No | 125856 | |
著者(漢字) | 鈴木,一史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スズキ,ヒトシ | |
標題(和) | 担子菌Phanerochaete chrysosporiumにおけるセルロース分解関連酵素遺伝子の発現応答に関する定量的解析 | |
標題(洋) | Quantitative transcriptional analysis of the cellulolytic genes in the basidiomycete Phanerochaete chrysosporium | |
報告番号 | 125856 | |
報告番号 | 甲25856 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3556号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 生物材料科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第一章 序論 セルロースはグルコースがβ-1,4-グルコシド結合した水に不溶な固体基質である。木材腐朽菌の一種である担子菌Phanerochaete chrysosporiumは、様々な酵素を菌体外に分泌してセルロースの分解を行うことが知られているが、固体であるセルロースをどのように認識し、応答することで基質の分解を行っているかについてはほとんど理解されていない。セルロース分解に関わる酵素遺伝子の発現応答として、まず始めに炭素源が欠乏した環境での発現活性化(抑制解除;derepression)が生じることが予想される。次いでセルロースに由来する何らかの可溶性物質によって高レベルの遺伝子発現が誘導され(induction)、最終的に生成したグルコースによって遺伝子発現が抑制される(repression)という機構が考えられる。したがって、本菌のセルロース認識および分解の仕組みを理解するためには、分解に関与していると予想される酵素遺伝子群について以上の三つの段階の発現応答に関して詳細な解析することが重要だと考えられる。一方で本菌のゲノム解析から、糖質加水分解酵素(GH)ファミリー6に属するセロビオヒドロラーゼ(CBH;Cel6A)、GHファミリー7に分類される6種類のセルラーゼ様タンパク質(Cel7A-Cel7F/G)およびセロビオース脱水素酵素(CDH)をコードする遺伝子群をゲノム中に保有していることが知られている。既往の研究から、各cel7遺伝子はセルロース培養下における発現量に差がみられることや、cel7Cおよびcel7Dはグルコースによって発現が抑制されることなどが示されている。しかし、従来の電気泳動による解析手法は定量性や検出感度が不十分であり、多様なcel7遺伝子の発現挙動やセルロース分解における働きの差については詳細な知見が得られていない。そこで本研究では、本菌が保有する多様なcel7遺伝子群に関してリアルタイムPCRを用いた定量的かつ高感度な発現解析手法を確立し、詳細な発現応答解析を行うことで、本菌によるセルロースの認識および分解においてこれらが担う役割の差異に関する知見を得ることを目的とした。 第二章 炭素源欠乏環境におけるセルロース分解関連酵素遺伝子群の発現応答解析 本菌をはじめにグルコースを炭素源とした培地を用いて培養し、得られた菌体を洗浄したのち炭素源を含まない培地に移した。残留しているグルコースを消費させた後にさらに培養を続けることで、炭素源が欠乏した環境に対する発現応答を解析することが可能になった。本培養系から抽出して得られた全mRNA中のactin遺伝子の発現量を内部標準として定量PCR解析を行った結果、cel6A, cel7Dの発現量は培養3時間後から指数関数的に増加した。発現量の増加率は1時間あたりcel6Aで2.1倍、cel7Dで2.7倍となり、6時間後の転写産物量はそれぞれ105コピーのactinあたり1.8×105および1.5×105コピーとなった。またcdhの発現量はcel6Aおよびcel7Dと比べて2時間程度遅れて増加が観察され、最大で2.9×103コピーとなった。以上の結果から、これらの遺伝子の発現には炭素源欠乏環境下におけるderepressionによる転写の活性化が重要な役割を持つことが示された。 次にcel7D以外のcel7遺伝子群に対しても同様の解析を行うことを試みた。しかしながら、cel7遺伝子群(cel7A-F/G)は互いの配列相同性が約70-90%と非常に高いため、翻訳領域における定量PCR用プライマーの設計が困難であった。そこで本研究では、遺伝子の下流に存在する3'非翻訳領域(3'-UTR)を同定、利用することによって各遺伝子に特異的な定量PCR解析を行う手法を検討した。3'RACE法により各cel7遺伝子の3'-UTRの配列および核型間の多型の同定を行い、同定した3'-UTR中に各遺伝子特異的なプライマー対を設計した。