学位論文要旨



No 125911
著者(漢字) 海津,正賢
著者(英字)
著者(カナ) ウミツ,マサタカ
標題(和) tRNA修飾酵素TYW2によるAdoMet依存的アミノカルボキシプロピル基転移活性の構造的基盤
標題(洋)
報告番号 125911
報告番号 甲25911
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3390号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 准教授 大海,忍
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 吉川,雅英
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

RNAの翻訳後修飾は生体反応の維持において大変重要な役割をもち、古細菌、原核生物、真核生物の3生物界において100以上もの異なった化学的修飾が存在することが報告されている。これらの化学的修飾の大部分はtRNAにおける修飾であり、様々な化学的特性をRNA残基に対して付加している。とりわけ、tRNAのアンチコドン領域には、数々の翻訳後修飾を受けた塩基が存在しており、遺伝暗号翻訳の正確性保持に寄与していると考えられている。

ワイブトシン(yW)は三環構造と大きな側鎖を有する高次塩基修飾であり、真核生物のフェニルアラニルtRNA (tRNAPhe) のアンチコドン3'側隣接部位である37位に存在する。yWは、リボソーム上のコドン・アンチコドン対合を強化することで翻訳の正確性に寄与し、フレームシフトを防ぐ役割を有している。近年の研究により、酵母におけるyW生合成経路がS-アデノシルメチオニン(AdoMet)を補因子とする多段階反応であることが報告された。この反応は、AdoMet 依存tRNAメチル化酵素Trm5により37位のグアノシンがメチル化されN1-メチルグアノシン (m1G) が合成されることに始まる。続いて、酵素TYW1 (tRNA-yW-synthesizing protein 1) により、AdoMet由来の5'-デオキシアデノシルラジカルを反応開始因子とするラジカル連鎖反応を経てm1Gから三環構造を持つimG-14が合成された後、TYW2により新たな環構造にAdoMet由来のα-アミノ-α-カルボキシプロピル基 (acp基) が付加され、塩基yW-86が合成される。さらに、TYW3により、N4位に対してAdoMet依存的メチル化が起こり、yW-72が合成される。最終段階では、TYW4によるメチル化及びメトキシカルボニル化を経て、yWが合成される。

このうち、TYW2は、メチル基供与体として代表的な補因子であるAdoMetのメチル基ではなくacp基を、三環構造をもつ塩基imG-14のC7位に転移し大きな側鎖をもつ塩基yW-86を合成する。これまでの報告から、yW-86による修飾は-1フレームシフトを防ぐ重要な働きを有していることが知られている。こうしたAdoMetを補因子としたacp基転移機構は、ジフサアミド、ノカルデシン、ジアシルグリセリルホモセリンなどの生合成過程においても報告されているが、その詳細な機構は未解明であった。

これまでにyWの誘導体であるワイオシン(Y)塩基の存在は、様々な古細菌においても報告がなされている。さらには、真核生物TYW1及びTYW2の遺伝子配列と高い相同性を持つものが古細菌のゲノム中に存在しており、これらの知見は、真核生物同様、古細菌においても、Y誘導体塩基修飾が同様の機構により生成される可能性を示すものである。しかしながら、古細菌tRNAPheのアンチコドン部位にY塩基が存在するという実験的報告はこれまでになく、古細菌ホモログタンパク質であるTYW2の生体系における役割は未解明であった。そこで、本研究では、古細菌Pyrococcus horikoshii 及び Methanococcus jannaschii由来のTYW2ホモログタンパク質に着目し、これらのタンパク質が真核生物同様にAdoMetのacp基転移によるyW-86の合成を触媒するかを検証するとともに、X線結晶構造解析によりAdoMetを補因子とするacp基転移機構についての詳細を原子レベルで明らかにすることを目的とした。

【古細菌TYW2によるacp基転移機構】

我々は、古細菌由来TYW2ホモログタンパク質P. horikoshii PH0793タンパク質及び M. jannaschii MJ1557について、大腸菌を用いた大量発現系の構築、精製を行い、これらの古細菌ホモログタンパク質が、真核生物由来TYW2同様、AdoMetのacp基をtRNA(Phe)-imG-14に転移する活性を有するかをLC/MS解析を用いたin vitroでの再構成実験により検証した。基質tRNAにはΔTYW2酵母株から精製したアンチコドン隣接部位37位に修飾塩基imG-14をもつ酵母tRNA(Phe)-imG-14を用いた。本項目は、東京大学大学院工学系研究科の鈴木勉教授と野間章子博士に、LC/MS解析によるacp基転移活性の測定をお願いし、共同研究として行われたものである。精製PH0793及びMJ1557タンパク質を用いた再構成実験の結果、AdoMet存在下においてtRNA(Phe)-imG-14にAdoMetのacp基が転移することにより生じる塩基であるyW-86に相当するピークが生成することをLC/MS解析により確認した。これらのピークは、AdoMet非存在下での再構成実験では生成しなかった。これらの結果から、古細菌由来TYW2ホモログタンパク質が、真核生物由来TYW2同様、AdoMetのacp基をtRNA(Phe)-imG-14に転移する触媒活性を有することが示された。

さらに上記の結果が、AdoMetのacp基の基質への転移に起因すべきものであることを検証すべく、acp基が14C放射線同位体標識されたAdoMetを用いて、PH0793タンパク質によるtRNA(Phe)-imG-14へのacp基転移活性を測定した。LC/MSによる解析の結果と同様、PH0793タンパク質はAdoMetのacp基を基質tRNA(Phe)-imG-14に転移する活性を有していることが示された。以上から、古細菌由来ホモログタンパク質PH0793及びMJ1557が、真核生物由来TYW2同様、AdoMetのacp基をtRNA(Phe)-imG-14に転移する活性を有することが明らかになった。本結果に基づき、P. horikoshii PH0793タンパク質をPhTYW2、M. jannashii MJ1557タンパク質をMjTYW2と名付ける。

この結果は、ワイオシン誘導体が真核生物同様、古細菌由来tRNA(Phe)の37位にも存在する可能性を強く示唆するものである。これまで、古細菌tRNAには修飾塩基imG-14, imG, mimG, imG2が存在することは知られていたが、yW-86を含むC7位に大きな側鎖を持つワイオシン誘導体の存在は報告されていない。興味深いことにワイオシン誘導体に特徴的なUV吸収を示しyW-86の分子量に一致するN422と名付けられた未確認のヌクレオチドが、ある種の古細菌に存在することが報告されており、ヌクレオチドN422は、古細菌TYW2によって生成されるyW-86である可能性が高いと考えられる。本研究結果から、古細菌においてもY塩基修飾がPhe コドンの-1フレームシフトを防ぐ役割を有し、翻訳の正確性に寄与する可能性が高いことが示唆された。

【acp基転移における構造生物学的基盤】

我々は、AdoMetを補因子とするacp基転移の詳細な機構を解明するために、PhTYW2及びMjTYW2について、AdoMetまたはその反応産物であるMeSAdoとの複合体状態で結晶化した。結晶化に用いたタンパク質は上記項目同様に精製した。サーチモデルとして既知のPhTYW2アポ構造(PDB ID 2FRN)を用い、最終的にX線回折実験から、PhTYW2-AdoMet複合体、PhTYW2-MeSAdo複合体、MjTYW2-AdoMet複合体について、それぞれ、2.3Å、2.5Å、2.0Å分解能での構造決定に成功した。

PhTYW2(図)及びMjTYW2の全体構造は、N末端ドメイン及びメチルトランスフェラーゼ(MTase)構造をもつC末端ドメインの2つの領域からなる。補因子の種類及び付加による全体構造の大きな変化は見られなかった。MjTYW2の全体構造は、PhTYW2の全体構造と概ね類似の構造であったが、MjTYW2のN末端ドメインは、PhTYW2のα1, α2に相当する2つのへリックスを欠いていた。また、PhTYW2のα3に相当する部分を含む領域及びPhTYW2のβCとβD間に相当するループはPhTYW2複合体構造同様、部分的にディスオーダーしていた。DALIサーバーによる類似構造検索の結果、PhTYW2及びMjTYW2は、他のAdoMet依存性のクラス Iに分類されるMTaseと高い構造類似性を有しており、特に、PhTYW2のC末端ドメインは、M. jannaschii由来 tRNA (m1G37) MTase Trm5、P. horikoshii由来新規MTase PH1915タンパク質、E. coli由来 23S rRNA(m5C) MTase Rlm1、P. horikoshii由来 tRNA(m2(2)G26) dimethytransferase Trm1と非常によく似た構造であった。

PhTYW2-AdoMet複合体及びMjTYW2-AdoMet複合体構造において、C末端のMTase構造中のポケットにAdoMetに対応すると考えられる電子密度が存在していた。従来のMTaseにおいてAdoMetの結合に重要とされるモチーフI-IIIがTYW2においても保存されており、TYW2のAdoMetアデニル環及びリボース部分はモチーフI-IIIの残基により認識されていた。しかしながら、TYW2におけるAdoMetのacp基の認識機構は従来のMTaseにおける様式とは異なり、クラス I MTaseにおいてAdoMetのacp基がはまりこむ窪み(M cavity)にメチル基を収容する一方、AdoMetのacp基は基質結合部位近傍 (A cavity) に位置していた。さらに、TYW2と高い構造類似性を有するメチル化酵素Trm5の活性部位との比較から、TYW2における保存された残基:(1) M cavityにおけるHis/Tyr残基、(2) ヘリックスα5 のPro残基、(3)A cavity を構成するAsn及びArg残基、の存在がacp基の転移活性に重要であると示唆された。また、これらの残基をAlaに置換した変異体 によるacp基転移活性測定を行ったところ、野生型に比べacp基転移活性が消失しており、上記の結論を指示する結果であった。

次に、我々はTYW2に良く似た反応(補因子dcAdoMetからのap基転移)を触媒するスペルミジン合成酵素SPDSとの構造比較を行った。SPDSにおいても、M cavityは保存されたAsp残基によって部分的に占められておりap基を収容することが出来ない。その結果、ap基は結合部位近傍に位置しており、dcAdoMetのメチル基ではなくap基を基質に転移することを可能にしていると考えられる。こうしたことから、M cavityに存在する保存されたAspは、TYW2のM cavityにおける保存されたHis/Tyrによって、AdoMetがacp基を転移しやすい結合様式をとるのと同様の役割を担っていると考えられた。

さらに、最近報告されたTrm5とtRNA複合体結晶構造の知見に基づき、TYW2とtRNAのドッキングモデルを構築し、TYW2のN末端ドメインの中心部に存在する正電荷領域が基質tRNAのアンチコドンステムループの認識に関与する可能性を示唆した。また、変異体解析の結果から、N末端ドメインのディスオーダーしているループ構造中に存在する保存されたArg残基がtRNAの認識に重要であることが示唆された。

以上のことから、本研究では、古細菌におけるTYW2ホモログ蛋白質が、AdoMet依存的なacp基の転移活性を有することを初めて示すとともに、古細菌TYW2-AdoMet複合体のX線結晶構造解析により、TYW2が従来のMTaseとは異なり、メチル基でなくacp基を転移する構造的基盤を明らかにした。しかしながら、TYW2による基質tRNAの認識機構については依然未解明の点も多い。今後、X線結晶構造解析によるTYW2とAdoMet及び基質tRNA複合体構造決定をめざし、TYW2による基質tRNAの認識機構の詳細を明らかにしていきたいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、真核生物のtRNA(Phe)の37位yWの生合成経路の第3段階、AdoMetのacp基によりimG-14から大きな側鎖をもつ塩基yW-86を合成する酵素TYW2の反応機構に着目し、Pyrococcus horikoshii 及び Methanococcus jannaschiiのTYW2ホモログタンパク質(PhTYW2及びMjTYW2)の精製を行い、これらの古細菌由来TYW2ホモログタンパク質が真核生物同様にAdoMetのacp基転移によるyW-86の合成を触媒するかを検証するとともに、X線結晶構造解析によりAdoMetを補因子とするacp基転移機構についての構造基盤を原子レベルで明らかにすることを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 放射性同位体を用いたacp基転移活性の測定及び共同研究による質量分析を用いた解析の結果、古細菌由来TYW2ホモログタンパク質が、真核生物由来TYW2同様、AdoMetのacp基をtRNA(Phe)-imG-14に転移し、長い側鎖をもつ塩基yW-86を合成する活性を有することが示された。

2. X線結晶構造解析により、PhTYW2-AdoMet複合体、PhTYW2-MeSAdo複合体、MjTYW2-AdoMet複合体の構造決定に成功した。PhTYW2及びMjTYW2の全体構造は、N末端ドメイン及びメチルトランスフェラーゼ(MTase)構造をもつC末端ドメインの2つの領域からなり、AdoMetはC末端ドメインに結合するが、従来のMTase-AdoMet複合体の構造とは異なり、acp基をより基質結合部位近傍に位置する構造をとっていることが示された。

3. TYW2と高い構造類似性を有するメチル化酵素Trm5の活性部位との比較及び変異体解析から、TYW2において良く保存された特徴的な残基:(1) M cavityにおけるHis/Tyr残基、(2) ヘリックスα5 のPro残基、(3)A cavity を構成するAsn及びArg残基、の存在がacp基の転移活性に重要であることが示された。

4. TYW2 とtRNAのドッキングモデルを構築し、TYW2のN末端ドメインの中心部に存在する正電荷領域が基質tRNAのアンチコドンステムループの認識に関与する可能性を示唆した。また、変異体解析の結果から、N末端ドメインのディスオーダーしているループ構造中に存在する保存されたArg残基がtRNAの認識に重要である可能性が示唆された。

以上、本論文は古細菌におけるTYW2ホモログタンパク質が、AdoMet依存的なacp基の転移活性を有することを初めて示すとともに、古細菌TYW2-AdoMet複合体のX線結晶構造解析により、TYW2が従来のMTaseとは異なり、AdoMetのメチル基でなくacp基を転移する構造的基盤を明らかにした。本研究は、これまで未知に等しかった、古細菌における超修飾塩基yW-86による遺伝暗号翻訳の正確性保持機構、及びAdoMetを補因子とするacp基転移機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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