学位論文要旨



No 125917
著者(漢字) 櫻井,浩平
著者(英字)
著者(カナ) サクライ,コウヘイ
標題(和) miR-199aが形成する遺伝子制御ネットワークの解析
標題(洋)
報告番号 125917
報告番号 甲25917
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3396号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 濡木,理
 国立がんセンター 副所長(東京大学連携教授) 中釜,斉
 東京大学 准教授 秋山,泰身
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

microRNAは、植物、線虫、脊椎動物など幅広く存在する21~25塩基程度のノンコーディングRNAであって標的遺伝子mRNAの3'UTR内の相補配列に結合し、翻訳抑制あるいはmRNAの分解を引き起こすことにより遺伝子の転写後抑制を行う。脊椎動物のmicroRNAではこの相補性に多少のミスマッチが許容され、主として翻訳抑制を行っているとされる。

microRNA遺伝子は、まずRNAポリメラーゼIIによってpri-miRNAへと転写され5'端にはcap構造、3'端にはポリAが付加される。pri-miRNAは細胞核内でDroshaによってヘアピン領域が切断された後に、pre-miRNAへとプロセシングされる。pre-miRNAは細胞質へと輸送されDicerにより切断された後に成熟microRNAとなり、RISC (RNA induced silencing complex) に取り込まれてその機能を発揮する。

ヒトがんを中心とした疾患において複数種のmicroRNAの発現異常が報告されているが、発現異常の原因については不明なことが多い。その原因の一つはmicroRNA遺伝子のプロモーターの同定や構造の決定が充分になされていない点にある。そこで我々の研究室では脊椎動物間で保存されているmicroRNAについて、プロモーター領域をゲノムワイドに予測するアルゴリズムの開発を行い、多くのmicroRNAプロモーター(miPPRs : promoter regions of miRNAs)を予測した。その中でmiPPR21が実際にmiR-21のプロモーターであり、これが転写因子AP-1による制御を受けることを報告した。miR-21は多くのがん組織でその発現が上昇することが知られているが、これはがん部では一般に内在性のAP-1も活性化されていることを反映していると考えられる。

本研究ではがん等の疾患において特異的な発現異常を示すmiR-199aに注目した。これは19番染色体のmiR-199a-1と1番染色体のmiR-199a-2の2つの染色体座から産生されるが、どちらのpri-miRNAもプロセシングされた後、多くの場合ほぼ同量のmiR-199a-5pとmiR-199a-3pの2つの成熟microRNAが生成されると考えられている。miR-199a-1近傍にはESTの存在は認められないが、我々のアルゴリズムにより予測したmiR-199a-2のプロモーターmiPPR199a-2近傍にはESTが存在することから、miR-199a-2は様々な状況で活発に転写されていることが予想される。生成されたmiR-199a-5p, -3pはそれぞれ生理学的に重要な標的遺伝子を持ち、がんの進展に関与することが示唆されている。そこで本研究ではmiR-199a-2遺伝子の発現制御機構およびmiR-199aの標的遺伝子を明らかにし、miR199aが形成する遺伝子制御ネットワークを解析することにした。またホルマリン固定パラフィン包埋切片を用いてin situ hybridization法を行い、miR-199aをin situ hybiridization法で検出することにより正常上皮とがんにおけるmiR-199aの発現様式を明らかにすることを目指した。

結果と考察

・miR-199a-2のプロモーターの同定とその解析

miR-199a-5pの発現が高いSW13(vim-)細胞と発現が低いMDA-MB435細胞を用いて、miR-199a-2の転写開始点をRT-PCR法およびプライマーエクステンション、ダイデオキシシークエンシングにより解析したところ、SW13(vim-)細胞において、miPPR199a-2内に転写開始点を同定した。

ヒトのmiPPR199a-2内には、E-box配列、AP-1、NFkB、HIF-1α及びEgr1結合配列などが予測された。この中でEgr1結合配列が3つ点在していて、MDA-MB435細胞を用いてEgr1を過剰発現するとmiR-199a-5pの発現が誘導され、SW13(vim-)細胞でEgr1をノックダウンするとmiR-199a-5pの発現が低下したことからmiR-199a-2の主要転写制御因子としてEgr1に注目した。

miR-199a-2プロモーター領域をLuciferase遺伝子に接続したレポータープラスミドを作製しMDA-MB435細胞に導入したところ、Egr1発現ベクターの容量依存的にそのレポーター活性が上昇した。3ヶ所のEgr1結合部位のおのおのに変異を導入した一連の変異体レポーターの解析から、TATAboxと転写開始部位近傍に位置するもっとも下流のEgr1結合部位がこの誘導とbasal levelでの発現に必須であることが示された。またSW13(vim-)細胞において、この結合予測部位近傍にEgr1が動員されていることがクロマチン免疫沈降実験により示された。種々のがん細胞株におけるmiR-199a-5p, -3pとEgr1の発現様式は正に相関しており、多くの細胞種で内在性のEgr1によりmiR-199a-2の転写が行われていると考えられる。

・miR-199a-5pおよび-3pの新規標的遺伝子の同定

miR-199a-5pとmiR-199a-3pの新規標的遺伝子を同定するため、microRNAの標的遺伝子を予測する既存のアルゴリズムであるPicTar、TargetScanを用いて検索したところ、BrmがmiR-199a-5p、-3p両者の有力な標的遺伝子となっていた。Brmはクロマチン構造変換因子SWI/SNF複合体の触媒サブユニットであり様々な遺伝子のプロモーター上に動員され転写制御を行う。Brmはエピジェネティカルに極めて広汎な転写制御を行うため、様々な遺伝子群に大きな影響を及ぼすことが予想される。また我々の研究室ではこれまでに多くのがん細胞株でBrmの発現は転写後レベルで制御されることを示していることから、この標的候補遺伝子に注目した。

miR-199a-5p/-3p発現ベクターを利用してMDA-MB435細胞にmiR-199a-5pおよび-3pを発現誘導させると、Brmタンパクの発現が低下した。また我々の研究室ではmicroRNAの機能を特異的に抑制するデコイRNA (TuD RNA) を発現するベクターの開発に成功しているので、これを用いてTIG3細胞でmiR-199a-5pあるいは-3pの機能を抑制すると、Brmタンパクの発現が上昇した。さらにBrmの3'UTRをルシフェラーゼ遺伝子の下流につなげたレポータープラスミドとmiR-199a-5p/-3p発現ベクターをトランスフェクションしたところ、miR-199a-5pと-3pの結合予測部位の両方に変異を導入した場合にレポーター活性が上昇した。以上の結果によりmiR-199a-5pおよび-3pはBrmを標的とすることが示された。

・miR-199a、Egr1、Brmが形成する遺伝子制御ネットワークの解析

複数のがん細胞株におけるBrm、Egr1、miR-199a-5p, -3pの発現様式を比較検討したところ、Brm欠失細胞株ではEgr1、miR-199a-5p, -3pの発現は高く、Brm発現細胞株ではEgr1、miR-199a-5p, -3pの発現は低い傾向があった。そこで「BrmがEgr1の転写を抑制することにより、その下流のmiR-199a-2の転写をも低下することを反映している」という作業仮説を立て、これを検証することにした。

SW13(vim-)細胞にBrmを発現誘導させるとEgr1の発現は低下し、miR-199a-5pの発現も低下した。MDA-MB435細胞でBrmをノックダウンするとEgr1 の発現は上昇し、同時にmiR-199a-5pの発現も上昇した。そこでEgr1遺伝子のプロモーター領域をルシフェラーゼ遺伝子の上流につないだレポータープラスミドを作製しMDA-MB435細胞にトランスフェクション後、ルシフェラーゼ遺伝子の安定発現株を取得し、この安定発現株でBrmをノックダウンすると、レポーター活性が上昇した。またクロマチン免疫沈降実験によりMDA-MB435細胞において内在性のBrmがEgr1プロモーターに動員されていたことから、BrmはEgr1の転写を負に制御してその下流のmiR-199a-5pの発現も低下する可能性が示唆された。

miR-199a-5p、-3pの生体内における発現様式を明らかにするために、ホルマリン固定パラフィン包埋切片を用いてin situ hybridization法により検出したところ、食道扁平上皮がんの浸潤部においてmiR-199a-5p、-3pの発現は正常上皮に比べ低下していた。また連続切片を用いてEgr1とBrmの発現を免疫染色により検出したところ、Egr1はmiR-199a-5p、-3p同様に正常上皮に比べ浸潤部で発現低下していたがBrmの発現は高く、がん細胞株における発現様式がヒト食道扁平上皮がんにおいても認められた。

本研究によりmiR-199a-2の発現はEgr1によって制御されること、miR-199a-5pおよび-3pはBrmを標的とすることが示された。またBrmはEgr1プロモーター上に動員されこの遺伝子の転写を抑制することによりmiR-199a-2の転写も低下させることが示唆された。これは、miR-199a、Egr1、Brmの3因子のみが主体となり形成されるものではないものの、他の制御因子も含めた遺伝子制御ネットワークががんにおいて働くことが考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、がん等の疾患において発現異常を示すことが知られているmiR-199aに着目した。研究室で開発したmicroRNAのプロモーター予測アルゴリズムによってmiR-199a-2遺伝子の上流にプロモーター領域(miPPR199a-2)を予測したため、miR-199a-2遺伝子の発現分子機構を明らかにすることを目指した。また、miR-199aの発現ベクターおよび抑制ベクターを構築し、miR-199a-5pとmiR-199a-3pの新規標的遺伝子の同定を試みた。そして、miR-199aが形成する遺伝子制御ネットワークをがん細胞株および組織切片を用いて解析し、miR-199aの発現異常の原因の一端を明らかにすることを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.内在性のmiR-199aの発現量が高いSW13(vim-)細胞においてmiPPR199a-2内に2つの転写開始点を同定した。また、miPPR199a-2にある3つのEgr1結合予測配列のうち、最も下流にある配列にEgr1が動員され、miR-199a-2の転写を正に制御することが示された。

2.miR-199a-5pとmiR-199a-3pの両成熟microRNAを効率よく発現させることができるmiR-199a発現ベクターを構築した。また研究室で開発したTuD(Tough decoy)RNA発現ベクターを利用し、miR-199a-5pあるいはmiR-199a-3pを特異的に阻害することに成功した

3.miR-199a遺伝子から生成されるmiR-199a-5pと-3pがともに、クロマチン構造変換因子SWI/SNF複合体の触媒サブユニットの1つであるBrmを標的とする可能性が示唆された。miR-199a-5pと-3pはBrm mRNAの3'UTR内のそれぞれ異なる部位に結合し、Brmの翻訳後抑制に関与すると考えられる。

4.複数種のがん細胞株においてBrmとEgr1の発現が逆相関することを見出し、BrmがEgr1を負に制御するという作業仮説を立て解析したところ、BrmがEgr1遺伝子のプロモーター上に動員され、Egr1 mRNAの転写を負に制御することが示唆された。

5.食道扁平上皮の組織切片を用いて発現解析を行ったところ、がん浸潤部においてmiR-199a-5p,-3p、Egr1の発現は低下し、Brmの発現が上昇していることから、細胞株で認められた発現様式が食道扁平上皮がんにおいても認められた。

以上、本論文はmiR-199a-2遺伝子の発現が転写因子Egr1によって正に制御されること、またmiR-199a-5pと-3pはBrm mRNAを標的とすることを示した。さらにBrmはEgr1 mRNAの転写を負に制御することから、miR-199a、Egr1、Brmがfeedback loopを形成することを明らかにした。このfeedback loopは、miR-199a、Egr1、Brmの3因子のみで形成されるものではなく、他の複数の因子が関与することが示唆されるが、miR-199aが発現異常を示す原因の一つであると考えられ、microRNAが形成する遺伝子制御ネットワークの解明に重要な貢献をなし、学位の授与に値するものと考えられる。

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