学位論文要旨



No 125899
著者(漢字) 牧野,俊彦
著者(英字)
著者(カナ) マキノ,トシヒコ
標題(和) 第II相酵素誘導剤投与による肝臓への影響に関する病理学的研究
標題(洋)
報告番号 125899
報告番号 甲25899
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3599号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 尾崎,博
 東京大学 准教授 金井,克晃
 東京大学 准教授 内田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

肝臓は薬物代謝の主要臓器であり、体内での薬物動態に大きな影響を及ぼす。また、消化管から吸収された薬物はまず肝臓へ運ばれるため、肝臓での薬物濃度は高く、毒性の標的臓器になりやすいことから、化合物の毒性を評価する上で重要な臓器である。肝臓の薬物代謝酵素は、チトクロームP450などの第I相酵素とglutathione S-transferase(GST)、UDP-glucronosyltrasferase(UDP-GT)などの第II相酵素に分けられる。第I相酵素は化合物を水酸化、エポキシ化、脱アルキル化、酸化あるいは還元したり、官能基を導入したりして化合物の水溶性を高める働きをする。第II相酵素は硫酸抱合、グルクロン酸抱合などの抱合反応である。化合物は第I相酵素で代謝され、続いて第II相酵素で代謝後体外へ排泄される。多くの化合物でこれらの薬物代謝酵素が誘導され、肝細胞肥大が惹起されることが良く知られている。

これまで肝臓を毒性の標的臓器とした研究や薬物代謝酵素に関する研究は数多くあり、一般的にもその知見は広く知られている。しかし、肝薬物代謝酵素誘導にかんする研究の多くは第I相酵素、あるいは第I相と第II相の酵素を両方誘導する化合物についてなされたものであり、第II相酵素のみを誘導する化合物を投与した際の肝臓の変化についてはほとんど報告がない。第1相酵素を誘導する化合物については、これまでの知見に基づき、ヒトに対する適切なリスクアセスメントが可能である。しかし、第II相酵素誘導については、未だ知識の蓄積が十分とは言えず、ヒトに対するリスクアセスメントが困難な場合も多い。したがって、第II相酵素のみが誘導された場合の肝臓の変化を詳細に調べることは非常に有意義であると考えられる。

そこで、第II相酵素のみを誘導する化合物としてbutylated hydroxyanisole(BHA)および1,2-bis(2-pyridyl)ethylene(2PY・e)の2剤を用い、また、第I相と第II相酵素の両方を誘導する化合物としてphenobarbital(PB)を用いて、肝臓への影響を評価する目的で研究を行った。これらの薬剤を11週齢の雄F344ラットに7日間反復投与したところ、いずれの化合物も7日間投与によりほぼ同程度(対照群に対し約+20%増)の肝臓重量の増加が認められた。薬物代謝酵素活性ではPB投与で第1相酵素であるP450含量の増加、ACD活性の上昇が認められたのに対し、BHAおよび2PY-e投与群ではP450含量、ACD活性ともに対照群レベルあるいはそれより低値を示した。第II相酵素であるGSTおよびUDP-GTの活性については、3剤ともに上昇が認められた。病理組織学的にはPB投与群では滑面小胞体の増加を伴う小葉中心性の肝細胞肥大が認められたが、BHAおよび2PY-e投与群では形態学的変化は認められなかった。免役組織化学的検査では、PB投与群でのみ第I相酵素であるCYP2B1/2の小葉中心性の染色強度の増強が認められた。第II相酵素のGSTYaおよびYbについては3剤ともに小葉中心性に染色強度の増加が認められた。GSTYpはPB投与群では発現が認められなかったが、BHA投与群では小葉辺縁部の、2PY-e投与群では小葉中心部の肝細胞で発現が認められた。以上のことから、第II相酵素のみ誘導する化合物では1)組織学的に肝細胞肥大が認められない、2)電子顕微鏡学的検査でも変化が認められない、3)成熟ラットの肝細胞では発現しないGSTYpの誘導が認められる、ことが明らかとなった。

次いで、第II相酵素誘導剤では肝細胞肥大が認められないにも関わらず肝臓重量の増加が認められたことから、肝細胞の増殖活性について検討した。前述の3化合物を11週齢の雄F344ラットに7日間投与した。解剖の3日前に浸透圧ポンプにbromodeoxyuridine(BrdU)を入れ、背部皮下に移植して、3日間標識を行った。3化合物のいずれでも投与3日後に有意な肝細胞の増殖活性増加がみられ、とくにBHAおよび2PY-e投与群で著しかった。投与7日後では、PB投与群では投与3日後とほぼ同程度の増殖活性がみられたが、BHA投与群では対照群と同程度まで減少し、2PY-e投与群でも投与3日後と比べると減少傾向が認められた。したがって、第II相酵素誘導剤による肝細胞増殖活性の増加は一過性のものであると考えられた。増殖活性を肝小葉中心部および肝小葉辺縁部に分けて調べたところ、BHA投与群では小葉辺縁部、2PY-e投与群では小葉中心部でより著しい増殖活性の増加が認められた。これらの群で、肝細胞増殖活性増加部位とGST Ypの誘導部位とが一致していたことから、抗BrdU抗体と抗GSTYp抗体を用いた二重染色を実施した。BHAおよび2PY-e投与群ともにGSTYp陰性肝細胞の増殖活性は対照群と比べて増加し、さらに、GSTYp陽性肝細胞では肝小葉中心部、辺縁部ともに増殖活性が非常に高かった。以上の結果から第II相酵素誘導剤による肝肥大は1)一過性の肝細胞増殖が惹起される結果生じること、2)この肝細胞増殖とGSTYp誘導に何らかの関連があることが示された。

次いで、9週齢の雄F344ラットにBHAまたはPBを14日間反復経口投与し、1,2,4,7および14日後に解剖、肝臓を採材し、GeneChip・と二次元電気泳動(2D-DIGE)による網羅的な遺伝子およびタンパク質発現解析を行った。GeneChip・解析の結果、PB投与群でCYP2BやCYP3Aなどの第1相酵素関連遺伝子およびGSTアイソザイムやUDP-GTなどの第II相酵素関連遺伝子の発現上昇が認められたが、GSTπ関連遺伝子の発現上昇は認められなかった。BHA投与群ではCYP2Bを除く第1相酵素関連遺伝子の発現上昇は認められなかったが、GSTπなど多くの第II相酵素関連遺伝子の発現上昇が認められた。また、PB、BHA投与群ともにアポトーシス、細胞周期・増殖、DNA修復、シグナル伝達、転写関連遺伝子などの細胞増殖に関連する遺伝子が投与1~2日後に一過性に発現上昇していた。タンパク質発現解析では、PBおよびBHA投与群ともに各種GSTタンパクの増加がみられた。また、BHA投与群では細胞増殖に関連するcarbamoyl phosphate synthetaseおよびarginosuccinate synthetaseが投与1日後に増加し、2日後以降減少した。また、Gl細胞周期停止による細胞増殖抑制作用があるfbmyltetrahydrofblatedehydrogenaseが、投与4および14日後で増加した。G1~M期を検出する抗Ki-67抗体を用いて免疫組織化学的染色を行ったところ、S期のみを検出するBrdUの結果と異なり、投与2日後から7日後で対照群よりも高い肝細胞増殖活性が観察された。以上のことから、BHAによる肝細胞の一過性の増殖が遺伝子およびタンパク質の発現レベルでも確認できた。加えて、投与4日後以降の肝細胞増殖抑制はG1細胞周期停止による可能性が示唆された。

上述したGeneChip。解析や2D-DIGE解析がげっ歯類以外の動物種を用いた薬物代謝酵素誘導研究においても有用であるかを確認する目的で、ビーグル犬に代表的な薬物代謝酵素誘導剤であるclofibrate(CPIB)あるいはPBを14日間反復漸増経口投与し、肝臓についてGeneChip・および2D-DIGEによる網羅的な遺伝子、タンパク質発現解析を行った。組織学的には、いずれの化合物においても肝小葉中心性の肝細胞肥大が認められ、PB投与群では滑面小胞体の増生、CPIB投与群ではミトコンドリアの増生が認められた。PB投与群ではWestern blot法および遺伝子発現解析でCYPなどの第1相酵素誘導が認められたが、これら酵素のタンパク質発現は確認できなかった。CPIB投与群ではWestem blot法、遺伝子およびタンパク質発現解析のいずれにおいても明確な酵素誘導は確認できなかったが、ミトコンドリア増生に対応してミトコンドリア関連遺伝子とタンパク質の発現上昇が認められた。PB投与群でも滑面小胞体の増生に対応して小胞体関連タンパク質の発現上昇が認められた。以上のことから、これらの網羅的手法は、げっ歯類以外の動物を用いた薬物代謝酵素誘導研究においても有用と考えられた。

以上、BHAを中心に第II相酵素誘導剤の肝臓に対する影響について、肝細胞増殖に主眼をおいて研究を行い、様々な有用な知見を得た。第II相酵素誘導については研究があまり行われておらず、第1相酵素誘導と同じレベルでヒトへのリスクアセスメントが可能になるためにはさらに多くの知見を蓄積していかなければならない。

審査要旨 要旨を表示する

肝臓は薬物代謝をおこなう主要な臓器であり、体内での薬物動態に大きな影響を及ぼし毒性の標的臓器になりやすい。このため化合物の毒性を評価する上で重要な臓器である。肝臓の薬物代謝酵素は、チトクロームP450などの第I相酵素とglutathione S-transferase (GST)、UDP-glucronosyltrasferase(UDP-GT)などの第II相酵素に分けられる。多くの化合物によってこれらの薬物代謝酵素が誘導され、肝細胞肥大が惹起されることが知られている。これまで肝臓を毒性の標的臓器とした研究や薬物代謝酵素に関する研究はその多くが第I相酵素、あるいは第I相と第II相の酵素を両方誘導する化合物についてなされたものであり、第II相酵素のみが誘導された場合の肝臓の変化を詳細に調べることは非常に有意義であると考えられる。

そこで、第II相酵素のみを誘導する化合物としてbutylated hydroxyanisole (BHA)および 1,2-bis(2-pyridyl)ethylene (2PY-e) の2剤を用い、第I相と第II相酵素の両方を誘導するphenobarbital (PB) による変化と比較することで、肝臓への影響を評価した。11週齢の雄F344ラットに7日間反復投与したところ、BHA、2PY-e投与群ともにPB投与群とほぼ同程度の肝臓重量の増加が認められたが、電子顕微鏡学的検査も含め、形態学的変化は認められなかった。免疫組織化学的検査から、BHA、2PY-e投与群ともに成熟ラットの肝細胞では発現しないGST Ypが、それぞれ、肝小葉辺縁部および中心部で誘導されることが明らかとなった。

次いで、前述の3化合物を11週齢の雄F344ラットに7日間投与し、浸透圧ポンプによりbromodeoxyuridine (BrdU)を3日間標識し、肝細胞の増殖活性を調べた。BHA、2PY-e投与群ともに肝細胞増殖活性の一過性の増加がみられ、投与7日では低下する傾向がみられた。また、増殖活性の高い部位はGST Yp誘導部位と一致しており、抗BrdU抗体と抗GST Yp抗体を用いた二重染色により、肝小葉内の部位に関わらず、GST Yp陽性の肝細胞で増殖活性が高いことが示された。第II相酵素誘導剤による肝細胞増殖は一過性のものであり、この肝細胞増殖とGST Yp誘導には何らかの関連があることが示された。

次いで、9週齢の雄F344ラットにBHAまたはPBを反復経口投与後、1, 2, 4, 7および14日に解剖し、GeneChip・と二次元電気泳動 (2D-DIGE) による肝臓の網羅的な遺伝子およびタンパク質発現解析を行った。BHA投与群ではGSTpなど多くの第II相酵素関連遺伝子の発現上昇が認められた。また、アポトーシス、細胞周期・増殖、DNA修復、シグナル伝達、転写関連遺伝子などの細胞増殖に関連する遺伝子が投与1~2日後に一過性に発現上昇していた。2D-DIGEでは細胞増殖に関連するcarbamoyl phosphate synthetaseおよびarginosuccinate synthetaseの投与1日での発現増加、G1細胞周期停止による細胞増殖抑制作用があるformyltetrahydrofolate dehydrogenaseの投与4および14日での発現増加が認められた。また、細胞のG1~M期を検出する抗Ki-67抗体による免疫組織化学的染色では投与4日以降においても増殖活性の高値が認められた。

次いで、ビーグル犬にclofibrate (CPIB) あるいはPBを14日間反復漸増経口投与し、上述したGeneChip・解析や2D-DIGE解析がげっ歯類以外の動物種を用いた薬物代謝酵素誘導研究においても有用であるかを確認した。2D-DIGEでPB投与群における第I相酵素タンパクの変動を確認できなかったが、GeneChipおよびWesten blot法により確認することができた。さらにPB投与群では滑面小胞体の増生が認められ、小胞体関連遺伝子およびタンパク質の発現増加も認められた。これに対し、CPIB投与群ではではミトコンドリアの増生が認められ、ミトコンドリア関連遺伝子およびタンパク質の発現増加が認められた。以上のことから、これらの網羅的手法は、げっ歯類以外の動物を用いた薬物代謝酵素誘導研究においても有用と考えられた。

今回の一連の研究により、BHAを代表とする第II相酵素誘導剤の肝臓に対する影響について様々な有用な知見を得た。第II相酵素誘導についてはこれまで研究があまり行われておらず、本研究成果の有用性は計り知れない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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