これらを用いたPCR増幅産物が標的遺伝子特異的であることが電気泳動、シーケンス解析および融解曲線解析によって確認できたことから、本手法を用いて炭素源欠乏環境における各cel7遺伝子発現量の定量PCR解析を試みた。その結果、cel7Cの発現量は増加するが、cel7Dよりも増加のタイミングが遅かった。cel7Cの本培養6時間後の転写産物量は3.8×104コピーでありcel7Dよりも3.5倍少なかった。このことから、cel7Cはcel7Dに比べてderepressionによる影響を受けにくいことが示唆された。またその他の4遺伝子は発現量があまり変化しなかったことから、derepressionの影響を受ける遺伝子は一部に限られることが示唆された。 第三章 セルロース分解関連酵素遺伝子の発現誘導および抑制に関する定量的解析 定量RT-PCR解析によって、セルロース培養およびグルコース培養におけるセルロース分解関連遺伝子の発現応答を評価した。その結果、cel7遺伝子群はセルロース培養においてグルコース培養下よりも高い発現量を示すグループ(cel7B, C, D, F/G)と差がみられないグループ(cel7A, E)に分けられることが示された。cel6Aおよびcdhはセルロース培養においてより高い発現量を示した。また、セルロース培養下で高い発現量を示す遺伝子のほとんどが、培養3日目に発現量が低下する傾向が見られた。培地中に生成した成分の経日変化をHPLCによって解析したところ、培養2日目に約100μMのセロビオース(C2)が蓄積していた。さらに少量のセロトリオース(C3)やセロテトラオース(C4)が生成していたことから、これらの可溶性セロオリゴ糖がそれぞれの遺伝子の発現応答に関与していることが予想された。 次に、セロオリゴ糖による発現誘導効果を定量的に評価した。第二章で構築した培地に20mMグリセロールを添加して、repressionおよびderepressionが生じない培養系を構築し、各セロオリゴ糖を添加した時の誘導効果を評価した。結果、cel7A, cel7Bおよびcel7Eについては発現量の変化は観察されなかったが、cel7C, cel7D, cel7F/G, cel6Aおよびcdhについて、いずれもC3およびC4の添加によって顕著な発現量の増加が見られた。発現量の最大値は105コピーのactinに対してそれぞれ2.7×106、1.7×106、7.6×103、2.4×105、1.6×104コピーとなり、これらの値はcel7F/Gを除いてセルロース培養における発現量より高かった。またこれらの最大値はcel7D以外はC4培養において観察された。一方C2では、cel7C, cdhに対して誘導効果がみられたが、他の3遺伝子に対しては効果がほとんど見られなかった。以上の結果により各セロオリゴ糖に対する発現応答の強さは遺伝子によって差があることが示された。したがって本菌は、セルロース分解中に生成するセロオリゴ糖の組成を認識することで各遺伝子の発現パターンを変化させている可能性が考えられた。 第四章 総括 本研究において定量した各遺伝子の発現量を各培養条件の間で比較すると、cel7Cおよびcdhに対してはinductionによる発現活性化が強く作用することが示された。またcel7Dの発現については、inductionとderepression両方の作用により活性化されるという傾向が明らかになった。またcel6Aにおいてはderepressionによる発現量増加がその他の条件と比較して顕著であることが示された。このことから、cel6Aはセルロース分解初期において主要に働く酵素遺伝子であると考えられた。以上の結果から、本菌によるセルロースの分解においては、はじめにderepressionによって発現が活性化されたcel6Aやcel7Dの翻訳産物が主に働き、次にセルロースから生成した可溶性のセロオリゴ糖によってcel7Cやcel7D, cdhの発現が高いレベルで誘導され、大量生産されたこれらの翻訳産物によってセルロース分解が進行するというメカニズムが考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究は、担子菌Phanerochaete chrysosporiumによるセルロース分解過程におけるセルラーゼ等の菌体外酵素の生産に関わる遺伝子の発現応答を定量的に解析し、その結果に基づき、その原因となる機構について考察することを目的としている。そこで、担子菌が固体基質であるセルロースを菌体内に取り込むことができないことに基づく炭素源欠乏下での遺伝子発現の活性化(抑制解除;derepression)、セルロースの分解によって生成した可溶性物質による誘導による遺伝子発現(induction)、さらに分解によって生成したグルコースによる遺伝子発現の抑制(repression)という3つの機構ならびにその組み合わせが分解酵素遺伝子の発現制御の要因となるという前提に立って、これを実証するための研究設計を行って実行している。また、本研究では、同菌のゲノム情報に基づき、セルロース分解酵素として糖質加水分解酵素(GH)ファミリー6に属するセルラーゼ(Cel6A)、GHファミリー7に分類される6種類のセルラーゼ(Cel7A-Cel7F/G)およびセロビオース脱水素酵素(CDH)を対象にそれらをコードする遺伝子の発現応答を解析している。 研究内容としては、まずセルロースが固体であることから、これを菌体内に取り込めない状態を想定して、菌にとって炭素源が欠乏した環境下における遺伝子の発現応答、すなわちderepressionについて解析した。グルコースを基質とする培地でP. chrysosporiumを前培養し、得られた菌体を洗浄したのち、グルコースを全く含まない培地に移した。その後、6時間培養を行い、その過程での各遺伝子の転写産物量をリアルタイムPCRにより定量した。まず、対象としたいずれの遺伝子においても、グルコースが残存する培養初期では遺伝子発現が抑制されていることを確認した。しかしながら、グルコースが欠乏した状態での培養では、cel6Aおよびcel7Dでは培養3時間以降に明確な転写産物量の増加が認められた。また、cdhについても培養5時間以降に増加が観察された。培養6時間後の転写産物量は105コピーのactinあたりcel6Aでは1.8×105、cel7Dでは1.5×105コピー、さらにcdhでは2.9×103コピーとなった。以上の結果から、これらの遺伝子は炭素源欠乏環境下におけるderepressionによる発現の活性化が起こることが示された。さらに、cel7D以外のcel7遺伝子群についても同様の条件で発現応答を調べたところ、cel7Cについては培養6時間後に発現量は増加することを確認し、その発現量は3.8×104コピーであった。一方、その他の4遺伝子は発現量があまり変化しなかったことから、derepressionの影響を受けるcel7遺伝子はcel7Dなど一部に限られることが示唆された。 次に、セルロースの分解によって生成した可溶性セロオリゴ糖によるinduction効果を定量的に評価した。ここでは、repressionおよびderepressionが生じない培養系としてグリセロールを炭素源とする培地を選択し、各セロオリゴ糖を添加した時のinduction効果を調べた。その結果、cel7A、cel7B0およびcel7Eについては発現量の変化は観察されなかったが、cel7C、cel7D、cel7F/G、cel6Aおよびcdhについて、いずれもセロトリオースおよびセロテトラオースの添加によって顕著な発現量の増加を確認した。また、発現による転写産物量の最大値は105コピーのactinに対してそれぞれ2.7×106、1.7×106、7.6×103、2.4×105、1.6×104コピーとなり、これらの値はいずれの場合もderepressionによる発現量に比べて著しく高かった。また、これらの最大値はcel7D以外はセロテトラオースを添加した培養において観察された。一方、セロビオースを基質とした場合では、cel7C、cdhに対してinduction効果がみられたが、他の3つの遺伝子に対しては効果がほとんど見られなかった。以上のことから、各遺伝子に対するinduction効果の強さはセロオリゴ糖の重合度によって差があることが明らかとなった。また、担子菌P. chrysosporiumは、セルロース分解中に生成するセロオリゴ糖の組成を認識することで各遺伝子の発現パターンを変化させていることが示唆された。 本研究において定量した各遺伝子の発現量を各培養条件の間で比較すると、cel7Cおよびcdhに対してはinductionによる発現活性化が強く作用することが示された。またcel7Dの発現については、inductionとderepression両方の作用により活性化されるという傾向が明らかになった。またcel6Aにおいてはderepressionによる発現量増加がその他の条件と比較して顕著であることが示された。このことから、cel6Aはセルロース分解初期において主要に働く酵素遺伝子であると考えられた。以上の結果から、本菌によるセルロースの分解においては、はじめにderepressionによって発現が活性化されたcel6Aやcel7Dの翻訳 産物が主に働き、次にセルロースから生成した可溶性のセロオリゴ糖によってcel7Cやcel7D、さらにcdhの発現が高いレベルで誘導され、大量生産されたこれらの翻訳産物によってセルロース分解が進行するというメカニズムが考えられた。 以上、本研究によって、担子菌P. chrysosporiumにおけるセルロース分解関連酵素遺伝子の発現応答について多くの知見が得られたことは,糸状菌分子生物学における学術上,応用上貢献することが少なくない。よって,審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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