることを確認し、ヘミセルロース量と吸着量とはほぼ正比例することを明らかにした。さらに、Hailwood - Horrobin理論を用いた解析によって、吸着量はヘミセルロース量のみに依存するが、各節間の水和のしやすさ、吸着水の存在形態は、化学成分の違いに加え、微細構造の違いによると推論された。

200 ℃で低温熱処理した竹材について水分吸着等温線を作成し、熱処理時間に伴う吸着挙動の変化を検討した。水分吸着量が熱処理時間5時間付近まで減少することは、ヘミセルロースをはじめ非晶領域の熱分解がもたらす水酸基の消失などの化学的機構によって説明でき、5時間以上の熱処理において熱処理時間とともに水分吸着量は増加することは、熱処理に伴い生成した空隙への吸着水の毛細管凝縮などの物理的機構によって説明された。一方、Kelvin式による議論から、毛細管は処理時間5時間以前にも既に生成し始めており、5時間以降に細孔径、数ともに増大すると推論された。

200~900 ℃での熱処理では、竹材は次第に木質材としての特性を失い、炭化材としての性質が付与される。この過程での微細構造・化学構造の変化を検討するため、異なる雰囲気条件下で熱処理した竹材の水分吸着特性を調べた。熱処理時の処理容器内部のガス種、圧力条件は、それぞれ(1)真密閉(当初気体と熱分解ガス、温度上昇によって高圧)、(2)半密閉(熱分解ガス、リークによってほぼ大気圧)、(3)減圧(真空ポンプにてガス除去、低圧)、(4)窒素雰囲気(窒素ガス、大気圧)であった。例えば、各熱処理材の水分脱着過程での含水率について、97% RH(20 ℃)における平衡含水率を基準に標準化した比含水率は、250 ℃までの熱処理材では雰囲気条件による差は認められないが、300~700 ℃ではガス除去条件の方がガス保持条件より低くなった。ガス保持条件での熱処理材の方が、吸着する水分絶対量は多いが、吸着水の保持能はガス除去条件の場合より低いことを意味する。従って、ガス保持条件で熱処理すると、多分子層吸着が優勢になるような物理的な構造が発達するのに対し、ガス除去条件の場合、物理的な構造が発達しないかわりに吸着表面に官能基などが多くなり、化学吸着が優勢となる可能性が示唆された。

以上、本論文は、竹材の低温熱分解および高温炭化処理について、熱処理温度、雰囲気条件が水分吸脱着特性に及ぼす影響を詳細かつ系統的に検討し、処理材の微細構造、化学構造の変化と関連づけて、水分吸脱着機能発現のメカニズムを提案している点で学術上の貢献が評価される。さらに、化学薬品を添加することなく、時間・温度・発生ガスの保持/除去など、物理処理のみの組み合わせによって、種々の水分吸着特性を持つ生成物が得られることを明らかにしており、使用環境と用途に応じた吸着材料の開発において、竹材の熱による加工設計の可能性を示唆している点で応用上の貢献が評価される。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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