学位論文要旨



No 125866
著者(漢字) 吉川,盛一
著者(英字)
著者(カナ) ヨシカワ,セイイチ
標題(和) 構造用合板および無機系面材を用いた木造軸組工法鉛直・水平構面に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 125866
報告番号 甲25866
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3566号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 稲山,正弘
 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 准教授 佐藤,雅俊
 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 准教授 井上,雅文
内容要旨 要旨を表示する

本研究での目的は、床水平構面における面内せん断性状の理論的把握と詳細設計法による算定式との確認、また床水平構面の力学的な意味、重要性を再提示し、再整理を行うこと、そして耐力補完などの有効性を考え、無接着・複合面材(構造用合板とケイカル板)による床水平構面を実用レベルでの活用を視野に入れ耐力・剛性を試験より検証、確認することである。

先ず、第2章に先立ち床水平構面の役割を示す。床構面は、水平力を鉛直構面である耐力壁へ伝達する役割を果たすことを目的とし、その部位は「床組」や「小屋組」となる。一般的に耐力壁が連続して面として構成された鉛直構面に対して、水平構面は梁(母屋・棟木)、そして根太(垂木)、床板面(野地板)や火打ち材により構成された2階床(屋根)にあたり、上階が負担する水平力を下階へ伝達する役割を担っている。しかし、近年の木造住宅においては床下地板に構造用合板を釘打ちする面内剛性の高い床の構法が用いられることから、火打ち梁ではなく構造用合板等の面材張り床面を水平構面として施工することが一般的となってきている。しかしながら、床構面にあっては根太仕様などの具体的な知見や試験データが少ないという現状があった。

そこで、試験からのデータ収集により試験値と詳細計算法による算定式との比較、検証を行い、面材張り床水平構面の剛性・耐力において、(1)面材釘を留める釘による剛性・耐力、そして(2)根太端部と梁との接合部による剛性・耐力、(3)水平構面全体での剛性・耐力について耐力算定式を用いて実験データより再確認を行うものとした(図1)。

第3章では、第2章で提案した詳細設計法の算定式の実施検証として、木造住宅の床水平構面の面内せん断試験を行った。床構面試験体は、(1)根太仕様として、(1)転ばし根太仕様、(2)半欠き根太仕様、(3)落し込み根太仕様、(2)根太無し仕様(ネダレス)として、(4)厚物合板・四周打ち仕様、(5)厚物合板・川の字打ち仕様の計5種類について実施し、その試験結果から根太1本当たりにおける直交方向の変位と根太が負担する接合部のせん断力とのΔQ-δの関係や面材釘による荷重-変位:P-γの関係についての計算法との確認、解析を加えた。

また、接合部の剛性・耐力の発現機構について計算と実験結果の比較検証することを意図とし、さらには現在広く用いられている品確法上の床倍率の数値の妥当性などについても実験により確認することも目的として加えた。

これらの試験において新たに観察・確認された内容として、根太の挙動に対して根太に貼られた面材が抵抗することで、面材の回転に伴う左右逆方向の面材釘のせん断力が働く、当初は図2・左のように応力伝達を考えていたが、図3・右として修正した。試験での考察からも面材内に生じる応力が打ち消しあい根太端周辺以外では根太のねじれ変形は生じておらず、スパン両端部の根太と梁との接合部周辺において、根太のねじれ変形が顕著に生じている現象が確認できている。

試験結果では、詳細設計法の耐力・剛性はおおむね傾向をつかんでおり、計算法の妥当性が確認できた。また、すべての試験体について品確法における床倍率よりも試験結果はやや高く、現行の品確法における床倍率が安全側にあることが確認されている。

第4章では、第3章での試験における観察状況を踏まえ、根太3種類におけるそれぞれの床耐力について接合部のせん断データ諸要値の抽出を行う。第2章での剛性・耐力算定式に用いるための根太と梁との接合部のせん断試験の諸要値データを得るため接合部における転ばし根太、半欠き根太直交方向加力、並びに屋根部の垂木接合部にて使用するための軸方向加力の要素試験を釘N75の本数を変化させて要素試験を実施した(図4)。ここでは最終的な接合部のせん断試験データ(表1)を取得するまでの要素試験における数回に及ぶ試行プロセスの概要を含みながら、結果としては予備試験となった試験内容も含めて概要説明として示した。試験結果は、根太・垂木とも釘2本より3本が剛性・耐力とに高くなるが、釘が2本から3本に増えてもその増加率は1.5倍より小さいことが判った。

第5章では、第2~4章での内容を用いて得られたデータから詳細設計法による剛性・耐力算定式を用いて実験値と理論値との検証、解析を示した(図5、6)。ここでの要素試験結果で転ばし根太・半欠き根太の直交方向、軸方向における剛性ほかのせん断データから解析を行い、その結果、半欠き根太剛性において要素試験値が計算値より6割程高く、この剛性値は要素試験において面内せん断試験時の根太の変形状況が再現できておらず過大評価となっている可能性が高いことが判った。

第6章では、新たに提案した「無接着・複合面材」(構造用合板t12+無機系面材:ケイカル板t6の重ね合わせ)の構造的適応について確認・検証するため、先行して複合構成する単材要素に加え、それらを複合化した面材の表・裏の組み合わせ試験体5種類の一面せん断試験を行い、ここで得られた荷重-変位曲線から面材釘1本のせん断データを算出した(表2)。また、接合具を釘とねじの2種選定して面内せん断試験(1P試験体)を実施して壁倍率として数値化した。また、ここでの試験結果を面材張りにおける詳細計算法を用いて、各部の剛性・耐力について計算結果と実験結果を比較検証して確認を行った(図7~9)。

その結果では、合板とケイカル板との無接着による重ね合わせは、面材間の重ね合わせによる耐力加算は成り立たないものの、重ね合わせの表・合板、裏・ケイカル板とすることで合板単体よりも靭性、耐力など向上させる効果があることが判った。また、無接着・複合面材において接合具周辺の破壊性状を考察し、N・PWCA(釘仕様、表:PW・合板厚12mm、裏:CA6・ケイカル板厚6mm)では耐力・変形量ともに安定している。またこの際、接合具が変形する際に無機材:CA6を圧壊してその粉体分が複層化されたCA6表面からPW裏を圧して凹形の跡がPW裏面に起こる現象があり、隅角部以外でCA6が接合具周辺で割れることなく接合具軸部でCA6材が圧壊し、粉体状態となることで面材層間どおしが面的に接触し、釘・ねじ接合部周辺で双方の面材間の耐力伝達をはたしていることなどが確認された。

第7章では、第6章までの結果をふまえて、第3章での床水平構面での面内せん断試験を構造用合板から「無接着・複合面材」に面材を置き換えて試験を実施した。試験体は従前同様として構造用合板の厚さ12mmの数値比較を目的として転ばし根太、半欠き根太、落し込み根太、厚物合板・四周打ちの4種類とし、複合面材厚さ根太仕様:18mm、厚物合板:34mm構成:構造用合板12mmたは厚物合板28mmケイカル板6mmとした。その試験結果と先の一面せん断試験から得られた面材釘のせん断データを用いて、詳細計算法よりの計算値から検証を行った。品確法上の合板床構面の数値と比較したところ、複合化することにより床倍率数値において少なくとも2割程度高く、転ばし根太を除く3試験体において向上するものの大きくは変わらないことが判った(図12)。解析は、試験体の水平構面全体の荷重-変位P-γ(図10)では転ばし根太は約2割の差異にて試験値が高いが、全体としてバイリニア直線は傾向を得ておりおおむね合致した。根太1本当たりにおける直交方向変位と根太が負担する接合部のせん断力:ΔQ-δの関係では2割程度の差異で合致し(図13)、半欠き根太が計算値より8割程試験平均値より高い結果であった。これは前述4章での半欠き根太の要素試験データの過大評価に起因するものだと考えられる。また、面材釘による荷重-変位:P-γの関係についての結果では、全体的にばらつきがあるものの、厚物合板の終局耐力6割の試験値が高い内容を除けば、降伏耐力・終局耐力は1割程度の差異の範囲内にある(図14)。ΔQ-δ同様、計算における値は面材釘のせん断データとせん断弾性係数:GBしか入力値は変化がないことから、一面せん断試験による特性値の数値が低いことが原因だと考えられる。

まとめ―詳細計算法はおおむね実験データと符合しておりその妥当性が確認された。本論文での再確認を要す知見に対し、いくつかの再試験が必要とされる結果を得た。実用化を視野に入れた床構面の無接着・複合面材においても転ばし根太以外では耐力向上を見ており実施への対応を進めたい。今後複合面材の構成材界面の応力伝達特性などについても研究を加えていきたい。

図1 せん断力作用時の根太工法での床の抵抗メカニズム

図2 根太が負担する面材の応力図

図3 根太1本が負担するねじりモーメント図(右とも)

図4 太軸方向加力要素試験の荷重-変位曲緑(転ばし根太2-N75,3-N75,半欠き根太2-N75)

表1完全弾塑性置換した接合部のせん断データ

図5 転ばし根太1本当たりのΔQ-δにおける剛性の関係-詳細計算法での試験値と計算値の解析

図6 転ばし根太の変形モデルと測定位置

図7 複合面材・荷重変位曲線と計算法によるバイリニア直線

図8 複合面材の面内せん断試験(1P試験体)左:8・PWCA、右:8・CAPW

表2 複合面材における面材釘1本当たりのせん断データ諸要値

図9 複合面材と接合具の組み合せによる耐力諸要素値の比較

図10 複合面材と構造用合板との荷重変位曲線と計算法・バイリニヤ直線

図11 構造用合板と複合面材の試験結果 構造請要値と床倍率との結果比較一覧

図12 構造用合板と複合面材の床倍率結果比較

図13 転ばじ根太仕様-複合面材のΔQ-δにおける実験値と計算値の比較

図14 落し込み根太仕様-複合面材のP-γにおける実験値と計算値の比較

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、木造軸組工法における水平構面および鉛直構面、とくに構造用合板と珪酸カルシウム板(以下、合板・ケイカル板と略す)を無接着釘打ちのみで複合した構面についての面内せん断性状を明らかにしたものであり、7章よりなる(8章は結言)。

1章は緒言であり、近年の木造軸組工法における床の仕様の変化について概観し、既往の研究においてこうした種々の仕様による床水平構面の面内せん断性状に関する知見や試験データが少ないことから、本研究の重要性や目的について言及している。

2章では、面材張り床水平構面の剛性・耐力算定式を提案した。面内せん断剛性の算定式は3つの構成要素による直列バネから成るものとし、(1)面材と根太の固定釘による変形角、(2)根太のねじりによる変形角、(3)根太端部と梁の接合部での変形角の3つから算定式を導いた。耐力については、(1)面材と根太の固定釘のせん断で決まる耐力、(3)根太端部と梁の接合部で決まる耐力、のうち小さい方で決定するものとして導いた。

3章では、2章で提案した算定式の実験検証として、構造用合板を用いた面材張り床水平構面の面内せん断試験を実施した。試験体は(1)根太有り仕様として、(1)転ばし根太、(2)半欠き根太、(3)落し込み根太とし、(2)根太無し仕様として、(4)厚物合板・四周打ち、(5)厚物合板・川の字打ちの計5種類の仕様について実験した。その試験結果を用いて根太1本当たりにおける直交方向のせん断力と変位との関係や、面材釘による荷重-変位関係についての力学的挙動の分析を行い、提案した算定式における力学モデルの仮定について検証を行った。さらに現在広く用いられている品確法の床倍率数値の妥当性についても確認を行った。本試験において新たに観察・確認された知見として、従来は根太の全長にわたってねじり変形が生じるものと考えられていたものが、実際には根太上の複数の面材が個々に回転抵抗するため根太中央部ではせん断力が打ち消しあうことによって、根太両端部周辺にのみ根太のねじり変形が生じる現象が確認された。

4章では、転ばし・半欠き根太の2種の接合仕様に対して、接合部に直交方向および軸方向のせん断力が作用したときの接合部単体の荷重-変位特性を得るための要素試験を実施した。ここでは3章の水平構面試験において観察された接合部の変形や破壊モードを再現できるように試験方法について工夫しながら数回に及ぶ試行錯誤を繰り返した後、最終的な要素試験方法を確立し、これは木造軸組工法における標準試験法として採用されることとなった。また、ここでの試験結果は、水平構面の構造計算において必要となる、根太・垂木接合部の直交および軸方向加力における荷重変位特性の完全弾塑性データとして設計規準書に取り入れられることとなった。

5章では、4章で得られた接合部試験データを用いて2章で提案した算定式により3章の各仕様の床水平構面の剛性・耐力の理論値を計算し、3章の試験結果との比較検証を行った。その結果、転ばし根太仕様の水平構面については計算値と試験値は全体、各部ともよく一致したが、半欠き根太仕様の水平構面においては根太端部の直交方向の剛性が試験値より計算値が6割ほど高くなった。この原因として半欠き根太接合部の要素試験結果が過大評価となっている可能性が高く、半欠き根太接合部については要素試験法の見直しが必要であることが明らかとなった。

6章では、本研究で新たに提案する「無接着・複合面材」(構造用合板12mm厚とケイカル板6mm厚を重ね合わせて木軸に釘留め)の面内せん断性状の基礎データを収集することを目的として、合板およびケイカル板の単材試験体と、それらを複合化した面材の表・裏の組み合わせ試験体5種類の一面せん断試験を行い、得られたグラフから面材釘1本当たりの完全弾塑性データを取得した。さらに、これらのうちから良好な性能を示した接合具として釘N50とねじの2種を選定し、それらを用いた鉛直構面の面内せん断試験を実施して荷重-変位曲線にもとづき壁倍率を求めた。また、面材張り大壁の詳細計算法によって剛性・耐力を算定し、面内せん断試験の荷重-変位曲線と計算結果の比較・検証を行った。ここで得られた知見としては、合板とケイカル板との無接着による重ね合わせ釘留めは、面材単体の耐力加算は成り立たない(合板単体の性能とあまり変わらない)こと、および、重ね合わせの表を合板、裏をケイカル板とすることで合板単体よりも靭性を向上させる効果があることが明らかとなった。

7章では、6章における複合面材の試験結果にもとづいて、3章での床水平構面の面内せん断試験を合板から「無接着・複合面材」に置き換えて試験を実施した。試験体は合板との比較を目的として、従前同様に転ばし根太、半欠き根太、落し込み根太、厚物合板四周打ちの4種類とした。釘の種類や配列・間隔、および根太端部の接合部などが同じ仕様であれば、複合面材と合板単体とはほぼ同等の耐力を有し、大差はないことが判明した。これらの試験結果と、6章の一面せん断試験から得られた面材釘の完全弾塑性データを用いて2章で提案した算定式により床水平構面の剛性・耐力を計算した値との比較検証を行った。全体的に5章における比較検証と同様の傾向で計算値と試験値はおおむね一致しており、複合面材に対しても提案した剛性耐力算定式は適用可能であることが示された。

以上、本研究は木造軸組工法における床水平構面の剛性・耐力の算定式を提案するとともに、合板並びに複合面材を用いた各種の床水平構面について多くの面内せん断試験データを提供し、その変形・破壊現象について新たな知見を加えたものであり、木質構造学において学術上、応用上の貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク