学位論文要旨



No 125868
著者(漢字) 安藤,元惠
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,モトエ
標題(和) 植物パウダーを接着剤として用いた合板の開発
標題(洋)
報告番号 125868
報告番号 甲25868
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3568号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 佐藤,雅俊
 東京大学 教授 大原,誠資
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 准教授 斎藤,幸恵
内容要旨 要旨を表示する

近年、世界の森林資源が急速に劣化・減少する一方で、木材需要は増加し続けており、以前に比べると良質な大径原木の入手が困難になっている。木材は、生命活動によって再生を繰り返す「再生資源」であり、燃焼時に大気中の二酸化炭素を増加させない「カーボンニュートラル」な材料といわれているが、今後の木材需給動向や地球環境への影響を考えると、できる限り有効にかつ長期間使用することが望まれる。

木材製品には、丸太や製材などのように、木材をそのまま、あるいは切削して形状を整えただけのものと、木材を一度小さな構成要素(エレメント)に細分化した後、接着剤等を用いて再構成した「木質材料」と呼ばれるものがある。木質材料は、集成材、合板、パーティクルボード、ファイバーボードなど、エレメントの大きさや形状に応じて様々なものが開発されており、建築材料をはじめとして幅広い用途に利用されている。これらの木質材料に共通する利点は、小さなエレメントから大きな材料が得られること、原料である木材の材質の影響が抑えられること、均質な材料が得られることなどが挙げられる。良質な大径原木の入手が困難になりつつある状況では、小径木や林地残廃材、工場端材などが利用可能な木質材料の重要性は今後さらに高まるものと考えられる。しかし、木質材料を製造する際には、石油由来成分を原料とする合成樹脂接着剤が使用されており、環境保護や製造コスト削減などの観点から使用量の削減が課題となっている。そのため、最近では接着剤を一切使用しない木質材料である「バインダーレスボード」等の研究が盛んに行われている。バインダーレスボードとは、木材などのリグノセルロース系材料を熱圧締すると、その成分が熱変化して自己接着する性質を利用したものである。しかし、その接着機構上、原料はパーティクルやファイバーなどの小さなエレメントに限定されるため、合板や集成材のようなエレメントの大きな木質材料に適用することは難しい。そこで本研究では、接着剤を使用しない木質材料を発展させるため、リグノセルロース系材料の自己接着性能を応用し、リグノセルロース系材料の微細粉末を接着剤として用いた合板の製造の可能性を検討した。

最適な製造条件の検討

一般に合板の製造には、ユリア樹脂接着剤などの合成樹脂接着剤が使用されているが、本研究では固形の植物パウダーを接着剤として用いるため、製造条件が異なることが予想される。そこで第2章では、植物パウダーを接着剤として用いた合板を製造する際に重要であると思われる条件、すなわち熱圧締条件(圧力、温度、時間)とパウダー条件(粒径、塗布量、含水率)について検討した。単板の原料にはスギ心材単板を、パウダーの原料には、リグノセルロース系材料の中でも特に自己接着性能が高いと思われるケナフコアパウダーを用いた。その結果、平均粒径10μmのケナフコアパウダーを接着剤として用い、200℃で20~30分熱圧締した場合に最も高い接着性能が得られたが、JAS2類の規格を満たすまでには至らず、耐水性能の改善が必要であることが明らかとなった。

合板の接着性に影響を及ぼす原料に関する因子の検討

ケナフコアパウダーを接着剤として用いた合板の耐水性能の低さが、原料であるパウダーと単板のどちらに起因しているかが分かれば、改善策を講じることができる。そこで第3章では、スギ心材とスギ辺材をパウダーおよび単板の原料に用いた合板の接着性能を比較し、原料として用いたパウダーと単板のうち、どちらが合板の接着性能に大きな影響を及ぼしているか検討した。その結果、パウダーよりも単板原料の違いが合板の接着性能に大きな影響を及ぼしていることが明らかとなり、合板の耐水性能を改善するためには、単板の吸水回復を抑制することが効果的であると考えられた。なお、スギパウダーを接着剤として用いた合板は、適切な条件で圧締した場合にJAS2類の規格を上回る接着性能を示した。

合板の接着性に影響を及ぼすパウダーに関する因子の検討

第3章において、パウダーと単板のうち、単板の原料の違いが合板の接着性能に大きな影響を及ぼしていることが明らかとなった。しかし、ケナフコアパウダーとスギパウダーを用いた場合では、合板の接着性能に差が見られたことから、パウダー原料の違いも合板の接着性能にある程度の影響を及ぼしていると考えられた。草本のケナフと木材であるスギでは化学組成が異なることから、第4章ではパウダーの化学組成が合板の接着性能に及ぼす影響を検討した。様々な植物パウダーを接着剤として用いた合板を製造し、原料の化学組成と合板の接着性能との関連を調べた結果、木材、草本、樹皮のうち、樹皮の抽出成分が接着に関与していることが明らかとなった。

合板の接着性に影響を及ぼす単板に関する因子の検討

第5章では、単板の表面粗さ、厚さ、積層方向、樹種(比重)が合板の接着性能に及ぼす影響を検討した。その結果、単板の表面粗さについては、ロータリーレースで切削した程度で十分であることが明らかとなった。また、比重の低いスギ単板の場合、ある程度厚みのある単板を用いても十分な接着性能が得られることが明らかとなった。さらに、単板を直交積層することによって、合板の寸法安定性が確保されていることが確認された。スギ以外に、アカマツ、カラマツについても合板原料としての適性を検討した結果、アカマツ単板が利用可能であることが示された。また、一般の木材とは組織構造が異なるオイルパーム単板についても合板原料としての適性を検討した結果、耐水性能の改善が必要ではあるものの、植物パウダーを接着剤として用いた合板の原料として利用可能であることが示された。

