学位論文要旨



No 125915
著者(漢字) 片山,緩子
著者(英字)
著者(カナ) カタヤマ,ヒロコ
標題(和) 細胞内アダプターLnk/Sh2b3発現制御による造血系・免疫系細胞の調節
標題(洋)
報告番号 125915
報告番号 甲25915
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3394号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 准教授 高崎,誠一
 東京大学 准教授 秋山,泰身
 東京大学 教授 北村,俊雄
内容要旨 要旨を表示する

【序】

免疫担当細胞を含む全ての造血系細胞は多分化能を持つ造血幹細胞HSCから生み出され産生され、サイトカインやケモカイン、またインテグリンなどを介した制御下にによりその恒常性が維持されている。これらの刺激は各レセプターを介して細胞内に伝達され、チロシンキナーゼなどの活性化カスケードの下流で機能変化や細胞分裂、細胞死を誘導することによって分化・増殖を司る。細胞内アダプタータンパク質群は自身では酵素活性を持たず、サイトカインシグナルの増幅・抑制や、シグナル伝達系間のクロストークを担うことによって恒常性維持制御に関わることが知られている。

Lnk/Sh2b3はSH2-BおよびAPSとアダプタータンパク質ファミリーを形成し、富プロリンに富んだ領域、PH及びSH2ドメインとチロシンリン酸化部位を持つ分子量68kDaのタンパク質である。Lnkは主に造血系の細胞に発現し、その欠損マウスでHSCの増幅および造血能の亢進、またBリンパ球の増加などが観察されることから、造血前駆細胞の分化・増殖の負の制御因子であることが知られている。Lnkは前駆細胞においてはSCF、TPO、EPOなどのサイトカインシグナルを負に制御することが報告されしており、また巨核球や、血小板の系においてはインテグリンシグナルにも関与することが報告され、サイトカインおよび接着分子の両方のシグナルに関与する事で造血系・免疫系の恒常性維持に参加加担する事が示されている。さらに近年の、ゲノムワイド関連解析(GWAS)の結果から、ヒトLNKのSNPがI型糖尿病やセリアック病など複数の免疫関連遺伝性疾患の risk variantとしてであることが報告され、免疫系の維持・制御機構におけるLnkの役割が注目されている。

以上のように、造血系・免疫系細胞の恒常性維持に機能するLnkであるがは生体内での造血系細胞の恒常性維持に幅広く機能すると考えられているが、Lnkその発現変化や発現制御に関してはついての、プロモータ解析も含めて詳細な解析はプロモータ解析も含めこれまで報告されて行われていない。私はLnkの発現制御を介した造血系・免疫系細胞の恒常性維持機構の解明を目的として、まず増殖中や分化段階における中の細胞でのLnk発現をリアルタイムでモニターできるLnk:GFPノックインマウスを作出した。このマウスを用いた発現解析により性質の異なる複数のLnk発現制御システムを明らかにし、また発現解析結果に基づいてLnk欠損マウスのTリンパ球における表現型を検索検討したところ、これまで報告のなかった末梢Tリンパ球でのにおけるLnk欠損におけるの機能変化を確認同定した。さらにLnk欠損マウスが腸絨毛の萎縮を自然発症することが初めて明らかになりを発見し、獲得免疫系や粘膜組織におけるLnk発現を介した恒常性維持機構の重要性がを示された示した。

【方法と結果】

(1)Lnk:GFPノックインマウスの作出

生細胞におけるLnkの発現変化をGFP蛍光でモニターできるミュータントマウスを作出した。プロモータ領域を残したままマウスlnk遺伝子座をGFP遺伝子で置換するようなターゲティングベクターを作成し、これをマウスES細胞へ導入した。組換えが起こったESクローンをマウス受精卵へインジェクションし、常法に従ってLnk:GFPノックインマウス系統を樹立した。ヘテロLnk:GFPノックインマウス(Lnk(+/GFP))におけるGFP発現を定常状態におけるLnk発現と見なしてFlow cytometryで解析を行った。

(2)造血系・リンパ球細胞前駆細胞におけるLnk/Sh2b3の発現変化

骨髄のHSCを多く含むKSL分画、未分化な前駆細胞を多く含むLin-分画で、低くはあるが有意なLnk:GFPの発現が観察され、これらの発現は骨髄抑制薬5-FU投与後の骨髄再構築中に強く抑制を受けることが示された。またBリンパ球の分化過程中のPro B、Pre B段階でのLnkの発現は低く維持され、その後Bリンパ球の成熟と共に発現が増加する事が明らかになった。一方、末梢Tリンパ球でも有意なLnk:GFPの発現が観察されたため、Tリンパ球の分化段階におけるLnk発現についても解析を行ったが、胸腺中のDN2~DPにおいてLnk発現の著しい抑制が観察され、Tリンパ球においてもその初期分化過程においてLnkの発現が制御される事が明らかになった。一方、in vitroにおいて、Anti-IgMあるいはAnti-CD3刺激で増殖を誘導しても、B、T両リンパ球におけるLnkの発現量に変化は見られなかった。

(3)成熟Bリンパ球におけるLnk/Sh2b3の発現変化

脾臓、鼡頚部リンパ節、腸間膜リンパ節など二次リンパ組織中の成熟Bリンパ球間でLnk:GFPの発現量に差は見られなかったが、骨髄や脾臓に存在する抗体産生細胞plasma cellに分化したBリンパ球ではLnkの発現が低下していた。脾臓成熟Bリンパ球からAnti-CD40とIL-5刺激により plasma cellへ分化誘導した際のLnk:GFPの発現を解析したが、in vitroでplasma cellへ分化したBリンパ球でLnkの発現が低下し、細胞の分化シグナルによりLnk発現が抑制されうる事が明らかになった。

(4)成熟Tリンパ球におけるLnk/Sh2b3の発現

Balb/cマウスにC57BL/6マウスのリンパ球を移植してGVHD (graft-versus-host disease) を惹起すると、in vivoにおいて激しく増殖するTリンパ球でLnk:GFPの発現が強く抑制される事が明らかになった。しかしin vitroにおいて炎症性サイトカインを添加したり、Balb/cのAPCなどでTリンパ球を刺激してもLnk:GFPの発現量の低下は見られなかったことから、何らかの生体内の環境因子がLnk抑制には必須である可能性が考えられた。一方、小腸LPLやiELなど組織局在性のTリンパ球ではLnk:GFP発現の有意な低下が観察されたため、。in vitroにおけるレチノイン酸刺激存在下に培養したで腸管指向性Tリンパ球への分化を誘導したTリンパ球でのLnk:GFP発現を解析した結果、腸管指向性Tリンパ球への分化によってLnkの発現低下が誘導される可能性が示された。

(5) Lnk欠損が二次リンパ組織中のTリンパ球に与える影響

成熟Tリンパ球におけるLnkの発現および発現変化が見られたことから、Tリンパ球におけるLnkの機能に着目してLnk欠損マウスの表現型を解析した。その結果、Lnk欠損マウスの二次リンパ組織内でTリンパ球の絶対数が有意に増加している事が明らかになった。またCD8+ Tリンパ球のCD44(high)CD62L+分画の顕著な増加が観察され、同時にIFN-γ産生性のCD8+ Tリンパ球の有意な増加が認められた。

(6) Lnk欠損マウスの腸管組織における表現型

Lnkの発現低下が認められた腸管粘膜固有層中Tリンパ球では、Lnk欠損によりTリンパ球中に占めるCD8+ Tリンパ球の割合の増加が見られ、IFN-γ産生性CD8+ Tリンパ球も増加傾向にあった。また、Lnk欠損マウスが小腸に限局してした腸絨毛の萎縮/変形を自然発症することを見いだした。、粘膜組織局在性のTリンパ球においてもLnkがその機能制御に関与し、さらにLnkしており、そタンパクの欠失機能障害が腸管粘膜組織の異常に繋がりうる事が示唆された。

【考察】

本研究における発現解析の結果から、Lnkは造血系細胞の前駆細胞から終末分化にわたって厳密な量的制御を受けており、末梢成熟リンパ球の恒常性維持にも重要な役割を果たす細胞内アダプター分子である事が示された。細胞の分化段階依存的な発現低下と、生体内での活性化に伴う発現抑制という二つ複数のLnk発現制御システムが観察された存在し、またLnkがは分化段階依存的な発現制御と生体内での活性化に伴う発現抑制という複数の生体内で複数の機構による発現調節を受けることが示唆され、わかった。造血誘導時の骨髄前駆細胞、あるいはSCF依存性の高いPro B、Pre BにおいてはLnkの発現低下を介してSCF/TPOシグナル亢進が誘導され、骨髄再構築の進行や分化、増殖を促進する事が推察された。一方、成熟Bリンパ球などに分化した細胞では、終末分化に連動した依存して発現低下が誘導される事が明らかになり、成熟Tリンパ球においてはでは非リンパ組織局在性に依存したて、Lnkの発現量が制御されている可能性が示唆された。加えて、これらの情報を基に、Lnk欠損マウスの二次リンパ組織内におけるでCD44(high)、IFN-γ産生性CD8+ Tリンパ球の増幅が観察されたことからすることを見い出し、Lnkはが生体内でIFN-γ産生性CD8+ Tリンパ球の増殖抑制に働くという、これまで明らかでなかった成熟Tリンパ球におけること機能をが示された明らかにした。また腸管粘膜組織内Tリンパ球におけるLnkの発現低下を合わせて考えると、腸管組織への移動に伴ってLnk発現低下を介したIFN-γ産生性CD8+ Tリンパ球の増殖が誘導され、腸管組織内での適切なサイトカインバランスが維持されるモデルが考えられた。

さらに、一方、Lnk欠損マウスがは小腸に限局した絨毛萎縮を自然発症することからを見つけを見い出し、Lnk機能障害とセリアック病を含む自己免疫性疾患発症との関連が示唆された。I型糖尿病は活性化Tリンパ球による膵β細胞の破壊を特徴とする自己免疫疾患であり、セリアック病も小麦に含まれるグルテンに対する抗原特異的な免疫応答の亢進によるアレルギー疾患で、IEL、LPLの増加とTリンパ球による絨毛組織破壊を特徴とする。I型糖尿病、セリアック病に関するGWASの結果報告されたLNKのSNPは、全て同一のnon-synonymousな点変異であり、ヒトLNKのリンパ球における機能に興味が持たれるが、。野生型LNKやこのSNPによる変異タンパクの発現および機能についての解析は未だなされていない。造血系・免疫系細胞、特にTリンパ球におけるLnkの機能および発現制御システムの解明が、これら多因子疾患の発症病理解明や治療法開発に繋がるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、造血系・免疫系細胞の恒常性維持システムについて、造血幹細胞、前駆細胞の分化・増殖を負に制御する細胞内アダプター分子Lnk/Sh2b3の発現制御に着目し、解明を試みたものである。生体内及び生細胞におけるLnk発現を明らかにし、さらに新規の機能を同定するなど下記のような結果を得ている。

1.増殖中の細胞におけるLnkの発現変化をGFP蛍光でモニターできるミュータントマウスを作出した。プロモータ領域を残したままマウスlnk遺伝子座をGFP遺伝子で置換するようなターゲティングベクターを作成し、これをES細胞へ導入してLnk:GFPノックインマウス系統を樹立した。

2.骨髄の未分化な前駆細胞におけるLnk発現が、骨髄抑制からの回復中には低く保たれることを見い出し、細胞分化段階に依存しないLnk発現抑制機構の存在を示した。

3.B、T両リンパ球系細胞において、分化段階初期のLnk発現低下と成熟に伴った発現上昇を明らかにした。各リンパ球が分化過程に連動した発現制御を受けることを示した。

4.抗原受容体刺激によりin vitroで増殖中の成熟リンパ球におけるLnk発現量は、刺激前と比較して変化がないことを示した。

5.骨髄や脾臓に存在する抗体産生細胞plasma cellではLnkの発現量は低く、またin vitroでBリンパ球から終末分化を誘導した際にも分化に伴ってLnk発現量が低下し、成熟Bリンパ球においては細胞分化に依存したLnk発現調節機構が存在することを示した。

6.GVHD時の生体内で活性化したTリンパ球ではLnkの発現が低下すること見いだした。In vitroにおける各種炎症性サイトカイン添加はLnk発現量に影響しないこと、MLCでもLnk発現量は変化しないことから、Lnk発現制御における生体内環境因子の重要性が推察された。

7.腸管組織内に局在するTリンパ球ではLnk発現量が低く保たれることを見いだした。In vitroにおけるレチノイン酸刺激によって腸管指向性Tリンパ球へ分化したTリンパ球でLnk発現量の減少傾向が認められることから、組織局在性Tリンパ球への分化がLnk発現を制御し得ることを示した。

8.Lnk欠損マウスの二次リンパ組織内でTリンパ球の絶対数が有意に増加することを示し、また二次リンパ組織中でCD44(high)CD62L+、IFN-γ産生性のCD8+ Tリンパ球の割合が増加している事を見いだした。腸管粘膜においてもIFN-γ産生性のCD8+ Tリンパ球の増加傾向を認め、これらの変化はCD4+ Tリンパ球には表れないことを確認した。Lnkが生体内でIFN-γ産生性CD8+ Tリンパ球の増幅抑制に働くことが推察された。

9.Lnk欠損マウスが小腸遠位部限局的に腸絨毛の萎縮/変形を自然発症することを明らかにし、Lnkタンパクの欠失が腸管粘膜組織の異常に繋がり得る事ことを示した。

以上、本論文は、分化段階依存的な発現制御と生体内での活性化に伴う発現抑制という複数のLnk発現制御機構を介した造血系・免疫系細胞の恒常性維持機構を提示した。また、末梢Tリンパ球の機能制御と腸管粘膜組織の恒常性維持に関与するという、これまでに知られていなかったLnkの機能を明らかにした。本研究は、ヒトLNKのSNPと関連が報告されているI型糖尿病やセリアック病等の自己免疫疾患の発症病理の解明に貢献するものであり、学位の授与に値すると考えられる。

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