学位論文要旨



No 125920
著者(漢字) 畑,麻美
著者(英字)
著者(カナ) タカハタ,マミ
標題(和) SKIとMEL1によるTGF-βシグナル抑制機構の解析
標題(洋)
報告番号 125920
報告番号 甲25920
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3399号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山梨,裕司
 癌研究会癌研究所 連携教授 中村,卓郎
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 講師 宇於崎,宏
 東京大学 講師 多田,稔
内容要旨 要旨を表示する

Transforming growth factor-β (TGF-β は強力な細胞増殖抑制作用をはじめとして多彩な作用をもつサイトカインであり、そのシグナル伝達の異常は細胞の癌化と密接に関わっている。TGF-βシグナルは細胞内シグナル伝達因子Smadを介して伝達される。TGF-βがII型受容体に結合すると、II型受容体はI型受容体を活性化する。活性化したI型受容体は特異型Smad(Smad2とSmad3)をリン酸化し活性化する。リン酸化された特異型Smadは共有型Smad(Smad4)と複合体を形成して核内へ移行し、転写因子の他、コアクチベーター又はコリプレッサーと共に標的遺伝子の発現を調節している。コアクチベーターとして、これまでp300やCBP、P/CAF、GCN5などが知られており、これらはヒストンアセチル化酵素活性を持ち、ヒストンのアセチル化を促すことにより転写を活性化する。一方、コリプレッサーとしては、SKI、SKIL (SnoN)、EVI1などが知られており、これらはSmad複合体へヒストン脱アセチル化酵素HDACをリクルートしてヒストンの脱アセチル化を促す事により転写を抑制する。ある種の癌ではTGF-βシグナルを抑制するこれらのコリプレッサーの発現が亢進していることが知られ、細胞の癌化との関係が示唆されている。

このうちSKIはSloan-Kettering retrovirus (v-Ski)の鳥類におけるcellular counterpartとして最初に同定された。SKIは悪性黒色腫、食道癌、大腸癌、白血病で発現の亢進が報告されている。SKIはTGF-βのシグナル伝達因子Smad2、Smad3、Smad4に結合して、Smadとヒストンアセチル化酵素p300やCBPとの結合を阻害し、さらにSmadへヒストン脱アセチル化酵素であるN-CoRやHDACをリクルートすることによって、TGF-β標的遺伝子の転写を抑制することが報告されている。

MEL1はt(1;3)(1p36;3q21)転座のある骨髄異形性症候群(MDS)や急性骨髄性白血病(AML)で発現が亢進している遺伝子として最初に同定された。また、骨肉腫において約半数例でMEL1遺伝子座の増幅が起きていることが報告されている。MEL1の構造はTGF-βのコリプレッサーであるEVI1のlong formとして知られているMDS1/EVI1と非常に高い相同性がある。TGF-βシグナルとの関連については、Smad3と結合することが報告されているが、癌化やTGF-βシグナルにおける役割はほとんど明らかにされていない。そこで本研究ではTGF-βシグナルにおけるMEL1の役割と、そのメカニズムとしてのSKIとの協調作用について解析し明らかにした。

種々の癌細胞株におけるSKIとMEL1を含むTGF-βシグナルのコリプレッサーの発現をreal-time RT-PCRで検討したところ、胃癌細胞株においてSKIとMEL1両遺伝子が共に高発現する傾向が認められた。胃癌の臨床検体を用いた免疫組織染色による検討では、SKIタンパク質の発現が全120症例中114症例に認められた。組織型の分類から、SKIは未分化型癌よりも分化型癌で強く発現する傾向が認められた。また、正常組織と胃癌組織でのSKI、MEL1 mRNAの解析では、両mRNAが胃癌組織で同時に発現上昇する傾向があることが明らかになった。

SKIとMEL1遺伝子は共に第1染色体短腕上にあり、比較的近い部位に位置している。FISH法を用いてSKI、MEL1高発現胃癌細胞株MKN28のSKI、MEL1遺伝子座を観察すると、両遺伝子は共に第1染色体長腕に転座して増幅していた。そこで胃癌細胞株でのSKI、MEL1とTGF-βシグナルの関係を調べるために、MKN28細胞にレンチウィルスを用いてmiRNAを導入し、内因性SKIとMEL1をノックダウンした細胞株を樹立した。その結果、一方のみのノックダウンに比して両者の同時ノックダウンにより、効果的にTGF-βの標的遺伝子PAI-1とp21 mRNAの発現誘導が認められ、TGF-βによる細胞増殖抑制作用も回復した。続いてin vivoでのMKN28細胞の腫瘍形成への両遺伝子の作用を検討したところ、ヌードマウスへの皮下移植実験で、ダブルノックダウン細胞株はcontrolの細胞株に比べ、腫瘍形成が抑制された。これらのことより、SKIとMEL1は胃癌細胞株において、TGF-βシグナルを協調的に抑制していることが示唆された。

このメカニズムを明らかにするために、まず解析の進んでいないMEL1のTGF-βシグナルに対する作用機構を解析した。ルシフェラーゼレポーターアッセイによって調べた結果、MEL1はTGF-βシグナルによる転写活性を用量依存的に抑制した。免疫染色によりMEL1の細胞内局在を調べた結果、MEL1はTGF-β存在下でSmad2/3と核内で共局在していることが明らかとなり、MEL1はSmadの核内移行以後の段階でシグナルを阻害していることが示唆された。そこで、Smadとの結合を調べたところ、MEL1はSmad2、Smad3に結合した。結合部位のマッピングでは、MEL1はSmad3のMH2ドメインに結合した。次に、MEL1のシグナル抑制にMEL1の類似タンパク質EVI1で報告されるようなヒストン脱アセチル化酵素HDAC1の関与があるか検討した。その結果、MEL1はSmad3へHDAC1をリクルートすることによってヒストンの脱アセチル化を促進し、Smadによる標的遺伝子の転写活性化を抑制することが示唆された。また、EVI1はCtBPを介してHDACと結合することが報告されているため、MEL1とHDAC1の結合におけるCtBP1の関わりを調べた。CtBP1と結合しないMEL1の変異体 (MEL1 Cbs mutant 2)は、野生型MEL1と比してHDAC1との結合は減弱するものの保たれており、そのTGF-βシグナルの転写抑制能も軽度阻害されるに留まった。これにより、MEL1のTGF-βシグナル抑制作用のメカニズムの一部として、EVI1と同様のCtBP1によるHDAC1のリクルートが関与している可能性が示唆されるものの、他の重要なメカニズムの存在が示唆された。

そこで次にTGF-βシグナルに対するSKIとMEL1の協調的抑制作用に着目して、そのメカニズムの解析をおこなった。免疫沈降-ウエスタンブロッティングでの検討によりSKIとMEL1は結合し、さらに互いにSmad3との結合を増強することが明らかになった。また、Smad結合配列を使用したDNA affinity precipitation assayによって、SKIとMEL1両者は協調的にSmad3のDNA結合を促進することを見いだした。そしてMKN28細胞のSKI、MEL1ノックダウンによって、内因性のSmad2/3とHDAC1のTGF-β標的遺伝子のプロモーターへの結合が減少することがクロマチン免疫沈降法により明らかになった。これらの結果より、SKIとMEL1はHDAC1を含む不活性なSmad複合体をプロモーター結合領域に留め、コアクチベーターを含むアクティブなSmad複合体の結合を妨げ、より効率的に転写の抑制をおこなっていることが示唆された。

最後に、MEL1のシグナル抑制作用に対してのSKIの必要性について検討した。MEL1におけるSKI結合部位のマッピングをおこない、SKIはMEL1のC端側に結合することを明らかにした。この解析により同定したSKIと結合しないMEL1 mutant (MEL1 (1-2214))ではSmad3、HDAC1の結合は維持されているにもかかわらず、Smad3へのHDAC1のリクルートができなくなり、ルシフェラーゼアッセイにおけるTGF-βシグナル抑制作用も強く減弱した。その程度は先のCtBP1に結合しないMEL1の変異体と比して非常に強く、MEL1のシグナル抑制にはSKIとの結合が重要であると考えられた。

以上のことから、胃癌細胞株においてコリプレッサーSKIとMEL1両者が遺伝子増幅により同時に高発現して協調的に作用することで、TGF-βの抗腫瘍作用を効果的に抑制している可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は細胞の癌化と密接に関わるとされているTransforming growth factor-β (TGF-β)シグナルにおけるMEL1の役割と、そのメカニズムとしてTGF-βシグナルのコリプレッサーであるSKIとの協調作用について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.種々の癌細胞株におけるSKIとMEL1の発現をreal-time RT-PCRで検討したところ、胃癌細胞株においてSKIとMEL1両遺伝子が共に高発現する傾向が認められた。FISH法を用いてSKI、MEL1高発現胃癌細胞株MKN28のSKI、MEL1遺伝子座を観察すると、両遺伝子は共に第1染色体長腕に転座して増幅していた。

2.胃癌の臨床検体を用いた免疫組織染色による検討では、SKIタンパク質の発現が全120症例中114症例に認められた。組織型の分類から、SKIは未分化型癌よりも分化型癌で強く発現する傾向が認められた。また、正常組織と胃癌組織でのSKI、MEL1 mRNAの解析では、両mRNAが胃癌組織で同時に発現上昇する傾向があることが明らかになった。

3.胃癌細胞株におけるSKI、MEL1とTGF-βシグナルの関係を調べるために、MKN28細胞にレンチウィルスを用いてmiRNAを導入し、内因性SKIとMEL1をノックダウンした細胞株を樹立し、TGF-β反応性を検討した。その結果、一方のみのノックダウンに比して両者の同時ノックダウンにより、効果的にTGF-βの標的遺伝子PAI-1とp21 mRNAの発現誘導が認められ、TGF-βによる細胞増殖抑制作用も回復した。続いてin vivoでのMKN28細胞の腫瘍形成への両遺伝子の作用を検討したところ、ヌードマウスへの皮下移植実験で、ダブルノックダウン細胞株はcontrolの細胞株に比べ、腫瘍形成が抑制された。これらのことより、SKIとMEL1は胃癌細胞株において、TGF-βシグナルを協調的に抑制していることが示唆された。

4.TGF-βシグナルにおけるMEL1の解析から、MEL1はSmad2、Smad3に結合し、Smad3へHDAC1をリクルートすることによってヒストンの脱アセチル化を促進して、Smadによる標的遺伝子の転写活性化を抑制することが示唆された。また、MEL1のTGF-βシグナル抑制作用のメカニズムの一部として、CtBP1との結合が関与している可能性が示唆された。

5.TGF-βシグナルに対するSKIとMEL1の協調的抑制作用に着目し、そのメカニズムの解析をおこなったところ、SKIとMEL1は結合し、さらに互いにSmad3との結合を増強することが明らかになった。また、Smad結合配列を使用したDNA affinity precipitation assayによって、SKIとMEL1両者は協調的にSmad3のDNA結合を促進することを見いだした。そしてMKN28細胞のSKI、MEL1ノックダウンによって、内因性のSmad2/3とHDAC1のTGF-β標的遺伝子のプロモーターへの結合が減少することがクロマチン免疫沈降法により明らかになった。これらの結果より、SKIとMEL1はHDAC1を含む不活性なSmad複合体をプロモーター結合領域に留め、コアクチベーターを含む活性型Smad複合体の結合を妨げ、より効率的に転写の抑制をおこなっていることが示唆された。

6.MEL1のシグナル抑制作用に対してのSKIの必要性について検討したところ、SKIと結合しないMEL1 mutant (MEL1 (1-2214))ではSmad3、HDAC1の結合は維持されているにもかかわらず、Smad3へのHDAC1のリクルートが殆どできなくなり、ルシフェラーゼアッセイにおけるTGF-βシグナル抑制作用も強く減弱した。これらのことより、MEL1のシグナル抑制においてSKIとの結合が重要であることが示された。

以上、本論文は胃癌細胞株においてコリプレッサーSKIとMEL1両者が遺伝子増幅により同時に高発現して協調的に作用することで、TGF-βの抗腫瘍作用を効果的に抑制している可能性を示した。本研究はMEL1のTGF-βシグナル抑制メカニズムを解明し、TGF-βのコリプレッサーとして働くSKIとMEL1が物理的に結合して協調的に作用を発揮するということを明らかにしており、癌におけるシグナル異常の新たなメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク