No | 125858 | |
著者(漢字) | 森,陽太 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モリ,ヨウタ | |
標題(和) | 新規炭酸カルシウム調製とその構造および特性解析に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 125858 | |
報告番号 | 甲25858 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3558号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 生物材料科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 炭酸カルシウムはカルサイト形、アラゴナイト形、バテライト形の三つの結晶形を取ることが知られている。バテライト形は熱力学的に不安定であり、容易にカルサイト形へと転移することが知られている。このため自然界に存在するのはほとんどがカルサイト形である。しかしバテライトは100nm程度の微小な粒子が球状の二次粒子を形成することが知られており、多孔質で大きな比表面積を有することが考えられる。そこで純粋なバテライト形の調製、及びその応用利用について検討を行った。 超音波法を用いて反応を進めた結果、室温から40度程度ではバテライト形が生成し、90度以上の場合ではアラゴナイト形を選択的に生成した。超音波を用いることで各結晶形への作りわけが可能となった。また、バテライト形の水中での安定性について検討した結果、静置時の温度が高いほど転移が促進され、pHが高いほど転移が抑制された。炭酸カルシウムは水中でわずかながら解離しており、再結晶化する際に安定なカルサイト形を形成すると考えられている。温度が高いほど解離が促進されるため転移が起こったと考えられる。逆にpHが高いほど解離が抑えられるために転移が抑制されたと考えられる。また、エタノール中では転移が起こらないことから解離が抑制されたと考えられる。つまりバテライト形の結晶転移には水の存在が重要であると考えられる。 バテライト形炭酸カルシウムの塗工用無機顔料としての利用について、実際に紙上に塗工を行い検討した。インクジェットプリンターにより、ドットを印字した結果を図1に示す。バテライト(1)は塗工量が少ないにもかかわらずドット面積がPZと同程度に抑えられた。シリカとバテライト(2)ではわずかながらバテライト(2)の方が小さいという結果が得られた。しかし周囲長はシリカの方が小さかった。 高速度顕微カメラを用いて形成されたドットの微小時間での面積変化観察を行ったところ、PZのみがレベルオフすることなく面積が増大しつづけた。これはインク吸収があまりされず、濡れ広がったためだと考えられる。これに対しバテライト(1)、バテライト(2)、シリカでは15msほどでレベルオフしていた。また、バテライト(2)とシリカではほぼ同様の挙動を示すことが確認され、最終的なドット面積も同程度であった。これらの結果から,1ドットあたりではシリカと同程度の吸水性を持つことが示された。 天然セルロースにTEMPO触媒酸化を適用した場合では、セルロースミクロフィブリルの結晶表面にあるC6位のみが選択的に酸化される。このとき酸化前後でサンプル形状は変化しないが、ミキサー等を用いて機械処理を行うことによってミクロフィブリル単位で分散した粘稠な水分散液が得られる。この水分散液は非常に安定であり、キャストやメンブレンフィルターを用いて吸引ろ過することで透明なフィルムを得ることができる。またこの分散液のレオロジー特性を測定した結果、降伏値を有することからゲルであるといえる。ゲル中ヘイオン添加した試料をキャストしたフィルムのIR測定から、カルボキシル基がイオン交換していることが確認された。またこのときのイオン添加の程度によって降伏値の増減が見られた。 セルロースミクロフィブリル表面に導入されたカルボキシル基がイオン交換することから、未乾燥状態で二種類の試薬を交互通過させることで無機結晶生成の足場として作用することを目的として複合化処理を行った。塩化カルシウム水溶液と炭酸カリウム水溶液を用いることで炭酸カルシウム複合化処理を行った結果、炭酸カルシウムの生成が確認された。炭酸カリウム水溶液の代わりに燐酸二水素ナトリウム水溶液を用いることで燐酸カルシウム複合化処理を行った場合、炭酸カルシウム複合化処理時よりも顕著な生成が見られた。走査型電子顕微鏡観察からはどちらの複合化処理でも複合化処理回数の増加に伴って繊維間の空隙が埋められていき、最終的にフィルム表面での粒子生成が見られた。図3に示すように燐酸カルシウム複合化処理において蛍光X線分析結果からも処理回数の増加に伴ったカルシウム、リンの増加が見られた。炭酸カルシウムに比較して燐酸力ルシウム複合化処理の進行が顕著であった。燐酸カルシウムは様々なカルシウム/リン比をとりうるためだと考えられる。これらのことからTEMPO触媒酸化によって得られたセルロースナノファイバーの足場としての利用についての可能性が示唆された。 通常ゲル中で無機物を結晶成長させた場合、イオンの拡散速度の低下により緩やかな結晶の成長が起こることが一般的に知られており、ゲル中では巨大粒子が生成しやすくなる。TEMPO触媒酸化によって得られたセルロースナノファイバー分散液中での炭酸カルシウム粒子の結晶成長について検討を行った結果、他の高分子溶液中では見られないような図4に示すような花弁状に成長した200pm程度の大きさを持つ炭酸カルシウム結晶が得られた。X線回折測定から24時間後はバテライト形とカルサイト形の混合物であったが、7日間静置後では全てカルサイト形であった。カルサイト形の場合通常は菱面体形状を取る。しかし、この花弁状炭酸カルシウムはTEMPO触媒酸化によって得られたセルロースナノファイバーが高結晶性であるために、炭酸カルシウムの結晶成長過程で物理的な制約を与えることに起因すると考えられる。また、同様にカルボキシル基を有するカルボキシメチルセルロースやアルギン酸水溶液中では花弁状粒子の生成が見られなかったことからカルボキシル基の存在が花弁状粒子生成の直接的な要因ではないと考えられる。しかしながらカルシウムイオンを添加することで凝集が起こるため、より強固なネットワークの中で結晶成長するためにこのような花弁状粒子が生成していると考えられる。 図1各塗工紙サンプルに打ったインクジェット液滴が形成したドットの周囲長、及び面積 図2各塗工紙サンプルに打ったインクジェット液滴が形成したドットの面積の微小時間における径時変化 図3蛍光X線分析により得られた燐酸カルシウム複合化処理を行ったフィルムのカルシウム、リンの含有量、及びモル比 図4ホヤセルロースナノファイバゲル中で成長した炭酸カルシウム粒子の電子顕微鏡画像 | |
審査要旨 | 近年、バイオミネラリゼーション分野で、生物が体内で無機物を合成するメカニズムが明らかになりつつある。炭酸カルシウムは、カルサイト形の結晶形が自然界で生成し、産業的にも多く利用されているが、その前駆体であるバテライト形は熱力学的に不安定であるが、一部の生物体内には安定して存在する。第一章では、このようなバテライトに着目し、機械的な合成法、バイオミネラリゼーションを応用した有機物との複合体合成法、材料としての利用技術について検討を行なっており、未利用資源の新しい利用技術の開発につながる方向性について審査員の高い評価が得られた。 第二章では、超音波法による炭酸カルシウムの結晶形制御方法を考案し、通常不安定なバテライトの安定性についての検討結果を報告している。3種の結晶形の格子定数などが既知であるから、それらの解説を、図を交えて入れるべきであり、またバテライトの凝集構造の特徴や、中空構造になっているのかどうかなどについての考察も入れるとよい、との意見が出された。結晶の特性に関して必要と思われる情報を追加・修正することとした。 第三章では、塗工用無機顔料としてのバテライト形炭酸カルシウムの評価を行い、インクジェット紙用の顔料としての評価を行った。インクジェット紙用顔料として一般的なシリカと比較してバテライトの屈折率が重要ではないか、また画質は塗工量に影響されるため、原紙の繊維を完全に被覆する塗工量での比較の方がよいのではないか、との指摘があった。顔料適性に関係する物性値の記述を追加するとともに、比較した試作インクジェット紙の印刷品質について、塗工量による影響についても考察を加えることとした。 第四章のセルロースナノファイバーゲルの物性については、有機物との複合体化と関連のある基礎データとなるため、1章として独立させなくてもよいのではないかとの意見が出され、第六章の中の一節に移すことを検討することにした。 第五章では、TEMPO酸化セルロースナノファイバーとカルシウム化合物の複合化の方法として、交互浸漬法によりカルボキシル基を足場にして、Ca2+イオンとCO32-イオンが連鎖的に架橋して結晶成長することを確認した。リン酸カルシウムで同様の実験を行なっている点で、バテライトとは異なるのでその部分は不要ではないかとの意見が出されたが、組成比が多岐に渡り結晶化しやすいリン酸カルシウムを用いてモデル的な実験を試みたという姿勢がわかるように書き方を工夫することとした。 第六章では、セルロースナノファイバーゲル中での炭酸カルシウム粒子結晶成長のメカニズムについて考察した。角の部分が先に成長すると8本の突起ができそうだが写真では6本だけである。見えない側を入れれば8本なのか、花弁状の結晶はバテライトと関係があるのかなどの疑問が出されたが、回答となる考察を追加することとした。 全体に引用論文数が少ないことと、反応速度論を説明した部分が、自分で行なった解析か引用かがはっきりしないとの意見が出された。反応速度論の説明は引用であることがわかるように第一章の緒言に移すこととした。 以上、不安定ゆえに様々な特徴を持つ未利用無機資源であるバテライトに関して検討した一連の結果及び考察は、学術上応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク |