学位論文要旨



No 125881
著者(漢字) 嶋岡,琢磨
著者(英字)
著者(カナ) シマオカ,タクマ
標題(和) ブタ卵母細胞の一次停止機構におけるWee1Bの機能解析
標題(洋)
報告番号 125881
報告番号 甲25881
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3581号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内藤,邦彦
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 教授 眞鍋,昇
 東京大学 准教授 田中,智
内容要旨 要旨を表示する

哺乳類の卵母細胞は、卵巣内では減数分裂を第一減数分裂前期で停止(一次停止)しており、排卵直前に減数分裂を再開して受精可能な状態になる。この減数分裂再開は卵母細胞内のM期促進因子(MPF)の活性化に伴って起こる。MPFは触媒サブユニットであるCdc2と調節サブユニットであるサイクリンBの二量体であり、その活性はCdc2の抑制的リン酸化とサイクリンBの量的変動によって制御される。齧歯類の一次停止卵母細胞ではサイクリンBは充分量存在し、タンパク質の合成を阻害しても減数分裂が再開するため、一次停止時のMPF抑制はCdc2の抑制的リン酸化のみによってなされると考えられる。近年マウスでこの時期のMPFの抑制的リン酸化に機能するWee1Bが発見された。一方、齧歯類以外の哺乳類の卵母細胞では減数分裂再開にタンパク質合成が必要であるため、一次停止維持機構は齧歯類と異なると考えられている。これらの種の一次停止時の卵母細胞内にはサイクリンBがごく僅かしか存在しておらず、減数分裂の再開と同時にサイクリンB量が増加する。このため、サイクリンBの不足が一次停止の要因とする考え方が一般的であり、MPFの抑制的リン酸化が一次停止に関与するかは不明である。また現在、Wee1Bはマウスのみで報告されており,他種でも普遍的に存在し機能しているかは不明である。そこで、本研究ではブタ卵母細胞においてWee1Bの存在と一次停止維持への機能を探ることを目的とした。

第一章 ブタ卵母細胞におけるWee1B存在確認

まず、マウスWee1Bの配列を基にプライマーを設計し、RT-PCR,5'&3'RACEを行いブタWee1Bの完全長cDNAを得た。その配列を解析した結果、塩基配列、アミノ酸配列共にマウスWee1Bと非常に相同性が高く、マウス・ブタ間でWee1Bが高度に保存されている事から、Wee1Bが哺乳類に普遍的に存在する可能性が示唆された。

次に、ブタ卵母細胞におけるpigWee1Bタンパク質の存在確認のため、抗pigWee1B抗体を作製し、ウエスタンブロッティングを行った。その結果、ウエスタンブロッティングではpigWee1Bタンパク質は検出されず、pigWee1Bがブタ卵母細胞の一次停止に機能しない可能性も考えられた。

第二章 pigWee1Bの機能解析

pigWeelBの機能を調べるため、pigWee1B mRNAをブタ卵母細胞に注入し、過剰発現を行った。pigWeelBはCdc2を抑制的にリン酸化する機能をもつと考えられ、したがってpigWee1B過剰発現卵母細胞は一次停止が維持されると予想された。しかし、予想に反しpigWee1B過剰発現卵母細胞は対照と同様に減数分裂を再開させ、有意な差は見られなかった。この結果は、卵巣から取り出した事により減数分裂再開のスイッチが入り、発現させたWee1Bが活性化されなかったためと考えた。卵母細胞の一次停止は高濃度のcAMPによって維持されている。またmouseWee1BはcAMP依存性プロテインキナーゼ(PKA)によって活性化され、Cdc2を抑制的にリン酸化する機能を持つことが報告されている。pigWee1BもmouseWee1Bと同様にcAMPの下流にある因子であるとすれば、卵胞から取り出した卵母細胞ではcAMP濃度が自然に低下するため、過剰発現させたpigWee1Bが活性を持たないと考えられる。そこで、過剰発現させたpigWee1Bに活性を持たせるために、培地にdbcAMPを05mM添加し、減数分裂再開を完全には妨げない程度にcAMP濃度を維持することにした。その結果、pigWee1B過剰発現卵母細胞は対照と比べ長期間一次停止を維持し続けた。これにより、pigWee1BもcAMPからのシグナルにより活性化され、一次停止維持の機能を持つことが示された。この時、MPF活性も低く抑制されており、Cdc2抑制的リン酸化部位であるY15も過度にリン酸化を受けていたため、pigWee1BはCdc2を抑制的にリン酸化する事でMPFの抑制に働く事が示唆された。

