No | 125907 | |
著者(漢字) | 木村,紘子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キムラ,ヒロコ | |
標題(和) | 機能的磁気共鳴画像法によるヒト頭頂皮質及び側頭皮質における新近性の判断の神経機構の解明 | |
標題(洋) | Neural mechanism for recency judgments in human parietal and temporal cortex revealed by fMRI | |
報告番号 | 125907 | |
報告番号 | 甲25907 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3386号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 機能生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 Recency judgments(新近性の判断)とは、経験・学習した複数の事象の時間的順序を判断することであり、recognition(再認)と共にエピソード記憶の一種に分類される。Recognitionとは、ある事象が以前経験・学習した事象であるか否か('old'/ 'new')を弁別することであるが、それにはfamiliarity及びrecollectionという2種類のプロセスの存在が知られている。Familiarityとはある事象を経験したことがあるという感覚であり、前後関係や状況とは切り離された感覚的なプロセスであるのに対し、recollectionとはその事象そのもののみならず、同時あるいは前後に起きた事象や状況等も同時にありありと思い出すプロセスである。一方recency judgmentsにおいては、item-based及びrelationalという2種類のプロセスが知られている。弁別すべき2つの事象が時間的に十分に離れている場合は、両者のfamiliarityの比較や個々の事象そのものの特異性("最後に起こった"など)で事象の起こった順序を感覚的に判断することができるが(item-based)、2つの事象が時間的に近接している場合は、比較する2つの事象や、それらの間に起きた事象を含めた前後関係を思い出し、それに基づいて判断を行うことが多い(relational)。 記憶の想起においては、内側側頭葉の関与が古くから知られているが、頭頂葉の関与についても近年注目されている。頭頂葉は、おそらく側頭葉など他の脳領域と協同して間接的に記憶の想起に貢献していると考えられており、領域間ネットワークへの関心が高まっている。脳の領域間ネットワークを調べる方法の一つとして、resting-state functional connectivity (安静時機能的結合)の解析が行われる。課題等を行わない安静の状態のBOLD信号の低周波成分(0.009 Hz < f < 0.08 Hz)は、ある特定の認知活動に依存するか否かに左右されることの無い、内因性の信号を反映していると考えられる。着目する脳領域における安静時のBOLD信号について、計測した各時点における信号値の相関分析を行うことにより、各領域間の脳活動の同期の程度、つまりfunctional connectivityの強さを知ることが出来る。記憶想起に関与する領域間ネットワークとして、resting-state functional connectivityの解析により、海馬領域と外側頭頂葉領域の間にtemporo-parietal networkが存在することが報告されている(図1A)。 Recency judgmentsにおいては、イメージングの研究により側頭葉領域が既に報告されており、item-based recency judgmentsには側頭葉領域前部が、relational recency judgmentsには海馬及び海馬周辺領域の関与が示唆されている。Recency judgmentsに対する頭頂葉領域の関与については今まであまり注目されてこず、temporo-parietal networkについても明らかにされていない。一方Recognitionにおいては2つの異なる外側頭頂葉領域が関与し、familiarityには背側頭頂葉領域が、recollectionには腹側頭頂葉領域が関与することが報告されているため(図1B)、recency judgmentsの2つのプロセスにおいても、recognitionの場合の様に2つの異なる頭頂葉、つまりitem-based recency judgmentsには背側頭頂葉領域が、relational recency judgmentsには腹側頭頂葉領域が関与している可能性が考えられる。また更に、recency judgmentsにおいて、これら2つの頭頂葉領域と先行研究で報告された2つの側頭葉領域(側頭葉領域前部、海馬・海馬周辺領域)の間で、2つの異なるtemporo-parietal networkを形成している可能性がある(図1C)。 本研究では、recency judgmentsにおけるtemporo-parietal networkの存在を調べるために、2つの実験を行った。最初に、item-based及びrelational recency judgmentsそれぞれに関与する、異なる側頭葉領域及び頭頂葉領域を探索した(実験1)。次に、item-based及びrelational recency judgmentsそれぞれに関与するtemporo-parietal networkを明らかにするため、実験1で同定した側頭葉領域と頭頂葉領域の間のresting-state functional connectivityを解析した。 方法 実験1 本研究では、統計的検出力を上げるため、3つの先行研究から取得された健常被験者73人分のデータを用い、SPM2による再解析を行った。各研究では類似したrecency judgmentsの課題が行われ、いずれも学習期間とテスト期間から構成され、テスト期間にのみMRI撮像が行われた(図2)。被験者には、学習期間において10個又は12個の単語が1つずつ連続して提示され、それらの単語を用いて自ら物語を作り、覚えることを指示された。テスト期間では、学習期間で提示された単語リストの中から2つの単語が同時に提示され、どちらの単語がリストの中でより後に提示されたかを判断させた。テスト期間で課される試行には2種類あり、提示される2つの単語のうち少なくとも一方が、学習期間で提示された単語リストの端(最初又は最後)に位置する単語である試行をEND試行、2つとも端に位置しない試行をMIDDLE試行とした。被験者は、END試行においては、自然に感じられるfamiliarityの差や単語そのものの独自性のみで判断を行うことが出来るが、MIDDLE試行においては2つの単語及びその前後の単語や、互いの時間的関係等の情報を用いて判断する必要がある。したがって、relational recency judgmentsに関与する脳活動に相当するものとしてMIDDLE試行からEND試行の脳活動を差し引いたコントラスト、item-based recency judgmentsに関与する脳活動に相当するものとしてEND試行からMIDDLE試行の脳活動を差し引いたコントラストを用いて解析を行い、側頭葉領域及び頭頂葉領域の脳活動賦活部位を同定した。 実験2 新規に健常被験者26人のresting-stateのBOLDデータを取得し、SPM2及びFSLを用いて解析を行った。取得したBOLDデータは、前処理の後バンドパスフィルターにより低周波成分(0.009 Hz < f < 0.08 Hz)を抽出した後、相関解析に用いた。実験1において同定した側頭葉領域(左側海馬・海馬周辺領域、PH; 右側側頭葉領域前部、AT)及び頭頂葉領域(左腹側頭頂葉領域、VP; 左背側頭頂葉領域、DP)のピークを解析のシードポイント(ROI)とし、計測した各時点におけるそれぞれのROIのresting-state BOLD信号の低周波成分の値に関して、相関解析を行った。相関解析はPH-VP間、PH-DP間、AT-VP間、AT-DP間で行い、各組み合わせにおけるresting-state functional connectivityの有意性を検定した。 結果 実験1 Relational recency judgmentsに関連した (MIDDLE試行-END試行)脳活動が、先行研究と同様に左側前頭葉領域及び左側海馬周辺領域に見られた他、今回新たに左側腹側頭頂葉領域においても検出された(図3上)。他方、item-based recency judgmentsに関連した(END試行-MIDDLE試行)脳活動が、先行研究と同様に右側側頭葉領域前部に見られた他、今回新たに左背側頭頂葉領域においても検出された(図3下)。 実験2 Relational及びitem-based recency judgmentsに関与する異なる2つのresting-state functional connectivityネットワークが存在するか否かを調べるため、実験1で同定した側頭葉領域(PH、AT)及び頭頂葉領域(VP、DP)にROIを設定し、各側頭葉ROIと各頭頂葉ROIの間のresting-stateの相関解析を行った(図4 A)。解析の結果、PH-VP及びAT-DPの間で有意なfunctional connectivityが検出されたのに対し、PH-DP及びAT-VPの間では検出されなかった(図4 B)。すなわち、側頭葉領域と頭頂葉領域の間のconnectivityには組み合わせの特異性があり、relational及びitem-based recency judgmentsには2つの異なるtemporo-parietal networkが関与していることが示された。 考察 本研究では、過去の3つの研究のデータを合わせて再解析を行うことで統計的検出力を上げ、item-based及びrelational recency judgmentsにそれぞれに関与する異なる2つの頭頂葉領域が存在することを初めて明らかにした。また、新規のresting-stateデータを用いて、左側腹側及び左側背側頭頂葉領域がそれぞれ左側海馬周辺領域及び右側側頭葉領域前部との間にfunctional connectivityを形成していることを示した。先行研究においても、recognitionの系で海馬領域及び左側外側頭頂葉領域の間のnetworkは報告されており、今回発見した2つのtemporo-parietal networkのうちの片方はそれに相当するものと考えられるが、他方の右側側頭葉領域前部及び左側腹側頭頂葉領域の間のnetworkは今回初めて明らかにされたものである。これらの結果より、2種類の異なるtemporo-parietal networkが、複数の記憶想起のプロセスで行われるrecency judgmentsに貢献していることが示唆された。 図1 図2 図3 図4 | |
審査要旨 | 本研究は、エピソード記憶の一種である新近性の判断(recency judgments)において、頭頂皮質が関与しているか否かということ、及び既にrecency judgmentsへの関与が報告されている側頭皮質領域と頭頂皮質との関係を明らかにすることを目的としている。recency judgments課題遂行中の健常者を対象とした機能的磁気共鳴画像法(fMRI)による計測データの再解析を行い、また安静時におけるfMRI信号を新規に計測してresting-state functional connectivityの解析を試み、下記の結果を得た。 1.統計的検出力を上げるため、3つの先行研究から取得された健常被験者73人分のデータを用いて試行の再定義を行い(END trial, MIDDLE trial)、再解析を行った結果、item-based recency judgments及びrelational recency judgmentsそれぞれに関与する皮質領域を同定した(実験1)。Item-based recency judgmentsに関連した脳活動(END trial > MIDDLE trial)は、先行研究と同様に右側側頭皮質領域前部(AT)に見られた他、今回新たに背側頭頂皮質領域(DP)においても検出された。一方、relational recency judgmentsに関連した脳活動(MIDDLE trial > END trial)は、先行研究と同様に左側海馬周辺領域(PH)に見られた他、今回新たに左側腹側頭頂皮質領域(VP)においても検出された。 2.Relational及びitem-based recency judgmentsそれぞれに関与する頭頂皮質領域と側頭皮質領域の間に、領域間ネットワークが存在するか否かを調べるため、実験1で同定した側頭皮質領域(PH、AT)及び左側頭頂皮質領域(VP、DP)にROIを設定し、各側頭皮質ROIと各頭頂皮質ROIの間のresting-stateの低周波成分(0.009 Hz < f < 0.08 Hz)の相関解析を行った(実験2)。解析の結果、PH-VP及びAT-DPの間で有意なfunctional connectivityが検出されたのに対し、PH-DP及びAT-VPの間では検出されなかった。また、実験1で検出された右側背側頭頂皮質領域とPH、ATの間には、有意なconnectivityは検出されなかった。よって側頭皮質領域と頭頂皮質領域の間のconnectivityには組み合わせの特異性があり、relational及びitem-based recency judgmentsには2つの異なるtemporo-parietal networkが関与していることが示された。 以上、本論文はitem-based recency judgments及びrelational recency judgmentsにおいてそれぞれ異なる頭頂皮質領域が関与することを初めて示し、かつ同定した頭頂皮質領域と先行研究で報告されていた側頭皮質領域との間に2種類のtemporo-parietal networkが存在することを明らかにした。本研究は、エピソード記憶の想起に関与するネットワークの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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