学位論文要旨



No 125857
著者(漢字) 田中,孝
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,タカシ
標題(和) 木材および木質材料内部の水分分布解析と透過性改善
標題(洋)
報告番号 125857
報告番号 甲25857
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3557号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 准教授 稲山,正弘
 東京大学 准教授 井上,雅文
内容要旨 要旨を表示する

寸法安定剤や防腐剤、パルプ化薬品の含浸時の大規模な流体移動、または乾燥や燻蒸などの拡散は、木材の水分移動性の程度によって支配されている。木材の繊維直交方向の水分移動性は、木材の持つ異方性のゆえに繊維方向の水分移動性よりもずっと小さい。このことが木材の加工や乾燥、利用にあたっての種々の困難や問題を発生させている。本研究は、木材の水分移動性について評価し、木材および木質材料中の水分分布の経時変化を精査すること、および木材の繊維直交方向の透過性を改善することを目的とした。

第3章においては、軟X線(35kV, 180mA)をスギに照射し、その透過像を断続的にデジタル撮影し、画像処理および計算を施すことで、水分分布の経時変化を非破壊的に測定し、二次元水分分布画像(Fig. 1)および一次元水分プロファイルを作成する手法(軟X線法)を確立した。

第4章においては、既往の研究による結合水拡散係数、空隙内水蒸気拡散係数、熱伝導率、外気界面の湿気伝達率および熱伝達率を組み合わせ、水分移動方程式および熱移動方程式を用いて差分法により木材中の繊維直交方向の水分分布を求めた。

第5章においては、第3章で確立した軟X線法を用いて、Fig.2.に示した温湿度条件におけるスギ辺材、針葉樹合板 (5 Ply)、シージングインシュレーションボード中の水分分布の長期測定を行った。スギの含水率分布変化をFig.3.に示す。Step 1で全乾状態から250時間でほぼ平衡に達し、ほぼ直線状の含水率分布となった。以後、各Stepにおいて、平衡に近づくにつれほぼ直線状の含水率分布となった。針葉樹合板においては、含水率の低い部分が接着層と一致した。接着層はほとんど吸水しない、つまり接着層の平衡含水率は低いことが示された。また、Step 1からStep 4まで一貫して、中央ラミナの含水率が高かった。これは単に中央ラミナの平衡含水率が材料のばらつきにより偶然に高かったという可能性が考えられるほか、前後の接着層の厚さなどの理由で透過性に差が生じていて、中央ラミナに水分が蓄積されていっている可能性がある。とくに中央ラミナの含水率がStep 2の終了時点で平均14%~15%ほどにも達したのは特筆すべき点であり、後者のような影響が想像される。シージングインシュレーションボードについては、いずれのStepにおいても20時間以内に平衡に達した。繊維方向が揃っていなかったことに起因して水分移動性が高かったと言える。ボードの防水加工面の向きを逆にしても、水分分布に影響は見られなかった。防水加工面は結合水の移動には影響を及ぼしていないと考えられる。Step 1の2時間後のスギの含水率分布の変化を、第4章で得られたシミュレーション結果と比較したのがFig.4.である。実測では、試験体の左側と右側で含水率がシミュレーション結果よりも高く、中央部分でシミュレーション結果よりも含水率が低かった。試験体の含水率つまり試験体に流れ込んだ水分量の総量が一致しており、試験体内部の水分拡散係数が予想よりも低かったためにこのような分布が示されたと考えられる。

第6章においては、木材中の繊維直交方向の水分透過性を改善するために、ベイマツ材に対して150W,12.5kHzの高周波放電により水蒸気コールドプラズマ処理を行った。Falling-water displacement法による透過係数の測定結果はFig.5.のようになった。水蒸気コールドプラズマ処理には透過性改善の効果は見られなかった。

第7章においては、ベイマツ材に対して300W、20kHzの超音波処理を行った。Falling-water displacement法による透過係数の測定結果はFig.6.のようになった。分散分析によると、放射方向および接線方向の透過性が統計的に有意に向上した。処理時間を長くすると透過係数もより大きくなり、処理時間と透過係数の関係は直線で示された。このとき、透過係数が改善される割合は放射方向と接線方向で同じであった。

第8章に示した結論としては、本研究において木材中の水分分布を非破壊的に測定する手法を確立した。また木材の水分移動性に関して検討した結果、木材および木質材料中の含水率分布の精査により、スギについては既存のモデルとは異なった水分分布変化が示され、実際の繊維直交方向の水分拡散係数はより小さい可能性が示唆された。水蒸気コールドプラズマ処理は、木材の半径方向の透過性に対して極めて限定的な効果しか持たないことが分かった。超音波処理によって、木材の繊維直交方向の透過性を改善できることが示された。

Fig.1.Images of estimated moisture content distribution during drying

Fig.2. Schematic of test specimen in the conditioning chamber

Fig.3.Changes of volumetric moisture content and gravimetric moisture content (sugi)

Fig.4. Moisture content distribution predicted and measured

Fig.5. Relationship between plasma treatment time and permeability coefficient

Fig.6.Relationship between ultrasonic treatment time and permeability coefficient

審査要旨 要旨を表示する

寸法安定剤や防腐剤、パルプ化薬品の含浸時の大規模な流体移動、または乾燥や燻蒸などの拡散は、木材の水分移動性の程度によって支配されている。木材の繊維直交方向の水分移動性は、木材の持つ異方性のゆえに繊維方向の水分移動性よりもずっと小さい。このことが木材の加工や乾燥、利用にあたっての種々の困難や問題を発生させている。本研究は、木材の水分移動性について評価し、木材および木質材料中の水分分布の経時変化を精査すること、および木材の繊維直交方向の透過性を改善することを目的とした。

第3章においては、軟X線(35kV, 180mA)をスギに照射し、その透過像を断続的にデジタル撮影し、画像処理および計算を施すことで、水分分布の経時変化を非破壊的に測定し、二次元水分分布画像(Fig. 1)および一次元水分プロファイルを作成する手法(軟X線法)を確立した。

第4章においては、既往の研究による結合水拡散係数、空隙内水蒸気拡散係数、熱伝導率、外気界面の湿気伝達率および熱伝達率を組み合わせ、水分移動方程式および熱移動方程式を用いて差分法により木材中の繊維直交方向の水分分布を求めた。

第5章においては、第3章で確立した軟X線法を用いて、Fig.2.に示した温湿度条件におけるスギ辺材、針葉樹合板 (5 Ply)、シージングインシュレーションボード中の水分分布の長期測定を行った。スギの含水率分布変化をFig.3.に示す。Step 1で全乾状態から250時間でほぼ平衡に達し、ほぼ直線状の含水率分布となった。以後、各Stepにおいて、平衡に近づくにつれほぼ直線状の含水率分布となった。針葉樹合板においては、含水率の低い部分が接着層と一致した。接着層はほとんど吸水しない、つまり接着層の平衡含水率は低いことが示された。また、Step 1からStep 4まで一貫して、中央ラミナの含水率が高かった。これは単に中央ラミナの平衡含水率が材料のばらつきにより偶然に高かったという可能性が考えられるほか、前後の接着層の厚さなどの理由で透過性に差が生じていて、中央ラミナに水分が蓄積されていっている可能性がある。とくに中央ラミナの含水率がStep 2の終了時点で平均14%~15%ほどにも達したのは特筆すべき点であり、後者のような影響が想像される。シージングインシュレーションボードについては、いずれのStepにおいても20時間以内に平衡に達した。繊維方向が揃っていなかったことに起因して水分移動性が高かったと言える。ボードの防水加工面の向きを逆にしても、水分分布に影響は見られなかった。防水加工面は結合水の移動には影響を及ぼしていないと考えられる。Step 1の2時間後のスギの含水率分布の変化を、第4章で得られたシミュレーション結果と比較したのがFig.4.である。実測では、試験体の左側と右側で含水率がシミュレーション結果よりも高く、中央部分でシミュレーション結果よりも含水率が低かった。試験体の含水率つまり試験体に流れ込んだ水分量の総量が一致しており、試験体内部の水分拡散係数が予想よりも低かったためにこのような分布が示されたと考えられる。

第6章においては、木材中の繊維直交方向の水分透過性を改善するために、ベイマツ材に対して150W,12.5kHzの高周波放電により水蒸気コールドプラズマ処理を行った。Falling-water displacement法による透過係数の測定結果はFig.5.のようになった。水蒸気コールドプラズマ処理には透過性改善の効果は見られなかった。

第7章においては、ベイマツ材に対して300W、20kHzの超音波処理を行った。Falling-water displacement法による透過係数の測定結果はFig.6.のようになった。分散分析によると、放射方向および接線方向の透過性が統計的に有意に向上した。処理時間を長くすると透過係数もより大きくなり、処理時間と透過係数の関係は直線で示された。このとき、透過係数が改善される割合は放射方向と接線方向で同じであった。

本研究では、木材中の水分分布の軟X線を用いた非破壊的測定手法を確立した。それにより木材・木質材料中の含水率分布の精査を行った結果、スギ材では既存のモデルとは異なる水分分布変化が示され、実際の繊維直交方向の水分拡散係数はより小さいことを明らかにした。水蒸気コールドプラズマ処理は木材の半径方向の透過性に対して極めて限定的な効果しか持たないが、超音波処理は木材の繊維直交方向の透過性を改善できることを書きらかにした。以上より審査委員一同は本論文が学術上、応用上貢献するところが大きく、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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