学位論文要旨



No 125882
著者(漢字) 早川,晃司
著者(英字)
著者(カナ) ハヤカワ,コウジ
標題(和) 遺伝子ファミリーを基にした組織・細胞特異的DNAメチル化プロファイルに関する研究
標題(洋)
報告番号 125882
報告番号 甲25882
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3582号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 内藤,邦彦
 東京大学 特任教授 八木,慎太郎
 東京大学 准教授 今川,和彦
 東京大学 准教授 内田,和幸
 東京大学 准教授 田中,智
内容要旨 要旨を表示する

高等生物が有する遺伝子の多くは遺伝子重複の過程を経て形成されたファミリー遺伝子である。同じファミリーに属する遺伝子の間で発現パターンが異なるものが多く存在する。これは遺伝子ファミリーに属する遺伝子それぞれが進化の過程で異なった制御機構を獲得したことを示している。エピジェネティック機構のひとつであるDNAメチル化はゲノムに起こる唯一の化学修飾である。これまでに、多くの遺伝子が組織特異的にメチル化されうる領域(T-DMR)を持ち、それらが組織・細胞種に依存した遺伝子発現に寄与していることが明らかとなっている。

従来の遺伝子ファミリーを対象とした研究は遺伝子配列情報を利用した解析が主で、種差の規定や進化時間予測のためのものである。遺伝子ファミリーを主役にした解析にT-DMR情報を組み合わせることで、ファミリー遺伝子の使い分け機構だけでなく、発現制御の進化的側面にもアプローチできると考えられる。本研究ではT-DMRを遺伝子ファミリー単位で探索し、同一ファミリーに属する遺伝子間におけるT-DMRメチル化パターンの差異と、それに寄与する要因を解析した。遺伝子ファミリーはゲノム上の一部でクラスターを形成するものと、ゲノム上に散在するもの(非クラスター)とに大別される。第一章ではクラスターを形成するプロラクチン遺伝子ファミリーのDNAメチル化解析を行った。第二章ではクラスターおよび非クラスター遺伝子ファミリーそれぞれのT-DMRメチル化パターンの特徴を解析した。また第三章ではファミリー遺伝子の一つである卵子特異的リンカーヒストンHlfooがDNAメチル化プロファイルに与える影響を解析した。

第一章プロラクチン(Prl)遺伝子ファミリーのDNAメチル化解析

マウスでは、Prlの重複によって派生したと考えられるPrl様遺伝子が存在し、それらは13番染色体上で約1MbのPrlファミリー「遺伝子クラスターを形成している。Prtは主に下垂体で発現するのに対し、Prl様遺伝子は主に胎盤で発現している。そこでDNAメチル化解析法D-REAMおよびバイサルファイト法を用い、胎生14.5日胎盤および成体脳と肝臓におけるPrtファミリー遺伝子の転写開始点近傍のDNAメチル化状態を比較した。

その結果全てのPrlファミリー遺伝子にT-DMRが見出され、さらにそれらは、脳と肝臓に比べ胎盤でのみ低メチル化のもの(A群)と、脳、肝臓、胎盤の順で低メチル化のもの(B群)とに分類できることが分かった。祖先型遺伝子Prlのみ3組織すべてで高メチル化状態であった。A群はセントロメアからテロメア方向に、B群は逆方向にコードされる遺伝子であった。また同じ群の遺伝子はcDNA配列をもとに作成した系統樹で互いに近い位置関係にあった。以上の結果より、Prlファミリー遺伝子のDNAメチル化パターンは、ゲノム上でのコードされる方向に相関が見られた。このことより、Prl遺伝子ファミリーにおいて、遺伝子間の異なったDNAメチル化パターンはコードされる方向が逆向きになるように重複が起こった際に獲得されたことが考えられた。

第二章遺伝子ファミリーにおけるT-DMRメチル化パターンの特徴

第一章で解析したPrlファミリー遺伝子はゲノム上でクラスターを形成し、CpG頻度の低い、げつ歯類でのみ認められる遺伝子群である。第二章では、Prl遺伝子ファミリーとはゲノム上での分布様式、CpG頻度、種特異性の点で異なる遺伝子ファミリーのT-DMRメチル化パターンの探索を行った。Rhox(クラスター.CpG頻度高、ヒトとマウス共通)、リンカーヒストンH1(一部クラスター、CpG頻度高、哺乳動物共通)、シアル酸転移酵素(St)(非クラスター、CpG頻度高、哺乳動物共通)の3つの遺伝子ファミリーのDNAメチル化状態をD-REAM法を用いて解析した。

D-REAMの結果、いずれの遺伝子ファミリーもT-DMRを有していることが明らかとなり、さらに、それぞれの遺伝子ファミリーにおけるDNAメチル化パターンは、Rhoxで3群、H7は4群、Stは4群に分類することができた。ゲノム上の位置とメチル化パターンの関係は、Rhoxではメチル化パターンによって3区画に分かれ、H7においてはクラスター内に位置する遺伝子は同様のメチル化パターンを示した。また、メチル化パターンとcDNA配列の相同性を比較した結果、3つすべての遺伝子ファミリーにおいて同じメチル化パターンを示す遺伝子は互いに高い相同性を示すことが明らかとなった。以上の結果より、同じファミリーに属する遺伝子間の異なるTLDMRメチル化パターンの獲得には重複後のゲノム上の位置およびエクソンの配列が関連していることが示唆された。

第三章 卵特異的リンカーヒストンH1fooのDNAメチル化プロファイル形成への関与

すべての細胞種でいずれかのH1ファミリー遺伝子が発現している。卵子特異的H1fooはT-DMRを有し、そのメチル化により卵子以外での発現が抑制されている。第二章の解析より、他のH1ファミリー遺伝子もT-DMRを有することが明らかとなった。T-DMRのメチル化による厳しい発現抑制は、発現組織以外での発現が不利であるために獲得された制御機構であるとも考えられる。そこで第三章では、H1fooの発現がDNAメチル化によって不活性化されているES細胞におけるH1foo強制発現の影響を解析した。クロマチン構造とDNAメチル化状態は相互に影響しあっている。このことから、クロマチンモデリング因子のH1fooがES細胞のDNAメチル化状態に与える影響に注目し解析を行った。

189領域のDNAメチル化状態をバイサルファイト法で解析した結果、コントロールのES細胞(Control-ES)と比べH1foo発現ES細胞(H1foo-ES)で低メチル化な領域が5ヶ所、高メチル化な領域を3ヶ所同定した。さらに卵子特異的遺伝子群においてはNobox、Sohlh2とZρ2にH1foo-ESにおいて低メチル化な領域が存在した。これら11領域のメチル化状態は卵子のメチル化状態と同様であった。クロマチン免疫沈降法により、これらの領域にH1fooが結合していることも明らかになった。また、ES細胞を胚様体(EB)に分化させたところ、Control-ESでは分化誘導10日後に卵黄嚢様の構造が形成されたが、H1foo-ESでは形成されなかった。さらにEB間で上記と同じ189領域のメチル化状態の比較を行った。その結果、Control-ES由来EBではOct4-Nanog標的遺伝子群の30遺伝子においてメチル化が亢進するのに対し、H1foo-ES由来EBでは低メチル化のままであった。以上の結果より、卵子特異的リンカーヒストンH1fooの発現により非発現細胞であるES細胞のDNAメチル化状態が変化する領域が存在することが明らかとなった。さらに、H1foo発現下ではEBへの分化が抑制された。また、H1foo発現ES細胞のメチル化状態は卵子のメチル化パターンと近かったことから、H1fooは卵子特有のDNAメチル化プロファイル形成に関与することが示唆された。

総括

本研究は遺伝子ファミリー単位でT-DMRの探索を行い、T-DMRパターンの特徴を明らかにした。同じファミリーに属する遺伝子間においてもT-DMRのメチル化パターンが異なっていたことから、ファミリー遺伝子の使い分けへのDNAメチル化の関与が示唆された。さらにファミリー遺伝子間の異なったT-DMRメチル化パターンの獲得には重複後のコードされる方向とゲノム上の位置が関係していることが考えられた。同一ファミリーに属する遺伝子において同じメチル化パターンのものはcDNA配列の高い相同性を示した。このことから、進化の過程でファミリー遺伝子それぞれの異なった機能とDNAメチル化パターンは同調して獲得されてきたと考えられる。第三章の解析から、本来メチル化により発現抑制されているファミリー遺伝子を非発現細胞に導入したところ、その細胞の性質は損なわれた。このことから、T-DMRによるファミリー遺伝子の使い分けは細胞・組織の性質の形成に関与していることが示唆された。

これまで、遺伝子ファミリーにおける組織特異的な発現パターンを決定する制御機構の進化的な成り立ちを、シス配列情報用いて解析する試みがなされてきた。しかし、各遺伝子のシス配列の組み合わせが複雑なため理解が困難であった。本研究は遺伝子ファミリーを主役にした解析にDNAメチル化情報を組み合わせることで、制御の進化的側面に貢献できることを示した。さらに、同一ファミリーに属する遺伝子間の使い分け機構という点で進化学分野のみならず、分子生物学分野にも寄与できることも示した。大多数の遺伝子はいずれかの遺伝子ファミリーの一員であることから、遺伝子ファミリー単位でのDNAメチル化解析は様々な生命現象や疾患の広い理解につながる可能性を見出した。

エピジェネティック機構のひとつであるDNAメチル化はゲノムに起こる唯一の化学修飾である。ゲノムの大部分を占める、繰り返し配列に代表される非遺伝子領域のほとんどは高度にメチル化され、形態的にも識別されうるヘテロクロマチンの記載は古くからDNAメチル化領域として認識されてきた。遺伝子領域でもDNAがメチル化されるとクロマチン構造の凝集を伴い不活発な領域となることが知られている。これまでに、多くの遺伝子が細胞・組織依存的にメチル化されうる領域(T-DMR)を持ち、遺伝子領域の不活性化を起こしていることが明らかになっている。逆にいえば、遺伝子の利用可能領域と不可能領域がDNAメチル化で区別され、数百種類に及ぶ細胞の多様性を生み出し哺乳類の体が出来上がっている。ここで生じる新たな疑問は、どのような遺伝子がT-DMRを有しているのか?である。少なくとも、非遺伝子領域の繰り返し配列がDNAメチル化の標的となっていることを考えると、遺伝子ファミリーは格好の標的になり得る。哺乳類のゲノム上には多くの遺伝子ファミリーが存在しており、そのことが哺乳類のゲノムの特徴と考えて差し障りはない。遺伝子ファミリーは、ゲノム上の一部でクラスターを形成するものと、ゲノム上に散在するもの(非クラスター)とに大別され、さらにCpG配列が豊富であるか乏しいかでも分類されうる。本論文はマウスの遺伝子ファミリーに焦点をあてたゲノムワイドDNAメチル化研究で、三章よりなる。

第一章ではクラスターを形成するプロラクチン(Prl)遺伝子ファミリーのDNAメチル化解析が行われた。マウスのゲノム上には、例の重複によって派生したと考えられる用様遺伝子が存在し、それらは13番染色体上で約1MbのPrlファミリー遺伝子クラスターを形成している。Prlは下垂体でのみ発現するのに対し、例様遺伝子は主に胎盤で発現している。胎盤および成体脳と肝臓におけるPr7ファミリー遺伝子の転写開始点近傍のDNAメチル化状態が解析され、全Prlファミリー遺伝子メンバーにT-DMRが見出された。また、Prl遺伝子ファミリーのDNAメチル化パターンが転写方向および組織特異的な発現様式と相関していた。このことから、組織依存的なDNAメチル化状態の獲得には、遺伝子重複時の転写方向の変化が関連していることが示された。ここで解析されたPrlファミリー遺伝子はゲノム上でクラスターを形成し、CpG頻度の低い、げつ歯類でのみ認められる遺伝子群である。

第二章ではRhox(クラスター、CpG頻度高、ヒトとマウス共通)、Hoxaクラスタ一、CpG頻度高、哺乳動物共通)、リンカーヒストンH1(一部クラスター、CpG頻度高、哺乳動物共通)、シアル酸転移酵素(St)(非クラスター、CpG頻度高、哺乳動物共通)、Fox(非クラスター、CpG頻度高、哺乳動物共通)の5つの遺伝子ファミリーのDNAメチル化状態が解析された。その結果、いずれの遺伝子ファミリーもT-DMRを有していることが明らかとなった。これら遺伝子ファミリーのDNAメチル化パターンは、Rhoxで3群、Hoxaは3群、Hiは4群、Stは4群、Foxは4群に分類された。ゲノム上の位置とメチル化パターンの関係は、Rhoxではメチル化パターンによって3区画に分かれ、Hoxaは常に違うメチル化パターンのT-DMRを有する遺伝子が隣り合うようにクラスター内で整列し、H1においてはクラスター内に位置する遺伝子は同様のメチル化パターンを示した。

第三章では、前章で解析したリンカーヒストンH1遺伝子ファミリーに属する卵子特異的メンバーH1fooについて、DNAメチル化によるサイレント化が阻害されたら何が起こるのかが解析された。野生型胚性幹細胞(ES細胞)とH1foo強制発現ES細胞(H1foo-ES細胞)の解析結果、Noboxなど卵子特異的遺伝子群11領域のDNAメチル化状態が、卵ゲノムと類似していることが判明した。これらの領域にはH1fooが結合していることもクロマチン免疫沈降法により明らかになった。また、野生型ES細胞と異なりH1foo-ES細胞では胚様体(EB)形成も阻害され、その際、通常はメチル化されるべきOct4-Nanog標的遺伝子など約30遺伝子が低メチル化のままであった。H1fooは卵あるいは未分化状態の維持に必要なエピゲノムに寄与していることを示す興味深い結果が得られた。正常に分化するためにはメチル化される必要があるのである。遺伝子ファミリーのメチル化パターンも細胞の多様性の基礎になっていると考えて矛盾しない。

以上、本論文では遺伝子ファミリーを形成している遺伝子群がDNAメチル化領域を有していることが明らかになった。進化の過程における遺伝子重複や染色体増加とエピジェネティクス機構の成立との関係を知る基盤情報が得られたことになる。これらの発見は遺伝子制御の基礎として重要であるばかりでなく、動物の生産手段の新たな取り組みにつながる可能性も示され、応用研究としても新たな視点を提供している。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

審査要旨 要旨を表示する

エピジェネティック機構のひとつであるDNAメチル化はゲノムに起こる唯一の化学修飾である。ゲノムの大部分を占める、繰り返し配列に代表される非遺伝子領域のほとんどは高度にメチル化され、形態的にも識別されうるヘテロクロマチンの記載は古くからDNAメチル化領域として認識されてきた。遺伝子領域でもDNAがメチル化されるとクロマチン構造の凝集を伴い不活発な領域となることが知られている。これまでに、多くの遺伝子が細胞・組織依存的にメチル化されうる領域(T-DMR)を持ち、遺伝子領域の不活性化を起こしていることが明らかになっている。逆にいえば、遺伝子の利用可能領域と不可能領域がDNAメチル化で区別され、数百種類に及ぶ細胞の多様性を生み出し哺乳類の体が出来上がっている。ここで生じる新たな疑問は、どのような遺伝子がT-DMRを有しているのか?である。少なくとも、非遺伝子領域の繰り返し配列がDNAメチル化の標的となっていることを考えると、遺伝子ファミリーは格好の標的になり得る。哺乳類のゲノム上には多くの遺伝子ファミリーが存在しており、そのことが哺乳類のゲノムの特徴と考えて差し障りはない。遺伝子ファミリーは、ゲノム上の一部でクラスターを形成するものと、ゲノム上に散在するもの(非クラスター)とに大別され、さらにCpG配列が豊富であるか乏しいかでも分類されうる。本論文はマウスの遺伝子ファミリーに焦点をあてたゲノムワイドDNAメチル化研究で、三章よりなる。

