学位論文要旨



No 125894
著者(漢字) 崔,成眞
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ソンジン
標題(和) 犬の大きな骨欠損に対する塩基性線維芽細胞増殖因子結合テーラーメイド人工骨による治療法に関する研究
標題(洋) Study on the Treatment for Large Bone Defects with Basic Fibroblast Growth Factor-incorporated Tailor-made Artificial Bones in Dogs
報告番号 125894
報告番号 甲25894
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3594号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 西村,亮平
 東京大学 准教授 内田,和幸
 東京大学 准教授 望月,学
内容要旨 要旨を表示する

外傷、腫瘍あるいは先天的な奇形により発生する大きな骨欠損に対し、従来から骨移植が用いられてきた。骨移植には自家移植、同種移植、異種移植の3種があり、自家移植が最も広く用いられている。しかし、採骨量の限界、採骨部への手術やその後の痛みなど、患者への負担は大きい。一方、それに代わって最近広く用いられている人工骨にはhydroxyapatiteやtricalcium phosphate(TCP)などのリン酸カルシウム系人工骨がある。

著者らはCTデータをもとにα-TCP粉末をインクジェットプリンターを用い、シート状に固形、積層、造形して欠損部と同様の形状を有するテーラーメイド人工骨を開発した。本人工骨は短時間で作製され、移植手術も短時間で終了できるなどの利点がある。しかし、本人工骨の作用は骨伝導能のみであり、さらに骨誘導能も持つ人工骨の開発が望まれていた。本研究では、著者らが開発したテーラーメイド人工骨にbFGFを結合させ、大きな骨欠損部の修復における臨床的有用性について総合的に評価した。

リン酸カルシウム系人工骨に骨形成蛋白や塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)などの骨誘導因子を結合させた場合、それは強力な吸着能のため、結合したこれらの因子の放出に問題が生じることが示唆されている。

第1章では細胞膜ないし組織の保護作用を有する二糖類トレハロースに着目し、これを人工骨ヘコーティングした時のbFGFの放出量についてin vitroで検討した。また、この人工骨は体液などに浸漬すると強度の低下する可能性があり、その点に対するトレハロースの効果を確認した。その結果、トレハロース処理をした人工骨ではbFGFの放出により培養中の骨芽様細胞の増殖が非トレハロース処理人工骨より有意に高く、トレハロースによるbFGF放出を促進する効果が認められた。さらに、生理食塩水への浸漬によって本人工骨の強度は低下したが、トレハロース処理により浸漬していない本人工骨と同様の力学的強度が保持されることが明らかとなった。

第2章では犬の頭蓋骨欠損モデルを用い、トレハロースコーティング、非コーティングの人工骨にbFGFを結合させ、その骨増殖効果について検討した。

直径11mmの2つの連通孔を持つ人工骨を造形し、0,1,10,100,200μg濃度のbFGFをトレハロースコーティング、非コーティング人工骨に結合させた。実験犬の頭蓋骨に人工骨と同様の骨欠損を作製し、各人工骨を移植し、1ヵ月間、臨床症状、CT所見を観察した。1ヵ月後に安楽死した犬から人工骨および周囲の骨組織を採材し、マイクロCTおよび組織学的に骨形成状態を評価した。その結果、bFGF濃度100,200μgを結合させた人工骨を移植した骨欠損部では新生骨量が有意に増加しており(図1)、bFGF濃度200μgでは異所性新生骨も観察された。これらの結果から骨欠損部における骨新生はトレハロースコーティング、非コーティングによる差がみられず、トレハロースコーティングによるbFGF早期放出効果は認められなかった。これはアルブミンなどの体内蛋白質が人工骨に結合し、トレハロースのコーティングと同様の効果を示したのか、あるいは人工骨と電解質との反応により人工骨Ca(2+)の溶解性が変わり、bFGFが放出されたのかもしれない。一方、骨形成量の評価から、本人工骨に対する至適bFGF量は100μg程度と考えられた。

第3章ではbFGF結合テーラーメイド人工骨の臨床応用を目的とし、犬の頭蓋骨に大型の骨欠損部(Critical size defect;CSD)を作成し、本人工骨による治療効果を1年間にわたって検討した。

人工骨は犬の頭蓋骨のCTデータを用い、直径20mmで直径2mmの6個の連通孔を設けたデザインで造形した。なお、すべての人工骨に対してトレハロースコーティングを行った。実験群は欠損部のみのコントロール群、bFGF非結合人工骨(TI群)、および200μgbFGFを結合させた人工骨(fTI群)の3群である。観察方法は1-2ヵ月毎にCT撮影を行うとともに、2ヵ月、6ヵ月、12ヵ月の時点でそれぞれテトラサイクリン、カルセイン、アリザリン・コンプレクソンによる蛍光染色を行った。12ヵ月後に安楽死し、組織を採取して、マイクロCTおよび蛍光染色および組織学的評価を行った。さらに、骨欠損部の強度評価のために3点曲げ強度実験を行った。

CT上ではfTI群では連通孔での骨形成がTI群より多く、また画像を基にした人工骨の三次元的な大きさが有意に高かったことから、より多くの骨形成の生じたことが示された。12ヵ月後の組織所見では、コントロール群では骨欠損部に明らかな新生骨はなかった。一方、TI群とfTI群では、テーラーメイド人工骨はその形態を維持していたが、その一部は新生骨に置換されていた。さらに、新生骨量はTI群よりfTI群で有意に増加していた。蛍光染色の結果、これらの新生骨はほとんど移植後1-2ヵ月の間に形成されたことが確認され、この時期に人工骨より放出されたbFGFが効果を示したことが推測された。3点曲げ強度実験ではすべての実験群に強度の差は認められなかったことから、人工骨自体は骨欠損部の強度に寄与しないことが示唆された。

以上の結果から犬の大きな頭蓋骨の骨欠損部に対するbFGF結合テーラーメイド人工骨の有用性が示された。頭蓋骨は扁平骨であり、必ずしも大きな荷重は生じない。そこで、第4章では長骨などの荷重部への本人工骨の応用可能性について、犬の橈骨欠損モデルを用いて検討した。

犬の両側橈骨の中央部に長さ20mmの欠損部を作製し、橈骨形状と同一の無処理人工骨(TI群)と100μgbFGF結合人工骨(fTI群)を移植した。その結果、移植後4週目にfTI群では骨欠損部に仮骨が形成され、人工骨は橈骨と癒合していた。しかし、TI群では1例を除いて人工骨は橈骨に癒合しておらず、2例では人工骨の破損が認められた。また、fTI群ではTI群より新生骨の量が増加していたが、統計的な有意差は認められなかった。この理由は、用いた人工骨に対して結合させたbFGF量が不足したため、骨増殖効果が不十分であったものと考えられた。

以上の結果から、荷重部に対する本人工骨の強度は十分ではないが、適切量のbFGFを結合させ、早期骨増殖を誘導し、早期に骨欠損部の安定化が得られれば、十分に応用可能であることが示唆された。

以上本研究の結果から、α-TCP粉末からCTデータをもとに欠損部と同一形状を有する人工骨を作製し、これに骨誘導能を持つbFGFを結合させたテーラーメイド人工骨は、複雑な形状の大きな骨欠損部に対し、早期に骨形成を誘導し、人工骨の安定化を生じさせるきわめて有力なインプラントであり、きわめて高い臨床的有用性を有すると考えられた。

図1.bFGF濃度による新生骨増殖効果。bFGF濃度100,200μgで有意な新生骨増殖効果が認められたが、トレハロース処理による新生骨増殖効果は認められなかった。

審査要旨 要旨を表示する

種々の疾患に起因する大きな骨欠損に対し、骨移植の代替法として hydroxyapatiteやtricalcium phosphate(TCP)などのリン酸カルシウム系人工骨が用いられている。最近、著者らのグループはCTデータをもとにα-TCP粉末からインクジェットプリンターを用いて積層造形し、欠損部と同様の形状を有するテーラーメイド人工骨を開発した。 しかし、その作用は骨伝導能のみであり、さらに早期に欠損部を安定化させるため、骨誘導能も持つ人工骨の開発が望まれていた。本研究では、このテーラーメイド人工骨に 塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)を結合させ、その臨床的有用性を総合的に評価した。

