No | 125914 | |
著者(漢字) | 吉松,有紀 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨシマツ,ユウキ | |
標題(和) | 子宮頸がん多段階発がん機構の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 125914 | |
報告番号 | 甲25914 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3393号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 子宮頸がんは、高リスク型ヒトパピローマウイルス (HPV) 感染後、病理学的には子宮頸部上皮内腫瘍性病変CIN1(mild dysplasia)、CIN2 ( moderate dysplasia )、CIN3 ( severe dysplasia、carcinoma in situ )を経て浸潤がんへ進行する。子宮頸がん細胞中ではHPV遺伝子のE6とE7が保持されかつ発現していることから、この2つの遺伝子が発がん及びがん形質の維持に重要であると考えられている。CIN病変の進展の原因として、E6及びE7蛋白質の発現増加が示唆されており、これには、ウイルスゲノムの部分欠失や染色体への組込み等が関わると考えられている。E6とE7はそれぞれ、がん抑制遺伝子産物のp53、 pRbを不活化している。 子宮頸がん発症機序を理解するうえで、関与が示唆される因子について、その因果関係を実験的に検証することが重要であると考えられる。発がん経路には臓器特異性もあるため、各臓器に対応する多段階発がんモデルが提唱されている。子宮頸がんの発生、進展モデルは主に表皮由来の細胞が用いられ、実際のがん発生母地であるヒト正常子宮頸部上皮細胞(human cervical keratinocyte: HCK)を用いた解析は、ほとんどなされていない。そこで、我々は子宮頸がんの発症、進展を in vitroで再現するため、子宮頸がんのin vitro多段階発癌モデルを確立することを目的とした。まず、HCKをhuman telomerase reverse transcriptases ( hTERT )の導入によって不死化した細胞株(HCKT)を樹立した。 次に、子宮頸がんの発症の起点になると考えられているHPV E6及びE7遺伝子をHCKT細胞に導入した(HCKT-E6E7以下HCKT-Eと略す)。E6E7のみではがん化に不十分であることが実験的に示唆されていることから、子宮頸がんにおいて異常が報告されているがん遺伝子 (Akt、ErbB2、Hras(活性型変異体Hras V12)、Myc ( c-myc )、 Hras及びMyc) をHCKT-E細胞に導入した。ヌードマウス皮下移植における造腫瘍能検討の結果、E6、E7に加え、Hrasの遺伝子導入により、腫瘍原性が付与されることが判明した。さらにc-mycを導入することで、高頻度にtumor-initiating cells ( がん源細胞 )が含まれた高い造腫瘍能を示す細胞株を得ることに成功した。独立に単離した正常子宮頸部上皮細胞( HCK4, HCK7, HCK8, HCK9 )へ、同定した4つの遺伝子 ( E6、 E7、Hras、 c-myc )を導入することで再現性良くヒト子宮頸がん源細胞株を樹立できた。Hrasの変異が検出されたCIN2及びCIN3病変は2年以内に悪性化することが報告がされており、子宮頸部上皮細胞のがん化においてrasの活性化が重要であることが示唆されている。また、子宮頸がんにおいてHrasとMycの過剰発現が同時に認められるとの報告もあることから、本研究により確立された子宮頸がんのin vitro多段階発癌モデルは、実際の子宮頸がんの病態を反映していると考えられる。これらの成果は、子宮頸がんの悪性化機構の理解に貢献すると期待される。 Weinberg RAらが、ヒト乳腺上皮細胞、ヒト線維芽細胞等にhTERT、Hras 及びSV 40大型腫瘍抗原(SV 40 large T: LT)、又は、LTの代わりにE6とE7を導入してもヌードマウス皮下移植における造腫瘍能獲得には不十分であるが、さらにSV 40小型腫瘍抗原(SV 40 small T: ST)の導入によりAkt経路を活性化することで造腫瘍能を獲得すると報告している。 一方、子宮頸がんは、他臓器のがんと比較して発症年齢が低いこと、及び、我々のモデルではE6とE7に加え、1つのがん遺伝子の導入により造腫瘍性を獲得することから実際のがん化の過程でE6、E7を高発現するようになった細胞が、がん細胞になるまでの過程は短いと推測される。E6、E7は複数の細胞性因子を標的とすることで、多段階発がんにおける多くのステップを担っている。従って、E6、E7の標的分子の子宮頸がん発生における生物学的意義を理解することは、がんの治療を目指す上で非常に重要である。 HPVは現在約120種類が報告されており、型により種々のE6、E7が存在する。一般に、E7にはpRb結合モチーフが保存されており、被感染細胞の増殖に寄与していると考えられている。E6は動物種・型によって種々の活性が報告されているが、細胞死を抑えることが共通した機能と考えられている。さらに、子宮頸がんから分離される高リスク型E6蛋白質のC末には全てPDZドメイン結合モチーフが保存されていることが知られている。しかしながら、そのがん化における意義は明らかにされていない。そこで、本研究では、E6のC末の機能を詳細に解析することを目的とした。 上述の研究により確立した発がんモデルを基に、HCKT-E7-Hras細胞に野生型E6 またはE6の機能の一部を欠損した各種変異体を導入した。ヌードマウス皮下移植において造腫瘍能を検討した結果、p53分解能を欠く変異体(E6SAT)発現細胞は、野生型E6発現細胞に匹敵する腫瘍原性を示した。一方、E6のC末1アミノ酸を欠いた変異体(E6Δ151:E6のC末を介したPDZドメイン含有蛋白質の標的化能を欠く)発現細胞では、野生型E6発現細胞と比較し、著しい造腫瘍能の低下が認められた。これより、E6によるC末を介したPDZドメイン含有蛋白質の標的化が、p53の分解よりも腫瘍原性において重要であることが示唆された。 次いで、野生型E6発現細胞と、E6Δ151発現細胞間の造腫瘍能の差は、PDZドメイン含有蛋白質の機能制御・分解亢進の有無にある可能性が考えられたため、E6Δ151発現細胞におけるE6の標的候補のPDZドメイン含有蛋白質の発現をRNA干渉法により抑制した。解析の結果、PAR3、SCRIB、MAGIが腫瘍原性に大きく寄与しており、がん抑制遺伝子として機能している可能性が示唆された。PDZドメイン含有蛋白質の異常は、ウイルス感染を誘因としないがんとの関連も示唆されており、その解析は、ヒトのがんの発生成立機構の解明に新たな視点を加える可能性がある。 本研究で確立したモデルは、ヒトでの多段階発がんを再構成させたin vitroモデルであり、発がん分子機構解析から治療法の開発まで広い分野での応用が期待される。また、がん源細胞の成立・維持機構を解明することは、がん源細胞を対象としたより良い分子標的治療を開発するためにも有用であり、本研究により得られた知見並びにモデルは、子宮頸がんに限らず、広く発がん機構の解明につながるものである。 | |
審査要旨 | 本研究では、子宮頸がん発生母地である正常子宮頸部上皮細胞に、子宮頸がんの原因ウイルスであるヒトパピローマウイルス( HPV )の遺伝子 E6、E7 及び子宮頸がんへの関与が報告されている複数のがん遺伝子を導入し、子宮頸がん多段階発がんのモデルを確立することを目的とし、下記の結果を得た。 1.正常子宮頸部上皮細胞にHPV E6及びE7遺伝子を導入した(HCKT-E6E7)。E6E7の発現のみでは、がん化に不十分であったため、子宮頸がんにおいて異常が報告されているがん遺伝子 (Akt、ErbB2、HrasV12、Myc、 Hras及びMyc) をHCKT-E6E7細胞に導入した。ヌードマウス皮下移植において造腫瘍能を検討した結果、E6、E7に加え、HrasV12の遺伝子導入により、腫瘍原性が付与されることが判明した。 2.HCKT-E6E7-HrasV12細胞にc-mycを導入することで高頻度にtumor-initiating cells を含む高い造腫瘍能を示す細胞株( HCK1T-E6E7-HrasV12-Myc )を得ることに成功した。独立に樹立した初代正常上皮細胞( HCK4, HCK7, HCK8, HCK9 )に、E6、E7、Hras、c-mycの計 4つの遺伝子導入によりtumor-initiating cellsの樹立が可能であった。 3.HCK細胞にE6E7遺伝子の導入なしにHrasV12あるいは c-myc遺伝子の導入を行うと、ほとんどの細胞において増殖が停止し、細胞株樹立が困難であった。また、HCK1T-E6E7-HrasV12-Myc細胞へのE6及びE7に対するshRNA導入は、増殖能を顕著に低下させた。 4.HCKT-E7-Hras V12細胞に野生型E6並びにE6の機能の一部を欠損した各種変異体を導入した。ヌードマウス皮下移植において造腫瘍能を検討した結果E6のC末1アミノ酸を欠いた変異体(E6のC末を介したPDZドメイン含有蛋白質との結合能を欠く)発現細胞では、野生型E6発現細胞と比較し、著しい造腫瘍能の低下が認められた。E6の標的候補のPDZドメイン含有蛋白質の発現をRNA干渉法により抑制した結果、PAR3、SCRIB、MAGIが腫瘍原性に大きく寄与していることが示唆された。 以上、本論文は、ヒト正常子宮頸部上皮細胞を用いて子宮頸がんのin vitro多段階発癌モデルを確立した。また、E6のC末が標的とするPDZドメイン含有蛋白質のうち、がん抑制的に機能している可能性のある分子を同定した。本研究は、発がん分子機構解析から治療法の開発まで広い分野での応用が期待され、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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