第一章ではクラスターを形成するプロラクチン(Prl)遺伝子ファミリーのDNAメチル化解析が行われた。マウスのゲノム上には、Prlの重複によって派生したと考えられるPrl様遺伝子が存在し、それらは13番染色体上で約1 MbのPrlファミリー遺伝子クラスターを形成している。Prlは下垂体でのみ発現するのに対し、Prl様遺伝子は主に胎盤で発現している。胎盤および成体脳と肝臓におけるPrlファミリー遺伝子の転写開始点近傍のDNAメチル化状態が解析され、全Prlファミリー遺伝子メンバーにT-DMRが見出された。また、Prl遺伝子ファミリーのDNAメチル化パターンが転写方向および組織特異的な発現様式と相関していた。このことから、組織依存的なDNAメチル化状態の獲得には、遺伝子重複時の転写方向の変化が関連していることが示された。ここで解析されたPrlファミリー遺伝子はゲノム上でクラスターを形成し、CpG頻度の低い、げっ歯類でのみ認められる遺伝子群である。

第二章ではRhox(クラスター、CpG頻度高、ヒトとマウス共通)、Hoxa(クラスター、CpG頻度高、哺乳動物共通)、リンカーヒストンH1(一部クラスター、CpG頻度高、哺乳動物共通)、シアル酸転移酵素(St)(非クラスター、CpG頻度高、哺乳動物共通)、Fox(非クラスター、CpG頻度高、哺乳動物共通)の5つの遺伝子ファミリーのDNAメチル化状態が解析された。その結果、いずれの遺伝子ファミリーもT-DMRを有していることが明らかとなった。これら遺伝子ファミリーのDNAメチル化パターンは、Rhoxで3群、Hoxaは3群、H1は4群、Stは4群、Foxは4群に分類された。ゲノム上の位置とメチル化パターンの関係は、Rhoxではメチル化パターンによって3区画に分かれ、Hoxaは常に違うメチル化パターンのT-DMRを有する遺伝子が隣り合うようにクラスター内で整列し、H1においてはクラスター内に位置する遺伝子は同様のメチル化パターンを示した。

第三章では、前章で解析したリンカーヒストンH1遺伝子ファミリーに属する卵子特異的メンバーH1fooについて、DNAメチル化によるサイレント化が阻害されたら何が起こるのかが解析された。野生型胚性幹細胞(ES細胞)とH1foo強制発現ES細胞(H1foo-ES細胞)の解析結果、Noboxなど卵子特異的遺伝子群11領域のDNAメチル化状態が、卵ゲノムと類似していることが判明した。これらの領域にはH1fooが結合していることもクロマチン免疫沈降法により明らかになった。また、野生型ES細胞と異なりH1foo-ES細胞では胚様体(EB)形成も阻害され、その際、通常はメチル化されるべきOct4-Nanog標的遺伝子など約30遺伝子が低メチル化のままであった。H1fooは卵あるいは未分化状態の維持に必要なエピゲノムに寄与していることを示す興味深い結果が得られた。正常に分化するためにはメチル化される必要があるのである。遺伝子ファミリーのメチル化パターンも細胞の多様性の基礎になっていると考えて矛盾しない。

以上、本論文では遺伝子ファミリーを形成している遺伝子群がDNAメチル化領域を有していることが明らかになった。進化の過程における遺伝子重複や染色体増加とエピジェネティクス機構の成立との関係を知る基盤情報が得られたことになる。これらの発見は遺伝子制御の基礎として重要であるばかりでなく、動物の生産手段の新たな取り組みにつながる可能性も示され、応用研究としても新たな視点を提供している。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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