学位論文要旨



No 125886
著者(漢字) 有井,潤
著者(英字)
著者(カナ) アリイ,ジュン
標題(和) ヘルペスウイルスの侵入機構に関する研究
標題(洋) Study on entry mechanisms of herpesvirus
報告番号 125886
報告番号 甲25886
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3586号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 准教授 久和,茂
 東京大学 准教授 掘本,泰介
 東京大学 准教授 川口,寧
 JRA競走馬総合研究所栃木支所 室長 松村,富夫
内容要旨 要旨を表示する

ヘルペスウイルスは、250種を超えるウイルスが属する巨大なファミリーを形成し、獣医学、医学上重要なさまざまな疾患を引き起こすが、その病態発現機構には不明な点が多い。ウイルスによる細胞への侵入は、ウイルスのトロピズムを規定し病態と密接に関わる。神経指向性の強いアルファヘルペスウイルスはさまざまな細胞種に感染することが知られており、本研究では、ヘルペスウイルスによる細胞侵入機構の解析を行っだ。

アルファヘルペスウイルスの細胞侵入は、gC、gB、gD、gH、gLという五つのエンベロープ糖タンパクによって引き起こされる。多くのアルファヘルペスウイルスは、invitroにおける宿主特性が広いが、イヌヘルペスウイルス(CHV)およびネコヘルペスウイルス1型(FHV-1)は、例外的にinvitroにおいて厳密な宿主特異性を持つ。この様に、CHV、FHV-1はきわめて特徴的な性質を持つが、分子生物学的な研究は立ち遅れており、その解析はほとんど行われていない。

筆者は、まずCHVおよびFHV-1に、大型ウイルスゲノムの簡便な組換え法であるBACsystemの適用を試み、さらに確立したウイルス改変系を利用して、二つのウイルスの宿主特異性の原因を解析した。第一章ではCHVゲノムのBACへのクローニングを行い、gC欠損ウイルスを作成しその性状の解析を行った。さらに第二章ではFHV-1ゲノムのBACへのクローニングを行い、gDへ蛍光タンパク質の挿入を行った。さらにCHVおよびFHV。1の厳密な宿主特異性が、細胞侵入過程において規定されていることを示した。

単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)は、ヘルペスウイルス科の中で最も研究が進んでいるプロトタイプであり、その知見は他の全てのヘルペスウイルスに効率的にフィードバックされている。侵入に関わる糖タンパク質の中で、gBは全てのヘルペスウイルスに保存されたエンベロープ糖タンパク質であり、エンベロープと細胞膜との融合に必須である。最近、初めてのHSV-1gBレセプターとしてPILRαが同定された(佐藤、有井らCell,2008)。筆者はHSV-1のgBと、新しく同定されたgBreceptorPILRαに焦点を当て、細胞侵入機構の解析を行った。

第三章では、PILRα依存的な細胞侵入機構をin vitroで解析し、ヘルペスウイルスによる二つの侵入経路の選択を決定する因子の1つが、gBレセプターであることを示した。さらにPILRα依存的なウイルス侵入はアルファヘルペスウイルスで保存されていること、一方でHSV-2がこのレセプターが使えないなど指向性が存在することを明らかにした。

第四章ではウイルスのPILRα依存的な細胞侵入が病態に与える影響を解析した。gBに最小変異を導入し、PILRα依存的な細胞侵入能力をほぼ喪失する一方で、PILRα非依存的な細胞侵入および他のgB機能は野生体と同様の性状を示す組換えHSV-1を作成した。この変異ウイルスがマウス角膜病態モデルにおいてウイルス増殖、角膜症状および致死率が有意に低下することを明らかにし、PILRα依存的な細胞侵入が個体レベルでのウイルス増殖や病原性に大きな役割を果たしていることを示した。

PILRαは免疫系細胞での発現が強く、HSV-1が属するアルファヘルペスウイルス亜科にとって重要な標的とされている神経系や上皮系細胞での発現は限定的であり、この様な細胞に発現する未知のgBreceptorが存在することが予測されていた。第五章では新たなgBreceptorの探索を試みた。

本論文において、筆者はアルファヘルペスウイルスによる細胞侵入機能の解析をin viroおよびin vivo両面で試みた。特に病態と深く関わるgBは、全てのヘルペスウイルスに高い相同性で保存されており、全ヘルペスウイルスに共通の機能を担っていると考えられている。本論文において示された知見は、アルファヘルペスウイルスの細胞侵入機構の解明、および細胞侵入機構を標的とした抗ウイルス戦略の構築に貢献しうると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

ヘルペスウイルスは、250種を超えるウイルスが属する巨大なファミリーを形成し、獣医学、医学上重要なさまざまな疾患を引き起こすが、その病態発現機構には不明な点が多い。ウイルスによる細胞への侵入は、ウイルスのトロピズムを規定し病態と密接に関わる。神経指向性の強いアルファヘルペスウイルスはさまざまな細胞種に感染することが知られており、本研究では、ヘルペスウイルスによる細胞侵入機構の解析を行った。

アルファヘルペスウイルスの細胞侵入は、gC、gB、gD、gH、gLという五つのエンベロープ糖タンパクによって引き起こされる。多くのアルファヘルペスウイルスは、in vitroにおける宿主特性が広いが、イヌヘルペスウイルス(CHV)およびネコヘルペスウイルス1型(FHV-1)は、例外的にin vitroにおいて厳密な宿主特異性を持つ。この様に、CHV、FHV-1はきわめて特徴的な性質を持つが、分子生物学的な研究は立ち遅れており、その解析はほとんど行われていない。

単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)は、ヘルペスウイルス科の中で最も研究が進んでいるプロトタイプであり、その知見は他の全てのヘルペスウイルスに効率的にフィードバックされている。侵入に関わる糖タンパク質の中で、gBは全てのヘルペスウイルスに保存されたエンベロープ糖タンパク質であり、エンベロープと細胞膜との融合に必須である。最近、初めてのHSV-1 gBレセプターとしてPILRαが同定されたため、HSV-1のgBと、新しく同定されたgB receptor PILRαに焦点を当て、細胞侵入機構の解析を行った。

第1章では、CHVゲノムのBAC(大腸菌人工染色体)へのクローニングを行い、大型ウイルスゲノムの簡便な組換え法であるBAC systemの適用を試みた。さらに確立したウイルス改変系を利用して、gC欠損ウイルスを作成しその性状の解析を行った。

第2章では、FHV-1ゲノムのBACへのクローニングを行った。BAC systemにおいて蛍光タンパク質の挿入を行い、gD-mRFP-1融合タンパク質を保持したウイルスを作製した。さらにCHVおよびFHV-1の厳密な宿主特異性が、細胞侵入過程において規定されていることを示した。

第3章では、PILRα依存的な細胞侵入機構をin vitroで解析し、ヘルペスウイルスによる二つの侵入経路の選択を決定する因子の1つが、gBレセプターであることを示した。さらにPILRα依存的なウイルス侵入はアルファヘルペスウイルスで保存されていること、一方でHSV-2がこのレセプターを使えないなど指向性が存在することを明らかにした。

第4章では、ウイルスのPILRα依存的な細胞侵入が病態に与える影響を解析した。gBに最小変異を導入し、PILRα依存的な細胞侵入能力をほぼ喪失する一方で、PILRα非依存的な細胞侵入および他のgB機能は野生体と同様の性状を示す組換えHSV-1を作成した。この変異ウイルスがマウス角膜病態モデルにおいてウイルス増殖、角膜症状および致死率が有意に低下することを明らかにし、PILRα依存的な細胞侵入が個体レベルでのウイルス増殖や病原性に大きな役割を果たしていることを示した。

第5章では、新たなgB receptorの探索を試みた。すでに報告のあるgB receptor PILRは免疫系細胞での発現が強く、HSV-1が属するアルファヘルペスウイルス亜科にとって重要な標的とされている神経系や上皮系細胞での発現は限定的であり、この様な細胞に発現する未知のgB receptorが存在することが予測されていた。上皮細胞や神経細胞といったアルファヘルペスウイルスの標的細胞に発現している新たなgB receptorの探索を試み、その機能解析を行った。

以上本論文は、アルファヘルペスウイルスによる細胞侵入機能の解析をin vitroおよびin vivo両面で試みたもので、アルファヘルペスウイルスの細胞侵入機構の解明、および細胞侵入機構を標的とした抗ウイルス戦略の構築に大きく貢献するものである。よって、審査委員一同は本論文が博士(獣医学)論文として価値あるものと認めた。

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