学位論文要旨



No 125898
著者(漢字) 田村,みずほ
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,ミズホ
標題(和) 腎不全進展メカニズムの薬理学的研究
標題(洋)
報告番号 125898
報告番号 甲25898
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3598号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾崎,博
 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 准教授 桑原,正貴
 東京大学 准教授 堀,正敏
内容要旨 要旨を表示する

腎不全は、腎臓の主たる機能である老廃物の濾過機能、すなわち腎機能が極度に低下した状態を指す。腎不全の腎組織では、尿細管の拡張、間質への細胞浸潤や間質の線維化が原因疾患を問わず共通して認められ、ヒトの様々な腎疾患由来組織標本での解析結果から、間質線維化の程度は腎機能低下の程度とよく相関することが知られている。腎不全末期に至った場合、腎移植か透析導入となる。特に透析は患者の生活の質低下を免れないため、末期腎不全への進行を阻止する治療が望まれるが、有効な治療薬は未だに開発されていない。それゆえ、腎不全進展のメカニズムを解明することは病態の理解と有効な治療薬の開発の基礎になると考えられる。

糸球体腎炎や糖尿病性腎症といった多くの腎疾患は、はじめに糸球体が傷害される糸球体疾患である。糸球体の血管内皮細胞やメサンギウム細胞、蛸足細胞は傷害を受けると炎症性サイトカインやケモカインを産生することが報告されており、これが引き金となって糸球体への炎症性細胞の浸潤が生じ、炎症が進行して行くと考えられている。一方、炎症によって糸球体構造が破壊されると、血漿蛋白や脂質が尿細管腔内に漏出し、それが刺激となって尿細管上皮細胞もまた炎症性サイトカインやケモカインを産生し、間質にも炎症性細胞の浸潤と活性化が誘導される。この様な炎症応答が慢性化すると、間質の線維芽細胞が活性化されてコラーゲン線維の産生が進み、線維沈着が進行する。このように、糸球体疾患から腎不全に至る過程には、もとの糸球体疾患の種類を問わず糸球体及び尿細管間質の慢性炎症とそれに続く線維化が重要な役割を果たしていると考えられている。

マクロファージは動脈硬化や関節リウマチ、炎症性腸疾患をはじめとした多くの炎症性疾患の病態形成に深く関与していることが知られている。近年、腎疾患においても、糸球体腎炎や糖尿病性腎症、IgA腎症などの患者からのバイオプシーサンプルで、腎組織へのマクロファージの浸潤像やマクロファージの遊走に関わるケモカインであるMCP-1やその受容体CCR2が検出されることが報告された。これらの報告は、腎疾患の進展過程にMCP-1、CCR2、CCR2の主たる発現細胞であるマクロファージが深く関与している可能性を示唆するが、特にCCR2の関与については未だ不明な点が多い。

以上のことから本研究では、上述した一連の腎不全の進展におけるCCR2の関与を明らかにする目的で、進行性間質線維化モデル及び進行性糸球体腎炎モデルを構築して炎症と線維化に着目した解析を行うとともに、新規CCR2拮抗薬TEI-E00526を用いて実験を行った。

[実験結果]

1)CCR2拮抗剤TEI-E00526の特異性の検討

ヒトCCR1、CCR2、CCR3、CCR5を強制発現させたK562、HEK293またはCHO-K1細胞の膜画分とそれぞれに対応するリガンドを用い、TEI-E00526の結合阻害試験を行った。TEI-E00526はCCR2へのリガンドの結合を強く阻害した。CCR5に対してはリガンドの結合をやや阻害したが、そのKiはCCR2の約1/100であった。一方、CCR1とCCR3に対しては結合阻害作用をもたなかった。また、ヒト単球系の培養細胞THP-1でMCP-1惹起細胞遊走に対する阻害試験を行ったところ、TEI-E00526はMCP-1刺激によるTHP-1の細胞遊走を濃度依存的に抑制した。以上より、TEI-E00526はCCR2特異的に結合し、その機能を阻害することが示された。

2)マウス及びラットのアデニン負荷尿細管間質線維化モデルの作製とマクロファージの関与の検討

尿細管間質の線維化と腎機能低下の関係を検討するため、アデニンを0.25%混合した粉末飼料を28日間マウスに自由摂取させ、進行性の腎機能低下を伴う間質線維化が生じるモデルを構築して、28日間の腎機能、各種炎症性サイトカイン、ケモカイン及び線維化関連因子のmRNAの発現推移と、マクロファージ浸潤の推移を解析した。また、ラットに対してアデニンを0.25%混合した固形飼料を28日間自由摂取させ、同時にCCR2拮抗剤TEI-E00526を経口投与して、腎機能、マクロファージ浸潤及び線維化を解析した。

アデニンを負荷したマウスでは、経時的な腎間質の線維化とそれに続く腎機能低下が観察された。TNF-α、IL-1βなどの炎症性サイトカイン、ケモカインであるMCP-1、線維化の元進を示すTGF一β、線維芽細胞の活性化の指標となるαSMA、ならびにコラーゲンのmRNA発現は、いずれもアデニン負荷7日目から経時的に増加した。また、マクロファージやコラーゲン陽性細胞、ならびにαSMA陽性細胞はいずれも間質に限局して認められ、コラーゲン陽性細胞がαSMA陽性であった。以上の結果から、アデニン負荷による結石沈着で間質に炎症が惹起され、マクロファージが浸潤して浸潤局所で間質の線維芽細胞が活性化してコラーゲン産生が元進し、間質線維化が進行したことが示唆された。また、ラットにおいてTEI-E00526によりマクロファージ浸潤、腎機能低下及び線維化が抑制されたことから、間質の炎症と線維化にMCP-1/CCR2経路とマクロファージが関与していることが示唆された。

アデニン負荷による尿細管間質線維化モデルは、間質傷害を初期病変とするヒト間質性腎炎と類似の病態を示す。間質に限定した線維化と腎機能低下を短期間で同時に観察可能であり、線維化進展と腎機能の関連を詳細に解析するために有用であると考えられる。

3)片腎摘ラット抗糸球体基底膜(αGBM)誘発糸球体腎炎モデル作製とCCR2の関与の検討

進行性糸球体腎炎における間質傷害と腎機能低下の関係を検討する目的で、腎炎の進行を速めるためあらかじめ左腎を摘除したラットにウサギ抗ラット糸球体基底膜抗血清を投与してαGBM糸球体腎炎モデルを作製し、28日間観察した。糸球体傷害の指標である尿蛋白は腎炎7日までに急激に増加し、28日まで更に上昇した。血清クレアチニン値も腎炎28日まで経時的に増加し、進行性腎不全を呈した。腎組織のマクロファージ浸潤は腎炎7日をピークとして28日まで減少した。浸潤箇所は腎炎7日まで糸球体中心で、その後は間質にも拡大した。MCP-1のmRNA発現はマクロファージと同様の推移を示したが、CCR2のmRNA発現は腎炎28日まで増加した。病理組織学的には、病変は糸球体から間質に拡大し、腎炎28日では糸球体及び間質の線維化が顕著であった。以上の結果から、このモデルではMCP-1発現の増加とマクロファージ浸潤を伴う糸球体腎炎が誘導され、続いてマクロファージ浸潤を伴う間質傷害と線維化及び腎機能低下が進行すること、糸球体傷害から間質傷害への進展過程を通してMCP-1/CCR2経路が病態に関与していることが示唆された。このモデルは、ヒト糸球体腎炎と同様に糸球体腎炎を初発として高度尿蛋白を呈し、間質傷害と腎不全が徐々に進展する進行性の糸球体腎炎モデルであり、ヒトの糸球体腎炎における腎不全の進展過程を検討するために有用と考えられた。

次に、糸球体腎炎の病態形成におけるCCR2の関与を検討するため、腎炎惹起直前からTEI・E00526を1日2回5日間投与した。その結果、腎炎5日でのマクロファージ浸潤、糸球体傷害及び尿蛋白はTEI-E00526の用量依存的に抑制され、血清クレアチニン値の上昇も抑制された。この結果から、ラットaGBM糸球体腎炎の病態形成には、CCR2とマクロファージが関与していることが示唆された。

更に、糸球体腎炎成立後の進行性の間質傷害と腎機能低下におけるCCR2の関与を検討した。TEI-E00526を腎炎5日から27日まで1日2回投与して、腎炎28日の血清クレアチニン値測定と腎組織の病理組織学的検査を行ったところ、腎組織では糸球体傷害の進行が抑制されるとともに、間質への細胞浸潤、尿細管傷害と間質線維化が抑制された。このとき、血清クレアチニン値の上昇も抑制された。TEI-E00526投与期間中のマクロファージ浸潤抑制は統計学的に有意ではなかったが、腎局所の炎症マーカーである尿中MCP・1の上昇は抑制された。このモデルでは、腎不全進行期にED1陽性マクロファージが減少する一方でCCR2のmRNA発現は増加しており、マクロファージ以外のCCR2i嘩現細胞が病態の炎症に関与していることが示唆される。

以上より、CCR2はマクロファージを介した糸球体傷害と間質傷害の進展のみならず、マクロファージ以外の細胞に発現し炎症とそれに続く線維化に関与する可能性が示唆された。

[考察]

本研究では、2つの異なる進行性腎不全モデルを構築し解析したことにより、進行性腎機能低下の進展過程に慢性炎症と線維化が生じること、間質線維化に伴って腎機能が低下すること、腎傷害の炎症にはCCR2が異なるメカニズムによって重要な役割を果たすことが明らかとなった。糸球体や間質に炎症が発症すると、局所で炎症性サイトカインやケモカインが産生され、炎症性細胞の浸潤により炎症が更に拡大する一方、浸潤細胞や腎固有細胞から炎症刺激によって産生されるTGF-β等の成長因子によって線維芽細胞の活性化が起こり、コラーゲンが蓄積されて線維化に至ると考えられる。本研究で構築したαGBM糸球体腎炎モデルは、炎症が持続し経時的に腎機能低下と線維化が進行する点がヒトの進行性腎不全の病態と類似していると考えられる。また、アデニン負荷による腎不全モデルは間質の炎症と線維化に腎機能低下を伴うことが特徴であり、ヒトの間質性腎炎や末期腎不全でみられる腎機能低下と線維化に類似した病態と考えられる。これらのことから、本研究で示唆されたCCR2の重要性は、ヒトにおける腎不全病態においても同様と推測される。本研究の成果がヒト腎不全の治療あるいは病態管理に役立てられることが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

腎不全の腎組織では尿細管の拡張、間質への細胞浸潤や間質の線維化が原因疾患を問わず共通して認められ、間質線維化の程度は腎機能低下の程度とよく相関することが知られている。腎不全の進展を阻止する有効な治療薬は未だに開発されておらず、腎不全進展のメカニズムを解明することは病態の理解と有効な治療薬の開発の基礎になると考えられる。

多くの腎疾患の腎組織でマクロファージの浸潤像やMCP-1の発現が報告され、近年では腎疾患の初期から末期までの過程全てにMCP-1やマクロファージが深く関与していると考えられている。しかし、CCR2の関与は詳細に検討されていない。これらを背景として、本研究では、腎不全の進展におけるCCR2の関与を明らかにする目的で、新規CCR2拮抗薬TEI-E00526と進行性間質性腎炎モデル及び進行性糸球体腎炎モデルを用いて実験を行った。

実験成績

1.CCR2拮抗剤TEI-E00526の特異性

ヒトCCR1、CCR2、CCR3、CCR5を強制発現させた細胞の膜画分とそれぞれに対応するリガンドを用いた競合結合阻害試験、及びヒト単球系培養細胞THP-1を用いたMCP-1惹起細胞遊走に対する阻害試験の結果、TEI-E00526はCCR2特異的に結合し、その機能を阻害することが示された。

2.アデニン負荷による間質性腎炎モデルにおけるCCR2の関与の検討

尿細管間質の炎症及び線維化におけるCCR2の関与を検討するため、アデニンをマウスに混餌摂取させて間質性腎炎モデルを作製し、28日間観察した。アデニン負荷により尿細管腔内に結石の沈着が認められ、結石の増加とともに経時的な腎機能低下が観察された。腎組織では炎症性サイトカインとMCP-1及びCCR2のmRNA発現が経時的に上昇し、マクロファージ浸潤も同様に上昇した。また、TGF-βなどの線維化関連因子の発現も経時的に上昇した。マクロファージやコラーゲン陽性細胞、αSMA陽性細胞はいずれも間質に限局して認められた。以上の結果から、結石の沈着によって間質に炎症が惹起され、マクロファージが浸潤して炎症が増幅されるとともに、間質の線維芽細胞が活性化してコラーゲン産生が亢進し、間質線維化が進行したことが示唆された。TEI-E00526の投与によってマクロファージ浸潤と線維化が抑制されたことから、CCR2はマクロファージを介して炎症に関与していることが示唆された。

3.ラット抗糸球体基底膜(αGBM)誘発糸球体腎炎モデルにおけるCCR2の関与の検討

進行性糸球体腎炎における間質傷害と腎機能低下の関係を検討する目的で、ラットαGBM糸球体腎炎モデルを作製し28日間観察した。尿蛋白と血清クレアチニンは28日まで経時的に上昇した。腎組織の病変は糸球体から徐々に間質に拡大し、腎炎28日では間質傷害が顕著であった。マクロファージ浸潤とMCP-1のmRNA発現は腎炎7日をピークとして減少したが、CCR2のmRNA発現は腎炎28日まで経時的に上昇した。以上の結果から、MCP-1発現の増加とマクロファージ浸潤を伴う糸球体腎炎が誘導され、続いてマクロファージ浸潤を伴う間質傷害と線維化及び腎機能低下が進行すること、糸球体傷害から間質傷害への進展過程を通してCCR2が病態に関与していることが示唆された。

次に、糸球体傷害の形成におけるCCR2の関与を検討するため、腎炎惹起直前からTEI-E00526を5日間投与した。その結果、腎炎5日のマクロファージ浸潤、糸球体傷害、尿蛋白、血清クレアチニンがTEI-E00526の用量依存的に抑制されたことから、糸球体傷害形成においてCCR2はマクロファージを介して関与していることが示唆された。

さらに、糸球体傷害成立後の腎炎5日からTEI-E00526を投与して、腎機能低下進展期の間質傷害におけるCCR2の関与を検討した。TEI-E00526の投与によりクレアチニン上昇と糸球体傷害の進行、間質への細胞浸潤及び線維化が抑制された。マクロファージ浸潤は抑制されなかったが、腎局所の炎症マーカーである尿中MCP-1の上昇は抑制された。以上より、間質傷害形成においてCCR2はマクロファージ以外の発現細胞を介して炎症に関与している可能性が示唆された。

以上を要約すると、本研究は、2つの異なる進行性腎不全モデルを構築し解析しることにより、腎疾患における炎症と線維化の進展過程において、CCR2がマクロファージのみならずマクロファージ以外の細胞を介して炎症に関与する可能性を示した。本研究で用いたアデニン負荷による間質性腎炎モデルとαGBM糸球体腎炎モデルは、それぞれヒトの間質性腎炎と糸球体腎炎の病態をよく反映していると考えられることから、CCR2の重要性はヒトにおける腎不全病態においても同様と推測される。以上のように本研究は、腎不全/腎硬化症発症機序におけるCCR2の役割を明らかにしたものであり、学術上寄与するところは少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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