学位論文要旨



No 125921
著者(漢字) 田村,大輔
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,ダイスケ
標題(和) 薬剤耐性インフルエンザウイルスの分子生物学的解析
標題(洋) Dynamics of drug-resistant influenza viruses for children with influenza
報告番号 125921
報告番号 甲25921
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3400号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 齋藤,泉
 東京大学 教授 甲斐,知恵子
 東京大学 准教授 武藤,香織
 東京大学 准教授 川口,寧
内容要旨 要旨を表示する

インフルエンザ患者での薬剤耐性ウイルス出現は、薬剤感受性低下に伴う臨床症状の悪化の懸念と共に、一般社会への流行、そして蔓延といった公衆衛生学的な面から社会に与える影響は非常に大きい。

インフルエンザ治療に用いる抗ウイルス薬は、M2阻害薬であるアマンタジン、ノイラミニダーゼ阻害薬であるオセルタミビル、ザナミビルがある。アマンタジンは、インフルエンザウイルスのM2イオンチャンネルを阻害することでウイルス増殖を抑制する。早期解熱効果や、合併症抑制といった臨床的有効性が高く世界中で汎用されてきたが、反面、耐性ウイルスが出現しやすいという欠点をもつ。実際、世界中の90%以上がアマンタジン耐性ウイルスであり、2003年以後、臨床現場では使用が控えられている。一方、ノイラミニダーゼ阻害薬であるオセルタミビル、ザナミビルは、インフルエンザウイルス表面に存在するノイラミニダーゼを阻害することにより、ウイルス増殖を抑制する。2剤ともウイルスのノイラミニダーゼを阻害するという薬効機序は似ているが、吸入薬であるザナミビルより、内服薬のオセルタミビルが圧倒的に消費されている。小児インフルエンザ治療の場合、オセルタミビルは、4~18%で耐性ウイルスが出現するが、一方、ザナミビルは1例の報告のみである。これは、「薬剤の有効性なのか」、もしくは「使用頻度が少ないためなのか」、2剤を同一のインフルエンザシーズンで比較検討した研究が行われていないため、現在まで推測の域をでなかった。

著者は、抗ウイルス薬であるオセルタミビル、もしくはザナミビルにて治療を行った小児インフルエンザ患者での、治療に伴う薬剤耐性ウイルスの出現とウイルス排泄期間を比較分析した。研究に用いた臨床検体は、2005-2006、2006-2007、2007-2008、2008-2009のインフルエンザシーズンに共同研究病院を受診した小児インフルエンザ患者から採取した。臨床検体数は、オセルタミビル治療群、ザナミビル治療群とも72検体で、総計144検体である。これらの臨床検体を用いて、抗ウイルス薬治療前後におけるインフルエンザウイルスNA遺伝子の薬剤耐性変異をシークエンス解析にて同定した。また、抗ウイルス薬への感受性試験は、人工基質を用いたウイルスシアリダーゼ活性阻害(IC50)を測定することにより評価した。オセルタミビル治療群、ザナミビル治療群の、「患者の平均年齢」、「年齢分散」、「ワクチン接種率」、「感染したウイルスA型・B型分布」は、両群間でいずれも有意差がなく、統計学的に比較解析を行えるものであった。ウイルス排泄期間では、ザナミビル治療群は、オセルタミビル治療群に比べ、有意に短縮していた。また、抗ウイルス薬治療による薬剤耐性ウイルス出現頻度では、ザナミビル治療群は耐性ウイルスが検出されなかったが、オセルタミビル治療群では、6検体(8.3%;6/72)に耐性ウイルスが検出され、両群間で統計学的に有意差を認めた。これらのオセルタミビル耐性ウイルスのIC50は、治療前の感受性ウイルスと比較して数百倍から数万倍低下していた。以上より、ザナミビルは、オセルタミビルに比べて、ウイルス排泄期間、ならびに薬剤耐性ウイルス出現において、有意に優れていることが確認された。つまり、ザナミビルは、オセルタミビル以上に、季節性のインフルエンザ治療における重要な役割を担うことが明らかとなった。

インフルエンザウイルスは、生体内で増殖を繰り返すことにより、ヒトからヒトへと感染が拡大する。この増殖過程で、インフルエンザウイルスは、特徴の一つである遺伝子変異を高率に起こす。そのため、毎年、世界各国はインフルエンザウイルスの分子生物学的な動向を経時的に研究調査している。

2008年1月、世界保健機関は、「北欧・北米のA亜型(H1N1)インフルエンザウイルスが高率にオセルタミビルに耐性化している」と緊急報告を出した。特に北欧では、流行しているA亜型(H1N1)ウイルスの60%以上がオセルタミビルに対して耐性変異を獲得している、というものであった。

著者は、同時期の日本国内におけるオセルタミビル耐性ウイルスの流行状況を調査研究するために、2007年12月から2008年3月までに、発熱にて共同病院を受診し、インフルエンザと診断された小児患者からオセルタミビル治療前の臨床検体を採取し、IC50測定と、NA遺伝子解析をおこなった。得られた検体数は、総計202検体で、このうち3検体がオセルタミビルに対して耐性変異を持つものであった。本研究でのオセルタミビル耐性ウイルスの割合は、1.5%(3/202)であった。得られた3検体の耐性ウイルスは、NA遺伝子のアミノ酸274番のヒスチジンがチロシンに変異しているものであった。このオセルタミビル耐性ウイルスは、同時期に流行しているオセルタミビル感受性ウイルスと比較すると、オセルタミビルへの感受性が100倍以上低下していた。系統樹解析では、これらオセルタミビル耐性ウイルス3検体のうち、鳥取県から得られた耐性ウイルス1検体は、北欧・北米に近似していた。一方、神奈川県から得られた耐性ウイルス2検体は、鳥取県から得られた耐性ウイルスとは明らかに異なった遺伝子背景を持っており、日本国内で発生した可能性が示唆された。

豚由来の新型インフルエンザの感染者が爆発的に増加し、抗インフルエンザ薬として、オセルタミビル、ザナミビルが汎用されている現在、治療による薬剤耐性変異を経時的に調査していくことは、日本のみならず、世界のインフルエンザ研究に貢献するものである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は小児インフルエンザ患者への抗インフルエンザ薬治療に伴う薬剤耐性ウイルスの出現や流行状況を明らかにするため、小児インフルエンザ患者から採取された臨床検体を使用し、ウイルス遺伝子と薬剤耐性ウイルスの酵素活性の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.オセルタミビル治療は、ザナミビル治療に比べ、上気道からのウイルス排泄期間が長引くことにより、高率に薬剤耐性ウイルスが出現することが明らかになった。

2.出現したオセルタミビル耐性ウイルスは、全ての症例で治療開始4日目以降から出現し、時間経過とともに、検体の中で耐性ウイルスの占める割合が高くなる傾向があることが明らかになった。

3.2007-2008インフルエンザシーズンの日本国内の小児インフルエンザ患者においてオセルタミビル治療前の1.5%(3/202検体)がオセルタミビル耐性ウイルスであり、これらのオセルタミビル耐性ウイルスは、北欧・北米由来と、日本で耐性化した遺伝的に異なる2系統が存在することが示唆された。

以上、本論文は、これまで未知に等しかった小児インフルエンザ患者における抗インフルエンザ薬の薬剤耐性ウイルスの出現頻度や流行状況を明らかにした。本研究は、インフルエンザウイルスの薬剤耐性化の解明に貴重な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク