学位論文要旨



No 125865
著者(漢字) 熊本,吉晃
著者(英字)
著者(カナ) クマモト,ヨシアキ
標題(和) 抄紙技術を用いたパルプ繊維と機能粉体の複合化に関する研究
標題(洋)
報告番号 125865
報告番号 甲25865
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3565号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 教授 空閑,重則
 東京大学 特任教授 木村,実
 東京大学 准教授 岩田,忠久
 東京大学 准教授 江前,敏晴
内容要旨 要旨を表示する

機能性粒子は多くの産業分野で利用されている材料であり、粒子のまま利用される場合と支持体と複合化され利用される場合に2別される。単独の粒子で単一機能を発現させるという利用は高機能・高品質化、高効率化、低コスト化といったテクノロジーのスピードに対応するには限界があり、種々の機能をもつ素材を組み合わせ、それら機能を相殺させることなく融合し、より高次な複合化プロセスによる材料開発が今後のテクノロジーイノベーションには不可欠である。その中で、抄紙法は、基本的に水に分散可能な粒子であれば適用可能で、既存の粒子をそのまま使用できる有効な方法であると考えられる。従来から、機能紙の分野においては、セルロース繊維自体の化学的・物理的処理による親/疎水性、撥水性等の高機能化研究に加え、セルロース繊維に機能剤を担持させるといった複合化研究も数多く検討されており、既存の粒子だけでは達成し得なかった高付加価値化に期待ができる。

一方、ライフサイエンス分野において、健康寿命の延伸、QOL(Quality of life)の向上は今後、少子高齢化が深刻な問題となる日本においては喫緊の課題である。そのような背景の中、政府は治療医学から予防医学の概念を導入し、自身の健康維持を自身で実行する「セルフメディケーション化」を推進している。その中で、ヒューマンヘルスケア研究において、肩こり、腰痛、目の疲れなどの緩和や便秘改善における詳細な生理学的研究が進められ、特に約40℃の湿った熱(蒸気温熱)で患部を温めることによって、血液の循環が改善し、痛みの原因となる物質が除外されて痛みが緩和すること、自立神経バランス調整効果があることが明らかにされてきた。

患部を温める温熱用具としては、鉄粉の酸化反応による発熱を利用したマット状のものが主流である。これらは鉄粉、活性炭、吸水剤(木粉、バーミキュライト、吸収ポリマー等)、塩水からなる混合粒状物をマット状に固めたものである。しかしながら、このマット状発熱体は混合粒状物を固めて成形していることから、身体の各部位に適用した場合、フィット性が不十分で心地良い感触が得られず、また、発熱温度、発熱時間の不均一性に課題があった。

そこで、本研究では、抄紙技術を用いることによって、セルロース繊維に鉄粉及び活性炭が高い比率で担持されたコンポジットシートの調製を試みた。そして、得られたシートと既存のマット状発熱体との発熱性能の比較を行った。さらに、セルロース繊維へ粉体の高担持を可能としたリテンション機構の解明を目的に種々の解析を行った。

(結果と考察)

・コンポジットシート中の成分決定:シート中の3成分(鉄粉、セルロース繊維、活性炭)を正確に把握することはシートの品質を向上させる上で不可欠である。しかしながら、灰分法では、セルロース繊維と活性炭は燃焼するため、この方法は適用できない。そこで、Tg(Thermo Gravimetric)法を用いて、各温度領域(25-1000℃)での3成分の重量減少を分析し、それぞれの補正係数を求めることによって、コンポジットシート中の3成分の定量分析が可能となった。

・フィブリル化セルロース繊維を用いた鉄粉のリテンション効果:水中における未フィブリル化セルロース繊維への鉄粉または活性炭の吸着挙動を調べた結果、活性炭はセルロース繊維上へ非常に優れた吸着を示した。一方、鉄粉はセルロース繊維上へほとんど吸着しなかった。そこで、鉄粉のリテンション率を向上させるため、セルロース繊維のフィブリル化に着目し検討を進めた。その結果、高フィブリル化SBKP(漂白針葉樹パルプ)、HBKP(漂白広葉樹パルプ)共に、セルロースのフィブリルマトリックス中に鉄粉が物理的に捕捉される様子が観察され、リテンションの向上に極めて効果的であることが判明した。

・デュアルポリマーシステムの適用:フィブリル化セルロース繊維がPAE(ポリアミドアミンエピクロロヒドリン樹脂)/CMC(カルボキシメチルセルロースNa塩)のデュアルポリマーシステムとのコンビネーションと共に用いられた場合、添加された成分の約90%がシート中にリテンション可能であることがわかった。フィブリル化SBKP及びHBKPのリテンションについては、フィブリル化HBKPの方が高いリテンションを発現した。これはHBKPの短繊維化によるフィルター効果によるものと考えられた。

・コンポジットシートの機械物性:フィブリル化HBKPは短繊維化のため、引張強度の点でフィブリル化SBKPに劣っていた。また、フィブリル化セルロース繊維を用いた場合、バインダー成分を添加しなくても、実用上十分な層間接着強度を発現した。これもフィブリルによって、セルロース繊維と鉄粉の結合が向上したことに起因する結果であった。さらに、いずれのフィブリル化セルロース繊維を用いた場合も鉄粉はワイヤー及びフェルト面のそれぞれのシート表面に均一に分布していた。

・シート構造と発熱性能の関係:種々の比率でコンポジットシートを調製し、そのシート構造と発熱性能について詳細な検討を行った。鉄粉、セルロース繊維、活性炭の比率が86:6:8で、5%NaCl水溶液を60%含浸したコンポジットシートにおいて、40-42℃の最適な温度プロファイルと約10時間の40℃以上の持続時間を達成し、シート厚みも薄くフレキシブル性に優れていた。発熱の持続時間はシート中の鉄粉量と相関があり、鉄粉量が低いと発熱持続時間及び最大発熱温度も低いことが判明した。鉄粉、セルロース繊維、活性炭の3角相図を作成した結果、3成分の最適な比率の範囲は極めて狭いことが明らかとなった。この結果はシート中の3成分の比率の安定化とリテンション率を向上させるための抄紙プロセスのより高度な制御の重要性を示した。

・コンポジットシートとマットサンプルの発熱及び蒸気発生能を比較:マットサンプルと比較しコンポジットシートの方が優れた発熱及び蒸気発生能を示すことが明らかとなった。この性能差はコンポジットシート構造に起因するものと考えられた。つまり、コンポジットシートはセルロース繊維マトリックスに鉄粉と活性炭が均一かつ密に担持された多孔構造である。従って、酸素の供給も均一であり、セルロース繊維に保持されたNaCl水溶液も鉄粉に効率的に作用することが推測された。そこで、発熱後の鉄粉の反応率を調べた結果、コンポジットシートの方がマットサンプルと比較し、約2倍酸化が進行していることが判明した。これは抄紙プロセスによって形成されたセルロース繊維多孔構造が鉄粉の酸化反応に好適な反応場として作用したことを支持する結果であった。

・荷電バランスとリテンション:PAE/CMCのデュアルポリマーシステムにおいて、PAEを過剰に添加し、荷電バランスをプラス側へシフトさせた後、CMCを添加し、荷電中和することで最大のリテンションを示すことが判明した。また、その時のフロック強度も非常に安定していた。

・カチオン性ポリマーとリテンションの関係:カチオン性ポリマーとして、PDADMAC(ポリジアリルメチルアンモニウムクロリド)、PEI(ポリエチレンイミン)、PTMMAC(ポリトリメチルメタクリロキシエチルアンモニムクロリド)と比較した結果、PAEのみが高いリテンションを発現することを確認した。

・セルロース繊維へのポリマーの吸着:セルロース繊維へのポリマーの吸着性をコロイド滴定法にて調べた結果、PAEはPDADMAC、PTMMAC、PVAmのポリマーと比較しセルロース繊維へ高吸着することが明らかとなった。

・各種ポリマーのコンフォメーション解析:SEC-MALS解析結果から、PAEは分子量分布が広く、同一の分子量で比較すると回転半径が小さいため、架橋構造を形成していることが確認された。この特異的なコンフォメーションによってPAEがフィブリルに吸着され易いことが推測された。

・ポリマー存在下でのフィブリルの状態観察:フィブリル化SBKPへPDADMACを過剰添加した場合、フィブリルが収縮するのに対し、PAEは添加量に依存せず、絶えずフィブリルを膨潤させることが判明した。これはPAEの分子末端に存在しているカルボキシル基が他のPAEとイオン結合し、分子間でのイオン結合型架橋構造をとっていることに起因すると考えられた。

・リテンション機構のまとめ:以上の結果より、フィブリル化セルロース繊維とPAE/CMCのデュアルポリマーのリテンション機構について、まず、第1段階として、PAEがフィブリル表面に高吸着し、フィブリルを膨潤化する。そして、その膨潤化したフィブリルマトリックス間に鉄粉が捕捉される。その後、第2段階として、高荷電密度かつ高分子量のCMCを添加し、荷電中和することにより、安定かつ強固なポリイオンコンプレックスが形成され、その結果、高いリテンションが可能となったと総括することができた。

・セルロースナノファイバーのリテンションエイドとしての作用:セルロースナノファイバーがリテンションエイドとしての機能を有することが判明した。セルロースナノファイバーは低荷電量であるにもかかわらず、高い凝集性を示したことから、静電力が支配的因子ではなく、セルロースナノファイバーの特徴であるモルフォロジーが支配的に作用したと考えられた。従来の高荷電ポリマータイプとは一線を画する新規のリテンションエイドとして期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、定着が困難な鉄粉を高い比率で担持させたセルロース繊維及び活性炭からなる複合化機能シートを、抄紙条件で効率的に調製する基本技術の構築とそのメカニズム解析を行った。更に、その複合化シートのヘルスケア用としての温熱水蒸気発生挙動と3成分の重量比率等との関係を明らかにすることを目的とした。以下にその概要を示す。

まず、複合化シート中のセルロース繊維、鉄粉及び活性炭の重量比を正確に求める方法を検討した。種々の方法を検討した結果、熱重量測定(TG)法を用い、25℃から1000℃に昇温させる過程で、窒素下から酸素存在下に変化させて重量変化を測定することで、検量線から相関係数0.97以上で3成分それぞれが定量可能な手法を確立した。

続いて、鉄粉のシートへの定着効率を向上させるため、セルロース繊維の機械処理によるフィブリル化の検討を行った。その結果、高フィブリル化した漂白針葉樹あるいは広葉樹クラフトパルプ共に、セルロースのフィブリルマトリックス中に鉄粉が物理的に捕捉され、低せん断力状態では定着率の向上に極めて効果的であることが判明した。しかし、フィブリル化のみでは、抄紙工程での高せん断力によって鉄粉の定着率の低下が避けられなかった。

そこで、定着助剤としてポリアミドアミンエピクロロヒドリン樹脂(PAE)とカルボキシメチルセルロースNa塩(CMC)の二成分高分子添加システムを、セルロースの高フィブリル化と組み合わせることにより、鉄粉を含む紙料成分の約90%がシート中に定着可能となった。鉄粉の定着という観点からは、針葉樹、広葉樹由来のセルロース繊維共に効果が認められたが、複合化シートの引張強度では、元々繊維長の大きい針葉樹漂白クラフトパルプ(SBKP)の高フィブリル化物の方が優れていた。更に、複合化シートの層間接着強度という点でもSBKPが優れていた。また、見出した高フィブリル化セルロースの使用と、PAE/CMC二成分高分子添加システムを適用することにより、鉄粉成分はシートの表裏に均一に分布していた。これは、後述するように温熱水蒸気発生の均一化と、発熱後のシートの硬化低減に寄与できた。

引き続き、3成分の重量比率が異なる複合化シートを調製し、発熱挙動との関係を検討した。その結果、鉄粉、セルロース繊維、活性炭の比率が86:6:8と極めて狭い範囲の場合に40~42℃の範囲で約10時間の発熱持続が可能となり、シートも薄くフレキシブル性に優れていた。この結果はシート中の3成分の重量比率が常に一定になるような抄紙プロセスの高度な制御の重要性を示していた。また、従来のマット状試料と本研究で得られた複合化シートの蒸気発生挙動を比較したところ、後者の方が著しく優れた蒸気発生能を有していた。これは、複合化シートの多孔構造によるものである。

更に、PAE/CMCシステムによる鉄粉定着率向上メカニズムを光散乱法による高分子のコンフォメーション解析、セルロース繊維への定着挙動等から検討した。その結果、まず、カチオン性のPAE分子がセルロースのフィブリル表面に高い定着率で吸着し、フィブリルを膨潤させたままプラス荷電を付与し、そのフィブリルマトリックス間に鉄粉が捕捉される。続いて、高マイナス荷電密度で高分子量のCMCを添加することで、安定かつ強固なポリイオンコンプレックスが抄紙系内で形成され、その結果、せん断力に安定な複数の結合が鉄粉とセルロースのフィブリル間で形成され、鉄粉成分の高い定着率達成が可能となったことが判明した。

最後に、TEMPO酸化セルロースナノファイバー(TOCN)の、鉄粉の定着向上効果を検討した。その結果、TOCNはCMCよりもマイナスの荷電密度自身は低いにもかかわらず、極めて高い鉄粉定着率を示し、PAEとの組み合せで紙料成分の高い凝集性-定着率向上を示した。様々な因子解析から、PAE/CMCシステムが静電作用とポリイオンコンプレックス形成が主要因であるのに対し、PAE/TOCNシステムでは、TOCNの幅約4nmで高アスペクト比である特異的ナノファイバー形状も関与していることが示された。従って、TOCNは従来の高荷電密度を有する水可溶高分子タイプとは異なる、機能粉体に適用可能な新規の高定着助剤として期待できる。

以上のように、本研究によって温熱水蒸気発生性能に優れた高鉄粉含有量の複合化シートを製造する基本技術を構築し、特にPAE/CMC二成分定着システムのメカニズムを明らかにすることができた。また、機能性粉体を高定着率でシート化するシステムとしてTOCNを用いる方法を見出し、新たな複合化手法として提案することができ、学術的にも技術的にも貴重な成果を得ることができた。これらの成果は、セルロース科学はもとより、機能性粉体担持シート製造技術、新規の環境対応材料の創成、ヘルスケア分野等の観点からも高く評価される。従って、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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