学位論文要旨



No 125884
著者(漢字) 山室,匡史
著者(英字)
著者(カナ) ヤマムロ,タダシ
標題(和) ブタ卵母細胞の減数分裂過程におけるCyclin B蓄積量の制御機構
標題(洋)
報告番号 125884
報告番号 甲25884
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3584号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内藤,邦彦
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 教授 眞鍋,昇
 東京大学 准教授 田中,智
内容要旨 要旨を表示する

多くの生物の卵母細胞は、卵巣内では第一減数分裂前期で停止しており、この状態の卵母細胞が正常な減数分裂を進行するためには分裂期促進因子(MPF)の厳密な活性制御が必要である。MPFは減数分裂開始に伴って活性化し、第一減数分裂中期(Ml)から後期へと移行する際に一旦低下するが、すぐさま再活性化して、卵母細胞を第二減数分裂中期(M2)で停止させる、MPFは、CDC2とCvclinBからなる複合体であり、減数分裂進行におけるMPF活性の複雑な変動は、調節サブユニットであるCyclinBのタンパク質の蓄積量と非常によく相関している。しかし、CyclinBタンパク質の増減がどのような機構1を介して制御されているのか、その詳細に関しては不明瞭な点が数多く残されている。

本研究では、減数分裂過程におけるCyclinBの量的変動の制御メカニズムを明らかにすることを目的とし、ブタの卵母細胞をモデルに用いて、タンパク質蓄積の両側面である「合成」と「分解」の双方の観点から、それぞれの制御機構を解析した.

第1章ブタ卵母細胞の減数分裂過程におけるCyclinB分解制御機構の解析

CyclinB分解に大きく寄与する因子としてAnaphase-Promoting Complex(APC)が知られている。Apcは、基質にユビキチン鎖を付加してプロテアソームによる分解を導くユビキチンリガーゼであり、体細胞において、Cyclin Bの分解を介してMPF活性を調節する役割を担っている。APCの活性化には、CDC20、CDH1という2つの因子のどちらかとの結合が必要であり、この因子の違いによって、基質や活性時期が制御されている。体細胞分裂では、APC-CDC20が中期から後期に、APC-CDH1が後期から分裂期の脱出にかけて働くことが知られており、減数分裂においては、APC-CDC20がM1に働き、APC-CDH1は全く機能を持たない、というのが通説とされてきた。本章では、この通説の正否の確認も含め、APC活性化因子CDC20、CDH1を介したCyclin B分解制御機構の詳細を解析した。

まず、ブタ卵母細胞の減数分裂過程におけるCDC20、CDH1のタンパク質発現ハターンを解析した。その結果、CDC20は成熟初期には殆ど存在しておらず、成熟中盤から発現していた。一方CDH1は、成熟初期の段階から既に卵内に存在しており、終盤は減少するという発現パターンが見られた。

次に、以前明らかにしたブタCDC20、CDH1のcDNA全長配列を基に、CDC20、CDH1のasRNAを作製し、顕微注入によってそれぞれの因子の発現を抑制することで、内在性CDC20、CDH1の機能を解析した。その結果、CDC20を抑制すると、Mlでの分裂停止が誘導され、培養後半におけるCyclinBの過剰蓄積やMPFの高活性が観察された。一方、CDH1抑制時には、減数分裂の開始、CyclinBの蓄積、MPFの活性化の全てが早期に誘起されたが、成熟後半では異常が見られなかった,これらから、APC-CDC20は通説どおりMlから後期への移行の時期に、APC-CDH1は通説とは異なり成熟の最初期に、CyclinBの分解に寄与することが示された.

また、CDC20、CDH1のmRNAを顕微注入し、過剰発現による影響を解析した。その結果、CDH1 mRNA注入時には、予想通り、減数分裂開始の遅延と、CyclinB蓄積の阻害が確認された。一方、CDC20mRNA注入時には、成熟初期にCvclinBの蓄積促進が見られ、むしろAPCの活性が抑制された。これは、CDC20がAPC-CDH1の標的となり、CyclinBの分解を拮抗的に阻害したためと推察され、CDC20 mRNAとCDH1 asRNAの共注入実験によりCDC20が成熟最初期に分解されていることが確かめられた。これらから、APC-CDH1が成熟最初期に機能を有することがさらに強く支持され、APC活性化因子CDC20が間接的にAPCを抑制方向にも調節し得るという興味深い知見が得られた。

以上のことから、成熟初期にはAPC-CDH1のみが働き、CyclinB蓄積を阻害して減数分裂開始を抑制しており、その後、M1ではAPC-CDC20のみが働いて、CyclinBを分解し卵母細胞を後期に移行させる、という減数分裂特異的なCyclinB分解制御機構が明らかになった。

第2章ブタ卵母細胞の減数分裂過程におけるCyclinB翻訳制御機構の解析

哺乳動物のCyclinBには、CyclinB1、CyclinB2という二つのアイソフォームが存在するが、その蓄積パターンは大きく異なっている。CyclinB2がM1から後期への移行時に大幅に減少するのに対し、CyclinB1はM1以降も蓄積し、M2において最大値をとる。CyclinB1、B2は共にAPCの基質となるため、この差異は前章の分解制御機構では説明出来ず、合成制御に違いがあるものと考えられた。卵母細胞内におけるタンパク質の合成は、蓄積された母性mRNAが適切なタイミングで翻訳を開始することで行われる。近年、アフリカツメガエルの卵母細胞において、翻訳開始時期がmRNAの3'非翻訳領域(3UTR)に存在するシスエレメントの配列によって制御されることが報告された。本章では、同様の機構がブタにも存在していると仮定し、CyclinB1、B2の3UTR配列を解析することで、両因子の翻訳制御の違いを明らかにすることを目的とした。

ブタ卵母細胞より採取した全RNAを用い、cyclinB mRNAの3UTRの配列を3RACE法により同定し、シークエンス解析を行った.その結果、ブタCyclinB1 mRNAには3UTRの長さが異なるlong formとshort formという二っのヴァリアントが存在することが判明し、short formの配列はlong formの前半部分と完全に一致していた。内在するシスエレメントの配列からlong formは序盤翻訳型、short formは終盤翻訳型であることが予想された.また、CyclinB2の3'UTRには、有効なエレメントが存在せず、3'UTR非依存的な翻訳が予想された。

次に、CyclinBの各mRNAについて、減数分裂過程におけるポリAテイルの長さの変化を経時的に調べた。ポリAテイルの長さは、翻訳活性と相関することが知られており、long formとshort formのmRNAは、概ね配列から予想される翻訳時期にポリAテイルの伸長が起こっていた。一一方、CyclinB2のmRNAは減数分裂の進行に伴ってポリAテイルの短縮が観察され、翻訳活性の低下が示唆された.

ブタCyclinB1の3'UTRの違いによる翻訳時期の調節が本当に存在するか調べるため、asRNAを作製し、顕微注入を行った。CyclinB1のlong formのみ抑制するasRNAを注入すると、成熟序盤のCyclinB1蓄積のみが減少し、M2での蓄積量は変化しなかった。一方、CyclinB1のlong formとshort formの共通配列に対するasRNAを注入した卵母細胞では、CyclinB1蓄積が全体的に抑制され、M2での蓄積が起こらなかった。これらから、減数分裂序盤のCyclinB1蓄積はlong formが、終盤の蓄積はshort formが担っていることが示唆された。

さらに、CyclinB1の3'UTRが上流のORFの翻訳開始時期にどのような違いをもたらすか、より明確に調べるため、CyclinB1のそれぞれの3UTRを有するレポーターmRNAを作製し、レポーターアッセイを行った。その結果、long formを有するものでは減数分裂過程の序盤において、shor tformを有するものでは減数分裂過程の終盤において、その翻訳活性が増加する傾向が見られた。

以上のことから、ブタCyclinB1には序盤翻訳型のlong formと終盤翻訳型のshort formという2種類のmRNAが存在するため、M1とM2で2つのピークを示すが、CyclinB2には終盤翻訳型のmRNAが無く、翻訳活性が低下するためM2で蓄積出来ず、その差異が蓄積パターンの違いに繋がるものと考えられた。

総括

本研究の結果を全て統合すると、ブタ卵母細胞の減数分裂過程における、次のようなCyclinB蓄積制御モデルが考えられる。まず、減数分裂の最初期にはCDH1が機能を有し、APC-CDH1がCyclinB1、B2の蓄積を阻害してMPF活性の上昇を抑制し、減数分裂の再開を妨げる方向にf乍用する。この時、cDc20もAPc-cDH1の基質となるため、発現量は非常に低いレベルで維持されている。序盤翻訳型mRNAであるCyclinB1 long formの翻訳活性が上昇し、CyclinB1の蓄積が始まると、CyclinB2もAPC-CDH1による分解を免れやすくなるため、同期して蓄積される。MPFの活性化により、CDH1は抑制的リン酸化を受けて機能を失うため、CDC20も蓄積可能となる、そして、MlにはAPC活性化の役割はCDH1からCDC20に譲られ、後期への移行に際しては、APC-CDC20がCyclinB1、B2を分解に導く、しかし、CyclinB1は終盤翻訳型mRNAであるshort formの翻訳活性化が起こるため再蓄積し、一方のCyclinB2のmRNAは翻訳活性を持たないため、タンパク質量は低いレベルのまま維持される。

以上、本研究により減数分裂過程における複雑なCyclinBの量的変動を制御するメカニズムの詳細を明らかにすることが出来た。

審査要旨 要旨を表示する

第一減数分裂前期で停止している卵巣内の卵母細胞が、正常に減数分裂を進行するにはM期促進因子(MPF)の厳密な活性制御が必要である。減数分裂進行におけるMPF活性の複雑な変動は、その調節サブユニットであるCyclin Bの蓄積量と非常によく相関している。しかし、Cyclin Bの増減を制御する機構の詳細に関しては不明瞭な点が数多く残されている。本研究は、哺乳類卵の減数分裂過程における、このCyclin Bの量的変動の制御メカニズムを明らかにすることを目的とし、タンパク質蓄積の両側面である合成と分解の双方に着目して、それぞれの制御機構を解析したものである。

第1章ではブタ卵を用い減数分裂過程におけるCyclin B分解制御機構を解析した。Cyclin B分解は、ユビキチン鎖を付加してプロテアソームによる分解を導くユビキチンリガーゼのAnaphase-Promoting Complex(APC)によって制御されている。APCの活性化には、CDC20またはCDH1のどちらかとの結合が必要であり、これら因子の違いによって、基質や活性時期が制御される。そこで以前クローニングしたブタCDC20、CDH1のcDNA全長配列をもとに、それぞれのアンチセンスRNA (asRNA)を作製し、ブタ卵内に顕微注入して発現を抑制した。その結果、APC-CDC20はM1から後期への移行の時期に、APC-CDH1は成熟初期にCyclin B分解機能を有することが示された。

さらに、CDC20、CDH1のmRNA顕微注入による、過剰発現の影響を解析した結果、CDH1過剰発現では、予想通り減数分裂開始の抑制とCyclin B蓄積の阻害が確認された。一方、CDC20 mRNA注入卵では、成熟初期にCyclin Bの蓄積促進が見られ、むしろAPCの活性は抑制された。これは、CDC20がAPC-CDH1の標的となり、他のタンパク質の分解を拮抗的に阻害したためであることが確かめられた。

以上のことから、成熟初期にはAPC-CDH1のみが働き、Cyclin B蓄積を阻害して減数分裂開始を抑制しており、その後、CDH1は機能をCDC20に譲り、M1ではAPC-CDC20がCyclin Bを分解して卵を後期に移行させる、という減数分裂特異的な分解制御機構が明らかになった。

第2章ではブタ卵の減数分裂過程におけるCyclin B翻訳制御機構を解析した。哺乳類のCyclin Bには、Cyclin B1、Cyclin B2の2種類が存在するが、Cyclin B2がM1から後期への移行時に大幅に減少するのに対し、Cyclin B1はM1以降も蓄積しM2において最大値をとる。この差異は、前章の分解制御機構では説明出来ず、合成制御の違いによると考えられる。卵内のタンパク質合成は、蓄積された母性mRNAの翻訳が開始することで行われ、近年、アフリカツメガエル卵において、その時期がmRNAの3'UTR領域のシス作用性エレメント配列によって制御されることが報告された。本章では、同様の機構がブタ卵にも存在していると考え、Cyclin B1、B2の3'UTR配列を解析し、両因子の翻訳制御の違いを明らかにしようとした。

ブタCyclin B mRNAの3'UTR領域のシークエンス解析を行った結果、Cyclin B1 mRNAには3'UTRの長さが異なる二つの型が存在することが判明し、その配列からLong型は序盤翻訳型、Short型は終盤翻訳型であることが予想された。また、Cyclin B2 mRNAには有効なエレメントが存在せず、3'UTR非依存的な翻訳が予想された。そこでCyclin B1のLong型のみ抑制するasRNAを作製し、ブタ卵内に注入した結果、予想通り成熟序盤のCyclin B1蓄積のみが抑制された。さらに、蛍光タンパク質EGFPまたはGSTの翻訳領域の下流にCyclin B1のそれぞれの3'UTR領域を結合したmRNAを作製し、ブタ卵に顕微注入して発現を解析した結果、予想される翻訳時期調節が見られる傾向にあった。また、Cyclin B2は終盤翻訳型のmRNAを持たないためM2で蓄積することが出来ず、その差異がCyclin B1とB2の発現パターンの違いに繋がるものと考えられた。

以上、本研究は複雑な変動パターンを示すCyclin Bの蓄積を制御する機構について、分解と合成の両面から詳細に検討し、一定の理解をもたらすことに成功した初めての報告であり、発生生物学分野において、哺乳類のみならず他の多くの生物種においても貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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