製造方法の改良による合板の接着性向上の可能性の検討

第5章までの実験結果から、パウダーや単板の原料によっては、ホットプレスによる熱圧締だけで十分な接着性能を得ることが難しいと判断された。そこで第6章では、製造方法に改良を加えることによって、合板の接着性能が向上するか検討した。その結果、単板にマイクロ波加熱処理を施こした場合には、単板の吸水回復が抑制されるため、合板の接着性能が向上することが明らかとなった。また、プレスによる熱圧締だけでは十分な接着性能が得られなかった木材パウダーにキシロースを添加すると、合板の接着性能が大きく向上し、JAS2類の規格を満たす結果となった。

結論

植物パウダーが合板の接着剤として利用可能であることが示され、最適な製造条件や原料が明らかとなった。特に、スギを原料に用いた合板では、JAS2類の規格を上回る接着性能が得られたことから、本研究の成果は、国産スギ材の利用促進に寄与するものと考えられた。さらに、本研究の技術は、東南アジア地域で廃棄処分されているオイルパームにも適用可能であることが示され、接着剤を使用しない木質材料の発展に大きく貢献するものであると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

近年、世界の森林資源が急速に劣化・減少する一方で、木材需要は増加し続けており、以前に比べると良質な大径原木の入手が困難になっている。今後の木材需給動向や地球環境への影響を考えると、木材をできる限り有効にかつ長期間使用することが望まれる。

木材製品には、丸太や製材などのように、木材をそのまま、あるいは切削して形状を整えただけのものと、木材を一度小さな構成要素(エレメント)に細分化した後、接着剤等を用いて再構成した「木質材料」と呼ばれるものがある。木質材料は、エレメントの大きさや形状に応じて様々なものが開発され、建築材料をはじめとして幅広い用途に利用されている。木質材料に共通する利点は、小さなエレメントから大きな材料が得られること、原料である木材の材質の影響が抑えられること、均質な材料が得られることなどが挙げられる。良質な大径原木の入手が困難になりつつある状況では、小径木や林地残廃材、工場端材などが利用可能な木質材料の重要性は今後さらに高まるものと考えられる。しかし、木質材料を製造する際には、石油由来成分を原料とする合成樹脂接着剤が使用されており、環境保護などの観点から使用量の削減が課題となっている。そのため、最近では接着剤を一切使用しない木質材料である「バインダーレスボード」等の研究が盛んに行われている。バインダーレスボードとは、木材などのリグノセルロース系材料を熱圧締すると、その成分が熱変化して自己接着する性質を利用したものである。しかし、その接着機構上、原料はパーティクルなどの小さなエレメントに限定されるため、合板や集成材のようなエレメントの大きな木質材料に適用することは難しいとされてきた。そこで本研究では、接着剤を使用しない木質材料を発展させるため、リグノセルロース系材料の自己接着性能を応用し、リグノセルロース系材料の微細粉末を接着剤として用いた合板の製造の可能性を検討した。

第1章の序論においては、自己接着やバインダーレスボードなど、リグノセルロース系材料の自己接着性能の変遷と問題点等を述べている。第2章では、植物パウダーを接着剤として用いた合板を製造する際に重要であると思われる熱圧締条件(圧力、温度、時間)とパウダー条件(粒径、塗布量、含水率)について検討し、平均粒径10μmのケナフコアパウダーを接着剤として用い、200℃で20~30分熱圧締した場合に最も高い接着性能が得られるが、JAS2類の規格を満たすまでには至らず、耐水性能の改善が必要であることを明らかにした。第3章では、合板の接着性に影響を及ぼす原料に関する因子の検討を行い、単板の原料の違いが合板の接着性能に大きな影響を及ぼしていることを明らかにした。第4章では、パウダーの化学組成が合板の接着性能に及ぼす影響を検討し、木材、草本、樹皮の中で、樹皮の抽出成分が接着に関与していることを明らかにした。第5章では、合板の接着性に影響を及ぼす単板に関する因子(単板の表面粗さ、厚さ、積層方向、樹種(密度))について検討し、最適な単板の条件は合成樹脂接着剤を使用する場合とほぼ同条件であり、アカマツ単板も利用可能であることを明らかにした。また、一般の木材とは組織構造が異なるオイルパーム単板についても合板原料としての適性を検討し、耐水性能の改善が必要ではあるものの、植物パウダーを接着剤として用いた合板の原料として利用可能であることを明らかにした。第6章では、合板の製造方法の改良による接着性能の向上効果について検討し、単板にマイクロ波加熱処理を施こした場合、単板の吸水回復が抑制され、合板の接着性能が向上すること。また、自己接着性の低い木材パウダーにキシロースを添加すると、合板の接着性能が大きく向上し、JAS2類の規格を満たすことなどを明らかにした。

以上、本論文は、植物パウダーが合板の接着剤として利用可能であることを示し、最適な合板製造条件や原料を明らかにした。特に、本研究の成果は、国産スギ材の利用促進に大きく寄与するものと考えられた。さらに、東南アジア地域で廃棄処分されているオイルパームにも適用可能であることを明らかにするなど、新たな木材接着の提案等を含め実用性の高いことが認められた。よって、審査委員一同は本論文をもって博士(農学)を授与するに価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク