学位論文要旨



No 125861
著者(漢字) 宋,昌錫
著者(英字)
著者(カナ) ソン,チャンソク
標題(和) 木質構造における透光性を有する耐力要素の開発研究
標題(洋)
報告番号 125861
報告番号 甲25861
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3561号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 稲山,正弘
 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 准教授 佐藤,雅俊
内容要旨 要旨を表示する

第1章緒言

木造建築において採光可能な部位は開口部であり、それ以外は一般に、筋かいや、合板、石膏ボードで構成される耐力要素によって塞がれている。こうした耐力要素に透明性を持たせることで、建築構造として応力を負担させながら室内への採光を取らせることで、木造建築設計の自由度が拡がる可能性を試みた。

第2章既往の研究

第3章火打ち水平構面の面内せん断試験

火打ちを用いた水平構面は吹抜けなどの透光性を持つことが可能な構造要素である。本章では梁組の隅角部にZマーク鋼製火打ち金物を用いた水平構面について、品確法の床倍率表に対応して、火打ち1本当たりの負担面積3種X四周の梁の断面寸法3種の組み合わせによる試験体の面内せん断試験を実施して、全体および各部の荷重変形性状および破壊モードに関するデータを取得し、品確法の床倍率の値の妥当性について検証するとともに、火打ちに加わる軸力について、計算値との比較を行い、全体の変形に占める接合部の変形角の割合などについて考察した。

結果としてはすべての試験体の床倍率が1/120radで決まり、その時点で火打ち金物が占める割合が5%~28%となりフレームの曲げ変形が支配的であることが分かった。そして試験体の火打ち金物にかかる軸力の実験値は概ね計算値と一致した。

第4章ポリカーボネイトシートを面材とした枠組壁工法耐力壁の研究

ポリカーボネイト(以下PC)シートを合板や他の木質面材の代わりに利用することにより、水平力に対してせん断抵抗する構造部材でありながら、採光に優れた耐力壁を構成することができ、本耐力壁によって新しい建築空間の構築が期待される。建築用の透明面材であるPCを用いた木造枠組壁工法と木造軸組工法での面材張り耐力壁の面内せん断試験を行い既存の合板張り耐力壁との性能を比較および壁倍率の算ポリカーボネイト(以下PC)シートを合板や他の木質面材の代わりに利用することにより、水平力に対してせん断抵抗する構造部材でありながら、採光に優れた耐力壁を構成することができ、本耐力壁によって新しい建築空間の構築が期待される。建築用の透明面材であるPCを用いた木造枠組壁工法と木造軸組工法での面材張り耐力壁の面内せん断試験を行い既存の合板張り耐力壁との性能を比較および壁倍率の算定を行うことで耐力壁としての可能性を検討した。

PCシートは合板の代わりに耐力壁の面材として活用できることが確認された。しかし、PCシートは用いた耐力壁の靭性は合板耐力壁より低いため、実用化のためにはPCシートの面外のはらみに伴う接合具の脆性的な引き抜き破壊を抑制する拘束力の強い接合具の選択や、間柱などによる面外はらみの抑制が重要である(図1)。

第5章ガラスを用いた耐力要素の研究

5.1ガラス補剛板挿入面格子

面格子耐力壁は、小径材を相欠きで縦横に組むことにより構成され、多数の仕口がめりこみ抵抗することで高い耐力と変形性能が得られるが、初期剛性が低いという欠点がある。これを補剛するために、格子の間の空間にガラス補剛板を挿入することでガラスの小口が周囲の木材にめり込み剛性や耐力が高くなると知られている。この研究ではまだ解明されて無い部分であるガラス補剛板の数と位置関係が面格子に与える剛性や耐力変化に関するメカニズムの解明に関する研究を行った。

実験を通じて面格子にガラス補剛板を挿入することで補剛板無しの面格子に比べて剛性や耐力が向上する効果は確認できた。挿入されたガラスが面格子のせん断変形で回転することに伴い、外側の短ホゾ接合部の材がつき上がって力が逃げてしまうため、必ずしも枚数に比例した剛性や耐力が向上しなかった(図3)。

5.2ガラス挿入耐力壁

5.1章の実験および解析結果をもとに、計算式では推定できなかった部分や構造上の問題点を改善した仕様の耐力壁で実験を行った。5.1章の実験の問題点をもとに改良した2つの接合部を設計して、試験体の柱材と横材の接合方法として使用した。実験は5.1章の研究で行ったガラスの木材へのめり込み性能をより明確に把握するために補剛板の大きさ、厚さ、柱・貫材の断面をパラメータとしたときの、耐力壁の面内せん断抵抗メカニズムを把握し、耐力壁の剛性、耐力の計算による解析を行った。

単位長さ当たりの耐力変化の比較では挿入されたガラスのサイズに関係なく同等は耐力の上昇率が確認された(図4)。本章の試験体に用いられたガラスの寸法が5.1章の実験時より大きくなった分、試験体が変形する際のガラスの回転モーメントも大きくなり、さらに新しい接合方法により木のフレームを変形させたことでガラス補剛板が木材にうまくめり込まない現象が見られた。5.1章と本章の試験とも挿入された補剛板の力を逃がさずに、木材にめり込みを生じさせるような接合部の設計、ならびに計算式で推定可能な接合部のバネ係数を求める必要があることを確認した。

5.3ガラスを挿入したルーバー耐力壁

5.1、5.2章で用いた正方形の形状を持つガラスの配置による耐力壁の構成ではなく、ルーバーが主な構造要素で長方形ガラスを用いた形状の壁およびガラスが耐力要素となりガラス小口と柱のミゾを凸凹に加工してガラスを取り付けることで形や長さに対する耐力壁の構造的性能や意匠的構造要素としての可能性を面内せん断試験を行いその評価を行った。

ガラスの小口と柱のミゾを凸凹加工した試験体では高い変形能力と壁倍率約2.3倍の耐力壁であることに対し凸凹加工が欠点となり壁のせん断変形と共にガラスが破壊される主な原因となりポリカーボネイトなどの破壊されにくい材料が適合している必要があることが分かった。ルーバーを主な構造要素とした試験体ではガラスによる補剛効果は低かった。

5.4伝統工法民家における長方形ガラス補強パネル

5.3章の長方形ガラスを用いたルーバー状耐力壁の研究に引き続き長方形のガラスを構造要素とする一連の研究である。5.3章の実験では長方形ガラスを縦方向に構造体に挿入し面内せん断試験を行ったことに対して、この章ではガラスを横方向に用いた時の構造体の挙動や補強効果について確認を行った。

構造補強パネルのせん断試験により構造補強部材としての十分な耐力や変形性能と計算による検証が可能であった(図5)。しかし、外気に面する部材となるため気密性をとるための施工法の検討などの住環境に関する部分については今後検討する必要がある。

図1 4章接合具別PC耐力壁の荷重変形曲線の比較と合板耐力壁の壁倍率

図2 4章PCシート耐力壁試験体

図3 5.1章挿入されたガラスの枚数や配置による剛性の変化

図4 5.2章.単位長さ当たりの耐力の変化

図5 4.4章.ガラス補強パネルの変形性能

審査要旨 要旨を表示する

木造建築において採光可能な部位は開口部であり、それ以外は一般に合板や石膏ボードなどで構成される耐力要素の面によって塞がれている。本研究は、こうした耐力要素に透明性を持たせ、建築構造として応力を負担しながら室内へ光を取りこむことで、木造建築設計の自由度が拡がる可能性を試みたものであり、6章よりなる。

第1章,第2章では、透光性を持つ耐力要素の開発に関する研究の背景と目的および既往の研究について説明をしている。

第3章では、梁組の隅角部にZマーク鋼製火打ち金物を用いた水平構面について、品確法の床倍率表に対応して、火打ち1本当たりの負担面積3種×四周の梁の断面寸法3種の組み合わせによる試験体の面内せん断試験を実施し、全体および各部の荷重変形性状および破壊モードに関するデータを取得した。火打ち水平構面の品確法の床倍率の値の妥当性について検証するとともに、火打ちに加わる軸力について、計算値との比較を行い、全体の変形に占める接合部の変形角の割合などについて考察している。

第4章では、ポリカーボネイト(以下PC)シートを合板や他の木質面材の代わりに利用することにより、水平力に対してせん断抵抗する構造部材でありながら、採光に優れた耐力壁を構成することができ、新しい建築空間の構築が期待される。建築用の透明面材であるPCを用いた木造枠組壁工法と木造軸組工法での面材張り耐力壁の面内せん断試験を行い、既存の合板張り耐力壁との性能を比較および壁倍率の算定を行うことで耐力壁としての可能性を検討している。試験の結果、PCシートに適した接合具の性能条件が明確になり、耐力壁の面内せん断加力に伴ってPCシートに生じる面外はらみが剛性・耐力に大きく影響していることが判明した。

第5章では、ガラスを用いた4種類の耐力要素を設計し実験を行い性能の検証を行い、第5.1~5.4章では各耐力要素に関する実験的考察を行っている。

第5.1章では、面格子耐力壁は小径材を相欠きで縦横に組むことにより構成され、多数の仕口がめりこみ抵抗することで高い耐力と変形性能が得られるが、初期剛性が低いという欠点がある。これを補剛するために、格子の間の空間にガラス補剛板を挿入することでガラスの小口が周囲の木材にめり込み、剛性や耐力が高くなることが知られている。ここでは、ガラス補剛板の枚数と位置関係が面格子耐力壁の剛性や耐力に及ぼす影響について実験を行い、剛性や耐力が必ずしもガラス枚数に比例して向上しないことを把握するとともにその原因が周囲の軸組の接合部が押し広げられる現象にあることを解明した。

第5.2章では、第5.1章の実験および解析結果をもとに、計算式では推定できなかった部分や前述の問題点を改善した仕様の耐力壁で実験を行っている。第5.1章の実験の問題点をもとに改良した2つの接合部を設計して、試験体の柱材と横材の接合方法として使用している。実験は5.1章の研究で行ったガラスの木材へのめり込み性能をより明確に把握するためにガラス板の大きさ、厚さ、柱・貫材の断面をパラメータとしたときの、耐力壁の面内せん断抵抗メカニズムを把握し、耐力壁の剛性、耐力の計算による解析を行った。

第5.3章では、ルーバーが主な構造要素で長方形ガラスを用いた形状の壁、およびガラス小口とルーバーの溝を凸凹に加工し嵌め合わせた壁について面内せん断試験を行い、ガラスの形や長さに対する耐力壁の構造的性能を解析・評価し、意匠的構造要素としての可能性を示した。

第5.4章では、実際の古い木造民家の開口部に長方形のガラスを横方向に挿入することで耐震補強の構造要素として評価することを目的として実施した面内せん断試験についての解析である。ここでは長方形ガラスを横方向に軸組に挿入した時の構造体の挙動や耐震補強効果について確認している。

第6章は以上の研究を総合的に考察したものであり、金物、樹脂系材料、ガラスの3種類を用いた透光性耐力要素が木質構造において従来の耐力要素と比較しても十分に遜色ない構造性能を持っていることを確認し、実際の木造建築に適用するうえでの問題点などについて考察している。

以上本論文は、木質構造における透光性を持つ耐力要素の開発および実験による検証を行うことでその力学的性能を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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