学位論文要旨



No 125910
著者(漢字) ,綾
著者(英字)
著者(カナ) シノザキ,アヤ
標題(和) Epstein-Barr Virus関連胃癌における上皮細胞間接着分子の発現およびmicroRNAによる発現制御機構の解明
標題(洋)
報告番号 125910
報告番号 甲25910
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3389号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学(国立がんセンター) 連携教授(国立がんセンター) 中釜,斉
 東京大学 准教授 北山,丈二
 東京大学 講師 狩野,光伸
 東京大学 講師 三室,仁美
内容要旨 要旨を表示する

Epstein-Barr Virus (EBV)関連胃癌は特徴的な臨床病理像を呈する胃癌であり、胃癌全体の8~11%を占める。EBV関連胃癌の腫瘍細胞にはモノクロナールなEBVの感染が見られ、EBVはこの胃癌の発癌の過程に深く関与していると考えられる。これまでの研究で、EBV胃癌において、DNAメチル化に代表されるエピジェネティクス異常による癌抑制遺伝子の発現低下やEBV潜伏感染遺伝子による細胞内シグナル伝達の異常などが見られることが報告され、EBV関連胃癌における発癌機構が明らかにされつつある。

上皮細胞間接着装置であるタイトジャンクション、アドヒアレンスジャンクションとそれぞれを構成する分子であるClaudin(CLDN) family、E-cadherinの発現の異常は種々の上皮性腫瘍において報告されている。これらの接着分子の発現低下や発現異常は上皮細胞相互の接着性の低下をまねき、癌の発生や浸潤の初期のステップとして重要な現象である。また、上皮細胞の分化、機能維持という点でもこれらの分子は重要な役割を果たす。そこで本研究ではEBV関連胃癌におけるこれらの接着分子の発現について、細胞学的な分化・形質の特徴、および発癌に至る過程とその制御機構という二つの観点から検討した。

EBV関連胃癌43例、EBV陰性胃癌68例について免疫組織化学的にCLDN1、CLDN3、CLDN4、CLDN7、CLDN18の発現を検討した。正常の臓器における代表的なCLDN分子の発現から、CLDN18が胃型、CLDN3が腸型の形質を最もよく反映していることがわかり、この2つの分子の発現パターンに基づいて、胃癌を胃型(G-CLDN)、腸型(I-CLDN)、混合型(M-CLDN)、未分化型(U-CLDN)4つの形質に分類した。EBV陰性胃癌ではすべてのタイプに比較的均等に分類されたのに対し、EBV関連胃癌の84%がG-CLDNに分類され、腫瘍細胞の分化という点で均質な群であることが示された。さらに胃型および腸型粘液形質の発現を調べると、EBV関連胃癌では胃型粘液のみを発現するもの、または粘液形質を全く発現しないものが大部分を占めていた。これは正常胃粘膜の腺頸部増殖帯に存在する胃上皮幹細胞と考えられる未熟な細胞における発現パターンと同じであり、EBV関連胃癌の腫瘍細胞はこれらの細胞に類似した形質を保持していると考えられた。

さらにEBV関連胃癌のモデルとなる細胞株として、cell to cell contact methodという、組換えEBVを有するAkata細胞と胃癌細胞株との共培養で得られたEBV持続感染胃癌細胞株を用いて、CLDNの発現を検討したところ、MKN74細胞株でEBV感染によりCLDN3、CLDN4、CLDN7の発現が低下した。さらにEBV関連胃癌で発現している4つのEBV潜伏感染遺伝子(BARF0、EBERs、EBNA1、LMP2A)を導入したMKN74細胞株でのCLDNの発現を検討したところ、EBERsを導入したものでCLDN 3、CLDN4、CLDN7の発現が低下しており、EBV関連胃癌におけるこれらの分子の発現低下にEBERが関与していることが明らかになった。

次にEBV関連胃癌におけるE-cadherinの発現について検討した。EBV関連胃癌においては、EBV陰性胃癌に比べ有意にE-cadherinの発現が低下していた。そこでE-cadherinの制御に関わるmicroRNA(miRNA)として近年報告されている、miR-200 familyのうち、miR-200a、miR-200bについて発現を検討したところ、EBV関連胃癌の癌組織において特異的にこれらのmiRNAの発現が低下していることが明らかになった。miR-200 familyはE-cadherinの転写抑制因子であるZEB1、ZEB2のmRNAをターゲットとして、これらの翻訳を阻害することで、E-cadherinの発現を制御していることが分かっている。細胞株を用いた検討では、EBV持続感染株のうち、4つの細胞株でEBV感染に伴ってE-cadherinの発現低下が見られた。特にMKN74のEBV持続感染株(MKN74-EBV)においては、著明な細胞形態の変化、細胞相互の接着性の低下を伴っていた。この細胞株において、miR-200 familyの低下、ZEB1、ZEB2の亢進がみられており、これらがE-cadherinの発現の低下を来たしていたと考えられた。同様の現象はEBERを導入したMKN74でも再現され、この現象にEBERが寄与していることが示された。

本研究の結果から、EBV関連胃癌においてEBERがmiR-200 familyの発現を抑制し、ZEB1、ZEB2の発現亢進を介してE-cadherinの発現を抑制することにより、細胞相互の接着性の低下を来たすという新たな発癌メカニズムの一端を解明することができた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、Epstein-Barr Virus(EBV)関連胃癌における腫瘍細胞の分化・形質の決定および発癌機構を解明するため、上皮細胞間接着分子であるClaudin(CLDN)やE-cadherinの発現とその制御に関わるmicroRNAであるmiR-200 familyの発現について検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.正常ヒト組織におけるCLDNの発現を免疫組織化学的に検討し、CLDN18が胃上皮に特異的に発現する分子であることを見出した。

2.EBV関連胃癌の大部分はCLDN18陽性、CLDN3陰性の胃型のCLDN発現パターンを呈しており、さらに粘液形質の発現においても胃型もしくは無形質型に分類されることを示し、これが胃粘膜上皮の腺頸部に存在する胃上皮幹細胞に類似した形質であることを見出した。

3.胃癌の手術検体を用いたquantitative RT-PCR法により、EBV関連胃癌においてE-cadherinの発現が低下していることを見出し、さらにこの発現制御に関わるmiR-200a、miR-200bの発現がEBV関連胃癌において特異的に低下していることを示した。

4.EBV関連胃癌モデル細胞株を作製し、in vitroでEBV感染に伴い、miR-200a、mir-200bの発現が低下することを示した。さらにmiR-200 familyのターゲットである転写抑制因子ZEB1、ZEB2の発現が亢進し、その結果としてE-cadherinの発現が低下し、著明な細胞相互接着性の低下や形態の変化を来たすことを示した。

5.胃癌細胞株にEBV潜伏遺伝子を導入した細胞株を用いた検討により、EBV関連胃癌におけるmiR-200 familyの発現低下に潜伏感染遺伝子の一つであるEBV-encoded small RNA (EBER)が関与していることを示した。

以上、本論文はEBV関連胃癌におけるCLDNの発現の解析から、この腫瘍細胞の分化・形質の特徴を明らかにした。さらにEBV関連胃癌において特異的にmiR-200 familyの発現が低下し、そのターゲットであるZEB1、ZEB2の発現亢進を介して、E-cadherinの発現を抑制していることを明らかにし、さらにこの現象にEBERが関与していることを示した。本研究はこれまで明らかではなかったEBV関連胃癌におけるCLDNの発現およびmicroRNA異常について新たな知見をもたらし、EBV関連胃癌の発癌機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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