学位論文要旨



No 125913
著者(漢字) 魚住,明央
著者(英字)
著者(カナ) ウオズミ,アキヒロ
標題(和) 胆汁酸によって制御される大腸での炎症反応と胆汁酸受容体Gpbar1の機能解析
標題(洋)
報告番号 125913
報告番号 甲25913
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3392号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 渡邉,治雄
 東京大学 講師 狩野,光伸
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

代表的な大腸疾患のひとつである潰瘍性大腸炎・クローン病といった炎症性腸疾患の患者は、アメリカやヨーロッパ諸国に多く見られる傾向にあるが、日本でも近年の食生活や生活様式の欧米化に伴って患者数は増加しており、患者数は約10万人にのぼる。炎症性腸疾患では消化管の粘膜に炎症が生じ、とくに潰瘍性大腸炎は大腸癌の危険因子である。潰瘍性大腸炎の病態には遣伝的要因を背景として、腸内細菌叢が関与していると考えられており、炎症性腸疾患の予防・治療には腸内細菌叢と宿主免疫の相互理解が不可欠である。

粘膜免疫システムの構築・制御で重要なのは、腸内細菌のlipopolysaccharide (LPS)やpeptidoglycan(PGN)菌体構成分と、それによって誘導される宿主の免疫応答あることが明らかにされつつある。大腸粘膜免疫システムの構築および制御には、免疫担当細胞、上皮細胞、腸内細菌の三者のクロストークが存在する。つまりマクロファージを始めとする免疫担当細胞はパターン認識受容体であるtoll like receptor (TLR)などを介して菌体を認識し、貪食反応や炎症性サイトカインを産生する。炎症性サイトカインは、上皮細胞の細胞死抵抗性の獲得を補助し、粘膜組織を外界から隔てる強固な城壁として機能させるほか、上皮細胞からのディフェンシンの分泌を促進し、腸内細菌が過剰に宿主側に作用することを物理的・化学的に防いでいると考えられている。

腸内細菌の菌体成分が介在する粘膜免疫システムの構築・制御メカニズムは、近年の報告により徐々に明らかにされつつある。その一方で腸内細菌の代謝物による大腸粘膜免疫システムの制御メカニズムについては、その重要性は示唆されているものの、大部分が未解明のままである。そこで本研究では、二次胆汁酸という腸内細菌にのみ由来する分子に着目し、腸内細菌と大腸粘膜免疫システム制御について調べることにした。

胆汁酸は肝臓で合成されるコラン酸骨格を持つステロイド誘導体化合物の総称であり、食餌中に含まれる脂質に対して界面活性剤として作用することで、その消化吸収を補助する。胆汁酸は腸内細菌による代謝の有無により一次胆汁酸と二次胆汁酸に分類される。肝臓で合成されたものは一次胆汁酸と呼ばれ、代表例はcholic acid (CA)やchenodeoxycholic acid (CDCA)である。小腸での再吸収を受けない胆汁酸は腸管内容物とともに結腸へと送られる。一次胆汁酸は共生する腸内細菌の代謝活動によって酸化され、その副産物としlithocholic acid (LCA)やdeoxycholic acid (DCA)などの二次胆汁酸が産生される。

近年、この二次胆汁酸がアゴニストとして作用する胆汁酸受容体G protein bile acid receptor-1 (Gpbar1)が同定された。Gpbar1は膜7回貫通型の受容体であり、核内型が多い胆汁酸受容体の中ではユニークな性質を有する。すなわち胆汁酸と結合すると、セカンドメッセンジャーであるcAMPの細胞内濃度を上昇させることで、そのシグナルを伝達する。腸管には二次胆汁酸を含む大量の胆汁酸が存在し、また細胞内シグナル伝達において類似の性質をもつプロスタグランジン受容体は、消化管粘膜の安定化に深く関わっている。これらの知見を総合的に考えると、胆汁酸-Gpbar1経路が炎症を制御する重要な分子であると予想された。

本研究では、大腸での二次胆汁酸-Gpbar1経路による炎症制御メカニズムの解明を目指した。まず大腸内の胆汁酸を除去することを目的として、コレステロール排泄剤である陰イオン交換樹脂Colestimideを投与したマウスに対して、薬剤性の潰瘍性大腸炎を誘発し、その病態の解析・検討をおこなった。さらに大腸におけるGpbar1の発現部位を明らかにし、Gpbar1欠損マウス用いた解析を通通じて、大腸に発現するGpbar1の炎症制御機構を中心に解析し、その生理学的意義の解明を目指した。

【結果と考察】

大腸におけるGpbar1 mRNAの発現を調べてみると、大腸上皮細胞で強く発現していることが認められた。一方で粘膜固有層のCD45+白血球にはほとんど発現が認められなかった。抗Gpbar1抗体を用いて、大腸組織切片に免疫染色を施したところ、上皮細胞に強いシグナルを検出した。大腸におけるGpbar1の炎症制御機能を調べる目的で、Gpbar1欠損(Gpbar1 KO)マウスに対して2.5% DSSを投与し大腸炎を誘導した。Gpbar1 KOマウスは野生型(WT; wild type)マウスと比較して、大腸炎の症状(体重減少、慢性炎症に伴う脾臓の腫大)が軽度であった。大腸炎の発症に伴い粘膜固有層に浸潤した好中球の数は、Gpbar1 KOマウスの方がWTマウスよりも少なかった。またELISA法に粘膜白血球からの炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6、IL-1βおよびIL-10)の産生量を比較したところ、WTとGpbar1 KOマウスで細胞あたりの産生量に差は認められなかった。組織学的解析として、上皮細胞におけるBrdU; 5-bromo-2'-deoxyuridineの取り込みを調べたところ、WTでは炎症状態下でBrdU陽性細胞数が増加していたが、Gpbar1-KOマウスでは無処置と比較してBrdU陽性上皮細胞数の増加は認められなかった。これらの結果からGpbar1が大腸での炎症を促進していることが示唆された。

コレステロール排泄薬である陰イオン交換樹脂Colestimideを投与すると腸管内の胆汁酸と結合する。Colestimide投与マウスに対してさらにDSS大腸炎を誘導すると、Colestimideを投与しない対照群よりも重篤化した。Colestimideを投与したマウスでは、肝臓での胆汁酸生合成を制御するCYP7A1の発現が増加しており、胆汁酸排泄効果が確認されたが、Colestimide投与によりGpbar1の機能が低下していると仮定すれば、Gpbar1 KOマウスで得られた結果に反する。Colestimideの実際のヒト臨床での適当な投与量は12 g/日であり、これをマウスでの場合に換算すると4 mg/日程度となる。本研究でのColestimide投与量は推定で40-50 mg/匹/日であり、過剰量摂取であったのかもしれない。あるいは胆汁酸とは無関係にColestimide自体がDSS大腸炎を増悪化する要素を持ち合わせているのかもしれないが、その詳細は不明である。

本研究により胆汁酸受容体Gpbar1を欠損させたマウスは、DSS大腸炎に抵抗性であること、また陰イオン交換樹脂ColestimideがDSS大腸炎を重篤化することが示された。本研究の成果によってGpbar1が大腸炎症を促進する分子であることが示唆されるとともに、炎症性腸疾患などの腸管疾患の新規治療・予防法の開発にあたり胆汁酸受容体Gpbar1が標的となりうることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

腸管粘膜免疫システムは、リンパ球やマクロファージなどの免疫細胞、外界と直接対峙する上皮細胞に加えて、共生細菌の三者が互いに密接に関与することで成立している。これらの連携に生じた僅かなほころびが、やがて疾患発症として現れるが、疾患克服のためには標的分子の選択と、その病態から原因と結果を正確に分類し理解することが重要である。

このような観点から本研究では、腸内細菌が産生する二次胆汁酸とその受容体であるG-protein bile acid receptor1 (Gpbar1)に着目し、Gpbar1欠損マウスに対して薬物(硫酸デキストラン; DSS)性の大腸炎を誘導することで、Gpbar1の炎症制御への関与について検討した。またコレステロール排泄薬剤として利用されているColestimideの胆汁酸吸着作用に注目し、Colestimideを与えたマウスに対して大腸炎を誘導することで、胆汁酸による大腸での炎症制御の評価を試みた。その結果以下のような結果を得た。

1. マウス大腸においてGpbar1がCD45陽性細胞よりも上皮細胞で強く発現していることを示した。無菌マウス、抗生物質投与マウス、自然免疫系のシグナル伝達経路を介在するmyeloid differentiation factor 88 (MyD88)欠損マウスでも野生型マウスと同様にGpbar1が発現していたことから、Gpbar1の生体内での発現調節に腸内細菌が関与する可能性は低いということが示された。

2. Gpbar1欠損マウスは正常に発育し、血清中の胆汁酸濃度にも変化は認められなかった。また大腸の杯細胞を抗calcium-activated chloride channel3 (CLCA3)抗体で検出したが、杯細胞の分化には大きな変化は認められなかった。

3. Gpbar1欠損マウスに硫酸デキストラン(DSS)大腸炎を誘導したところ、Gpbar1欠損マウスは野生型マウスに比べ、DSS大腸炎に抵抗性を示した。大腸炎を誘導したマウスの脾臓重量を測定すると、野生型マウスではGpbar1欠損マウスよりも約30%増加しており、Gpbar1欠損マウスの方が野生型マウスよりも炎症病態が軽度であることが示唆された。

4. DSS大腸炎を誘導したマウス大腸の病態を組織切片で観察すると、野生型マウスでは重篤な潰瘍病変と上皮細胞の重層化が認められたが、Gpbar1欠損マウスでは野生型マウスよりも軽度であった。大腸に浸潤した好中球数を算出すると、Gpbar1欠損マウスでは野生型マウスに比べて約半数に抑えられていた。一方で、粘膜白血球あたりのTNF-α、IL-1β、IL-6、IL-10の産生量は野生型と同程度であった。

5. 野生型マウスでは炎症に伴い、上皮細胞の重層化とBrdUで標識される増殖細胞数が増加したのに対し、Gpbar1欠損マウスでは炎症下でもBrdUの取り込みは増加しなかった。

6. Colestimideを用いた検討では、Colestimide投与がDSS大腸炎を促進するという結果を得た。この結果はGpbar1欠損マウスで得られた結果と矛盾する。本研究でのColestimide投与量は、臨床での用量と比較して過剰量であり、その副作用のひとつが表現形として現れたのかもしれない。Colestimideの作用が胆汁酸吸着以外にも多岐にわたることから、検討結果の背景にあるメカニズムを解明するためには、より詳細な検討が必要である。

本研究により陰イオン交換樹脂ColestimideがDSS大腸炎を重篤化すること、また胆汁酸受容体Gpbar1を欠損させたマウスは、DSS大腸炎に抵抗性であることが示された。本研究の成果によって炎症性腸疾患などの腸管疾患の新規治療・予防法の開発にあたり胆汁酸受容体Gpbar1が標的となりうることが示唆された。

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