学位論文要旨



No 125918
著者(漢字) 佐藤,琢也
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,タクヤ
標題(和) 神経幹細胞/前駆細胞におけるドッキングタンパク質FRS2αの機能解析
標題(洋)
報告番号 125918
報告番号 甲25918
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3397号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 准教授 伊藤,彰彦
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 北村,俊雄
内容要旨 要旨を表示する

Fibroblast growth factor(FGF)は神経幹細胞を含む様々な幹細胞の培養系において幹細胞の自己複製能及び増殖能を維持させるために一般的に使用されている増殖因子である。しかし、FGFがどのような分子機構によってそのような作用を示すのかについてはまだよく分かっていない。そこで本研究ではFGFシグナリングにおいて重要な機能を果たす分子であるFGF receptor substrate 2 α(FRS2α)に注目し、神経幹細胞/前駆細胞の自己複製および増殖における機能解析を行った。FGFの結合によりFGF受容体が活性化すると、FRS2αのShp2結合部位とGrb2結合部位として知られる2つのチロシンリン酸化部位がリン酸化され、Erkの活性化が起こることが知られている。まず、FRS2αの過剰発現の実験から、FRS2αのチロシンリン酸化が神経幹細胞/前駆細胞の増殖および自己複製に必要であることが示唆された。次に、FRS2αのGrb 2結合部位の変異体(Frs2α4F)を使った解析から、この部位は神経前駆細胞の増殖に必要であるが、幹細胞の自己複製には必須ではないことが示された。加えて、 Frs2α4F/4Fの神経幹細胞/前駆細胞においてはFGF刺激によるErkの活性化が若干減少していた。さらに、神経幹細胞/前駆細胞においてFrs2αをノックダウンした場合にはFGF刺激に応じたErkの活性化が減少し、増殖および自己複製の両方が阻害された。これらの結果は、FGF刺激によるFRS2αを介した比較的低いレベルのErkの活性化は自己複製の促進に十分であるが、神経前駆細胞が正常に増殖するには、より高いレベルのErkの活性化が必要であることを示唆する。この仮説と一致して、Mek阻害剤を使った実験から、高い阻害剤の濃度では神経幹細胞/前駆細胞の増殖および自己複製の両方が阻害されるが、低い濃度では増殖だけが抑制され自己複製には影響がないことが示された。一方、FGF-FRS2αシグナリングの下流で自己複製に働く因子について探索した結果、転写因子Hes1の発現がErkの活性化に依存して誘導されることが分かった。また、Frs2αをノックダウンすると神経幹細胞の自己複製が阻害されたが、Hes1を共発現することでその表現型がレスキューされた。以上の結果から、FRS2αはFGFによるErkの活性化レベルを調節することで、神経幹細胞/前駆細胞の自己複製及び増殖の制御に重要な働きをすることが示された。また、FRS2α-Erkシグナリングの下流でHes1が神経幹細胞の自己複製に働いていることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、FGFが神経幹細胞/前駆細胞の自己複製能及び増殖能を調節する分子機構を明らかにするため、FGFシグナリングにおいて重要な機能を果たす分子であるFRS2αに注目して、神経幹細胞/前駆細胞の自己複製および増殖における機能解析を行ったものである。

まず、FRS2αの過剰発現の実験から、FRS2αのチロシンリン酸化が神経幹細胞/前駆細胞の増殖および自己複製に必要であることが示唆された。次に、FRS2αのGrb 2結合部位の変異体(Frs2α4F)を使った解析から、この部位は神経前駆細胞の増殖に必要であるが、幹細胞の自己複製には必須ではないことが示された。加えて、 Frs2α4F/4Fの神経幹細胞/前駆細胞においてはFGF刺激によるErkの活性化が若干減少していた。さらに、神経幹細胞/前駆細胞においてFrs2αをノックダウンした場合にはFGF刺激に応じたErkの活性化が減少し、増殖および自己複製の両方が阻害された。また、Mek阻害剤を使った実験から、高い阻害剤の濃度では神経幹細胞/前駆細胞の増殖および自己複製の両方が阻害されるが、低い濃度では増殖だけが抑制され自己複製には影響がないことが示された。また、Frs2αをノックダウンすると神経幹細胞の自己複製が阻害されたが、Hes1を共発現することでその表現型がレスキューされた。

以上の結果から、FRS2αはFGFによるErkの活性化レベルを調節することで、神経幹細胞/前駆細胞の自己複製及び増殖の制御に重要な働きをすることが示された。また、FRS2α-Erkシグナリングの下流で神経幹細胞の自己複製に働く因子の一つがHes1であることが示唆された。

本研究は神経幹細胞/前駆細胞の増殖および自己複製におけるシグナル伝達機構の解明に寄与することで再生医療研究への応用に重要な貢献となると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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