リン酸カルシウム系人工骨とbFGFが結合するとリン酸カルシウムの強力な吸着能のため、bFGFが放出されない可能性が示唆されている。そこで、第1章では、細胞膜ないし組織の保護作用を有する天然二糖類トレハロースに着目し、これを人工骨へコーティングした時の bFGFの放出量についてin vitroで検討した。同時にその時の人工骨の強度や構造の変化についても検討した。その結果、bFGF結合トレハロース非処理人工骨を加えた培養液では骨芽細胞の増殖は対照群と同様であったのに対し、トレハロース処理をしたbFGF結合人工骨を加えた培養液では、骨芽様細胞の増殖が有意に高まった。さらに、生理食塩水への浸漬によって本人工骨の強度は低下したが、トレハロース処理人工骨は水分に浸漬していない人工骨と同様の力学的強度が保持され、走査電顕でも結晶構造の変化はなかった。

第2章では、直径11mmの犬の頭蓋骨欠損モデルを用い、トレハロースコーティング、非コーティングの人工骨にbFGFを結合させ、その骨増殖効果について検討した。人工骨には2つの連通孔を形成し、0~200μg濃度のbFGFを結合させた。人工骨移植後1ヵ月間、臨床症状、CT所見を観察した。1ヵ月後に安楽死した犬から人工骨および周囲の骨組織を採材し、マイクロCTおよび組織学的に骨形成を評価した。その結果、 bFGF 100および200μg結合人工骨移植部の新生骨量は有意に増加した。骨新生量はトレハロースコーティングの有無による差がみられなかった。

第3章では、第2章の結果をもとに、犬の頭蓋骨に直径20mmの大型骨欠損部を作成し、本人工骨による治療効果を1年間にわたって検討した。また、人工骨の内部には骨形成を促すため、直径2mmの6個の連通孔を設けた。すべての人工骨をトレハロースコーティング処理し、bFGF非結合人工骨(TI群)と200μg bFGFを結合させた人工骨(fTI群)の骨形成能を比較した。移植後にはCT上の骨形成を評価するとともに、2、6、12ヵ月の各時点でそれぞれテトラサイクリン、カルセイン、アリザリン・コンプレクソンによる蛍光染色を行った。12ヵ月後に安楽死し、組織を採取してマイクロCT、蛍光染色および組織学的評価を行った。さらに、骨欠損部の3点曲げ強度試験を行った。

CT上fTI群では連通孔での骨形成がTI群より多く認められた。12ヵ月後の組織所見から、新生骨量はTI群よりfTI群で有意に増加していた。蛍光染色の結果、これらの新生骨はほとんど移植後1-2ヵ月の間に形成されたことが確認され、この時期に人工骨より放出されたbFGFが効果を示したことが推測された。3点曲げ強度試験では両群間に強度の差は認められなかったことから、人工骨自体は骨欠損部の強度に寄与しないことが示唆された。これらの結果から、犬の大きな頭蓋骨の骨欠損部に対するbFGF結合テーラーメイド人工骨の臨床的有用性が示された。

第4章では、長骨などの荷重部への本人工骨の応用可能性について、犬の橈骨欠損モデルを用いて検討した。犬の両側橈骨中央部に長さ20mmの欠損部を作製し、同一形状のbFGF非結合人工骨(TI群)と100μg bFGF結合人工骨(fTI群)を移植した。その結果、移植後4週目にfTI群では骨欠損部に仮骨が形成され、人工骨は橈骨と癒合していた。しかし、TI群では1例を除いて橈骨に癒合しておらず、2例では人工骨の破損が認められた。また、組織学的には統計的な有意差はなかったが、fTI群ではTI群より新生骨の量が多かった。以上の結果から、長骨に対する本人工骨の強度は十分ではないが、適切量のbFGFを結合させて早期の骨形成を誘導し、骨欠損部の安定化が得られれば、長骨などの荷重部にも十分応用可能であることが示唆された。

以上要するに、本論文はα-TCP粉末から作製したテーラーメイド人工骨に骨誘導作用を有するbFGFを結合させた、いわゆる第2世代人工骨が、複雑な形状の大きな骨欠損部に対し、早期に骨形成を誘導し、人工骨の安定化を生じさせるきわめて有力なインプラントであることを証明したものであり、学術上、臨床応用上その貢献するところは少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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