pigWee1B過剰発現時のサイクリンB量を調べたところ、通常であればサイクリンBは培養24時間後から増加が見られるのに対し、pigWee1B過剰発現卵母細胞では培養48時間後でもほとんど増加しておらず、このことからpigWeeIBがMPF活性を介してサイクリンB蓄積を抑制している可能性が考えられた。

第三章 ブタ卵母細胞の減数分裂停止に対するWee1Bの機能

内在性pigWee1Bがブタ卵母細胞の生理的な一次停止に機能しているかを調べるため、pigWee1B antisenseRNAをブタ卵母細胞に注入し、pigWee1Bの翻訳を阻害することで内在性pigWee1Bの抑制を行った。その結果、卵巣内での状態と同程度の高濃度のdbcAMPを培地に添加し、減数分裂再開をほぼ完全に抑制した条件下でも、pigWee1B antisenseRNA注入卵母細胞は減数分裂を再開した。このことからpigWee1Bがブタ卵母細胞の生理的な一次停止に不可欠であることが示され、齧歯類以外の哺乳類においてCdc2の抑制的リン酸化による一次停止維持機構が存在する事が初めて明らかとなった。

第二章で提示された、pigWee1BがMPFを抑制することでサイクリンBの蓄積を抑制しているという可能性を検証するため、MPF特異的阻害剤のロスコビチン添加によってMPF活性を抑制した結果、サイクリンBの蓄積は著しく抑制された。このことからサイクリンBの蓄積にはMPFの活性化が必要であることが示された。これは、減数分裂再開に際して、サイクリンBの蓄積に先駆けてMPFが活性化することを示しており、これは従来の齧歯類以外の哺乳類において減数分裂再開の引き金はサイクリンBの蓄積であるとの考えを修正するものである。

第四章 ブタWee1Bの機能制御

最後にpigWee1Bの細胞内での動態や活性制御に関する知見を得るため、pigWee1Bの局在とPKAによるリン酸化について解析した。まずpigWee1Bの局在を調べた結果、pigWee1Bは一次停止時には卵核胞内に局在し、減数分裂再開後は細胞質中に一様に存在することが明らかとなった。卵核胞への局在がMPF抑制機能に必要か否か調べるため、核移行シグナルと予想される部位に変異を導入した変異体を一次停止卵母細胞に過剰発現させた。その結果、pigWee1Bの卵核胞への局在が見られなくなり、またそれらの卵母細胞をpigWee1B活性化のため低濃度dbcAMP添加培地で培養しても、一次停止は維持されなかった。このことから、pigWee1Bが一次停止に機能するには卵核胞内へ局在することが必要であることが示された。

第二章でdbcAMPの添加によりpigWee1Bが活性化されたことから、pigWee1Bの活性化はcAMP依存性プロテインキナーゼ(PKA)によるリン酸化で制御されると考えられた。しかし、mouseWee1BでPKAによる制御に関与するリン酸化部位のアミノ酸はpigWee1Bでは変異が生じていた。そこでPKAによる活性制御に関与するpigWee1Bのリン酸化部位解析のため、PKAによってリン酸化されうる部位として予想される77,118,133,149番目の四カ所のセリンをそれぞれアラニンに置換し、非リン酸化型pigWee1Bを作製し、ブタ卵母細胞に過剰発現させた。その結果、S77変異型pigWee1Bを発現させた卵母細胞でのみpigWee1Bが機能していないことが示唆された。この結果より、pigWee1BはS77がPKAにリン酸化されることで活性を持つことが示唆された。

総括

本研究により、pigWee1BはPKAによって活性化されCdc2を抑制的にリン酸化する機能を持ち、その活性がブタ卵母細胞の一次停止維持に不可欠であることが示された。またブタ卵母細胞における減数分裂再開の引き金は従来考えられて来たサイクリンBの増加ではなく、Cdc2の抑制的リン酸化の解除によるMPFの活性化であることが強く示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

哺乳類の卵母細胞は、卵巣内では減数分裂を第一減数分裂前期で停止(一次停止)しており、排卵直前に減数分裂を再開して受精可能な状態になる。この減数分裂再開は卵内のM期促進因子(MPF)の活性化に伴って起こり、MPFの活性は触媒サブユニットであるCdc2の抑制的リン酸化と調節サブユニットであるサイクリンBの量的変動によって制御される。齧歯類では一次停止時のMPF活性の抑制はCdc2のリン酸化のみに依存し、この抑制的リン酸化に機能するキナーゼWee1Bが近年マウスで発見された。一方、齧歯類以外の哺乳類卵ではMPFの抑制的リン酸化が一次停止維持に果たす役割は齧歯類と異なる可能性が指摘されており、一次停止維持機構の詳細は不明である。また、現在Wee1Bはマウスのみで報告されており、他種でも普遍的に存在し機能するかは不明である。本研究は齧歯類以外の哺乳類卵であるブタ卵を用いWee1Bの存在と一次停止への機能を探ることを目的としたものである。

第1章では、マウスWee1Bの配列を基にプライマーを設計し、RT-PCR, 5'- および3'-RACEを行いブタWee1Bの完全長cDNAを得た。その配列を解析し、塩基配列、アミノ酸配列共にマウスWee1Bと非常に相同性が高く、マウス・ブタ間でWee1Bが高度に保存されている事から、Wee1Bが哺乳類に普遍的に存在する可能性が示唆された。

第2章では、ブタ卵においてWee1BがCdc2を抑制的にリン酸化し減数分裂再開を抑制する機能を持つかを調べた。ブタ卵は卵巣から取り出し体外で培養すると自発的に減数分裂を再開することが知られている。そこで、得られたブタWee1B cDNAよりmRNAをin vitroで合成し、ブタ一次停止卵に顕微注入してWee1Bの過剰発現を試みた。その結果、一次停止の最上流因子であるcAMPが低濃度存在する条件で、ブタWee1B mRNA注入卵は著しく減数分裂再開が抑制されており、抑制的リン酸化を受けたCdc2量も顕著に増加していた。これらの結果から、ブタWee1BはCdc2を抑制的にリン酸化する機能を持つこと、また、その活性化にはcAMPが必要であることが示された。

第3章では、内在性のWee1Bがブタ卵の一次停止に機能しているかを調べるため、ブタWee1Bのantisense RNAをin vitroで合成し、ブタ一次停止卵に顕微注入して発現抑制を試みた。その結果、卵巣内の状態を反映する高濃度のcAMP存在下で減数分裂再開をほぼ完全に抑制してもantisense RNA注入卵は減数分裂を再開した。このことから、ブタ卵において内在性Wee1Bが一次停止維持に不可欠である事が示された。また、ブタ卵内のサイクリンB量の増加は、cAMP濃度の低下によって起こるWee1B活性低下に続くMPFの活性上昇の後に開始される事もつきとめた。

以上の結果により、ブタの卵母細胞において一次停止はWee1Bの活性によって維持される事が示され、一次停止解除はサイクリンB量の増加ではなくWee1Bの活性の低下によるMPF活性の上昇が引き金となることが示唆された。

第4章ではブタWee1Bの活性制御機構の解明を試み、ブタWee1Bは一次停止卵では卵核胞内に局在し、この局在がCdc2の効率的な抑制的リン酸化に必要であることを示唆した。さらに、ブタWee1B活性制御部位を明らかにするため、cAMP依存性タンパク質キナーゼ(PKA)によるリン酸化部位をデータベースを用いて予測し、可能性が高い4カ所のセリンをそれぞれアラニンに置換して活性を調べた。その結果77番のセリンがWee1Bの活性制御に関与することを示唆した。

以上、本研究は齧歯類以外の哺乳類卵において、従来の減数分裂一次停止制御機構の理解を否定するとともに、その中心的因子であるWee1Bの機能を明らかにした初めての報告であり、発生生物学分野における学術的な面のみならず、近年のバイオテクノロジーに対する応用面においても貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク