学位論文要旨



No 125919
著者(漢字) 鈴木,夕佳
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ユウカ
標題(和) 血管の形成における骨形成因子BMPの機能
標題(洋)
報告番号 125919
報告番号 甲25919
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3398号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 特任准教授 後藤,典子
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 講師 新井,郷子
内容要旨 要旨を表示する

血管は成体の恒常性の維持に必須であるのみならず、腫瘍や糖尿病網膜症などの病態の進行においても重要な役割をはたすことから、その形成機構の解明は急務でありながら、未解明な部分が多く残されている。血管系の発生は、中胚葉由来の血管前駆細胞が卵黄嚢上で血島を形成し、血島が互いに連結しあい原始的な血管網を形成することにより始まる。また成熟個体における血管新生 (neovascularization) は、既存の血管からの内皮細胞の増殖・遊走によるangiogenesisに加えて、末梢血中骨髄由来の血管前駆細胞が血管内皮細胞へと分化するvasculogenesisも関与すると考えられている。血管形成に重要な役割を果たすことが明らかになっている代表的な因子群としては、血管内皮増殖因子 (vascular endothelial growth factor: VEGF) やAngiopoietin (Ang) が挙げられる。VEGFは血管内皮細胞の分化・増殖と遊走を促進することで血管発生・新生を誘導することが、細胞ならびに個体レベルの解析により示されている。Ang-1は血管内皮細胞の増殖の促進とアポトーシスを抑制するとともに、壁細胞との相互作用により血管構造を安定化させることが明らかとなってきた。

血管の形成に重要な役割を果たす因子としてbone morphogenetic protein (BMP) ファミリーに注目が集まっている。BMPファミリーはBMP-2/4グループ (BMP-2, 4), osteogenic protein-1 (OP-1) グループ (BMP-5, 6, 7, 8), BMP-9/10グループ (BMP-9, 10), GDF-5グループ (GDF-5, 6, 7) から構成される。BMPの受容体はI型とII型に分類され、リガンドが結合するとI型・II型受容体がヘテロ四量体を形成し、II型受容体はI型受容体をリン酸化して活性化する。活性化されたI型受容体はSmadタンパク質をリン酸化することにより細胞内へシグナルを伝達し、標的遺伝子の発現を調節する。BMP-2, 4, 6, 7のI型受容体はactivin receptor-like kinase (ALK)-2, 3, 6であり、Smad1, 5, 8を活性化すると考えられてきたが、近年BMP-9, 10がALK-1と結合しSmad1, 5, 8経路を活性化すると報告された。

血管の形成と維持におけるBMPファミリーの重要性は、遺伝性血管疾患がそのシグナル伝達因子の遺伝子異常により引き起こされることから明らかになっている。遺伝性出血性末梢血管拡張症 (HHT) の原因遺伝子はACVRL1 (ALK-1) とendoglin (co-receptor) であり、原発性肺高血圧症 (PAH) の原因遺伝子がBMPR2 (BMPのII型受容体) であることが示されてきた。また細胞レベルではBMP-4が血管前駆細胞の分化を促進することや、BMP-2がHAEC (ヒト動脈内皮細胞) の、BMP-6がMEEC (マウス胚性内皮細胞) の、BMP-7がHPAEC (ヒト肺動脈内皮細胞) の増殖を促進することが報告されている。その一方で、BMP-4はHUVEC (ヒト臍帯静脈内皮細胞) の増殖を抑制すると報告されており、血管内皮細胞の分化・増殖に対するBMPファミリーの作用については未解明な部分が残されていた。そこで本研究では血管前駆細胞から血管内皮細胞が分化する過程におけるBMP-4ならびにBMP-9の役割を解析するために胚性幹 (embryonic stem: ES) 細胞からのin vitro血管分化系を用いた。

ES細胞を分化させた細胞集団からVEGF受容体2 (VEGFR2) を発現する血管前駆細胞(VEGFR2陽性細胞)を単離して、無血清条件でVEGFを加えて48時間培養すると、90%以上が血管内皮細胞へと分化する。その際にBMP-4を添加し効果を検討したところ、細胞数の増加を認めた。また、血管前駆細胞から血管内皮細胞を分化させる過程48時間のうちBMP-4を作用させる時間帯を変えて細胞数に与える効果を検討したところ、血管内皮細胞が未分化な、初期15時間においてのみ増殖促進効果を認めた。

コロニーフォーメーションアッセイにおいて、BMP-4によりコロニー数が増加したことから、BMP-4が血管内皮細胞の分化・生存のどちらか、または両方を促進することが明らかになった。またBMP-4により、単一細胞から形成されるコロニーあたりの細胞数が増加したことから、BMP-4が増殖を促進することを示した。さらに、BMP-4によりBrdUを取り込む血管内皮細胞の割合が上昇し、TUNEL陽性の細胞の割合が低下したことから、BMP-4によるES細胞由来血管内皮細胞の細胞数増加が細胞周期の活性化とアポトーシスの抑制を介することが示唆された。

BMP-4による増殖促進作用の分子メカニズムを明らかにするためにBMP-4の標的遺伝子を探索した。その結果、BMP-4の標的遺伝子として既に報告があり血管新生作用があるId-1の発現が上昇した。さらに血管内皮細胞の増殖や生存に重要な因子の発現を検討したところ、VEGFR2やTie2 (Ang-1の受容体) 発現が上昇することが明らかになった。また受容体の活性化状態を示すリン酸化レベルもそれぞれ上昇していたことから、ES細胞由来血管内皮細胞におけるBMP-4の増殖促進効果は、VEGF/VEGFR2やAng-1/Tie2シグナルの増強を介するという可能性が示唆された。

さらにBMP-4とは異なるサブファミリーに属し、ALK-1を介してシグナルを伝達するという報告があるBMP-9の効果を検討した。血管前駆細胞から血管内皮細胞を分化させる際に、BMP-9を添加したところ、BMP-4と同様に細胞数が増加した。またBMP-6もBMP-4やBMP-9と同様の効果を示した。ALK-1-Fc (ALK-1細胞外ドメインからなるキメラ受容体) を用いた実験によりBMP-9がES細胞由来の血管内皮細胞においてもALK-1と特異的に結合することを示した。また、内因性のALK-1をノックダウンしたところ、BMP-9による細胞数の増加が抑制されたことから、BMP-9による細胞数増加にはALK-1が必須であることが示された。さらに、血管前駆細胞から血管内皮細胞を分化させる時期特異的に恒常活性型のALK-1を発現させると、BMP-9刺激がない条件であってもBMP-9刺激と同様に細胞数の増加を認めたことから、BMP-9がALK-1の活性化を介してシグナルを伝達していることが示唆された。

ES細胞由来血管内皮細胞の増殖を誘導するBMP-9/ALK-1シグナルの標的遺伝子を探索したところ、BMP-4と同様にVEGF/VEGFR2やAng-1/Tie2のシグナル増強を介して細胞数の増加をもたらす可能性が示唆された。また、ALK-1の発現がBMP-9により上昇することが新たにわかり、ポジティブフィードバック機構が存在すると示唆された。同様にendoglinの発現もBMP-9により上昇することが示され、ALK-1と複合体を形成することによりALK-1の効果を促進すると報告されているendoglinがBMP-9によるES細胞由来の血管内皮細胞の細胞数増加においても一役担っている可能性が示唆された。

本研究において初めてES細胞由来の血管前駆細胞が血管内皮細胞へと分化していく過程における時間依存的なALK-1, ALK-3の発現を検討した。その結果、ALK-1の発現は血管内皮細胞マーカーと並行して分化とともに誘導されたのに対し、ALK-3の発現は分化とともに減少することが新たにわかった。つまり、ALK-1を介するBMP-9のシグナルは、血管内皮細胞への分化が決定したあと遅れて活性化されるのに対し、ALK-3を介するBMP-4のシグナルは血管前駆細胞において既に活性化しており血管内皮細胞の分化とともに徐々に低下することが示された。これは血管内皮分化初期の未分化な時期においてのみBMP-4の増殖促進効果が認められたという上記の結果を補うものである。このように、BMP-4とBMP-9のシグナルはともに内皮細胞の細胞数を増加させる一方で、分化の時期によって活性化される時期が異なり、異なる役割を担っていることが示唆された。

さらに我々は、E8.25マウス胚においてBMP-9/ALK-1シグナルが機能していること、ex vivo allantois血管形成においてBMP-9が促進的に働くことを明らかとし、胚での血管発生においてBMP-9が重要な役割を担っていることを示唆した。また、Smad4-nullのヒトすい臓がん細胞株BxPC3を用いた腫瘍異種移植モデルを導入し、腫瘍血管に対するBMP-9の効果を検討した。腫瘍血管新生においてもBMP-9が促進的に機能することを明らかとした。さらにmatrigel plug assayを行い、成体における血管新生もBMP-9により促進することを示した。これらex vivo, in vivo実験から、BMP-9が生理的条件下において機能し得ること、また様々な局面での血管形成においてBMP-9が役割を担っていることを示唆した。

末梢血から採取した骨髄由来の血管内皮前駆細胞 (EPC) はES細胞由来のVEGFR2陽性細胞と共通の性質を持つ。EPCを虚血部位に投与する血管再生療法が試みられており、末梢血からのEPCの採取は低浸襲性の面で骨髄からの採取より有利である。末梢血中から採取したEPCを利用する場合EPCの細胞数の確保が問題で、ex vivoでの増殖因子やサイトカインなどによる増殖促進が必要となる。本研究の結果により、血管新生・血管再生医療においてBMPを用いた方法が開発されることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は骨形成因子BMPの血管形成における機能を明らかにするために、様々な血管形成モデルを用いて検討したものである。血管は成体の恒常性の維持に必須であるのみならず、腫瘍や糖尿病網膜症などの病態の進行においても重要な役割をはたすことから、その形成機構の解明は急務でありながら、未解明な部分が多く残されている。得られた結果は以下のとおりである。

1. ES細胞を分化させた細胞集団からVEGF受容体2 (VEGFR2) を発現する血管前駆細胞(VEGFR2陽性細胞)を単離して、無血清条件でVEGFを加えて48時間培養すると、90%以上が血管内皮細胞へと分化する。その際にBMP-4を添加し効果を検討したところ、細胞数の増加を認めた。

2. 血管前駆細胞から血管内皮細胞を分化させる過程48時間のうちBMP-4を作用させる時間帯を変えて細胞数に与える効果を検討したところ、血管内皮細胞が未分化な、初期15時間においてのみ増殖促進効果を認めた。

3. コロニーフォーメーションアッセイにおいて、BMP-4によりコロニー数が増加したことから、BMP-4が血管内皮細胞の分化・生存のどちらか、または両方を促進することが明らかになった。またBMP-4により、単一細胞から形成されるコロニーあたりの細胞数が増加したことから、BMP-4が増殖を促進することを示した。

4. BMP-4によりBrdUを取り込む血管内皮細胞の割合が上昇し、TUNEL陽性の細胞の割合が低下したことから、BMP-4により細胞周期が活性化しアポトーシスが抑制すると示された。つまりコロニーフォーメーションアッセイの結果とあわせると、ES細胞由来血管内皮細胞でのBMP-4による細胞数の増加は、BMP-4の添加により分化・生存・増殖が促進され、アポトーシスが抑制されたことを介する現象であることが示唆された。

5. BMP-4による増殖促進作用の分子メカニズムを明らかにするためにBMP-4の標的遺伝子を探索した。その結果、BMP-4の標的遺伝子として既に報告があり血管新生作用があるId-1の発現が上昇した。さらに血管内皮細胞の増殖や生存に重要な因子の発現を検討したところ、VEGFR2やTie2 (Ang-1の受容体) 発現が上昇することが明らかになった。また受容体の活性化状態を示すリン酸化レベルもそれぞれ上昇していたことから、ES細胞由来血管内皮細胞におけるBMP-4の増殖促進効果は、VEGF/VEGFR2やAng-1/Tie2シグナルの増強を介するという可能性が示唆された。

6. BMP-4とは異なるサブファミリーに属し、ALK-1を介してシグナルを伝達するという報告があるBMP-9の効果を検討した。血管前駆細胞から血管内皮細胞を分化させる際に、BMP-9を添加したところ、BMP-4と同様に細胞数が増加した。またBMP-6もBMP-4やBMP-9と同様の効果を示した。

7. ALK-1-Fc (ALK-1細胞外ドメインからなるキメラ受容体) を用いた実験によりBMP-9がES細胞由来の血管内皮細胞においてもALK-1と特異的に結合することを示した。また、内因性のALK-1をノックダウンしたところ、BMP-9による細胞数の増加が抑制されたことから、BMP-9による細胞数増加にはALK-1が必須であることが示された。

8. 血管前駆細胞から血管内皮細胞を分化させる時期特異的に恒常活性型のALK-1を発現させると、BMP-9刺激がない条件であってもBMP-9刺激と同様に細胞数の増加を認めたことから、BMP-9がALK-1の活性化を介してシグナルを伝達していることが示唆された。

9. ES細胞由来血管内皮細胞の増殖を誘導するBMP-9/ALK-1シグナルの標的遺伝子を探索したところ、BMP-4と同様にVEGF/VEGFR2やAng-1/Tie2のシグナル増強を介して細胞数の増加をもたらす可能性が示唆された。

10. ALK-1の発現がBMP-9により上昇することが新たにわかった。つまりBMP-9はALK-1の発現誘導を介したポジティブフィードバック機構を有することが示唆された。同様にendoglinの発現もBMP-9により上昇することが示され、ALK-1と複合体を形成することによりALK-1の効果を促進すると報告されているendoglinがBMP-9によるES細胞由来の血管内皮細胞の細胞数増加においても役割を担っている可能性が示唆された。

11. ES細胞由来の血管前駆細胞が血管内皮細胞へと分化していく過程における時間依存的なALK-1, ALK-3の発現を検討した。その結果、ALK-1の発現は血管内皮細胞マーカーと並行して分化とともに誘導されたのに対し、ALK-3の発現は分化とともに減少することが新たにわかった。つまり、ALK-1を介するBMP-9のシグナルは、血管内皮細胞への分化が決定したあと遅れて活性化されるのに対し、ALK-3を介するBMP-4のシグナルは血管前駆細胞において既に活性化しており血管内皮細胞の分化とともに徐々に低下することが示された。これは血管内皮分化初期の未分化な時期においてのみBMP-4の増殖促進効果が認められたという上記の結果を補うものである。このように、BMP-4とBMP-9のシグナルはともに内皮細胞の細胞数を増加させる一方で、分化の時期によって活性化される時期が異なり、異なる役割を担っていることが示唆された。

12. E8.25マウス胚においてBMP-9/ALK-1シグナルが機能していること、ex vivo allantois血管形成においてBMP-9が促進的に働くことを明らかとし、胚での血管発生においてBMP-9が重要な役割を担っていることを示唆した。

13. matrigel plug assayを行い、成体における血管新生もBMP-9により促進されることを示した。

14. Smad4-nullのヒトすい臓がん細胞株BxPC3を用いた腫瘍異種移植モデルを導入し、腫瘍血管に対するBMP-9の効果を検討した。腫瘍血管新生においてもBMP-9が促進的に機能することを明らかとした。

以上、本論文はBMPが生理的条件下において機能し得ること、また様々な局面での血管形成において役割を担っていることを示唆した。また、BMP/ALK-1, 2, 3, 6/Smad1, 5, 8の経路が血管形成を促進するという新しいモデルを提唱した。本研究は血管形成の調節機構を明らかにし、癌治療や血管再生医療に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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